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派遣魔王アルヴィ  作者: 城見らん
第一章 アダマース攻略編
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第六話 束の間の休息(前編)

 洞窟の中では昼も夜も関係ない。ただ常闇だけが存在している。そんな、自然の摂理に抗おうと、ろうそくたちがその限りある命を散らし、光を生む。

 そんな彼らの努力も露知らず、とぼとぼと通路の壁に頼りない影を映すものがいた。アルヴィである。

 いつもはその童顔に不適な笑みを浮かべているアルヴィであったが、今はその面影は全く無く、心底参ってしまっているような複雑な表情を浮かべていた。ワイン色の瞳は虚ろにすら見える。


「はあ、いろんな意味で今日は疲れた……」


 アルヴィは、彼には珍しいような深いため息を付き、肩を落とす。

 今日は朝から、よく働いた。ザナウたちの処分の件もあったし、魔力をも全て使い果たした。だが、それほどのことで、アルヴィは疲れた素振りを見せたりはしない。問題はその後に起こった事だった。

 しばらくの間砂浜に倒れ込み頭を冷やしたアルヴィは、平常心を取り戻し、なんとか復活することができた。その後は、魔力の余っていたソフィアにここまで連れて帰ってもらったのだが……


「年頃の女の子に抱きつくなんて……」


 ソフィアは自分より背が高いアルヴィを背負うことができなかった。故に必然的に――正確には肩を抱くような形ではあるが――アルヴィはソフィアに抱きつかなければならなかった。

 その前のこともあり、密着状態での飛行は非常に気まずいものだった。なにしろ、お互いの細かな動きや息遣いがダイレクトに伝わってしまうので、しゃべることすら容易ではなかった。故に双方無言、風を切る音のみがおしゃべりであった。

 それにしても、とアルヴィは何気なく両手に目線を落とし、例の感触を思い起こすかのように手を開いたり閉じたりしてみる。


「予想以上に柔らかかった……って僕は何を言っているんだ!?」


 鮮明に浮かんでくるワンシーンを追い出そうと、ぶんぶんと頭を振る。今のアルヴィを誰かが見れば、顔を赤らめながら一人でぶつぶつ言っている不審者にしか見えないであろう。


「と、とにかく! 今は早く武器庫に向かおう」


 アルヴィは武器庫を探して歩いていた。というのも、自分に見合う武器を探すためである。アルヴィは普段武器を使わない。否、必要ないのである。昨晩の戦闘もアルヴィは自身の体に魔力の補正をかけて戦っていた。それだけで敵と渡り合えるのだから問題ない、むしろ生半可に武器を使うよりは素手で戦うほうが明らかに強い。しかし――


「魔王が素手で戦うってなんかカッコ悪いからなあ」


 歩きながら嘆息を漏らす。

 アルヴィはイメージを大事にするタイプだ。今も全身を覆う黒衣に関しても『魔王はやっぱり黒のイメージだよね』とここに来る前にわざわざ新調したものである。

 そんなアルヴィから言わせれば、素手で戦うのは“ナシ”なのだ。


「教えてもらった場所はこの辺りなんだけれど……あ、ここかな」


 おそらく横穴をそのまま利用したと思われる部屋があった。扉が付いていない。

 通路にまで漂ってくる金臭い独特の臭いに眉を顰めつつ、中に入る。武器庫を管理する人材すら不足しているのか、そこには様々な種類の武器が乱雑に並べられていた。昨晩押収した兵士たちの武器も地面に転がっている。


「やっぱり、携帯できる大きさの武器がいいかな、となるとやっぱり長剣か」


 アルヴィは壁にかけられた長剣を手に取る。実用を第一に考えられた工芸品は無駄な装飾などなく、静かに鞘から抜かれる時を待っている。

 

 カラカラカラ

 

 アルヴィがゆっくりと抜き放ったその刀身は淡い光を放つ。

 軽く素振りをしてみる。剣はアルヴィの腕の延長と化し、銀の軌跡を宙に描く。


「いい物だ。しかし……」


 アルヴィは長剣を鞘に収めると元の場所に戻した。


「普通すぎる……」


 アルヴィは不満げに毒づく。アルヴィの欲する物は実用性があり尚且つ豪奢な剣だ。仮にも魔王が使用する武器なのだから、一般に多く普及されている物では意味が無い。


「まあ、そんなものが武器庫に眠っているはずはないよね……」


 気を取り直して他の武器にも手を出してみる。壁にかかる片手斧マチェット、これはない。それではこの巨大な両手剣ツーハンドソードか、これも違う。

 なかなかしっくりくる物がなく、ウンウンうなっていると。


「いかがなさいましたか魔王様? こんな夜更けに」


 突如背後から声をかけられる。振り向くと、不思議そうな顔をしたタナトスがこちらを見つめていた。


「タナトスさん、ちょうどいいところに。ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあるんですけど」

「ほほう、恋愛ごとですかな? お任せください。私の技術テクニックをお教えしましょう」

「違います!」


 冗談です、と笑いながらタナトスは武器庫の中に入ってきた。

 最初は少し堅苦しいイメージがあったタナトスであるが、今では存外気さくな人だと認識し始めている。たまに面倒臭く感じるときもあるが。


「見てのとおり僕が使う武器を探しているのですが、なかなかしっくりくるのがなくて……」

「ここには寄せ集めの武器しかありませんからなあ。アダマースの武器庫ならば魔王様の御眼鏡に適うものもございましょうが」


 タナトスは遠い目で宙を見つめる。どことなく哀愁を感じさせる佇まいであった。

 ふと、タナトスの腰にある刀を見つめる。以前アルヴィが拝借したそれは驚異的な切れ味を誇っていたのを思い出したのだ。


「ねえ、その刀はどこで手に入れたの?」

「これでございますか? これはルキフェル様から下賜されたものです」


 タナトスは腰から鞘ごと取り外すと、胸の前で横に構え、刀をゆっくりと抜いた。

 暗がりの中で白刃が光を反射する。多くの敵を屠ってきたであろうその身には傷一つ付いていない。流れる波紋はまるで生きているようだ。


「名は天上堕てんじょうおとし、私の命でございます」


 タナトスはまるで自分の子供でも抱くかのように、いとおしげに刀身を見つめている。歴戦の傷跡がしわのように見え、思わずにやけてしまう。


「ルキフェルさんか……彼はどんな武器を使っていたか覚えている?」

「ルキフェル様は……血のように真っ赤な長剣を使っていらっしゃいました。名は確か“ダーインスレイブ”と」


 ダーインスレイブ……


 心の中で反芻する。是非手に入れたいという願望がアルヴィの中に芽生え始める。もちろん周囲の――といってもタナトスとソフィアの二人だけだが――承諾を得るつもりではある。

 そんな表情を読み取ったのか、タナトスは難しい顔をして付け加える。


「魔王様がダーインスレイブを引き継いでくれれば、喜ばしいことこの上ないのですが……やはりというかここにはございません」


 タナトスによればその剣はルキフェルが死の直前まで使用していたため、おそらく回収され勇者の手の中にある、もしくはアダマースの武器庫に保管されているとのこと。

 期待はずれか、アルヴィは腕を組み、影を落とした。結局は現状のまま素手で戦うのが一番なのかもしれないと結論に至る。


「そうか、ありがとう。とりあえずは今のまま素手で戦うことにするよ、不自由は無いしね。武器に関してはアダマースを落としてからゆっくり考えることにするよ」

「左様でございますか、またご入用になられたのならば、いつでも私にお申し付けください。それでは私はこれで失礼します」


 タナトスは軽く頭を下げ、武器庫から出て行った。


「うーんでもやっぱり、長剣だけでも貰っておこうかなあ」


 再びああでもないこうでもないと、悩み始めるアルヴィであった。




後編は本日21:00ごろに投下いたします。


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