第9段 或る貴族と三条天皇
拉致されました。どうしましょうか・・・。
「先ほどは悪かったな。いきなり連れ出したりして」
「い、いえ。しかし、どうされたのですか?」
いや、結構怒ってますよ。俺。
「俺にも筝を教えてくれないか」
は?マジすか?(三度目)
「そ、それは・・・」
いやですよ。大体、6歳上の懐仁さまでさえ、なじむのに苦労したのに、さらにそれよりも6歳上で、年下の懐仁さまに皇位を先取りされたことを妬んでる人となんか、馴染めそうな気がしないモン。
「何だ?何か不満か?」
ええ。チョー不満ですが何か?でもしかし、ここで春宮さまとパイプを作っておけばこれから先出世も望めるかな・・・。ならいいけど。
「イエ、ヨロコンデオオシエシマショウ」
「おまえ、何でそんな感情の入ってない言い方をする?」
「イエ、トクニリユウハアリマセン」
だって、感情捨てなきゃこんなんやってられませんぜ。
「ソノカワリ、ワタクシニモツゴウガゴザイマスノデ週1回ノミトサセテイタダキマス」
「まあ、いいだろう」
「デハ、シツレイイタシマス」
えー・・・。超めんどくさい。やりたくねー。しかし、これも出世のため。がんばる。でもやりたくない・・・。
「はははは!それは大変やったなあ」
清涼殿・昼座所。春宮さまから開放された俺は、楽器を取りに戻るとまだ懐仁さまが待っていてくださったので、そのまま清涼殿まで来たのだ。
「笑い事ではありませんよ。しかし、懐仁さまはそれでよろしいのですか?次の皇位を狙うものと私が繋がることになるのですよ」
「おまえもバカやのう。そんなんで足元すくわれるか。このアホ!」
「も、申し訳ありません」
「しっかし、アレやのう。居貞のやつが筝をやりたいとはなあ」
「恐らくは我々の演奏を見て、何か触発されたのでしょう。しかし、あの横暴振りでは、とても私の指導を受け入れてくださるとは思いませんが」
「せやなあ。おまえ、普段はめっちゃおとなしいくせに、筝のことになると人が変わったみたいに厳しいからなぁ」
俺が懐仁さまに筝を教えてしばらくしてからの練習風景・・・。
「だからそこが違うつってんだろうがああああ!」
「は、ひいいい!」
ちなみに前者が俺、後者が懐仁さまです。
「筝と歌の手習いをしてる間は、俺とお前の立場が入れ替わるけんなぁ」
「申し訳ありません」
「ええんや。別にお前のほうが上手やしな」
「あ、ではそろそろ失礼します」
「おお、ほなまた今度!」
はっきりいって、俺の見立てだと、居貞さま(春宮さまの名前)にセンスがある感じはしない。なら、太鼓とかやらせて、うちのバンドに組み込んだほうがいい気がする。
気が重いったら、ありゃしない。
その夜。
『おお。じいさん。久しぶりだな』
『なんじゃ。今日はやけにおとなしいのお』
蛍光灯の明るい光に包まれている俺の自室。その部屋の机にジャージ姿でパソコンをいじる俺。この時代ならありえない環境だ。
でも、大学生のジャージは6歳の子供には大きかったので、2つ目のクローゼットにあったお古の洋服を引っ張り出してきて着ていた。絵柄は某ミニカーのやつだ。
『なあじいさん。俺はこのままでいいのか?』
『このままでとは、なんじゃ?』
『このまま、居貞さまに筝を教えていいのか、文乃ちゃんたちと遊んでいいのか』
『まあ、別にワシの生き方でもあるまい。ただ、うちの家系は有識故実の名家といわれておるから、実資がどういうかは知らんし、他の貴族連中がどう言うかもわからん。お前の、好きなようにせぇ。成るようになるワイ』
『ったく、相変わらずテキトーなじじいだなあ』
『じ、ジジイとは何事か!失敬な奴だ・・・』
事実、心配なのだ。俺は内裏に日常的に出入りするようになってからも、相変わらず文乃ちゃんたちと遊び続けている。同じく、出自も話していない。史実どおりにいけば、俺はあと5年で従五位下の位階を受ける。少なくとも、それまでにケリをつけなければいけない。
でも、昇進していくためには、庶民との関係にケリをつけなければいけない社会も、どうかしている。国は庶民や農民たちの納める税金で成り立っているのだ。
でも、高級貴族たちは自分たちの出世競争に必死で、民に目をくれてやることなどほぼ無い。そんな国が長く続いていくことが不思議に思えてならない。
この国の太陽は本当に沈むことはないのか。
ガラでもないことだとは理解しているが、最近そんな事をよく考えるのだ。
・・・やべぇ。俺超カッコいい!・・・なんでもないです。
ああっ!疲れたし、今日はもう寝よう!
明日は、久しぶりに遊びに行くか!
じゃ、またな!