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異世界八険伝【旧】  作者: AW
明日への道
87/98

85.天界の地底都市

しばらくぶりで恐縮です。

本日中に、『僕だけが蘇生魔法を使える!』もアップします。

「え……」

「これは何? 倉庫群? 」


 整備された道路の脇、規則正しく並ぶ建物の群れ。

 色とりどりの屋根が自分なりの精一杯の自己表現を行ってはいるが、野山の雑草の如くに個性を埋没させた風景。


 ボクの頭上には鏡のように澄みきった水面が、眼前には……脳裏の遠い遠い遥か彼方の、さらにその向こうで僅かに見え隠れする日本の街並みが広がっていた。


 これは、魔界で魔神に見せられた世界だ――その隠された仄かな記憶。


 間違いない!

 ボクが住んでいた元の世界だ!!


 帰ってきたんだ!!



 その場に座り込む。


 両脚に力が入らない。


 手の震えが、脚の震えが、心臓の鼓動が魂を打ち続けて止まない。


 望郷の念という自覚もないまま、ただただ溢れ出す涙を拭うこともせず、両の眼を見開いては、その瞳に脳内の記憶を必死に重ね合わせるように、漠然と何かに感謝し、何かに謝り、何かに祈るように……呼吸も忘れ、自分の存在すら忘れ、まるで時間が永遠に停止したように、ただただひたすら眼前の光景を呑み込んでいた。



「リンネちゃん! しっかりして!! 」


霞む視界の片隅に誰かが居る。

 ボクの両肩を力一杯わし掴み、身体をかき混ぜるように揺すっている。


 目のレンズが厚さを増し、焦点が一気に縮まる。目だけではない。記憶を求めて彷徨っていた意識が、魂が、遠い放浪の旅から翼を広げて舞い戻る。


「リンネちゃん! ここは天界だよ! 霊峰ヴァルムホルンの、火山の地底湖の奥! 覚えてるでしょ! 」



水気を含んだ服の重さ、首元に絡みつく髪を感じる。


思い出した。


地底湖の底に見えた景色……イフリートが切り開いてくれた水蒸気のトンネルを、ボクたちは滑るように抜けた。そして、ここーー小高い丘の上から街並みを見下ろしていたんだ。



「あ、うん……そうだった。大丈夫、目が覚めた」


「やっぱり。この町が、リンネちゃんが元居た世界なんだね……もしかして、帰りたい? 」


「う~ん……帰りたいかと訊かれたら、今は答えを出すのが難しいけど、帰ってきてほしいと言ってくれる人が居るなら帰りたいと思っちゃうかもしれない……」


「望まれているから、期待されているからそれに応えるってこと? うん、それも正しいかもしれない。私も王になるとき、そう思ったよ。でもね、今は違うんだ。私は、私。出来ることには限りがあるんだ。やりたいことだって一杯ある。自分を曲げてまで、皆の期待に沿えるような王を演じたいとは思わない。傲慢だと言われるかもしれないけど、自分が自分を見失ってしまえば、皆が私を信じなくなる……だからね、私は今までの私のままで、私のしたいようにする。こんな我が儘な王様って他には居ないでしょ。私って、本当に恵まれているわよね。こんな私でも、支えてくれる仲間が居るから。行っておいでと笑顔で送ってくれる友が居るから! 」


 涙をさっと拭い、嗚咽で次第に裏返る声をぐっと堪え、ミルフェちゃんは上を向いて力強く言い切る。


 ボクは何も答えなかった。

 励まそうとしてくれている気持ちが痛いほど伝わってきたから。でも、それ以上に、ミルフェちゃんの笑顔に見とれてしまったから。


「リンネちゃんは、ずっと大きな物を背負ってきた。私には想像もつかない大きな運命……私なんかとは比べられないのは分かってるよ。でもね、いくら強くても、私と同じ、一人の人間。私と同じ、仲間が居ないと何も出来ない、一人の弱い人間なの。出来ることには限りがあるーー」


「アユナちゃんを探す! 天神を探す! その為にここに来たんだった! ありがとう。もう迷わない。前に進もう! 」


 ミルフェちゃんの言葉を遮り、大袈裟に手を振り回して、沸き出していた逃げだしたい気持ちを、弱気なもう一人の自分を振り払う。次々に浮かぶ皆の顔が、ボクの胸に新たな勇気の焔を灯す。


 唇をぐっと噛み締め、ボクはミルフェちゃんの手を握り、眼下に広がる街並みへと掛け出した。




 ★☆★




 彷徨うこと、およそ2時間。その間、ボクたちは一言も喋らなかった。ひたすら、街並みに溶け込んでいた。


 時間の経過と共に、薄々感じていた違和感が現実味を増す。


 まず、太陽はある。


 でも、学生に人気のスイーツ屋さん、某リサイクルショップ前のスクランブル交差点、駅前から続くアーケードに設けられた繁華街……そのどこにも人影は、ない。


 それどころか、町に入ってから一度も動物にすら遭っていない。

 ボクたち以外の生物と言えば、通りに整然と植えられた街路樹や、足元の草くらいだ。


 そして、太陽は動かない。

 風も吹かない。

 今更ながら、ここは“無音”の世界だった。


 天界の地下にあの世界を模して造られたパノラマなのかーーいや、そうであってほしい。

 もしも……地底湖を越えたら実際の元の世界に転移していて、でも、全ての動物が何らかの原因で滅んでしまっていて……そんなことは考えたくない。脳裏に浮かんだ不安が胸を締め付ける。頭を振り、悪夢を振り払う。顔を叩く水分を帯びた髪が、妄想から現実へと引き戻す。


 今は一刻も早くアユナちゃんを探すんだ。

 右手の拳を胸に叩き込む。乱れたままの鼓動を乱しに掛かる。正常になれ、と。



『リンネ様、ミルフェ様……視線を感じます。誰か、いえ、何かがこちらを窺っています』


 妖精姫ミールの声で、ボクたちは歩みを止めた。


「それって、アユナちゃんたち? 」


『違います、リンネ様。明確な差、悪意を感じます』


「あそこ!! 」


 ミルフェちゃんが指し示す方向、大通りを挟んだ先の、およそ10階建のビルーーその3階の窓際、そこに人影があった!


「捕まえるよ!! 」

「えっ!? 」


 間髪入れずに走り出すミルフェちゃんに手を引かれ、大通りを走り抜ける。


 無意識に速度を緩め、左右の安全を確認してしまうボクを、ミルフェちゃんが力一杯引っ張る。

 人が居ないんだから、当然、車なんて走ってる訳がないよね。魂に染み付いた日本人気質に苦笑いをしてしまう。



 ビルの入口は開いていた。

 エレベーターは……ダメだ、動かない。電気が通ってないのか。


 強引にエレベーターの両開きのドアを開けようと踏ん張っているミルフェちゃんを引っ張り、階段へと向かう。


 敵か味方かーーそんな疑念を押しやり、ここが何なのか、その謎を力ずくでも訊き出したいという好奇心がボクを引っ張る。


 無意識に段数を数えながら、一段飛ばしで駆け上がる。


 カウントのもどかしさからか、太腿の悲鳴からか、浮遊魔法を使えば良かったと後悔しかけたちょうどそのとき、ボクたちはやっと3階に辿り着いた。



 確か、人影は南側の窓で見たんだよね。


 階段で数度のターンを繰り返した結果、方向感覚は既にめちゃくちゃだ。それでも、耳を澄ましながら廊下を滑るように走る。


 ここは、企業用のテナントだろうか、小分けされた部屋ごとに設けられた扉。それを一つひとつ開け放ち、3階フロアを潰していく。



 その時、音がした。


 何かが落ちた?

どこに?

地面に?


 ボクたちは自分の耳を頼りに、音のした方の窓に走る。

 ボクがガラス製の窓の鍵を開けると、身を乗り出して下を覗き込むミルフェちゃん、その細い腰を押さえるボク……。


(どうしてアイツがここに……)


 辛うじて、ミルフェちゃんの独り言が聞こえた。


「今の……人? 知ってるの? 」


「えっ!? ううん、知らない。そんなことより早くアユナちゃんたちを探しに行くよ! 」


「追わないの!? 」


「追うも何も、この階を全部探しても何も見つからなかったじゃない! 時間を無駄にしたくないから急ぐよ! 」


 険しいミルフェちゃんの剣膜に、ボクは何も答えられなかった。確かに、謎の何かを追いかけたところで得るものが無ければ時間の無駄、それはそうだけど……ううん、今は忘れよう。




 ★☆★




ビルから出たボクたちが、この違和感に満ち溢れた街並みを再び彷徨うこと1時間……まるで吸い寄せられるかのように、鮮明に記憶されている場所へと辿り着いた。


「ここだ、きっとこの先にアユナちゃんがいる! 」


 荒れ狂う大海原を漂う小船が、白波の合間に陸地を垣間見たかのように、ボクの疲労は消し飛び、足取りは一気に軽くなった。


 公園を横切り、中学校の裏手の、丘を巻く坂の小道を駆け上がる。

 

気付くと、太陽が真上にあった。


丘はいつしか林に変わり、次第に鼓動が速くなる。


木々に囲まれた小道を抜けると、視界が一気に明るさを取り戻す。



家が見えた!


庭が見えた!


これは、魔神に見せられた記憶、まさにボクたちの家だ!



門の前で立ち止まる。


緊張と興奮で荒れる気持ちを落ち着かせていると、息を切らせながらミルフェちゃんが追いついて来た。いつの間にか置き去りにしていたことにも気付かなかったみたい。


「どこにそんな元気が残ってたのよ! 」


「ごめん、夢中になってた」


「ここ、なのね? 」


「うん。きっとここに皆が居る」


「「いこう! 」」


 植木で造られたアーチ上の門を潜り、庭に入る。


 あの記憶の中で、種を植えた花壇が見える。


そこには、白や黒の木は無かった。その代わり、煌くような花々が咲き誇っていた。



視線は再び前を向く。


玄関脇に設えられたスロープを、一歩一歩味わうように歩き、玄関のドアノブに手を掛ける。


その時、ドアが内側から開かれたーー。

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