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Prologue

僕はビルの前でスマホを片手に突っ立っていた。

機材は足元のバッグに。

スマホとかぶっちゃけ超苦手なんだけれど、今日ばかりは別だ。

いつ何時連絡があるかもしれない。

コールがあればすぐに出たいし。それだけのために取り出している。

高校生のガキかよ、なんて自分自身に苦笑しながら駅の方へ目を遣る。

もうすぐ、彼女がやってくる。




三月田一希は、繁華街にある商業ビルの前で人を待っていた。

これから少々作業にかかるのだ。そのための協力を昔からの知り合いである「高遠野花」に依頼した。

高校の同級だった彼女は、当初から一希の理解者だと彼は直感で信じている。彼彼女の関係でもなく、恋人でもなく、ただの友人としてのつきあいはそろそろ十年になろうか。

一希は遠くに花の存在をみつけた。スマホを後ろポケットにしまい、右手で機材の入ったバッグを持つ。

柄物のデザインシャツに白のデニムパンツ。黒いハイヒールが彼女のシャープさを際立たせる。

「よ!」

花はいつものように片手をあげて挨拶した。後れ毛が揺れた。


「今日は好きなもの頼んでくれていいからね。なんでもご馳走するからね」

エレベータで8階まで。カラオケの受付がここにある。

「カラオケごときで何を」

「えっと、じゃあ後でご希望のお店でご馳走しましょう」

いらんわ、と花は言い捨て、開いた扉から先に出た。

 一希は受付を済ませ、やや広めの部屋に向かった。

「予約してたんだ」

「うん、一応」

「受付のとこにあったメニューでさ、ミントチョコパフェってあったんだけど気になるんですけど」

苦笑しながら一希はフロア一番奥の部屋に入った。ここならガラス扉の向こうの人影で、花が気を散らすこともないだろう。

「注文しててくれていいから。その間に僕、準備しとくね」

花はハンドバッグをソファに置くと、さっそくパウチされたメニューと注文用のタブレットを手にした。

「飲み物もいいよね。カズもなんか頼む? 甘いのがいい? お茶くらいにしとく?」

「んー、じゃあ温かい飲み物頼んどいてくれるかなあ」

花が画面をタッチしている間に、一希はノートPCとデジカメをセットアップする。花はその様子をみてギョッとした。

「何、撮るの? いやよわたし。撮られるのやだかんね!」

「ああ、撮るのは画面なんで。高遠野さんを撮るんじゃないんで」

一希は両手を振って否定した。

怪訝そうに眉を八の字にして花は一希を睨みつける。

「きょ、許可はとってあるんで! 怒られないから」

ふん、と鼻を鳴らして彼女は足を組んだ。

「で? 今日は何をすればいいの」

「歌ってもらえる?」

「それはわかってるけど、それだけ?」

「それだけだけど」

「リクエストはあるの?」

「おまかせで。ああ、振り幅広いほうがいいかな」

花はどことなく不服そうにいくつか曲をインプットした。その間に一希はデジカメを三脚に固定する。テーブルの半分は機器で埋まってしまった。彼女がどれだけ食事やらを注文したかはわからないが、載せきれるだろうかと少々不安になる。

「マイク、使わないとだめ?」

「使って下さい」

こんな場であっても花はマイクを使うのを嫌う。鬱陶しいらしい。邪魔なだけで歌いづらいと言う。主音量は下げるし、エコーも低く抑える。しかし今日は何が何でもマイクだけは使ってもらわないと!

「声、出るかな」

禁煙室にしてるから、喉への負担は多分少ない。あとは彼女の体調次第だ。

前奏が始まったところで一希はカラオケ用のタブレットを操作した。彼女の嫌うガイドメロディはオフにし、ガイドラインはオンにする。今日はこれがメインだ。

花が選んだのは、ある名作アニメのエンディング曲だ。静かにはじまって、やがて相当な高音にたどりつく。たしか歌っているのは合唱団にいた子だ。その子が作詞作曲してたはず。

花の声が部屋に満ちる。半分空気がまじった、ささやくようなメロディ。一希は聞き惚れながらも画面を注視していた。

「ちょっと、わたしこんなに下手?? なんかすっごいズレてない?」

ガイドラインを睨みつけていた花は、間奏で思わず話しかけた。

「ズレてないズレてない。決めるとこはちゃんと合ってるし」

一希は淡々とPCでの処理を進めながら答えた。

「でも」

「続けて」

いつもの偉そうな態度から、顔は困惑と不安にあふれたものに変わる。ガイドから外れているように見えるが、大変な勢いで加点マークがついているのを彼女は気づいているだろうか。

一般の女性ボーカルでは厳しい高音もぬかりなく出てる。

一希は彼女の声が出した画面と、基準となるガイドの差異を把握するのに躍起になっていた。どのタイミングで、どれほどのズレで、どう表現しているのか。そのデータが欲しいばかりに彼女を呼んだのだ。……もちろん、それだけが目的ではないのだけど。

歌い終え、花はマイクを置いた。

ちょうどそのタイミングで、彼女が注文していた品々が届いた。彼女はミントチョコパフェを前にうなだれている。

落ち込んだ姿すら、一希にはイイモン見た!といったものなのだが、これは表に出しては行けないよなと言葉を飲み込む。

「わたし、上手いとは思ったことなかったけど、こんなに下手だとは思ってなかった」

ちょっと待てー!

一希は言葉より先に全身のこわばりを感じた。何を言ってるんだこの人は。寒気がした。

「ちょっとチョコパ食べる。あんた代わりに歌ってて」

「僕が歌う意味が無い」

「チョコパ食べるから」

機嫌を損ねてしまった。落ち込ませてしまった。一希の頭は言葉を探す。どうすればわかってもらえるだろう。

「あんたはポテト食べれば。揚げたてのほうがおいしいし」

スピーカーからは次の曲が容赦なく鳴り始めた。

「高遠野さん、あの」

花はパフェを上からではなく、黙々と縦に攻めていた。てっぺんの丸いアイスはそのままに、再度から縦に。

「このラインってのはつまり、なんていうか、キーボードそのままっていうかガイドメロディ打ち込んだそのままだからさ」

黙っていても仕方ない。何か話さなければ。

「まんまだとつまんないよ。ボカロ打ち込んで調教しないままみたいでしょ」

「……ポテト食べなよ」

「食べるけど……、って、ねえ」

一希はデジカメを一時停止にして花に向き直った。

「今日は僕ね、高遠野さんに歌って欲しかったんだ。こないだの打ち上げでみんなが歌ってる時に思ったんだ。ああ、このズレが人間なんだって。いや、ちが。ズレにみえるようなものこそが大切なんだって」

彼女は返事もせず、青いアイスクリームを口に運んでいた。

「大体このガイドにテヌートがあらわせる? 前後の揺れを表示できる? そんなことしたら誰も歌えなくなってしまうよ」

「……まあ動きながらのテヌートの表示は難しいわよね」

「だから具体的に、その差異を見たかったんだ。君と、ガイドの差を。そしたらもっとボカロを進化させられるだろ?」

まだ彼女は落ち込んでいる。一希はここは言い切ってしまうしかないと判断した。

「僕はプロだよ。プロの音楽家だよ。その僕が言うのだから間違いないって。君の音が欲しいんだ、僕は!」


三月田一希。彼は新進気鋭の作曲家だ。

アニメのサントラから映画音楽、アイドルへの楽曲提供などを行っている。若手では随一の存在といって良かろう。

その一方で、ボカロPをやっている。もちろん別名義だ。これは極秘事項。

何者にもとらわれず、自由に音楽活動をするために。音楽の方向性も変えて、全く別の自分として。

一希はもう一人の音楽家を演っている。

それを知っているのは自分を除いては高遠野花、彼女だけ。



彼がこの世の誰よりも信用している、最高の歌姫の彼女だけ。


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