64.魔の巣窟
「リンネ様、久しぶりだっぺ!フリーバレイ解放拠点の視察に来られたっぺ?」
「えっと……あなたは誰だっぺ?」
「それはひどすぎるっぺ……同志クルン殿、助けてほしいっぺ!」
「クルンも知らないですっぺ」
『もうっ!リンネちゃんもクルンちゃんも、アドーバさんを苛めないでよ!拠点作りの責任者として頑張ってるのに!』
アドーバさん?アドーバ……アドーバ……そういえば、ティルスの元奴隷で土魔法使いがいたよ、いたいた!やばっ、素で忘れてたよ……。
「ごめんなさいっぺ!短期間で凄く立派になってたから、ボクなりに驚きを表現してみたの!」
「クルンもリンネ様のマネしてみたです……」
『安心したっぺ!おいら、かなりレベルアップしたっぺ!土魔法も中級だっぺ!さぁ、今からリンネ様の歓迎会をするっぺ!』
「ボク達は急いで地境に向かわないといけないっぺ!お仕事の邪魔してごめんなさいっぺ」
「いくらリンネ様でも地境は危険だっぺ!!本当に行くっぺ??」
「うん、危なくなったら逃げるから大丈夫だっぺ!帰ってきたらたくさん遊ぶっぺ!」
「なら、このMポーションを持っていくっぺ!悔しいけど、おいらにはこれくらいしか手伝えないっぺ……頑張るっぺ!」
「アドーバさん、ありがとう!行ってきます!」
マジックポーションは非売品の貴重品なんだよね……アドーバさん、土魔法で城壁を作り終えたから余りをくれたみたい。助かります!
かつては魔人グスカの策略で毎日犠牲者が出ていたフリーバレイの町も、今は活気に満ちている。
ボク達を罠に嵌めた町長達は既に亡くなったそうだ。振り返ると、助けられなかった人の顔が浮かんでくる。泣きたいよ!
もしメルちゃんがいたら、今できることを精一杯やればいいんです!って言いそうだ。頑張ろう。
リーンがいる地境までは馬車で5日間だ。道が悪いうえに高低差が激しく、迂回路が複雑なのだとか。急がねば!ボクは左手中指の指環に魔力を流し、スノーを召喚した。
「スノー、出ておいで!」
『ギュルルッ!』
スノーは久しぶりに会えたのが嬉しいようで、凄く甘えてくる。ボクは優しく撫でてあげた。
ん?クルンちゃんがスノーと話しているみたい。仲が良いよね。
「リンネ様、途中でスカイに手伝ってもらうです。そしたら、2日間で着くらしいです!」
「早い!それは助かるね!スノー、お願い!」
スノーは体力に優れるドラゴンなので、2日間くらいなら、昼夜休むことなく走れるらしい。ボクも回復魔法をかけてあげよう!
「よし、出発しよう!」
★☆★
ボク達は今、大草原を走っている。強い風が草原を吹き抜けていく。まるでウェーブが流れるかのように、草原の白い穂が揺れている。大地がそれを優しく抱き締めて、茜色に染め上げていく。とても綺麗な光景だ。
しかし、そんな神秘的な風景にばかりに目を奪われてはいけない。ボク達が向かっているのは魔の巣窟なんだ!それを実感させるように、頻繁に巨大な魔物に遭遇した。
「ベヒモス……レベル35!」
『でかっ!』
「前に戦ったのより大きいです……」
前方300m……二足歩行をする巨象がボク達の行く手を塞ぐ。1度、深夜の奇襲で倒した奴だ。いくらスノードラゴンでも、まともに攻撃を受けたらまずい。
「ボクが倒す!」
新しい武器、リンネの杖のお披露目だ!水魔法の威力が上級を超えた“超級”になるらしいからね!その威力を試してみよう!
水魔法で考えられるのは、初級の形状だと……水の矢やレーザー、水の刃、水の盾、水の弾とか。中級なら……水の竜巻や、水の檻、水流放出系も可能だ。上級までいけば……スコールなどの大量の水の召喚、操作が格段に上がった!
魔法はイメージの産物だ。自然界に満ちる力を借りてそれを現実化する。超級なら……水で竜やフェニックスを作ったりも出来るかもしれない。やってみよう!
北の大迷宮では、結局アクアドラゴンとは戦わずに済んだ。実際の姿を見た訳じゃないけど、ブラックドラゴンやレッドドラゴン、グランドドラゴンみたいに80m以上の巨体だろう。
イメージするのは、皆で遊んだ25階層の湖。澄んだ綺麗な水を召喚し……それを、竜の形にする!
ボクは、身体に纏う膨大な魔力を練り上げていく。今なら3割くらい使えば80mの巨大水竜は作れそうだ。皆をびっくりさせてやる!形を正確にイメージしていく……そう言えば女性だったね……透き通る身体に、戦闘に関係ないけど乳首をつけてあげよう。眼は金色、角は銀色にして……完成だ!
「魔を打ち払え、アクアドラゴン!!」
杖は一瞬にして大量の水を召喚し、竜の姿を作り上げる!体を覆う水は光の衣を纏っているかのように輝いている。ボクは杖をベヒモスに向ける!
『リンネ様の力により顕現した我が身、魔を滅する為の勇者の聖剣となりましょう!』
えっ!?
本物!?
アクアドラゴンは、巨大な翼で一気に距離を詰めると、恐怖のあまり逃げようとするベヒモスに右腕一閃!
一瞬で呆気なくベヒモスを魔素に変えた……。
さらに!
遠くで様子を窺っていた他の巨大な魔物達を猛烈なブレスで一掃……さらには、空を行くアザゼルらしき魔物をも、飛び上がって噛み砕いた!!
『至近の魔は滅しました。またお呼びください』
そう言うや否や、上空で大量の霧となって消えてしまった。そのあとには、夕闇に映える虹のみが残されていた……。
「ま……まぁまぁかな……」
ボクは杖を軽く振って仲間達を振り返る。
アユナちゃんもクルンちゃんも、スノーの背中でひっくり返っている。スノーすら、両脚を畳んでぶるぶる震えていた……。
『リンネちゃん……アクアドラゴンが……私のパンツに水を掛けたみたい……ちょっとシャワータイム!』
「ク……クルンもシャワーです……着替えます……」
あら、二人して……。
ボクが恥をかかせてしまったね……ごめん!
「そうだね、魔物がいないうちに食事とシャワーを済ませちゃおうね」
スノーの背中に乗ったまま、ボクはぬるま湯シャワーを2人にかけてあげた。
キャッキャ叫びながら、気持ち良さそうに天使っ娘と狐っ娘が抱き合って水浴びをしている。
食事は、ティルスで貰ったハンバーグだ。
ボクのアイテムボックスには、100食以上の美味しい料理が保存されている。スノーにも分けてあげよう!
1時間ほど休憩して、スノーは再び走り始めた。
既に日は沈んだ。星々の光が、辛うじて、ボク達が草原の闇の中を走っているという事実を教えてくれる。地下室に比べれば明るいのだけど、不気味さは格段にこっちが上だ。
メルちゃんもクピィもいないので、いつ魔物の襲撃に遭うのかという不安に襲われる。暗いトンネルの中を歩いているような、背後に迫る闇の恐怖に、背中を悪寒が走る。
勿論、恐怖を感じているのはボクだけじゃない。その証拠に、小学生2人は必死にボクにしがみついている。なんか可愛い。けど、可哀想だね。
「そう言えば、アユナちゃんの所にフェニックスさんが来なかった?」
『ひゃあっ!フェニックス恐ろしいよぉ!!』
「クルンもです!フェニックス怖いです!」
「えぇ~!?可愛い女の子じゃん!」
『眼が怖い!魔力が怖い!声も怖い!全部怖い!あり得ないくらい怖い!!』
「強力な精霊なんだから、仲良くしないといけないなぁ。アユナちゃんを苛めないように言ってあげるから召喚して?」
「リンネ様……いじめっ子にそんなこと言わないです。いじめられっ子が、報復でもっと苛められるです!」
『私もクルンちゃんに賛成です!』
「そうとも限らないよ。そうやって逃げてばかりで、ちゃんと話し合わないから苛められ続けるって場合もあるんだよ!苛める側だって、誰かが注意してくれるのを待ってる場合もあるんだから」
『本当に大丈夫?』
「任せて!」
『本当に本当?』
「た……多分」
『いや~っ!』
「大丈夫だって!ボクを信じて!!」
『うっ……分かった……フェニックスさん、お願いします。出てきてください!』
スノーの上空、アユナちゃんを真上から見下ろすように、灼熱の炎を纏う巨大な不死鳥が現れた。熱くない……魔法で制御されている炎みたい。
『やっと出られたぞい!天使の童よ、汝は我を何だと心得ている?いつでも喰らうことが……』
「ゴホン……」
『ん?あっ、ゆ……勇者リンネ様!?御無沙汰しておりました!もしや、勇者様が我をお呼びですか!?光栄でございます!』
「フェニックスさん……ボクの大切なアユナちゃんを苛めないでよ!」
『これは……あれです、精霊使いの試練と言うか、修行みたいなものでして……我なりの愛情です』
「そういうの、いらないからね?アユナちゃんを守って世界を救うの!魔王が復活したら精霊も困るでしょ?」
『その通りで……以後、我は契約に従い、精霊使いアユナ様の僕となりましょう!それで、我は何をすれば?』
ボクはアユナちゃんに目で合図を送る。契約精霊なんだから、アユナちゃんが命令すべきだもん。
『暗くて怖いの。上空に待機しながら魔物を倒してほしいと思ったんです……お願い出来ますか?』
『我は灯りじゃない……』
ボクは、アユナちゃんに見えないようにフェニックスに杖を向ける……。
『そう、灯りじゃないけど、汝の灯りになるよう……全力で照らそう!アユナ様の行く手を遮る下等な魔物共に、制裁の業火を!』
『はい……ありがとうございます!!』
フェニックスは高々と舞い上がると、次々に火球を放ち始めた。よし、大丈夫そうだ!
『リンネちゃん、ありがと!初めてフェニックスさんが私の言うことを聞いてくれたよ!!』
「クルン感動です!アユナちゃん凄いです!」
小学生2人が抱き合って感動を分かち合っている。
フェニックスの不死の命と無限とも思える魔力……上位の魔人より強いとは思わないが、魔族相手なら優秀だ!
フェニックスのお陰もあり、夜明けまでにボク達はゆっくり休むことが出来た。さすがの不死鳥も疲れたようなので、アユナちゃんが帰還させた。
フリーバレイを発って2日目。
視界は草原から岩石砂漠に変貌を遂げている。
相変わらず巨大な魔物達がボク達の邪魔をしてくる。ただし、環境の故か、ゴーレム系が多かった。可哀想に、ボクの水魔法で1発だ。1回だけ、水でフェニックスを作って攻撃してみたら、評判が悪かった。
そんなこんなで、ボク達は昼には地境の端まで到達していた。
「リンネ様、この先にある地境の段差を越えればずっと近道になると、スノーが言ってますです」
「そっか、それでスカイの協力か!もう、いっそのこと、スカイとフェニックスに乗っていかない?」
『絶対に嫌だっ!』
その後、クルンちゃんが言っていた地境の段差に到着した。幅は300m、高低差100mくらいか。なるほど、これを迂回すると北側をぐるっと回る必要があるってことか!
「スノー、ありがとう!ゆっくり休んでね!
スカイ、お願い!ボク達を向こうまで運んで!」
『ギュルッ!』
『シュルルルッ!』
ドラゴン達は、バトンタッチするかのようにお互いに触れ合っている。もしかして、カップル!?
ボク達は、3人まとめてスカイに乗った。
下に滑空するだけなら3人でも大丈夫ってクルンちゃんが言ってた。けど、かなり怖いんだけど……。
スカイは力強く羽ばたくと、グライダーのように高速で滑り落ちていく。これ大丈夫なの!?ジェットコースターみたいになってるよ!
アユナちゃんは気持ち良いらしい。笑いが止まらない病にかかっている。クルンちゃんはボクにしがみついている。ボクもクルンちゃんにしがみつく。
向こう岸に飛び移ると思いきや、様子がおかしい!徐々に高度が下がり……向こう岸と水平になり……さらに、さらに下がっていく……やばい!岸壁にぶつかる!!
「死ぬかと思った!!」
「クルンもです!」
『楽しかった!またやりたいね!!』
「「嫌です!」」
『シュルル……』
「スカイがごめんなさいと言ってるです。向こう岸まで飛ぼうと思ったら、岸壁に洞窟が見えたから入りました、と言ってるです……」
「分かった……スカイ、ありがとうね!お陰様でかなりショートカット出来たよ!ゆっくり休んで!」
『シュルルルルっ!』
★☆★
洞窟入口の、僅かに上部が突き出ている形のせいで、高い所からは見つけにくくなっていたようだ。
さらに、その形状は日光の侵入さえも拒んでいた。
幅も高さも3mくらいしかない暗い洞窟の中を、アユナちゃんが召喚したウィルオーウィスプの微光を頼りに進んでいく。
魔物は、いない。ただし、凄まじい魔力が肌に突き刺さるような感覚を与えている。
アユナちゃんも、強烈なプレッシャーを感じているみたい。クルンちゃんはボクにしがみついたままだ。
やがて、前方から光が漏れ出してきた。洞窟の岩壁に張り付いたクモを視認出来るくらいには明るくなった。お陰で無駄に悲鳴をあげてしまい、ボクのクモ嫌いがバレてしまった。竜でも不死鳥でもジェットコースターでも越えられない壁……それを、今クモが越えた。少し粗相しました……苛めないでね!
下着チェンジから10分近く歩いただろうか、ある程度開けた空間に出たみたいだ。高さは4m、広さは……学校の教室くらいかな?
明かりはその部屋から漏れているようだ。
聴覚は、水の音を捉えている。滝か?
嗅覚は、花の香りを捉えている。花畑か?
そして、視覚は……あれを捉えた!
ボクは、とうとう見てしまったんだ……。
そう、秩序神にして、魔人序列第2位……
光と闇の羽を有する最強の存在……
召喚石を8つ揃えることで天より現れ、魔王を滅亡させるという創造神、リーン……の……
入浴シーンを。
『白?黒?お風呂中は来るなってあんだけ言っただろ!茸引っこ抜くぞ?』
「えっと……銀です。綺麗なお身体ですね……」
『えっ……え~っ!?』