第8段 日本初のJ-POPミュージシャン、ライブ開催!
竹千代。7歳飛ばして、8歳になります。
時は、正暦4(994)年です。
もう、教えはじめから1年たってます。
俺は、一条天皇(帝)に筝を教えることをあきらめ、2人で組んで色々な曲を演奏していこう、という話になった。
その話はいつの間にか、貴族たちの間に知れ渡っており、週に2回の練習日には多くの女房たちが見物に来るようになっていた。
「あの子が中納言実資様のご子息の竹千代様ですわ!」
「あの筝はすばらしいですわねえ」
最初のころは懐仁さまの母親の藤原詮子や乳母たちがいる程度だったのだが、そのうちに後宮にいる女房たちがほとんど来るようになってしまったのだ。しかも時々、摂政の道隆や権大納言の道長たちが来たりする。今や俺もこの年ならありえないくらいの有名人であることは間違いない。
「懐仁さま、最近少しうるさくないですかね」
俺は小声で言った。
「遠慮するな。少しどころじゃないやろう。本当はどうにかしたいんけどなあ、母上の手前、あんまり派手なことは出来んねんな」
「じゃあ、詮子さまに相談してくださいよ。あなたの母上でしょう」
「どっちにしろ後でな。さあ!練習せな!次の歌会でやるんやろ『会いたくなったよ』を!」
そう。俺と懐仁さまの2人で来週、歌会という名のコンサートをやるのだ。歌会って本当は短歌の会なんだけどね・・・。曲目は「会いたくなったよ」「夕暮れ空ときみ」「キラキラ牛車」の3曲。いずれも現代の人気バンド「こくばんがかり」のメジャー曲だ。そして、最早俺の十八番になりつつある、「千本橘」だ。
ただ、詞はこの時代の技術だとかに合うように多少書き直したけど、結局流用であることには違いない。歌は俺が弾きながら歌う。まあ、笛吹いてる懐仁さまじゃ普通に歌は無理だしね。
しかし、曲について褒められると、とても申し訳ない気持ちになる・・・。
翌週。ついにこの日が来てしまったか、と思った。今日がその「歌会」の日である。
最初は、清涼殿(天皇の生活の場)でやる予定だったのだが、見物人が増えそうだったっため、温明殿と綾綺殿の間にある舞台で行われることになった。
「懐仁さま、あまりに人が多すぎませんか?」
そうなのだ。仕事終わりの午後とはいえ、皇族のお歴々、後宮の女房たちに加えて、大臣たちや公卿連中、さらにその家族たちも含め、ざっと100人弱はいそうな雰囲気なのだ。
「まあ、ええやろ。やりがいもあるってもんや」
俺はそんなポジティブ人間になりたいですよ・・・。
「ほな、行こか」
と言って、懐仁さまはすたすたと歩いて行った。
え、ちょっと待ってよ!いくらなんでも早すぎません?
俺は慌ててしまい、こけてしまった。だいたい、いつも水干姿で京の中を走り回ってる人間が、こんなにも走りにくい姿で走ろうとしたのだ。当然転ぶ。
「おいおい、大丈夫かいな・・・」
「申し訳ありません・・・」
始まる前からこの体たらくです。すいません・・・。
それでも、観衆はみな拍手で迎えてくれた。
まず、懐仁さまが口を開く。
「今日は、こんなぎょうさん集まってくれて、どうもありがとう。こいつとがんばって練習したけん、よう楽しんでってくれや!」
うーん。ここまで観衆を惹きつけるあいさつができるとは・・・。国のトップにこういう資質も必要だが、半分ミュージシャン気質入っちゃたからなあ・・・。この人。
「ほら、お前の番や。はよ」
「え、ええと。どうもこんにちは。暖かな日差しの降り注ぐ日ですなあ。ええと、中納言実資の子で竹千代って言います。どうぞ・・・よ、よろしく!」
「こんな奴ですけど。歌と筝の実力はハンパやないです。ほな、行きましょか」
一曲目
「キラキラ牛車」
一応、いとしい人がどこかへ行ってしまう朝に、牛車の前での恋人同士の感情を描いた歌だ。
二曲目
「会いたくなったよ」
これは、ケンカして今は別に住んでいる二人(もともと通い婚だったけど)が相手の温もりを忘れられず、女が男の家に行って会いたい気持ちをつづった歌。
三曲目
「あけぼのの帰りに」
夜這いのあと、あけぼのの頃に男と女がその気持ちを伝え合うって曲。これは2人で歌わないと成り立たないので、俺は筝、懐仁さまが太鼓っぽい奴を使いながら歌う。
四曲目
「千本橘」
俺が初めて懐仁さまの前で演奏した曲。こうなる原因の曲だ。これは歌詞がないので、どちらも演奏に集中できる。
俺は何とかこの四曲をなんとか弾き終えた。疲れたー!と思った矢先・・・。
「きゃああああああああ!素敵よおおおお!」
と言う声が最前列にいる女房たちから聞こえてきて、さらに後ろにいる男たちからも賞賛の声が上がった。
良かった・・・。他人の作った曲とはいえ、自分の演奏を褒めてくれる人がこんなにいて、認めてもらえた、その事実が嬉しかった。
「ははは。良かったやないか!」
「ありがとうございます」
と、その時。俺と懐仁さまの周りにいた人たちが一斉に道を開けた。何事かと思うといきなり・・・。
「と、春宮さま!?」
嘘だろ!?と、春宮ってことは、え、ええと・・・。後の三条天皇ですね・・・。
「おい、おまえ。ちょっと来い」
な、なんだ?いきなり。自己紹介もしないで。いくらなんでも失礼すぎね?まあ、正体知ってるからいいけど・・・いや、良くねえよ!」
こわいなあ。何されるんだろう・・・。
「懐仁さま、一体何事ですか!?」
「知らん。」
俺。最大のピンチ?なのかな・・・。