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primo movimento-(第1楽章)b


僕が彼女と出会ったのは、高校に入った年だった。

クラスが同じだった。

その頃の彼女はショートカットで、活発な女の子といった風情だった。あっという間に友人をつくり、いつも楽しそうに談笑していたのを思い出す。

僕はよくも悪くもごく普通の男子で、適当に徒党を組んだり組まなかったり。高遠野さんとの接点はどこにもなかった。

女の子に興味はあるものの、今ひとつ踏み出せない僕ら。小学生のように性別を超えて休み時間に遊ぶとか、高校生にもなってできるわけもない。男同士でうだうだ流行りのゲームやグラビアやアニメやらの話をしてた。あとは数学と物理の話だったかな。

それはそれで楽しかったよ。くだらない話題でばかり盛り上がってさ。ガロア理論について議論していたはずなのに、いつの間にか鉛筆でフェンシングの真似しながら決闘してたり、ほんとバカな高校生男子だったさ。

高校には高校生でしか楽しめない、その時期しか味わえない不思議な雰囲気があって。僕らはラッキーな事に、本当に運良く恩恵に預かることができたんだと思う。高校生でしか味わえない、苦痛や苦しみだってあったはずなのだから。


のんびりしてるように見える僕にすら、いろいろと大変なこともあったくらいなんだから。


でも少なくとも僕には、高遠野さんがいて。彼女と会話ができて、たくさんのストレスや苦しみから解放されていたんだと思う。

もしかすると僕だけが解放されていて、彼女は彼女で苦しい日々を送っていたのかもしれない。まるでわからなかったけど、気づかなかったけど。もしそうだったら申し訳ない。


高遠野さんと話すきっかけになったのは、何度目かの席替えで前と後ろになったからだ。彼女が窓際前から4番目、僕が5番目だった。

そしてもう一つ。選択科目がふたりとも音楽だったこと。

リコーダーは必須で、アルトを使用することになっていた。少し遠い中学だった彼女は、今までソプラノリコーダーしか使ったことのなかったらしく、ちょっとばかり困っていた。音楽の授業では、中学からアルトリコーダーを使用していた子が多くって、戸惑っていたらしい。とにかく追いつかなくっちゃと1週間ほどでモノにしていたけれど、どうしてもソプラノの癖がでそうになって指が惑うと。ついでに言えば、テナー・バスリコーダーも持ち回りで吹くんだけど、指が届かないと。補助ついてても小指がプルプルして届かないと。音楽室へ移動する際、リコーダーと教科書を取り出しながらブツブツ言ってたんだ。

相槌をうちつつ、僕は高遠野さんの手をちらっとみて。

その時はじめて、女の子の手って小さいんだって気づいたんだ。

小さくてふわふわしてて、なるほど、これでバスリコーダーはたしかにキツイよなって思った。

僕の手はやや大きめで、指が長く、よく開く。開くのは訓練の賜物として、大きさは生まれつき。ピアノをやるものにとっては強みた。「狙った音に手が届かない」のは致命的だから。

ああ、そうだ。僕その頃、小さい頃からピアノやってるって誰にも言ってなかったんだよね。中学から一緒の子の中には知ってる奴もいたと思うけど。

そういうのって後々面倒くさいことになりそうな気がして。昔ちょっとあったもんで。

ちゃんと話したのは、その相槌が最初だったんだな。そうか、そうだったな。

席が前後ってこともあって、それからちょこちょこ話すようになって。

あるときベートーベンの話になってさ。


前日、何を思ったか僕は三大ソナタ(「月光」・「熱情」・「悲愴」)を一気に弾いて、軽い疲れと興奮を伴ったままで。心に熱を帯びていたせいか、ついその話をしてしまって。

ああ、ヤバイって。

男がピアノやってるのに偏見もってる女子って結構多くてさ。女々しいって感じる子とか、逆に勝手な妄想で王子扱いしてくる子とか。本当に困ること何度もあったんだ。だから話さないようにしてたのに、どうかしてたんだけどね。

高遠野さんは、ごく自然にこう応えた。

「そうなんだ。いいよねソナタ! あたしは『月光』の第三楽章をはじめて聴いた時、すごい感動して!」

まあ習い事に関しては見事にスルーだったよね。

こんなだったらもっと早くからピアノやってるんだぁとか言ってもよかったんじゃない?ってくらい。4月頭の自己紹介で言ってもよかったかな、って思ったくらい。

「彼自身は別に『月光』って名づけてなかったって言うじゃない? そりゃそうよね、第三楽章聴いたら、これじゃあ月が爆発するわって勢いだもんね。でも第一楽章は、タイトルしらなくても真っ黒な鏡みたいな湖に映る月の光しか思い浮かばない。こう、お城と、森と、深夜にぽっかり浮かぶ月と、湖」

キラキラと目を輝かせて心に浮かんだ情景を言葉にしてる彼女は、本当に素敵で。

こんな話ができる人と会ったことがなくって。

レッスンの時は先生と二人っきりだし、合同のときってみんな怖い顔して楽譜を見つめ、声をかけるのも躊躇われるほどピリピリしてたし。

僕は本当に、すごくすごく嬉しくって、楽しかったんだ。


それから僕らは、休み時間とか、ベルがなって先生がやってくるまでとか、よく話すようになった。今日の古文はどうだったとか、ここの公式が納得行かないとか。

彼女は文系科目に異様に強かったし、僕が理数系が強かった。

つまり助け合うことができたわけで。

彼女の友人たち、僕の友人たち。クラスのみんな。

奇跡的にまとまっていたんじゃないかな。


高校一年、秋。暦では秋だけど、夏だろ、残暑だろって頃。

文化祭までまだだいぶんとあった頃。

僕はかなり思い切ったことをしようとしてた。

CDを1枚、学校に持って行ったんだ。

僕が作った音楽。

僕以外、誰もしらない曲。

彼女に、高遠野さんに聴いてみてほしくて。

昨日の夜、CDに焼いて、ちゃんと書き込まれてるか何度も確かめて。

家を出る時から挙動不審になってたくらい、ドキドキした。

音楽というものはとても怖くって、他人が作った曲をなぞっても人間性が出てしまう。奏でた者の心が、音と一緒に流れる。

曲は、自分にしては上手く出来たと思う。本格的に編曲までしたのは初めてだ。

でも、これを聴いた高遠野さんはどんな顔をするだろう。どんな気持ちになるだろう。

そもそも聴いてもらえるのだろうか。

再生後数秒で停止ボタンを押されはしないだろうか。本当に気に入らなければ、彼女ならそうする。そういうハッキリした人だ。

そうして嫌われてしまわないだろうか。もう話はできないんじゃないか。

そんなことばかり考えてた。

朝のHRでも、休憩時間も昼休みも渡せなかった。

話を切り出すこともできなかった。

様子のおかしい僕に、不思議そうな顔な彼女。

「飴あげる」

とか言われた。違う、そうじゃなくって。

ああ、僕って根性ないなあ。

放課後、ゴミ捨てから帰ってきたらまだ彼女は教室に残っていてさ。

窓際、開け放たれた四角い空間からは風が流れ生成り色のカーテンが揺れていた。

「あっちぃ」

小さなタオルで汗を拭きながら、彼女は身体をひねり、僕の机に向かって何かを書いていた。組まれた足で蹴られそうな雰囲気。ちょっとこわかった。

「帰らないの?」

僕は尋ねた。

「帰るってか、小清水に文化祭でのクラスの出し物草案を出せって言われてて」

小清水ってのは担任の名前だ。

そうだった、高遠野さんはクラス委員長だった。

副担任みたいとまではいかないけど、雑用を仰せつかることのおおい役職だ。

「家でやるのもかったるいから、ガッコでやっちゃおうと思ったのねー」

カチカチ、とシャーペンを鳴らす。

「お化け屋敷的なものはNGなんだって。喫茶店や屋台は保健所がどうのこうの。その手間をやりがいとして感じるかどうかっての、あるわよね」

パタパタを手で顔を仰ぐ。今日の最高気温は多分、32度。

「暑いー」

僕も暑かった。すごく暑かった。心拍数が上がっていくのを感じた。

「えっと、あの。高遠野さん」

僕は鞄からCDを取り出した。レーベルになにもない、真っ白いCD。

「これ聴きなよ」

「え?」

彼女は目を丸くして僕を見た。そしてクスッと笑った。

不機嫌そうに作業をしている自分を気遣ったと思ったのだろう。違うんだけど。

「あたし、今プレーヤー持ってないよ」

笑顔のまま、彼女はそう答えた。普通はそうだろ。

だけど僕は、

「ああ、CDウォークマン持ってるから使って」

ゴソゴソとプレーヤーを取り出す。どんどん早口になってく。

「えーっと、じゃあ僕ちょっとコンビニ行ってくるから!」

あたふたと僕は財布を手に教室を走り出た。

びっくりした顔の高遠野さんを置いて。


初恋ってドキドキするよね! 続きは明日深夜に。

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