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Il secondo movimento(第2楽章)-a

三月田君、今日も監督とキャバクラ打ち合わせで憂鬱です。



気のせいかもしれないが、監督とかプロデューサーという肩書を持つ人間というのはひたすら酒と女が好きなのではないか。


三月田一希は考える。


女性がプロデューサーだった仕事もあったが、彼女もやはり酒と女が好きだった。


打ち合わせと称したキャバクラでの飲み会は何度目だろう。一希はザルのためアルコールに関しては苦でもないが、この空気は何度経験しても受け付けない。度々聞こえる男の野太い声や、女の嬌声、品のない笑い声。どれをとっても美しさのかけらもない。そもそも騒々しいのはあまり好きではないのだ。


付き合いも仕事のうち、と、割り切っているつもりであるし、楽しんでいるふりはできていると思う。それが精一杯だ。


「まあそんなこんなで、第2期が決定しております! 皆様のおかげであります!」

例の木製ロボアニメは思いの外(と言っては失礼なのだが)好評で、続編が決まっている。というか、最初から2期構成。

「この、突拍子もない設定ではじめたアニメではありますが! 円盤の売れ行きもよく!

 各キャラクターに妄想を抱いてくれたファンの方々のおかげで! グッズも売れ! スポンサーの覚えめでたく……」

酒を片手に上機嫌な監督を、あたたかく見守りながら一希はポッキーをぽりりと食べた。

(これ1本いくら換算になるだろう)


木製ロボアニメは、一見素っ頓狂に見えつつ、実は正攻法でたたみかけるストーリーだ。ボイミーツガールであり、ジュブナイルであり、いい年した男の苦悩も適宜盛り込まれており。

ところどころ現代的要素も組み込まれているが、話自体はわかりやすい……と、一希は考えている。視聴者をほったらかしで話をすすめてもしようがないし。

花が言うには、いわゆる群像劇であり、いずれかの人物に感情移入しやすい構成になっているらしい。「感情移入しちゃったらハマるじゃない? というか、普通に面白いと思うわよ」とのことであった。


自分が参加している作品が成功しているのはとてもうれしい。

認められているということであるし、次の仕事に繋がる。


高校時代、学校に内緒で楽譜のクリーンアップのバイトをしていたこと。作曲コンクールに出品してはとにかく賞金を稼いでいたこと。大学に入ってからは空き時間を利用して師匠の経理を手伝ったり、スタジオ雑務をこなし、体力的にギリギリだったことを考えると、今の状況はとにもかくにもありがたい。

仕事があり、収入があるのは本当に助かる。

新しい音源を手に入れることも、スタジオを借りることも、珍しい民族楽器を手に入れることも、全て可能になるのだから。


「三月田君、ポッキー好きなの? もっと注文しようか?」

微妙に居場所を失いかけている一希にサブプロデューサーである杉本が声をかけた。品のある女性で、男を手玉にとるのが上手い。それを武器にのしあがってきたが、彼女は女にしか興味がないらしい。矛盾している。

杉本の嗜好を知っている数少ないスタッフは彼女を重宝している。女であるからこそ感覚的に行動できる気の利かせ方が抜群らしい。

「軽いのがいいわよね。帰ってすぐ寝るわけじゃないでしょ?」

「あの、どうぞお気遣いなく」

「こういうとこ苦手だもんね、三月田君。まあもう少しがまんしてよ」

「え」

バレていましたか、と一希は一瞬青ざめる。

「大丈夫よ、男たちは気づいてないから。まあでも許してあげて。監督だって多少は気を回してるのよ」

「?」

「○○とか、△△△とか、言い寄られてるでしょ今、あなた」

一希は青ざめるどころか、あまりのことにポッキーをリバースしそうになった。

○○は主題歌を担当している女性アニソン歌手、△△△はアイドル声優である。

「ええっと、あの」

「大丈夫よ、まだ男たちは気づいてないから。あの子たちがついてこれないようにここを打ち合わせ場所にって進言しただけよ。一応監督には伝えたけどね。こんなことで折角の作品に傷がついちゃあたまんないもの」

「はぁ……」

たしかに言い寄られている。大変言い寄られている。

一希はアニメだけではない、ドラマやCMの音楽で頭角を表している若き才能である。見てくれも悪くない。学歴も良い。だけではなく、苗字で検索をかければ親の職業もバレる可能性が高い。女に言い寄られるのは今にはじまったことではないが、正直憂鬱である。

「ファンの皆様の思い込みと嫉妬は恐ろしいですからねー。三月田君がいくら逃げてても勘違いされちゃうかもね。いっそのことカモフラージュにわたしと籍でもいれちゃう?」

「えええええっ」

思わず大声をあげて、ポッキー入りのグラスをひっくり返してしまった。大慌ての一希を尻目に、杉本が軽やかに笑う。

「あはははは! 失礼しましたぁ! 若い子見ると遊びたくなって」

「杉本君、あんまり三月田君からかうなよー」

スタッフ陣の笑い声とともに皆の視線はまた大演説中の監督へともどった。

杉本はニッコリとしたまま、新人らしいホステスから新しいポッキーを受け取った。

「でも本当、あなた迫られやすそうだし気をつけたほうがいいわよ。さっさと身を固めるとかさ。好きな子とかいないわけ?」

「ええ、と、あの」

「なんか全身から立ち上るオーラっていうの? ウブですオーラ? こいつかわいいわぁ、落としたくなるわぁ初々しくってって雰囲気がすごいのよ。あたしがヘテロだったら落としたいくらいよ?」

艶めかしい杉本の態度に、一希はどう反応すればいいのか戸惑うばかりである。



次回、三月田君のあまりにつまらない女性遍歴が明らかに!?

どうぞお楽しみに。

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