Interlude~花 a
花ちゃん、高校1年生。
真面目な、普通の女子高生です。
三月田君と出会って、そして。
わたしが彼に会ったのは、高校1年生の春。
同じクラスの彼は、当初から女子の間で話題になっていた。なんというか、立ち居振る舞いが他の男子と違ったのだ。
王子様というわけではない。びっくりするほど美男子というわけでもない。まあいわゆるイケメンの部類には入っていたが。
女子はとにかく目ざとい。髪型や眉の形だけじゃない、持ち物から学食のメニューから何から何まで徹底的にチェックする。三分の一はひと目で脱落する。残りの60%強から自分たちとの適性をはかっていく。おしゃべりに値するか、グループとして認識するか、付き合ってもいいかどうか。入学後、2,3日でクラス内の女子グループのおおよそは決定する。その後まもなく、男子の批評がはじまるのだ。
幸いわたしはコミニュケーションが不得意な方ではない。人付き合いは苦手な方だが、表には出さないようにしているの。得意と苦手は違うのだ。最初の数日で脱落してしまうと、3年は実に厳しい。女子の世界は厳しいように見えるが、意外と脱落しかけている人を見つけては声をかけ、引き入れている。なるべく超初期に。そこで数度にわたって拒否なりされるとあっさり手を引く。二度と声かけはしない。シビアだ。
どこにでもいじめはあるものだが、女子だって別にしたくてやっているわけじゃあない。漫画にでてくるような仲良しグループはわたしたちにとっても憧れなのだから。ハブられてると感じている人は、ひょっとして最初に手を振り払っているんじゃないかと思ったりもする。もしくは伸ばされた手に気づかなかったのか。
わたしたちのクラスは、仲が良かったと思う。進学コースでも上位が集まっていたからかもしれない。いらぬことで内申に響くのも面倒だし、表面上だけでもいい子にしている必要があったように思う。
ただ、わたしは楽しみたかった。高校生活でしかできない楽しみを味わいたかった。
下らないことで笑ったり、男子の話題に盛り上がったり、化粧やアクセサリー、それこそ男子の前では言えない色んな……そういう話とか、一瞬で過ぎ去る青春時代を楽しみたかった。
男子はどうだったのかなんて知らない。
彼のいたグループは、わたしの属する7人組ととても仲がよかったように思う。いつも一緒にいるってわけじゃあなかったけれど、よく話はしたと思う。10年経った今でも交流があるほどだ。7人組の誰かは、彼のことが好きだったのかな、なんて思い返すこともある。
誰も彼に告白してはいなかった。彼の雰囲気が独特すぎて、周囲の、もう少しお気楽な男子を狙っていたのかもしれない。その方が現実的だし。実際彼のグループと、うちのグループで、付き合ってる子もいたし。
彼はいい子だと思う。素直でまっすぐで。何か隠し事してるっぽいとこも含め。
誰のことも悪く言わないし、逆に悪口を聞いて落ち込んだりしてた。しかしそれを含めて前に進もうとする。なんでこんな子が世の中にいるんだ?ってくらい純粋で、わたしたちの手には余るというのが当初の彼に関する感想だ。
まあ見事なまでの上から目線だが、女子の冷静さは生まれた時からなので許して欲しい。
わたしも正直、彼とどう接すればいいのか今ひとつ掴めないでいた。その他の男子と同じ枠内、ということでおしゃべりをしたし、テスト勉強をしたりもした。うん、みんなで放課後、教室に残っていただけなんだけどね。
そういえば、あれはたしか6月。テスト明けに山登りなんて行事があって、なんでこの暑いまたは梅雨時に山に登らないといけないのか、とブーイングの中開催された。
クラスには運動に長けたものもいれば、そうじゃないものもいる。わたしがいい例だ。なんというか、センスがないのだ。すぐ息が切れるし(後に喘息持ちであることが発覚したのだが)。他にも運動が苦手なものも何人かいて、山に登るとなると列は「早く頂上へ」の元気ハツラツ組、「昼までにつけばいいんじゃね?」の平均的な者、「ちょっとまってマジで」な必死組と長く伸びる。
わたしは後ろから2番め、3番めを息を切らしながら歩いていた。
1本道、迷うことはない。先生方も気楽に先を行っている。姿が見えない。
ふぅ、と息をついてまわりを見回す。目的地はまだ先だ。2,3日前に降った雨のせいで道はまだぬかるんでいる場所がある。スニーカーは随分汚れた。帰ったら洗わなければ。
後ろにまだ誰かいるんだろうか、わたしが最後かもしれないと振り返ったら、彼がいた。
彼の運動神経はいいほうだと認識している。走るのも速かったかと。
なんで一番最後を歩いてるんだろう。もしかして具合でも悪いのか。
驚いて見つめていると、彼が視線に気づき、すこしばかりドギマギした。
「あ、この季節の緑ってすごいきれいだよね」
その返しにこちらが驚いた。
「その、ほら、こういう新芽とか。きれいな緑だよね。なんか元気になる」
枝を指差す。
「あ……本当」
と、同時にわたしは彼の行動の意味を悟った。
一番後ろを歩いていた理由。
女の子を最後に歩かせてはいけない、と、殿を務めていてくれていたのだ。ごく自然に。
今の今まで、わたしでさえ気づかなかったほど自然に。
同じ枝、同じ緑を見て、彼はこの上ない最高の笑顔を返してきた。
彼は三月田一希。
わたしの、特別な……特別な人。
続きもどうぞ、お楽しみに。