primo movimento(第1楽章)-f
ボーカロイドソフトを立ち上げる。久しぶりだ。
木製ロボの主題となる曲も通ったし、簡単なメロディーだけだが、20曲くらい作ってある。あとは色々かぶせるだけだ。
仕事はこれで一段落。
やっと本業に関係のない、ボカロ作業ができる。
50センチほどのちっさなキーボードを膝にのせ(つくづく膝で作業が好きなんだと思う)、
メロディをカタカタと打ち込む。これはCubaseってソフトを使ってる。慣れてるから。
ついつい和音で弾いてしまうけれど、あとで消すことにして。
僕はあまり、メロディーを奏でるのに困ったことがない。イメージがあればそれがそのまま降りてくる感じ。
ときどき、色や文字、数字に音を感じる人がいるというが、おそらく僕はその部類。
イメージさえ湧けば、フルオーケストレーションで音楽が降りてくる。
師匠は「たまにそういう人間がいるが、便利で羨ましいこった」とおっしゃっていた。作曲をするものが皆そういう手を使っているわけではないってことだろう。人それぞれなんだろうな。
降りてきたものを1つずつ音として記録していくのはもどかしい。苛々することがよくある。
作業が心に追いつかない。
ここだけの話、前にキーボードを一つ壊してしまったことがある。殴ったら壊れた。
そして作業が滞った。
うん、バカだね。
殴ったっていうか叩いたっていうか。場所が悪かったのかな、非力なはずの僕が壊せるはずもないだろうに、なんか反応しなくなって。ほんっと申し訳ないことをした。すぐに修理にだしたよ。
それほど、もどかしいんだ。
進まないってことは。
バタバタと入力し、ボカロソフトに移す。
いつものことだが、再生すると微妙すぎる結果になる。素のままだとどうしてもこうなる。
テンポやらなんやら調整する。♪=112 でいいかな。
膝に載せるものをキーボードからペンタブに変え。
長さと音を切ったり貼ったり。歌詞をいれると音をさらに割ることになるので、ここらの作業はかなり適当だ。
声はどれにしようかな。
ボーカロイドもたくさんの種類が出るようになった。根強い人気なのは、ユーザーが爆発的に増えた、あのツインテールの子の、バージョン。音声としては後発のモノで優れているものがあるが、初めて手にした電子の声というのはどうしても手放せず、この声で仕上げることが多い。
とても扱いづらいけど、毎回躓く部分が出てくるんだけれど、だからかな。手のかかる子ほど、みたいな。愛着はひとしおなんだ。
歌詞を入力し、流しこむ。
「違う、そこ違う」
苦笑しながら入れ替える。このソフト触ったことある人ならわかってくれると思う。
少しずつ入れておかないと歌詞がえらいことになるんだ。
マークシートで回答したものが、ひとつずつズレてたときのことを思い出してみて欲しい。あんな現象が起きてしまう。
だからひとつひとつ入れていたこともあったな。
入力しなおすより、こつこつ入力したほうが精神的に楽だと思った頃があって。
どっちにしても面倒くさいんだけどね。
そもそもあれだ。歌詞を書くとか、そういうことが苦手なんだよ。
高遠野さんにお願いしたこともあったんだけど、「はぁ?」で終わった。
彼女は言葉につよいので、おかしいところは外国語に変えたいところのチェックくらいはしてくれるんだけれど。
そういえば、今頃彼女は何をしているんだろう。
こんな時間だ。もう眠っているかな。
彼女に会う日までに、この曲は仕上げたい。
いつだって一番最初に聴いて欲しい。
リアルで、僕がボカロPをしていることを知っているのはこの世で高遠野さんだけ(ひょっとして姉さんは知ってたかもしれないけど、門外漢だったし)。
全ての作品を気に入ってもらっているわけじゃない。
これは無理、これはちょっと。正直に言ってくれる。
僕がそっかー、と、ボツにしたり直そうとしたりするとひっぱたかれる。
全てを気に入ってもらおうとするな。
個人的な趣味もあれば好みもある。ただ一人に気に入るものを作っていてはいけない。
いろんなモノに挑戦していかなくっちゃ。
誰かの枠に入らないで。
あの頃の僕は、彼女の価値が中心で、
師匠にどれほど賞賛されても、高遠野さんが首をかしげたら、僕にはNGだった。
批評家、審査員は専門家だ。彼らの評価は確かに大切だと思う。
だけど、世界の大半は専門外の人たちだ。高遠野さんのように。
そして音楽はみんなのものだ。
そう思っていた。
だからこそ、彼女の評価は絶対だと思ってた。
間違ってたけど。
彼女の言うとおりだった。高遠野さんのお気に入り・気に入らないという事項、それ以上に大切なのは前に進むことだった。新しいことに挑戦し、新しい音を作り続けること。これこそ世界に幅をもたせ、奥行きを広げるために必要不可欠なこと。彼女は僕が無意識にかけていたストッパーを外させた。限界値をなくしてくれた。
すごいなあって思う。
高校1年生で出会って10年。彼女には驚かされてばかりだ。
僕が気づかないこと、気づけなかったこと、道を違えそうになったとき、諦めかけたとき、
彼女に導かれていたんだ。いつだって彼女の存在が僕に勇気をくれた。
全力で走っていけるのも。
心の嵐さえ踏み台にして、上へとのぼっていけるのも。
彼女にとって僕はなんだろう。
同窓生?
ともだち?
音楽出力端子?
ああ、どう思われてたって構わないや。
彼女さえいてくれたら、それでいい。
カタカタとキーボードを打つ。
さくさくとペンタブレットを動かす。
トントンと鍵盤をたたいて。
一つの歌が、音楽ができあがってゆく。電子の歌姫が息づき始める。
新しい宇宙が、生まれる。
続きは近々☆