primo movimento(第1楽章)-d
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飯島『それで神谷くん(キャラクターデザイン)には「葉っぱみたいなキャラクターを」とお願いしたら、「葉っぱ隊っすか」とか言われて(笑)』
三谷『(笑)』
飯島『いや、全裸はいかんだろう、全裸は。ねえ?』
神谷『葉っぱといえば葉っぱ隊じゃないですか。だから僕、困って』
飯島『ゴシックみたいな、それでいて英国の妖精みたいな風でもあってとも言ったのにそこは無視されまして』
神谷『もう監督の世界観についていけなくてですね。三月田くんも横で真っ青になってるんですよ。葉っぱ隊でゴシックで妖精って。横で葉っぱ隊検索してましたね』
三谷『三月田さんといえば、今回音楽を担当されていましたね』
飯島『そうそう。葉っぱ隊の動画困惑してましたね、彼。これで断られるな、と思いました。いやいや違うから。もっと優美な感じですからって俺は必死で言い訳しました。いや葉っぱ隊が優美でないといいませんけれど(笑)』
神谷『そのあとにオーバーロード(主人公らが登場するヒトガタロボット)の素材は木だよって新たな爆弾投下ですよ。木製だからヨロシクって監督が。田宮さん(メカニックデザイン)なんてグラス片手に遠い目になってた』
三谷『まさかの木製ロボでしたもんね』
神谷『三月田くんは初耳だったらしく、人間ってこんなに目を見開けるんだってくらいのすごい顔で呆然自失』
飯島『金属がほぼ採取できない土地って設定なんだから仕方ないじゃないですか。固いし柔軟性あるすごいのがあるんです! 俺らの知ってる木じゃないし。あっちの世界の木だからいいんです』
神谷『ほぼ力づくで田宮さんが形にしてくれましてね。なのに監督めっちゃダメ出し(笑)。鬼だ、鬼に違いないこの人なんて思いましたね』
三谷『仕上がりがカッコ良かったからいいんじゃないですか』
飯島『でしょ?』
神谷『三月田くんの音楽と田宮さんのデザインでほぼ乗り切ったって感じ。ありがとう、アニメのヒットはあんたらのおかげだ』
三谷『いやいや、キャラクターデザインもすばらしかったと思いますよ。私としてはミナさんのお尻が』
神谷『そこきますかー(笑)』
(「青なる空のディスティリア」ムック本インタビューより)
キーボードの前に座って右端から左端まで指を走らせる。
カタカタカタカタ。
88鍵分の音が鳴る。
CDE……の音よりも、木が金属にあたる音しか今の彼には認識できない。そう、三月田一希は今、行き詰まっている。
担当するアニメーションの音楽では、数十曲を製作しなくてはいけない。ボツになる分をかんがみれば、100曲は下らない。それだけの数がいる。
いくつか作ってはみたが、先日の打ち合わせで「これは違うな」と全て破棄してしまった。
青い空、草原の緑。漆黒の森。鏡の湖。
プラス、滑走する木製のリアルロボット。木製!? 監督の発言に心の底から驚いた。未知の金属じゃないんだ、木なのか、木? はぁ?
わけがわからん、一希は頭を抱えたものだ。
すごく固くて、すごく柔軟性のある、まあ未知の金属って言えなくもないが、金属じゃないからね。金属ほとんど採れない世界の話だからね、そこ大事。よろしくね。
ロボデザインの田宮さんも血の気が引いていたなあ、一希は打ち合わせ場面を思い起こしなからまた鍵盤をひとつたたいた。
キーボードの前でかれこれ数時間、逡巡している。
まだ音は降りてこない。
キーボードの上に載せたノートパソコンと、雑な設定資料を繰りながらただぼーっとしているだけだ。
こんなことをしていても始まらない。練習曲であるハノン1曲目をバリエーションで弾いてみたり、モーツァルトのトルコ行進曲をジャズ風に流してみたり。
「なにしてるんだろう、僕」
監督の言いたいこと、伝えたい事はなんとなくわかっている。わざわざ自分に音楽を発注してくれた。その意味するところも理解しているつもりだ。
期待に応えたいなあ。できれば期待以上のものを作りたいなあ、一希は思う。でもそれは必ずしも叶わない。
プロであるからには、プロらしい作品を上げなければならない。それは200%の出来でなくともかまわない。100%でなくてもいい。80%でいいのだ。それを期日までに必ず仕上げる。
これで生きているのだから、落とすわけにはいかない。引き受けたのだから、成し遂げねばならない。高校卒業時から、いや、大学入試準備の頃から音楽でやってきた。音楽の労働に携わって10年ほどになる。もうそろそろ要領よくなってもいいんじゃないか、一希は額に大きな手を当ててうなった。
と、ノートPCのアイコンが光った。
「あ」
思わず声が出る。
メッセンジャーだ。おそらくは、高遠野花からのメッセージ。
数日ぶりの連絡だ。
一希はアイコンをクリックする。
『おっすー』『ごはんちゃんと食べてるかー。追いつめられてないかー』
花からだった。帰宅したのだろうか。時計をみると22時を回っている。こんな時間まで彼女は働いていたのか。
『ごはん忘れていました』
『やっぱそうかー。食べなよー。わたしもこれから晩ごはんだあ』
他愛のない会話。一人暮らしを始めてから、人と会話する機会が減った一希にとっては、たとえ文字の会話であっても嬉しい。一人で音を作り、一人で編曲し……そんな毎日だ。スタジオ入りしたときは大勢の人に囲まれてはいるけれど。
『今日も仕事だったの?』
『今度のアニメのやつやってますよ』
『ふむ。あ、電子レンジ呼んでるからちょっと待って』
数分ののち、花復活。
『グラタン落とした。大惨事』
「えええ」
文字での会話のはずなのに、一希は思わず声に出した。
『何してるの、やけどしてない? 大丈夫?』
『大丈夫だけど大惨事中。なんかどうでもよくなってパン食べてる』
情景が目に浮かぶ。花はひきちぎるようにパンをかじっているのだろう。
『なんかイライラしてるからイライラ』
『どうしたの』
『仕事イラッとした。パン固い』
ふふっと、一希は笑う。こういう日常会話に飢えていたといっていい。ここ3日ほどだれとも口を聞いていなかったのだ。コンビニで買い物をした際、あたためますかの返事と、ありがとう、と礼を言った事以外で何か声を出したっけ。
『できぬセンパイにケチつけられた。ムッカー』
『うん』
『ここの訳はどうのこうのって指摘入れられても、それじゃあニュアンス違うんだよ! 変わっちゃうんだよ! あんたのセンスは微妙すぎるんだよわたしらの方が正しいってばあああああああって言いたかった』『でも言えなかったの。大人だから』
花は語学力を活かして、とある企業で主に翻訳の仕事をしている。英語とドイツ語フランス語、あとイタリア語が少し、らしい。
『センパイだし、あいついつか上司になっちゃうかもだし。センパイ訳で相手側の解釈が大きく変わらないのだったらこっちが折れるしかないんだけどなんか腹立つ。ってなってたの』
『うん』
『世の中、腹立つ事っていっぱいあるなあと思ったらなんか悲しくなった』
『そだね』
『グラタン落ちた』
『落ちたね』
『ごめん』
突然の謝罪に一希はとまどう。
『わたしばっか愚痴愚痴いってごめん。カズくんも仕事だったよね』
『いや別に。行き詰まっててなんにもできてないから』
『だめじゃん!』
だめなんだけど出来無いんだからどうしようもなくて、と一希は思う。
いざとなったらひねり出すしかない。覚悟はしてる。
『さあ、愚痴れ。愚痴ってみ? 花さん聞いて差し上げてもよくってよ』
そう言われて愚痴れるものでもない。女性って色々強引なもんだなあ、言えないけれど。一希は冷えきったコーヒーを口にした。
『そう言われましても』
『言われましてもってか! 何か言え。言うのだ』『わたしばかり愚痴ってたら割があわん』
……意味がわからない……。
少し間を置いてから、一希は文字を打ち込んだ。
『あのですね』『高遠野さんは、青い空ときいてどんな音を思い浮かべますか?』
青い空。滑空する大きな大きなリアルロボット。
イメージボードに描かれていた絵だ。
『青い空ですかー』
続いて表示される文字。
『らっぱかなあ。トランペットじゃなくって、喇叭!』
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『パラッパラッパーって』
それ違う。ちょっと違う。
違うけれど……、一希はシンセサイザー・キーボードの画面をいくつか叩いた。5回叩いたところで金管楽器を呼び出す。
『草原、すごい広い草原と大空なのですが』
『じゃあ、パラッパラッパー、スタタタタ(足音)』
一希はサンプル音を順に鳴らす。ヘッドフォンから聞こえる金管楽器。
ああ、そうだ。
彼女はすごい。
いともたやすく僕の引き出しを開けてくれる。錆びついたものも、忘れていたものも。
僕の世界をたった一言で広げてくれる。
1,3,5で音を鳴らす。親指・中指・小指。
一希はキーボードに向き直った。
もうメッセンジャーの画面も彼の目には映らない。
たまに更新される花の言葉は、放置されていても雑言にはなることはない。
『何かひらめいたな』『できたら聴かせるんだぞー』『ご飯たべろよー』
星のきらめきのように落ちてくる音の波に包まれ、一希は黙々とキーボードをたたき、五線譜に鉛筆でさらりと音符を書きつける。
その手は夜が明けるまで止まることはなかった。
続きはたぶん、明日の夜に。