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Interlude~花 c

花ちゃん、16歳。恋に気付くお年ごろ。

ある日、彼の家におじゃましたら、部屋に楽譜がたくさん散らばっていた。どっかの研究室で、博士が書類をバッサーってしたような。

それは五線譜の上に宇宙言語のような謎めいた記述がなされているものと、整然と並んでいるものと2種類で。

「カズ君、なにこれ?」

「あ、ごめん」

散らかしたままだった、と、後から部屋に入ってきた彼は慌てて片付け始めた。

「朝まで清書してたもんだから、そのままにしちゃってた」

「清書?」

「師匠の楽譜。ほら、これじゃあ誰も読めないでしょう?」

彼の言うとおり、たまたそこにあった五線譜に異星人が落書きしたとしか思えない。

「だから僕がクリーンアップを引き受けたんだ。勉強にもなるし、結構いい収入にもなるし」

「収入……」

「!! 学校には内密に!」

あはは、進学コースはバイト厳禁です。


彼の家は大変な資産家だ。もうそりゃあひと目でわかるほどに。

資産家ではあるが、彼の財産ではない。

そもそも資産というのは、自分たちが使うものではない、子孫に遺し伝えるものだというのが、いいお家の考えらしい。つまり、自分たちの生活は自分たちでなんとかしろと。ちょっと待って、それ逆に苦しくない?


三月田家では、高校までは面倒を見てやるが、それ以降は知らないという姿勢なんだそうだ。お姉さんは家賃生活費を入れることで実家での生活を送っている。学費はも当然自分で稼いでいる。足りなければ、親御さんに正式な借用書でもって用立てることは可能。彼女も高校時代から仕事をしていたそうだ。なんといっても大学の入学試験料や交通費も自腹だというのだから徹底している。お姉さんは相当すごい人なんだと思う。今日日、学費生活費を自分で稼ぎきっているなんて。相当お金がかかる大学なのに、今のところ借金ゼロらしい。もちろん奨学金なし。

「そうなんだ」

「まあ、子どもには厳しくても孫にはOKらしくって、じいちゃんばあちゃんは気にかけてはくれてるんだけどね。ヘッドフォン買ってくれた」

お金持ちにはお金持ちで色々あるんだなあ、と思った次第。

「そんなわけで今から準備しておかないと、厳しいかなあって。師匠のスコア、ちゃんと読めるの僕ぐらいらしくって頼られてもいるし」

「……ね、カズ君は音大目指してるの? 藝大?」

楽譜を書くことが勉強になるっていうのは、そういうことなのかな、と思った。高校1年、まだ進路は漠然としている。

「ううん、なんで?」

「だって楽譜」

「ああ、これ。……音楽は好きだけど、大好きだけど、僕には藝大に進めるほどの才能はないよ。それに、芸術を目指してて、あの進学コースに在籍できるわけないでしょ」

ああ、まあそうなんだけれど。高校1年で3年分カリキュラムのおおよそを終えてしまうんだものね。藝大目指してたらそれどころじゃあ、ないわよね。

「ちゃんと生きていける、生活できる道を選ぶつもりだよ。両親を見ているからね、生きることはたやすくないって」

穏やかに話している彼が、その裡に何を抱えているのかわたしは知らない。

甘やかされているわけじゃない。彼の落ち着いた優しい雰囲気は、おそらくは自分への厳しさに拠るものだ。

「高遠野さんは? どうするの?」

「え?」

「高遠野さんは語学が得意そうだから、そっちかなあ」

言いながら、彼はシンセサイザーにかけていた布をたたみ、電源スイッチを押した。

語学が得意というより、それしか能がないだけなんだけど。やっぱりわかっちゃうのかなあ。

「カズ君は……芸術系じゃなかったら、経済学とか?」

「僕は理系に進もうかなあって思ってるよ。多分、そっちのが向いてると思うし」

少し、体温が下がったのを感じた。

そっか、理系か。

じゃあ2年からちょっと離れるね。選択科目変わっちゃうもの。

このまま進んでいって、わたしは彼の何の役に立てるのだろう。ただでさえ彼の成績には追いつけないのに。こうして遊びに来れるのもあと僅かなのかな。

「あ」

長い鍵盤を前に、椅子を二つ並べながら、彼。

「高遠野さんが文系で、僕が理系だったら助け合えるね。なんでも聞いてね。僕も語学で困ることがあったら聞いてもいいかな?」

ヘッドフォンを受け取りながら、わたしは涙をこらえていた。この人は、こういう人だ。わたしが不安に思ったことを簡単に拭い去ってくれる。一番欲しい言葉をくれる。計算なしに。

「さあて、今日は何を弾こうか」

ニッコリと微笑む。

「……じゃあ、ビル・エヴァンス」

わたし、この人のことが好きだ。大好きだ。


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