12.ミルフェ王女との出逢い【挿絵】
リザさんが召喚した精霊たちの活躍もあり、盗賊団の首領ギベリンとの一騎打ちに勝利したボクは、桃色の髪の少女と出逢う。そして、運命の歯車がゆっくりと動き出していく――。
[後天スキル:棒術/初級を習得]
おや? 棒ですか――。
婆様や~、この棒、物干し竿にどうじゃ?
竿にはちっと短いのぅ、歩くのには便利そうじゃ。
婆様には重すぎて、逆に歩けんじゃろが。
そう言う爺様こそ、箸を持つのが精一杯じゃろが。
婆様こそ、茶碗が重くて飯が食えんと――。
老夫婦漫才はやめやめ、12歳がやることじゃない。
えっと、残念ながらレベルは上がってないっと。
太陽は既に空の頂上に登り詰めている。
視線を地平線に戻すと、西には天を衝く大きな山が聳え、北には遥か彼方まで岩石砂漠と草原が続いている。振り返ればエリ村のある大森林だけど、今は前を向き、前へ進みたい。振り返ると帰りたくなってしまいそうな自分がいるから――。
大森林を囲うように伸びる街道上を、血生臭い風が吹き荒ぶ。
「隊長! 死亡者5名、負傷者3名です。ギベリン側は、死亡者2名です。捕縛者13名は目立った抵抗なし、死者は全員埋葬しました! 」
「そうか、ご苦労。それにしても派手にやられたな。ギベリン義賊団がこんな辺境にまで来るとは迂闊だった。Bランク冒険者を雇うべきだったな! それと――リンネと言ったか? まずは礼を言わせてくれ、本当に助かった! ありがとうな! 」
「「ありがとうございました! 」」
護衛の方々が横一列に並び、一斉に頭を下げてきた。
「え、はいっ? でもボク1人の力じゃないです、皆さんが頑張ったから! 」
びっくりし過ぎてあたふたするボクに、護衛隊のリーダーが笑いながら話し掛けてきた。
「いやいや、剛剣のギベリン一騎打ちで倒したんだ、十分誇っていい」
「ボクにはそんな実力はないです。相手の剣が折れただけです。それに、あっちは本気じゃなかった――」
見ている側にも実力差は歴然だったと思う。この勝利がボクの力によるものじゃないのは分かってる。もしかすると、ギベリン自身も自分を止めてくれる存在を待っていたのかもしれない。
何か思うところがあるのか、腕を組んで考え込んでいたリーダーが、決意を込めた眼差しでボクを見つめてきた。
「結果はどうであれ、お嬢ちゃんのお陰で我々は命拾いしたんだ。盗賊団の処遇も任せる。謝礼もさせていただく」
「隊長! 納得いきません!! こいつらに仲間が何人も殺られたんだ! 皆殺しに――」
「黙れ」
「でも――」
「黙れと言っている!! 」
「……」
『俺らも異存はねぇ。好きにすりぁいい』
首領ギベリンは、じっとボクを見つめている。強い覚悟の意思を感じさせる目だ。ボクも、それに応えるように、小さいけど、胸を張って見つめ返す。一瞬、顔が赤くなったのを見逃さない。この人どう見ても30代でしょ――射程範囲広いね!
『ただ――命を奪っておきながら図々しいが、仲間だけでも助けてやってほしい。駄目か? 』
目に涙を浮かべながらギベリンが懇願する。当然、ボクの中では答えは既に決まっている。
「助けます、約束ですから! 」
『っ! 感謝する……』
俯いて涙を流す大男。
彼をじっと見つめるのが申し訳なく感じられて、そっと目線を逸らすついでに空を見上げる。
白く大きな雲がゆっくりと流れてゆく。
小さな芋のような雲たちが追いかける。
その下では、鳥たちが歌いながら森へと飛んで行った――。
この世界の盗賊が何をして、どんな評価を受けているのか、聴かずともこの状況が語っている。性善説を唱えるほど仰々しくはないけど、根っこから腐った人間なんて居ないと思う。悪いことをするにはきっと相応の理由があるはずだ。解決できるのなら手伝ってあげたいと思う。
「その代わり、どうしてこんなことをしたのか話してほしいです」
「それは私も聴きたいわ! 」
リザさんと一緒に10代半ばくらいの女性が馬車から出てきた。
リザさんよりやや背が低く、155cmくらい。白いローブを纏った花のような美少女だ。ピンクの髪が綺麗だけど、日本だったら校則違反で即退学だろうな――。
↑ミルフェ(清水翔三様作)
「あなたが勇者リンネ様ね! 命を助けてもらったこと、心から感謝します。ありがとう! ある程度の事情はリザから聴いたわ」
『第2王女ミルフェ、腐れヴェルサスの娘! 』
少女を睨みつけていたギベリンが吼える。
「ヴェルサス? すみません、ボクはモブの名前を覚えるのかま苦手で――」
「モブ? 命の恩人への自己紹介くらい自分でしたいわ! 初めまして、私は現国王ヴェルサス2世の娘、ミルフェよ! ギベリン、久しぶり。貴方本当に変わったわね。昔は一緒に遊んでくれたのに――」
えっ! モブじゃないじゃん、国王じゃん! だ、大丈夫、通じてない! 不敬罪じゃない!! って、ギベリンとミルフェ王女が知り合い!?
「なんでこんな所に王女様が――」
「こんな所ですみませんね、リンネ様。姫様は、祖母のエリザベート様にお会いするために遠路はるばる王都から来てくださったのよ」
しまった!
リザさんがオコだ。悪意がなくても、エルフの前で森を悪く言うのはNGだった! 話題を変えないと!!
「あ、リザさんは、ミルフェ様を迎えに来ていたんですね! 」
「正解! でも、姫様の用件、リンネ様にも関係があるみたいですよ」
★☆★
その後、ミルフェ様とリザさん、護衛の隊長さん(依頼を受けた冒険者らしい)とボクは情報交換を行った。勿論、盗賊首領ギベリンから得られるだけの情報も交えて――。
それによると、ギベリンは元王国騎士団、それも組織の中枢に位置する近衛隊に所属していたらしい。10年も前になるが、王党派による陰謀に巻き込まれて左遷され、命をも狙われたんだとか。彼の家族は事情を伝えられず、ギベリンが王国を裏切ったことになっているそうだ。なるほど、古今東西よく聴くヘドが出る話だね。
復讐を誓ったギベリンは、同じ境遇に置かれていた元王国騎士団の仲間を集めて盗賊団を組織、王族や悪徳商人を狙って暴虐の限りを尽くしてきたそうだ。彼らを義賊と呼ぶ者も居れば、盗賊と呼ぶ者もいる。ただ、その辺の盗賊団とは一線を画した存在、少数精鋭の秩序ある集団であることは間違いない。
そして今回の襲撃は、とある反王党派からの間接的な依頼を受けてのことらしい。
ボク自身、どちらに正義があるのかなんて政治的な機微は難しくて分からない。今の世界の情勢を考えると、人間が1つに纏まらず、権力闘争を繰り返しているのが信じられないよ。まぁ、それが人間という生き物なのかもしれないけどね――。
ミルフェ王女の訪問の目的は、エリザベートさんへ“ある大切な物”を渡すことだそうだ。それは、この世界に8つあると言い伝えられている召喚石のうちの1つらしい。
「つまり、王宮で厳重に保管されていた1つの召喚石が突然点滅を始めた、ということでしょうか? 」
ボクには、その事実が何を意味するか分からなかったけど、みんなの反応を見ると、どうやら日本での緊急地震速報並にびっくりする出来事らしい。
王女の話をまとめると――。
王宮には太古の昔から[銀の召喚石]が、『召喚石輝くとき魔を滅する力甦るべし』という伝承とともに代々伝えられていたそうな。それが突然点滅を始めたのだから、王宮は蜂の巣をつついた様な大混乱に陥ったとのこと。
どうにも判断がつかなくなった結果、召喚魔法に長けたかつての大魔法使いエリザベートの元へと急遽使者が遣わされたそうだ。
危機管理がなってないですね。でも、自宅のパソコンが突然点滅し始めたら焦るよね、ウィルス対策を万全にしていても! そう考えると同情したくもなるか。
「銀の召喚石――それはリンネ様が本来持つべき石ということなんでしょうね! 銀髪美少女勇者ですし!エリザベート様も、『銀の者を召喚した場合、必ず渡さなくてはならぬ!』と常々言っておきながら、痴呆が進行しているのか、『何を渡すのかという肝心なことを忘れたから、とりあえず小遣いを渡しておいた』って言ってましたよ」
リザさん、微妙にエリ婆さんをディスるね。まぁ、デイサービス頑張って下さい。それにしても、銀の者って何よ? 危うく百姓の白髪や牛の角や鯉の鱗がヒットしそうな曖昧さだね!
「今持ってきています、銀の召喚石。ほんと、これが盗賊に奪われていたらと思うと――」
ミルフェ王女はギベリンを睨み付けながら、馬車へと駆けて行き、すぐに戻ってきた。
そして、箱に納められた召喚石をボクに手渡す。
召喚石は、定められた者にしか触れることが許されないそうだ。ボクも怖くて直接触るのは嫌かな。
『ふん、そんな石ころには興味ねぇよ! そんなことより、リンネは――いや、リンネ様は、あの伝承の勇者なのか!? 』
「「えっ!? 」」
リザさん以外、皆がびっくりしている。
勿論、ボクも。
改めてスケールの大きさ、事の重大さに。
場に緊張が流れる。
リザさんだけが、ボクの正体を知っているかのように落ち着き払っている。
「それは間違いありません、確かにリンネ様は召喚された勇者様です! だって、こんなにも天使のように可愛くて――」
「はいはい、頑張りますよっ! 本当に勇者なのかは分かりませんが、確かに召喚されましたね。ボクの許可もなく、いきなり! 」
勘違いだった。
リザさんがポンコツエルフなのを忘れていた!
ボクの正体を知っている人が居たら教えてほしいと思ったんだけど、多分、神のみぞ知るってやつでしょうね。
『こんなちびっこに負けて、俺はもう死ぬしかねぇと思っていたんだが――まさかの勇者だったか! 逆に光栄だぜ。生かしてくれ、是非貴女の力になりたい! 』
ギベリンが生き返ったような表情でボクに肉薄し、目の前で土下座をしてきた。
その姿を真剣に見つめながら、ボクと彼との間に護衛隊のリーダーが割り込んでくる。
「お前の処遇はリンネに委ねているから、俺がこんな口を挟むのも烏滸がましいが、これだけは言わせてくれ。元王国騎士団近衛隊だかなんだか知らないが、盗賊を容易く信用すべきではない! しかも、このニヤケ顔が俺は気に食わない! リンネ、判断には十分気をつけてくれ」
場に沈黙が流れる。
「隊長さん、分かりました。ご忠告ありがとうございます。けど、十分に考えた上で、彼を救おうと決めました」
再び深い沈黙――。
その沈黙を再びボクが破る。
「理由は2つあります。まず、ボク自身、力を与えられた身です。その力は魔物に対してだけ使いたい。人を殺すためには使いたくないんです」
誰も口を挟まない。
沈黙を、三度ボクが破る。
「それともう1つ。ボクは、彼らがきっとやり直せると信じています。生きている限り、その権利がある! きっと家族を、世界を変えられると――」
★☆★
結局、ボクは盗賊団全員をその場で解放した。
この世界の常識なんて知りようがないけど、たとえ再び敵側に回ろうとも、何度でも助けてあげようと思っている。
世の中、キレイ事だけでは済まされないのは重々承知しているよ。だけど、ここは日本じゃない。ここが夢と希望のファンタジー世界だと信じたいから。だからボクは、みんなに、世界に期待したいんだ。
そして、ミルフェ王女はと言うと、ボクに召喚石を渡すことが使命だと考えたようで、エリ婆さんには会いには行かないそうだ。
「この召喚石で、他の誰かを召喚したりは出来ないんですか? 」
召喚石と言うくらいだから、望む者をポンポン召喚できるんじゃないかと短絡的に考えちゃう。
「そうですね、召喚石を用いた召喚術は失伝しているのではっきりしたことは分かりませんが――一説によると、召喚石は最初に召喚された者にしか扱えないとか。それと、点滅を始めた召喚石は、召喚済の証と言われています。つまり、もう使えませんね」
あれ?
ミルフェ王女の説明は矛盾してない?
そうすると、ボクは何なの? あれれ?
召喚石による召喚が、召喚された者にしかできないということは、最初の召喚は召喚石では行えないことになるから――まぁ、1人目の召喚はイレギュラーでしかあり得ないのかな?
深く考えないにしよう。
頭痛が痛い。これ重言の代表選手。
「では、この召喚石を持っているだけで魔法が使えるようになるとか、ありませんか? 」
「残念ながら、今となってはただの身分証明書ですね」
あらま、期待外れ。召喚石はアイテムボックスの肥やしという訳か。仕方ない、しばらく棒でも振って生きますか。勇者が棒って、どうなんですかね――。
「リンネ様はフィーネの町を目指しているんでしたよね? 」
「町の名前は分かりませんが、エリ村から一番近い町で冒険者登録をしようと思っています。できれば今日中に――」
「なるほど、我々の使命は無事に果たされましたし、馬車でお送りしますよ! 勇者様といろいろお話したいですし、お礼の件もありますし! 」
お、ラッキーだ!
可愛いお姫様と同乗の馬車旅!!
何だか、さりげなく王女の護衛にされてるんじゃないかという説もありますけど――断る理由なんてない! 正直、ここからあと20kmも歩きたくないんだよね!
「是非、宜しくお願いします。正直助かります! 」
「リンネ様、私は村に戻りますね。今日は助かりました! 」
あれ!?
静かに耳を傾けていたリザさんが、帰宅宣言をしてきた。まぁ、事情を考えると仕方ない。エリ婆さんにいろいろ報告しないといけないし。とても残念だけど。
ちなみに、ミルフェ王女様には鑑定眼が効きませんでした。この子、可愛い顔して只者じゃないね。
そして、傾きかけた太陽を正面に浴び、フィーネに向けて馬車が動き出す。
人物関係について補足します。
現国王はヴェルサス2世、その父はヴェルサス1世で、母はエリザベートさん。かつての勇者アルンパーティの一翼を担った戦士と魔法使いです。その第2王女がミルフェ。実は現国王には男2人、女2人の4人の子どもがいるそうです。そのうち出てくるかもしれません。