第五話 死者の軍団(前編)
今回も前編、後編に分けさせていただきます。
次の日の朝、アルヴィは捕虜全員を洞窟前の草原に整列させた。各々の手はロープできつく縛ってある。
うう、頭が割れるように痛い……昨日は少しやりすぎたか。
血の騒乱――過度の魔力を使用し、アルヴィの興奮が極度に高まると起こる。一種の二重人格のようなもので、自分でも歯止めが掛からなくなるほど暴走してしまう。そして、決まって次の日に反動が来る。今回の頭痛はまだマシなほうで、ひどいときには鼻血が止まらなくなったりする。
困った物だ、アルヴィは大きくため息をつく。
「大丈夫ですか魔王様? 顔色が良くないようですが。ここは私に任せ、お休みになられてはいかがです?」
「ああ、大丈夫。すぐに治るだろうから。それよりも……」
アルヴィは座らせた捕虜たちの顔色を窺う。昨日はほとんど眠れなかったようで、多くの者が目の上に隈を作っている。
頭を強く振り自分に活を入れると、アルヴィは中央に座るザナウの前へと歩み出た。
「ザナウさんにお聞きします。今王国が抱えている問題について、知っている限り全て話してください」
「なぜそんなことを聞く?」
「質問に質問で返すとは無礼ですよ? あなたはただ僕の質問に答えればいい」
「断る。私のせいで王国に不利益を生じさせるわけにはいかない」
「ふふふ、あなたならそう言うと思っていましたよ。タナトスさん、お願いします」
タナトスは頷くと、ザナウの左側に座る兵士のもとに近づいて行く。
「ふんっ!」
鋭い叱声とともに、腰に刺した刀を抜いて縦に一閃。血しぶきを上げながら兵士の左肩が吹き飛ぶ。
「うぎゃあああああ」
激痛のあまり悶え苦しむ兵士に追い討ちをかけるように、刀を横に薙ぐ。首がボールのように弾みながら、大地にその惨たらしい軌跡を残した。
国内の情勢を知りたいのならば、王国に間者を放ち、情報を仕入れればよいことだ。だが、アルヴィはそれには消極的であった。なぜなら、街中で聞きだせる情報、それは所詮噂にすぎない、どこかで尾ひれが付いてしまっていることも考えられる。
だからこそアルヴィは王国兵の口から直接聞き出すことにこだわった。王国に仕える彼らからならば、少なくとも市民たちよりは、内部の正確な情報を手に入れられるだろう。
「さあ、どうしましょうか。ザナウさんがしゃべらなければ、さらに多くの部下の方が命を落とすことになりますが、いかがなさいますか?」
「く、卑怯ものめ……」
「ふうむ。では、隊長殿のお隣に座るあなたはどうです? このままだと次はあなたが殺されてしまいますが、その辺はどうお考えでしょうか」
ザナウの右隣でこの上ないほど青ざめていた兵士がアルヴィに懇願の目を向ける。
「は、話します。あっしの知っていること全部話しますからどうか命だけはお助けください!」
「すばらしい、その選択があなたの寿命を延ばすことに繋がるのです」
兵士は洗いざらい王国内の情報をしゃべってくれた。さらに、一人が話したことにより、他の兵士たちも次々に口を割っていった。
アルヴィは手に入れた情報を頭の中で整理してみる。
オルデン王国は今非常に不安定な状況にある。初代国王であるオルデン王は病床に臥せており、もう長くはない。そこで次期国王を指名しなければならないのだが、王位継承権第一位にあたるユーレン王子がとんだうつけ者らしい。なんでも毎晩のように、城下町に繰り出しては女を漁っているのだとか。そんなユーレン王子に王位を継がせたがらない現国王が王位継承を渋っているのだそうだ。
そのように国政が不安定なのにも加え、オルデン王国と海峡を挟んで南側にあるグロワール帝国が、軍勢を海峡付近に北上させつつある。
もともとこの二大国はオルデン王国がグロワール帝国に媚びへつらうような関係であった。王国より軍事力の勝る帝国に気に入られようとオルデン王は躍起になっていたらしい。
残念ながらその努力も報われなかったようだが。アルヴィは哀れむような目つきで兵士たちを眺める。
「貴様、最初から私にしゃべらせるつもりはなかったな」
ザナウが射殺すような目でアルヴィを睨み付ける。
「さて、どうでしょうね。思わぬ形ではありますが情報を得られたことには感謝していますよ?」
さあ情報も得られたことだ、次に移るとしようか。
アルヴィは捕虜二十九名に静かに語り始める。
「皆さんは僕の期待に応えてくれました。今度は僕が皆さんにお返しをする番です。今この場には二十九名の王国軍兵士がいます。このうち二十名を解放しようと考えています」
ざわざわ、ざわざわ。
いつ殺されるか分からないという極限状況に差し出された、解放という名の藁にすがろうと、兵士たちは色めき立つ。
「ただし、皆さんには解放という名目ではなく、凱旋という形で王都に戻っていただきます。つまり僕たちのことは公言せず、多大な犠牲を出したが、なんとか魔族の殲滅に成功したとだけ伝えていただきたいのです。それが約束できる方から順に解放していきたいと思っています」
アルヴィは手を叩き『スタート』と言い放った。途端、兵士たちは堰を切ったように我も我もと騒ぎ始める。
人を操るには飴と鞭の使い分けが大事だ。死という名の鞭で恐怖のどん底に突き落とし、生という名の飴を与え救い出す。これでいとも簡単に傀儡が完成する。アルヴィは意地の悪い顔を作る。
「困りましたね、ほとんどの方が志願してくれるとは……一人を除いてですが」
その当人のザナウはただ静かに座っていて微動だにしない。こういう人物は厄介だ。後々支障がでないうちに始末しなければならない。心の中でそう決める。
「分かりました。特別にあなたたち二十八名を解放します、特別にですよ?」
アルヴィは再度強調する。こうすればもうお手の物だ。兵士たちは『寛大なお計らいだ』『なんと慈悲深い』などと口々に叫んでいる。
僕を神か何かと勘違いしているようだな、残念ながらその真逆だけどね。
アルヴィはザナウの右隣の兵士の拘束を解く。
「実は、僕は首都カルブンクルスを視察したいと思っていてね、紹介状を書いてくれないか? 名目はカルデナ村から逃げてきた村人を保護した、と」
アルヴィはペンとインクを渡す。
「お安い御用ですぜ、へへへ。……これでよし、と! できましたぜ旦那」
アルヴィは兵士から紹介状を受け取り一瞥する。内容はアルヴィの指示したとおりに書かれている。
「ありがとう。さあ、君たちを解放しよう」
配下たちに命じ、ザナウを除く兵士たちを自由にする。彼らの表情は安堵に満ち溢れており、誰一人としてアルヴィたちに敵対心を向けるものはいない。
ここまでくれば約束は守ってくれるであろうが、一応念には念を押しておく。
「ちなみに、君たちにはある魔法をかけてある。僕との約束が破棄された瞬間、君たちは死ぬ」
歓喜に沸いていた兵士たちは一瞬にして静かになる。
「なあに、約束を守ってさえいれば君たちの一生は保障されるさ。さあ、もう行きたまえ僕の気が変わらないうちにね」
兵士たちは我先にと走り出し、アルヴィの視界から消えていった。
「あの、アルヴィ様。今のは本当ですか?」
今までアルヴィの傍らで、静かに一連の出来事を眺めていたソフィアがおずおずと尋ねてきた。
「何のことかな?」
「約束を破れば死ぬ魔法です。そんな魔法――」
「――父も使ったことがありません。かな?」
わたしの言葉を盗らないでください、とソフィアはプクーと膨れる。そんなソフィアに笑いかけながらアルヴィは答える。
「ああ、あれね、ウソだよ。そんな便利な魔法あるわけないじゃないか」
ええ!? と驚くソフィアを横目に、今まで沈黙していたザナウが口を開く。
「貴様何者だ? 人の扱い方といい、その強さといい、明らかに魔族の域を超えている!」
アルヴィはソフィアに浮かべていた笑顔を消し、打って変わった冷酷な表情をザナウに向ける。
「僕? いいよ、教えてあげる。僕は魔王アルヴィ、この世界を統一するものだ」
ザナウは今しがたアルヴィの発した言葉に驚愕の表情を浮かべ、目を何倍も大きくした。額には脂汗がにじみ出ており、太陽の光でわずかに反射している。
「ば、ばかな魔王は十年前に勇者たちによって倒されたはずでは!?」
「そうだよ、だから僕が代わりにやって来たのさ。さあ話はもう終わり、ソフィア、タナトスさん、この人を東部海岸に輸送するよ」
タナトスは部下に命じタナトスを檻に入れる。ザナウは抵抗せずに素直に従った。
「今日も気持ちのいいくらい快晴だ。少しの間ですが空の旅をお楽しみください」
アルヴィは背筋を伸ばし丁寧なお辞儀をすると、静かに空へと昇っていった。
この回は少し描写不足かも・・・
五話以降はマシになるのでご勘弁を(><)
後編は21:00投稿です。