第五話 死者の軍団(後編)
後編です
東海岸に着いたアルヴィは檻の中からザナウを出した。初めての空の旅に気分を悪くしたのか、ザナウの顔は真っ青になっている。
アルヴィたちはものの半時ほどで移動を終えた。地上を歩けば半日程かかる距離だということを鑑みれば、どれほどの速度を出していたかは想像するに容易い。
「それにしてもソフィア、よくあのスピードについて来れたね。タナトスさんや運搬係の二人は飛び慣れているから心配してなかったけど」
ソフィアは、アルヴィが飛び方を教えたときを除けば、今回が初飛行である。最初は少し抑え気味で飛ぼうかと考えていたのだが、出発してすぐに、楽しそうに飛行するソフィアに追い抜かれてしまった。それならば、と速度をあげたのだが、ソフィアよりも檻を運ぶ配下たちのほうが限界を迎えてしまった。成人男性を運んでいるのだから当然なのかもしれないが。
「まだまだ速く飛べますよ!」
両の手をぐっと握り、ソフィアはアルヴィに謎のアピールをしてくる。
別に、そこまで速くなくてもいいのだが。アルヴィは苦笑する。
「いやはや、驚きました。さすがはルキフェル様の血を引くだけありますな」
顎の無精ひげを撫でながら、タナトスは素直に感心する。
実質ソフィアの魔法の適正はアルヴィよりも高いだろう。この前の魔法の練習に付き合ったときも感じていたが、明らかに保有する魔力の量が多すぎる。
魔力は生まれたときから保有量が決まっていて、それ以上は増えない。ソフィアの場合、父親が魔王なので、魔力の保有量が多いのは自明ではある。しかし、現役魔王のアルヴィと比べても勝るとも劣らない魔力の量は異常だ。それほどまでも彼女の父親が魔力を持っていたとは考えにくい。アルヴィは首をひねった。
「……こんなところに連れてきて、私に何をするつもりだ?」
ようやく土気色の肌に戻ってきたザナウが口を開く。
「あなたには僕たちに協力してもらいたくて、ここに連れて来ました」
「お前に協力するつもりは毛頭ない。殺すなら殺せ」
ザナウは今にも噛み付かんばかりにアルヴィに睨みを利かせる。
「心配しなくとも最初からそのつもりです。あなたには死後、僕に仕えてもらうつもりですから」
「何だと!?」
アルヴィはそう言い終わると、タナトスから刀を借り受ける。
何を、と言いかけたザナウに狙いを定め、腕を引き絞る。刹那、雷光のごとく放たれた突きが容易くザナウの心臓を貫いた。皮鎧など紙切れ一枚にもならない。
刀が引き抜かれた跡からは墳血し、辺りを血で染める。ザナウはゆっくりと崩れ落ちた。
「いい刀だね、僕が使っても傷一つない」
アルヴィは刀をタナトスに返すと、ザナウの死体に向き直る。未だに彼の体からは、湧き水のように血が流れ出ている。
「何をなさるおつもりですか、アルヴィ様?」
ソフィアが小さく首を傾げる。その姿はさながら小鳥のようだ。
「この間説明した“創造”を行うつもりさ、この人はなかなか骨のある人間だったからね。きっといいシモベになってくれるさ」
アルヴィはおもむろにザナウの死体へと右手をかざす。
右手に魔力の奔流を感じ、指先が赤く光り熱を持つ。
「死して尚、我が眷属となりて忠誠を捧げよ! 創造!」
アルヴィの右手から放たれた妖艶な赤い光がザナウを包み込んだ。ザナウの死体はぐにゃりと形を変え始める。顔、腕、足の順に形作られていき、ついに人の形となった。やがて光が消えるとその姿が露見する。体中の肉は削げ落ち、全身を形作るは骨のみ。貧弱に見える体の上に乗った、不釣合いなほど大きい頭。ぽっかり空いた眼窩は妖しい光を灯している。
「本当に骨のある人間だったんだね君は」
アルヴィは苦笑いをしながら、配下に目で合図を送る。そのうち一人が鎧と武器を骸骨に渡す。
「さあ、その武具を身に着けて。名前は……ザナウでいいか、しゃべれるかい?」
ザナウは受け取った武具を身に着けると、口(無い)を開いた。
「はい……我が君……よ。なんなりと……お申し付け……ください……」
“スカルナイト”。ザナウの姿はそう呼ぶにふさわしい。アルヴィとの戦いで見せた的確な判断力、そして強者に決して屈しないという強い心。彼は立派に軍を率いてくれるだろう。
「よしザナウ、君には今から創造するアンデッドの軍団を率いて、帝国と王国の境目――スレイン海峡に行軍してほしい。その際には海の中を通ってもらうけど大丈夫だよね?」
アルヴィが死者の軍団にこだわった理由は二つある。一つは食事および休息を必要としないこと、もう一つは息をする必要がないことだ。
彼らを海の中で行軍及び作戦地点に駐屯させておけば、見えない軍隊として強く睨みを利かせることができる。これが今回死者の軍団を作成した主な理由だ。
「問題ありま……せん。我が君の……仰せのまま……に……」
「よし、じゃあ君にこれからの作戦を伝えよう。一度しか言わないからよく聞いてね」
アルヴィは作戦の概要をザナウに話し始めた。
◆◆◆
「うええ……」
ソフィアが海面に沈む村人たちの死体を見て、不快感を顕わにする。いくら海の中に沈めてあろうと、臭いを完全に遮断することはできなかったようだ。タナトスも隣で眉間にしわを寄せている。
「もう一度確認するけど、死体は二百ちょっとでよかったかな?」
タナトスは渋面を縦に振り、さらに付け加える。
「正確に言えば二七〇前後になります。昨日の戦いでさらに増えましたので」
結構な数になりましたな、とタナトスは顔を綻ばせる。
「十分だね、さあ早速始めようか」
海面に向けて腕を突き出す。海風が横顔に容赦なく吹き付けるが、アルヴィは気にすることなく詠唱に集中する。体内の魔力を全て両の腕に集め、静かに言を紡ぐ。
「死者の御霊よ、我の命に従い再びその愚劣な姿をさらせ……創造!」
瞬間、先ほどまでとは比にならない程の膨大な紅蓮光がアルヴィの両腕から解き放たれ、海面に降り注ぐ。すると、先ほどまでピクリとも動かなかった死体たちが一人、また一人と起き上がる。瞬く間に死者の軍団が海の中に出来上がった。
アルヴィは全身から力が抜けるような感覚を覚え、よろめいてしまったところをタナトスに支えられる。
「魔王様、大丈夫ですか!」
「大丈夫……少し魔力を使いすぎただけ」
アルヴィが創造したのは、最下級のシモベ“ゾンビ”。非常に弱く、ほとんど数合わせにしかならない程度のシモベだが、さすがに一気に三百近く召喚するには多くの魔力を必要とする。
ありがとう、とタナトスから離れると、ザナウに向き直る。
「さあ、後は作戦通りに行動してくれ。見逃さないように一昼夜見張っておくんだよ」
仰せのままに、と言い残し、ザナウは海の中に入っていった。死者の軍団を引き連れゆっくりと行軍を始める。
「あの方たちはザナウさんのように意思を持っているのですか?」
ぞろぞろと歩くゾンビたちを指差し、ソフィアが伺いを立ててくる。
「いや、彼らはただ命令に従うだけの木偶だよ。創造は等価交換、彼らはその程度の者だったというわけさ」
生前の彼らの能力によってシモベの種類も変わってくる。ザナウが意思を持ったシモベに成れたのは、彼の能力が他より優れていたからだ。そう付け加える。
「さて、僕らも帰ろうか。明日から作戦の第二段階を始めるつもりだ。今日はこれでおしまい、ゆっくり休もう」
飛行魔法を唱えようとして、あることに気付く。
あ、しまった! さっきので魔力を使い果たしたんだった……
狼狽するアルヴィを不振に思ったのか、タナトスは心配そうな声色で伺う。
「魔王様大丈夫ですか? 今朝方から調子が良くなさそうですが……もしや、昨日の戦いでどこか傷を負われたのでは!?」
「そ、そんな!? だから、だからわたしはあれほどお止めしたのに!」
「い、いや大丈夫だから! ただ飛ぶ魔力残してなかったなって思っただけで……ちょ、ちょっとソフィアあんまりぺたぺた触らないで!」
ソフィアがこれでもかというくらい、アルヴィの体中を手で触ってくる。傷がないか確認しているのだろう。引き離そうと試みるも、どこにそんな力が眠っていたのか、ものすごい力でしがみつき離れない。
アルヴィも一応年頃の男だ。女の子、しかも群を抜くような美少女に体中を触られて、平静を保てるほど人生経験が豊富でない。
目でタナトスに助けを求める――が、案の定にやけ顔をして『今夜が山場ですな』などと、意味の分からないことを抜かしており、ソフィアをどかしてくれる素振りは一行に見せない。それどころか、配下の魔族を連れて飛び立とうとしている。
「ちょ、ちょっとタナトスさんどこに行くつもり? 僕飛べないんだけど……ソ、ソフィアいい加減離れて!」
「心配なされるな魔王様、私は空気を読めないほど愚かではございません。それに、ソフィア様がいらっしゃるではありませんか。私がソフィア様を抱いて、アダマースを脱出したのが懐かしゅうございます。ではこれにて失礼つかまつります」
タナトスは配下を連れて、空のかなたへと消えてしまった。
「ちょ、ちょっと待って!」
もみゅ。
「うん? あ……」
ソフィアを離そうとして突き出した両手がなにやら柔らかいものを掴んでいる。
おそるおそる下を見る。アルヴィの腕がソフィアの胸を鷲づかみにしていた。形のよい胸が手の中でピクンと動く。
「ん……」
一気におとなしくなったソフィアは硬直し、言葉にならない言葉を発している。
「ご、ごめんソフィア! そ、そんなつもりはなかったんだ」
若干の名残惜しさはあったがすぐに手を離す。
ソフィアは呆けた表情でぼうっと宙を見つめている。突然ハッと目を見開くとその場にペタンとに座り込んでしまった。
「だ、大丈夫? ソフィア?」
ソフィアは目を潤ませ上目遣いにアルヴィを見上げる。
うっ、尋常じゃないほどかわいい……
吹き飛びそうな理性を必死で抑える。心臓の爆音がやかましい。
「大丈夫です……わたし、アルヴィ様の相談役ですから……アルヴィ様に誠心誠意ご奉仕します!」
「ぐはあ」
耐え切れずに砂浜に仰向けに倒れてしまった。薄れ行く意識の中でアルヴィは思う。
ソフィアなんかそれはいろんな意味でヤバイ……
「アルヴィ様!? どうなされました!?」
「ソフィア……しばらく放っておいて……」
慌てふためきアルヴィに駆け寄るソフィアの顔を脳裏に焼き付けながら、アルヴィは静かに目を閉じた。
いかがだったでしょうか? 些細なことでも指摘していただけると嬉しいです。
さて、次回は新キャラが登場予定です。投稿時間は今日と同じ20:00の予定です。
第六話 束の間の休息
お楽しみに!!