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異世界八険伝【旧】  作者: AW
勇者の召喚、そして旅立ち
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1.異世界召喚

気付くとそこは異世界だった――。

 それは一瞬の出来事だった。


 唐突に、僕を驚愕の眼差しでじっと見つめる婆さんが現れたんだ。


 こんな話、誰が信じるだろう?

 でも、我慢して聞いていてほしい。



 いかにも魔女風の黒いローブ。

 指環が美を競いあうかのように枯れた手を無駄に飾っている。

 その手に握られているのは竜を象ったかのような、いかつい木の杖だ。


 足下には蒼白い光りを放つ魔法陣、

 鼻にツーンとくるような独特の薬品臭、

 言葉を発することさえ躊躇わせる静寂、

 湿っぽく薄暗い部屋の中で怪しげな蝋燭だけがゆらめいている――。


 視覚・嗅覚・聴覚達が、僕の脳に違和感を訴えかけている。




 この状況――どんくさい人でも容易に気付く。


 これは、召喚だ。

 僕は、どこかに召喚されたようだ。


 とは言っても、肝心なことが欠落している。

 僕が誰なのか。どこで何をしていたのか。何歳で、血液型が何で、学歴がどうで、どんな家族構成で、今までどのような経験をしてきたのか……何一つ思い出せないんだ。


 いや、覚えていることもある。

 僕が西暦2016年の日本で生きていたという事実。政治や経済、スポーツや科学――一般的な教養は失われていない。失われたのは、自分自身についてだけだった。



 それでも、これだけははっきりと言い切れる。


 これは、召喚だ。

 僕は、今、この婆さんに召喚されたんだと。




 ★☆★




「お主、人間か? 眩しすぎて何も見えん! 何という輝きじゃ!! 」


 なぜか婆さんは、テンション高め。年甲斐もなく、キャッキャウフフと飛び跳ねて喜んでいる。




「僕は――ただの人間です。そんなことより、此処はどこですか。早く帰してください! 」



 自分自身が誰なのかさえ分からない――脳裏を支配するのは、未知な物への恐怖と不安だった。


 ただ、身代金目的の誘拐だとか、人体実験絡みではなさそうだということが、僕に小さな勇気を与えてくれていた。



「いきなり異世界召喚された者の感情など推し量れんがのぅ――」


「は?? 」


 異世界召喚!?

 えっ? なんで、僕が?


 “異世界”という突然飛び出した不可解な単語に、僕はパニックを起こす。



「まぁ、落ち着きなさい。少々長くはなるが説明させてほしい。リザ、こちらの方へお茶を」


 よく見ると、薄暗い部屋の隅で10人程の人影が様子を見ている。真っ黒いローブのせいか、全く気付かなかった。その中から1人が動き出す。


「畏まりました、司祭様」


「お主はこっちの椅子に座りなされ」


 まずは話を聴こう。必要なのは情報だ。異世界召喚が元の世界より悪いとは限らない。冷静に話を聴いて、そこから判断するんだ。いざとなったらこんな婆さんくらいパンチ1発で倒せるだろうし、今は下手に敵対しない方が得策だ。


「分かりました……」


 僕は素直に宛がわれた椅子に座る。


 ごく普通の木製の椅子。学校にあるような金属パイプやネジは使われていないけど、異世界という感じは微塵も感じられない。どこぞの怪しげな宗教団体が気張ってるだけかもしれない。


 司祭と呼ばれた婆さんが、僕の向かいに座る。


「…………」

「…………」


 暫くお互いに見つめ合う。


 いや、そういう趣味はないし、光合成すら困難なこんな場所に恋の花なんて咲きっこない。

 敢えて言えば、異世界召喚というあり得ない単語を否定する材料探し――端的に言えば、腹の探りあいだ。



「お持ちしま……し……キャッ! 」


「あちっ!! 」


「す、すみません!! すぐ拭きます!! 」



 腹の探り合いは僕の負け。

 

 服を脱がされた僕の腹は、探られ尽くして終了した。


 いきなり全身に80度の熱湯――TVでよく見るパターン、これは絶対にわざとだ。

 

 嫌がらせを仕掛けて僕の性格をテストすると言うのなら、この程度は余裕で我慢できる。現代日本で培ったストレス耐性を舐めるなよ、思い通りになるか!



 必死に布で僕を拭いてくれているリザと呼ばれた女性を、僕は満面の笑顔で観察する。


 あれれ?

 お茶シャワーはわざとじゃなさそうだ。泣き出しそうなくらいに動揺している。


 そして、彼女が間近に迫った瞬間、フードから覗く横顔は――めちゃくちゃ美人だった。


 歳はまだ10代後半かな。日本のアイドルが残念に思えるくらい、さらに言えば2次元の中でも最高水準クラスだ。化粧や美容整形で誤魔化された作り物とは違う、素朴で自然な美。フードの横から肩にかけての透き通るような白い首元を、綺麗な金色の髪が流れている。そして長い耳――エルフ!? 耳長族!? 明らかに人間じゃない!!


 本当に異世界なの!?


 やばい、緊張してきた――。



「き、気にしないでください。ぼ、僕は今日、ちょっと運が悪いみたいで……だから、自業自得です」


 リザさんのお陰で、日本の対蹠点付近にまで下がっていたテンションが回復してきた。


 ちょっと火傷したけど悪くない展開だ。

 婆さんへのパンチは止めて、平和路線でいこう。




 ★☆★




 腹時計で3時間程、婆さんの説明が続いた。


 記憶はないけど、僕が他人の長話を苦手にしているのは覚えている。20分以上経つと睡魔との戦いが勃発し、頭をキツツキのように上下に振り始めるんだ。でも、今回はあまりにも衝撃的な内容だったためか、睡魔との戦いに完封勝利した――。



 話の概要は、こうだ。


 僕は、この司祭様(エリザベート)から異世界召喚を受けた。召喚対象は全くのランダム――つまり、僕である必要はなかったらしい。これは残念ではあるが、情けなくも納得できる。


 召喚は一種の特殊魔法だそうだ。

 本来は“召喚石”というレアなアイテムで、召喚者によって指定された人物が召喚されるはずのところ、今回の儀式は“召喚石”が無いのに、強引に行われたそうだ。


 この強引な召喚手段は、異世界の生物をランダム召喚するというだけでなく、成功率自体も0.02%くらいの、超がつくほどの低確率らしい。なので、1日1回の運試し行事として毎朝行われていたそうだ。


 この運試し召喚で呼ばれたのは、直近50年間で4例だけ。どこぞのお百姓さんだったり、牛だったり。前回なんて、鯉だったそうだ。自分で言うのも恥ずかしいけど、今回は意外と大当たり――いや、謙虚に言えば、牛よりはマシじゃない?


 なぜこのような召喚が行われていたのかと言うと、この世界の情勢に理由があるそうだ。


 ロンダルシア大陸――2000年の歴史を持つこの大陸は、まさに剣と魔法のファンタジー世界。およそ1000年前に栄華を極めた古代魔法文明が滅び、現在のロンダルシア暦2000年もまた、文明滅亡の危機に瀕しているという。


 滅亡の原因は何か?

 

 それは、魔物の大量発生――。


 何とも都合よく1000年毎に発生するようで分かりやすい、否、何らかの作為を感じる。はっきり言って、僕なんかを召喚しても滅亡の危機は救えないのではと心配してしまうけどね。まぁ、召喚した側もあまり期待していないようだけど……。


 ところでこのエリザベートさん、実は凄い人らしい。

 50年前、大陸中央にあるグレートデスモス地境から突然魔物の大群が湧き出した。婆さんは、その魔物大暴走を撃退した勇者パーティのメンバーだったとのこと。

 勇者、戦士、僧侶、魔法使い――いわゆる王道パーティの活躍により、一時期はこの大陸に平和が齎された。


 だが、しかし――。


 勇者と僧侶が結婚、余った戦士と嫌々結婚したエリザベートさんは、勇者夫婦と喧嘩になり、東西に別れて建国する。お互いに牽制しあううちに魔物の侵攻におされて両国は衰退、現在は世界のおよそ8割が魔物の支配下にあるという、苦境の真っ只中だそうだ。


 1000年前にも同じような魔物の大氾濫が起き、その際には人類は人口のおよそ95%を失ったんだとか。当時の総人口100万人が、5万人ですか……。

 魔物の大氾濫は、大陸全土を闇に葬った後、はっきりした理由も分からずに終息したらしい。


 ここは東の王国とも呼ばれるフリージア王国――エリザベートさんと戦士ヴェルサスが建てた国。現在、既にヴェルサス王は没し、その子であるヴェルサス2世が細々と治める。中央にある王都でさえ人口は約10万人にまで減少しつつあり、王国内の町や村はそれぞれ孤立を余儀なくされ、自給自足経済を強いられている末期状態――。


 そしてここ、僕が今居るのは、王都からさらに東に位置する、人口僅か50人足らずの名前さえ無い小さな村。分かりにくいから誰か付けてよと言いたいところだけど、村民はエリ村と呼んでいるみたいだ。その通称エリ村は、エリザベート婆さんの避難先で、聖神教という宗教の秘密基地のような場所とのこと。




 何となく状況が分かってきた。


 でも、僕なんかに世界を救うことはできないと思うけどね。せっかく剣と魔法のファンタジー世界に来たんだから、異世界旅行でもしてみるのもいいかな。というか、僕は日本に帰れるんだろうか――。



「召喚されし勇者よ。世界を救ってくれ! 」


「え~っ!? ゆ、勇者!? 」

ロンダルシア大陸には、西のアルン王国、東のフリージア王国という2つの国があります。物語は、南東の大森林の中にあるエリ村から始まります。

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