表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

豪華な宿屋

 私は夕飯時の少し前、夜風に当たる為に外出した。

最上階、開け放った窓から静かに入ると、二十四時間使える浴室に入った。


 幸い、石鹸や髪に使う香油があった。

シャワーを頭から被ると、水音と相まって何もかもを忘れさせてくれる。

そして手に香油を垂らし、短めの髪に塗っていく。


「はぁ……」


 時々、その身に被った血の匂いを思い出す。

実際に浴びる血は、鉄の匂いだけではなく、流した汗や体臭まで様々な匂いがある。

それらを被ると、しばらく匂いが取れず、こうして風呂に入っても取れない事もある。


 泡は立たないが、それでも香油は気分を癒してくれる。


「匂いが強い……」


 潜入は出来ないかもしれない。

それでも、襲撃以外で私が担当する事はないだろう。


 今回染めた髪は、金色に輝きながら、伝う水は風呂場の床に落ちる。

石鹸を使い丁寧に腕から洗いながら、首筋や足先を洗っていく。

そして、張ったお湯へ足先から入る。

鼻に入る香りは湯に垂らされた香水の匂いで、柑橘系の爽やかな気分にさせてくれる。


 湯を出れば、豪華な夕食が迎えてくれる。

ルームサービスで、予め頼んでおいた食事を取る。


「この魚……美味しい」


「本当ね、海の魚は味が濃くて美味しいわ。でもこっちの、肉料理の方が好みね」


 元日本人の性なのか、焼き魚が特に美味しく感じられたが、ミシェルはそれ程ではないみたい。

内陸部でも魚は食べられるが、肉類の方が入手しやすく量も食べられる。

肉の方が種類も豊富だし、魚は小骨などの処理が必要なので、人気が無い。


「何か、あったの?」


 前世を思い出し落ち込んでいたが、雰囲気に少し出ていたかもしれない。

それでも、誤魔化す為には、仕事の話題を出すくらいしか出来なかった。


「報告書はこっち。食後に目を通しておいて」


「……もし気分が乗らないなら、予定通り帰ってもいいよ」


 魚の出汁がよく染みたスープは、とても癒される思いがあった。

舌の上に転がるスープは、濃い味をしつつも魚の味がする。

そして、一通りの食事に舌鼓を打った。


 最後に出てきた、デザートに手を着ける。

寒天が冷やされたデザートで、シロップと共に食べると、滑るようにほのかな甘みを感じる。


「ひとつ、沈む事があるとすれば」


 私は、らしくない呟きをミシェルに聞かせていた。

濃い目のお酒と、浮かべた氷が冷たさを引き立てる。


「国が乱れれば、乱れた分だけ治安が乱れる。治安が乱れれば、ゴミが出る。物も、そして人も」


 今日の昼ごろ、絡んで来た輩が居たように。

そして、復讐を願う者が居たように。


「政治が揺れて、国政が乱れた。そのツケを払わされるのは、いつだって平民だ」


 平民……民草と呼ばれるが、文字通り雑草のように踏み荒らされる。


「腐敗した政治家と、それに癒着する腰巾着と。持ちつ持たれつは、いつだって不幸しかもたらさない」


 煽る杯は頭の中に、アルコールを染み渡らせてくれる。

思考が鈍るが、それもまた、良いのかもしれない。


「騙される方が悪いんだって、じゃあ騙す方は悪くないの?」


 いつだってそうだ。

あの時も、私は何かを選択出来た訳じゃないけど、結果として命を落としたのだ。


「騙す存在が居るからいけない。騙し、騙され、両方いけない。だから、今回はサービスだ」


 酒を飲まねば、涙が溢れそうで仕方が無かった。

酒を煽るほどに、感情が抑えられなくなってくる。

それでも無為に振る剣は、さすがに持ち合わせてはいない。


「斬りたい奴が居るのなら、千だろうが、万だろうが、私が滅ぼしてあげる」


 ミシェルは目を細めるだけで、吟味するように酒を飲んでいた。

やはりいつ見ても思うが、ミシェルは育ちが良い。

雰囲気にいちいち、気品があった。

聞くだけ聞いて、それを熟考するように、静かに強めのお酒を飲んでいる。


「貴女がいくら強くても、さすがに万は無理でしょう?」


「やったことは無いけれど、算段は着けられる。ただし、業物の短剣を6本くらい欲しい。そして、純度の高い魔石を5個ほど」


 魔石とは、魔法を使う為の魔力が篭められた石で、自身の魔力を使わずに魔法を使える。

純度の高い魔石は高価で、数十人から数百人の魔法使いに匹敵するほどの魔力を保有している。

ただ魔力を使い切れば、ただの石ころになるデメリットがあり、普通は無茶な使われ方はしない。


「もちろん、今回は殺す相手が居るとは、考えていないけど」


 さっき見た女性の姿が印象的だった。

誰かを殺したいと憎む姿は、酷く尊い印象を与えてくれる。

抜き身の刃を思わせる、美しさを持っている。


「そうでもない」


「ふーん?」


「この近辺で、少し前に酷い地上げが行われたの。賛同者は少なくて、役人は頭を抱えたみたい。でも一年前に、海賊が町を襲ったの。上陸したのが露骨に開発予定地だった。警備もその日は手薄で、かなりの数の住民が殺された」


「それで……?」


 相槌を打ちながら、お酒で微睡んだ頭を少しだけ引き締める。


「本来、私達の管轄じゃないけど、せっかく実働部隊の貴女が居るからと、こっちの処理を頼みたいんだって。町の運営に関わる役人の中に、憲兵の手に負えない『ならず者』と癒着してる奴がいるみたい」


 ふと、疑問が起きた。

ミシェルは一応、私と同じく政治中枢の指揮系統であると予測できる。

そんなミシェルに命令できる人物は、やはりこんな辺境に居るとは思えない。


「貴女の上司の命令?」


「まあね」


 この世界で、どうやって情報がこれほど早いのか、手紙だとしたら私より早い移動手段なんて、存在しないはずだ。

魔法で通信技術でもあるのかと、少し疑問に思ったが、自分が知る範囲だけが世界とは限らない。


「で、殺して欲しいのは役人じゃない。武力としての『ならず者』の集団で、海賊の方。少なくとも、一隻の船に百人以上は乗っている。次の襲撃が噂されていて、その前に海上か奴らの拠点で処理して欲しいの」


 ミシェルにしても、私一人で百人以上を処理する事に、なんら疑問を抱いていない。

普通の人間なら、数が十倍以上の時点で無理を悟るというのに。

もちろん、戦場に居るような重装備の敵を相手すれば、多少の不利は確実ではある。

しかし、多少腕が立つだけの烏合の衆ならば、訓練された特殊部隊員に敵うはずもない。


 魔法のある世界では、それだけの優劣が簡単に付く。

魔力が続く限り、それは前世の銃を持った兵士と一般人くらいの差は有る。


「さすがに、魔石5個と業物6本なんて無理だけど、魔石1、そこそこの短剣ならいくらでも用意するわ。もちろん、貴女の上司の許可も取ってある」


「用意周到ね。でも、どうやったの?ここまで急いでも、数日掛かる距離でしょう」


「秘密と言いたいけど、ただの鳩よ。中央とは相互に伝令鳩が、常に何匹か居るの」


「教えてくれるとは、思わなかった」


「オフなのに、仕事に巻き込んじゃったからね」










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ