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派遣魔王アルヴィ  作者: 城見らん
第一章 アダマース攻略編
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第四話 カルデナ村の死闘

 兵士長ザナウは兵を率いて、王国最北部のカルデナ村へと行軍していた。

 狭い山道を登り、下り、ようやく開けた場所に出る。ザナウは後ろを振り向く、兵士たちがアリのようにぞろぞろとついて来ている。


「よし、いったんこの平地で休息を取るぞ」


 前の者から後ろの者へと、伝令を伝えさせる。兵士たちはその場に座り込み、思い思いに休息を取り始めた。

 凄惨な状態だった。そのまま地面に伏す者もいれば、槍を支えにして座り、俯いたまま動かない者もいる。


 無理もない、こんな険しい山道を延々と歩き続けているのだから。


 北部の村々が何者かに襲われていると伝令が入ったのは二日前のこと。急遽編成されたこの部隊で昨日の未明に出発した。それから襲われた村々を回り続け、今に至る。兵士たちの疲労もピークに達している。


「ザナウ隊長、ようやく残す村は一つとなりましたね」


 ザナウのすぐ隣に座っていた男――ジルが話しかけてきた。

 こんな状況でも、いつもと変わらず元気なままだな。ザナウは素直に感心する。

 ジルはザナウの腹心の部下である。非常に有能でよく気が利く。彼のおかげで、あまり気乗りしない今回の作戦も多少はマシに思えた。


「ああ、だが……何かが変だ。死体が消えていたこともそうだが、なぜ今頃魔族の連中が動き出したのかが分からない」


 村を襲ったのは、かつて北に追いやった魔族の仕業であろう。そういう推測がなされていた。

 魔族たちの追撃を中止したのは、重武装の部隊を率い北方の険しい山々を行軍する難しさもさながら、隣国との関係悪化が主な原因だ。

 オルデン王国とはスレイン海峡をはさんで反対側に位置するグロワール帝国は、スレイン海峡付近に兵力を集中させ、まるで王国に侵攻する機会を窺っている、そのような不審な動きを度々見せていた。

 魔王なき魔族などいつでも駆逐できる。国のお偉い方はそう思い、魔族討伐を後に回し、帝国との関係を改善することに専念することにした。。

 ザナウ自身もその判断は間違ってはいなかったと思っている。というのも、かつて魔族の残党狩りに参加していたザナウも、彼らに反抗する力は残っていないと感じていたからだ。彼らには、再び世界を手中に収めんとする気力は毛頭見受けられなかった。


 しかし、それがなぜ今……


「そんなうかない顔しないでくだせえ、向こうさんも王国があたふたするのを見たかったんじゃねえですか? 隊長は細かいとこ気にしすぎるんですよ」


 がっはっは、とジルは豪胆に笑う。

 自分の思い過ごしであればよいのだが、とザナウは弱々しく首を振る。


「そうだな、早くこの任務を終わらせて王都へ帰ろう。王都の守りを少しでも固めておく必要があるからな。よし、出発しよう。上手くいけば今日の夜には到着できるだろう」

「了解です! おーい、お前ら出発するぞ!」


 ザナウたちは重い腰をあげ、再び山道を歩み始めた。



◆◆◆



 オルデン王国領最北端 カルデナ村

 ザナウたち以下百名はなんとかその日のうちに、カルデナ村にたどり着くことができた。

日は当の昔に暮れ、当たり一面に闇の世界が広がっていた。虫の音一つ聴こえない。

 ジルはさすがに少し疲れたような顔をしつつ、ザナウに近づいて来る。


「隊長どうします? 村の探索は明日にして、今日はここで陣を張りますかい?」

「いや、今日中にも探索を終えて、明日の朝カルブンクルスへ出立しよう。カルデナ村は小さな村だ。半時もあれば全て見回れるだろう。それに、今は時間が惜しい、一刻も早く王都に戻らねば。グロワール帝国に隙を見せたくはないからな」


 それほどまでにオルデン王国とグロワール帝国は緊迫している。オルデン王国が魔族の残党に兵力を裂いていると帝国側に知られれば、なにかしら行動を起こしてくるかもしれない。そんな不安がザナウにはあった。

 カルデナ村に来るのは二度目だ。残党狩りの際に、立ち寄ったことがある。前に来たときは入り口から村全体を見渡すことができた。しかし今は暗がりのせいで視界が狭く、奥まで見渡すことはできない。近くの住居がどうにか二つ、三つ確認できるくらいだ。

 ザナウは隊員に、各自松明を点けるように指示を出す。一気に明かりの数が倍ほどになり、闇の中に兵士たちの顔が不気味に浮き上がった。


「各自四つの班を作り、一つ一つ住居を回れ。生存者がいた場合は確保。家の中の物には手をつけるなよ、窃盗の罪で牢獄行きだからな。探索し終わった家にはドアに大きく十字を刻むこと、いいな」


 ザナウの無駄のない指示に兵士たちは俊敏に動く。手に松明を掲げ村の中へと次々に入って行く。

 疲れていてもさすがは王国兵、上官の指示にはしっかりと従う。

 ウムッと頷くと、ジルを伴い自らも村へと入る。


「誰かいるか?」


 未だ探索されていない家に入る。テーブルと椅子はひっくり返り、壁には無残な血の跡が残っている。やはり死体はない。


「ジル、妙だと思わないか?」

「ええそれは。他の村々もそうでしたが、血の跡はあるのに死体はない。意味が分かりませんな」

「それに加えて、調度品に手を加えた形跡もない。見ろ、衣服や食料も残されたままだ。いったい何の目的で村を襲ったのか」


 村を襲う理由は二つある。一つは食料を奪うため、もう一つは金品を奪うためだ。しかし、今回の場合そのどちらにも手が付けられていない。

 唯一無くなっているのは死体のみ、屍生術の研究にでも使うつもりなのだろうか。だが、屍生術の成功例など聞いたことがない。


「はああ、やっこさんたちもあっしらに挨拶したかったんじゃないんですか? お久しぶりって感じで……」

「!?」


 ジルが投げやりに呟いた言葉を聞き、ザナウは雷に打たれたような感覚に陥る。

 金でもなく、食料でもない。そこから死体が目的だという可能性を排除すれば、残る目的は――

ザナウはそこまで考えたとき、ある一つの結論にたどり着く。


「我々を誘き寄せるのが目的か!」


 ザナウが声を荒げるのと同時に、耳を劈くような炸裂音が外に響き渡った。


 急いで家の外に出る。入り口とは反対方向にある、出口付近の家々が激しく燃えている。皮肉にも、そのおかげで村の奥まで見渡すことができた。

敵の姿を捕捉する、その数およそ三十。


「敵襲だ! 敵は魔族残党、村の出口付近にて存在を確認! 捜索隊は班を崩すな、四人で個を迎撃。魔法を使用している模様、詠唱までには時間がかかる。落ち着いて対処せよ」

「「はっ!」」


 一瞬何が起こったのか分からずパニック状態に陥っていた兵士たちであったが、ザナウの冷静で的確な指示のおかげで落ち着きを取り戻し、魔族撃破に向かう。


「隊長! 我々も向かいましょうぜ」


 ジルの言葉にすばやく応答し、ザナウも出口へと駆け出した。近くにいた兵士たちも彼の後に続く。

 ザナウは魔族たちの視界から身を隠しつつ家の間を縫うように走る。村の端まで来ると、家の影に隠れたまま、待機命令を出した。


「私の合図を待て、次に魔法を放出した瞬間に、一気に間を詰め接近戦に持ち込む。いいか忘れるな、相手は魔族だ。個人で対処しようとするな、必ず複数で当たれ」


 ザナウは身を半分乗り出し、前方を射るような目つきで見やる。ザナウたちと魔族たちの間には、先に激突したであろう兵士たちの、見るも無残な炭化死体が転がっている。ぶすぶすと煙を上げ、人間が焼ける強烈な臭いがここまで漂ってきている。

 せめてもの救いは、彼らが五人~六人の魔族を道連れにしていることだろうか。剣で体中を突き刺されていて動く気配は無い。


「くそ、あいつら絶対許さねえ! 全員ぶち殺してやる」

「落ち着けジル、向こうの思う壺だ」


 ジルは血が出るほど強く歯を食いしばり、唸り声を上げる。

 ザナウは兵数を確認する。倒れている兵士を差し引いて、兵力はおよそ六十。対する魔族は二十五。数の上では圧倒的に有利だ。


 これは勝てる戦だ。ザナウはそう自分に言い聞かせる。


 ふいに、魔族たちの手がぼんやりと発光し始めるのを確認。


「来るぞ! 全員その場に伏せろ!」


 瞬間おびただしい数の閃光が飛来する。爆音とともに家ごと吹き飛ばされる兵士たち。ザナウの体にも木片が容赦なく降り注ぐ。

 しばらくすると、魔法の攻撃が止んだ。おそらく詠唱に入ったのだろう。


「今だ! 全員突撃!」


 ザナウは即座に地面から立ち上がると、距離を埋め、猛然と魔族に襲い掛かる。


「くらえ!」


 手近な魔族に狙いを定め、一閃。ザナウの剣が銀色の軌跡を描く。詠唱に集中していた魔族は音も無く崩れ落ちる。

 周りの魔族たちがすばやく詠唱を中止、それぞれの獲物を取り出しザナウに斬りかかろうとする――が直後に兵士たちがなだれ込み、それを阻む。たちまち混戦となった。


 武器と武器が奏でる金属音、飛び散る鮮血と怒号。周りの兵士たちが一人、また一人と倒れていく、しかし彼らは仲間の死体を乗り越え魔族へと剣を向ける。

 数の上で圧倒するザナウたちは徐々に魔族たちを追い詰めていった。そしてついに、魔族たちは瓦解し敗走を始めた。


「魔族たちが逃げるぞ! この機会を逃すな、追撃!」


 ザナウの掛け声とともに、兵士たちは追撃を始める。


「やりましたね隊長、俺たちの勝ちです! 後は、今度こそ奴らを根絶やしにするだけですね」


 嬉々として叫ぶジルとは裏腹に、ザナウはどうも腑に落ちないでいた。

 何かがおかしい。確かにジルの言うとおり我々は勝ったのだろう。だが、どうしても心に残るわだかまりが取れないでいる。

 かつてザナウが戦った魔族はこんなにも容易く倒すことができただろうか。四人一組で個にあたれと口では言ったものの、正直四人では荷が重いかもしれないと思っていた。

 魔族は非常に頑丈な種族だ。多少の傷であれば自己修復してしまう。少なくともザナウが一撃で倒せるようなものではなかったはずだ。


 何を今さら迷っている。指揮官が不安がれば兵の士気も下がるではないか。


 ザナウは自分自身を叱咤した。


「ジル、行くぞ! 我々の手で引導を渡してやるんだ」


 ザナウは地面を力強く蹴り出した。魔族たちの逃げる先は扇状地となっていて伏兵の気配はない。

 ザナウたちは徐々に魔族たちに迫りつつあった。もう少しで前列が、逃げる魔族を斬りつけることができる。そのとき。


「ぎゃああああああ」


 ザナウの後方で悲鳴が上がった。急いで追撃を中止させる。


「奇襲だ! 奇襲を受けた……があ!」


 後方を見やる。松明の火が驚異的なスピードで地面に落ちていく。


「か、囲め! たった一人だ」

「ば、化け物め!」


 一人だと!? いったいどこから現れた!


 ザナウは目を凝らす、松明の光のおかげでなんとか元凶を確認することができた。

マントのようなものを羽織った少年。黒い髪を後ろに靡かせ、端正な顔立ちに似合わないような怜悧な笑みを浮かべている。


 村に隠れていたのか? いや違う、あの狭い村にいたのなら誰かが発見していただろうし、攻撃の巻き添えを食らっていたはずだ。となると……上か!


 ザナウは少年の上空を見上げる。暗くてはっきりとは分からないが、数十人の魔族が浮かんでいるように見える。 


「このやろう! よくもやってくれたな!」

「ま、待て、ジル! 早まるんじゃない」


 呆然と立ち尽くす兵士をかき分け、ジルは少年の前に躍り出た。両の手で持った長剣を上段から振り下ろす。

 少年は避ける素振りを見せない。ザナウは一瞬討ち取ったか、と思ったが、すぐにそれは幻想だと気づかされる。


「な、何!? 手で受け止めただと!?」


 少年は大事な物でも扱うような手つきで剣幅をつまんでいた。そして、その手をひねる。

 ボキッ、長剣が折れた。純度の高い鉄を鍛えて作られた剣は、少年に傷を付けることなく役目を終える。そしてそのままの流れで少年は右手で手刀を作り、胴を薙ぐ。ジルの上半身と下半身が徐々にずれ動き、分離する。血が噴水のように噴出し、絶命。少年は返り血で真っ赤に染まる。爛々と光る真っ赤な目が恍惚としたものに変化していた。


「うあああああ」


 背中の方から、またも断末魔の声が上がる。遁走していた魔族たちが身を翻し、反撃に打って出たのだ。

 前方に魔族、後方に一人の少年。大きく動揺した王国兵が壊滅するのも時間の問題だった。


◆◆◆



 アルヴィは目の前で呆然と立ち尽くす兵士たちをゆっくり見回した。皆、目の前で起こった出来事を受け入れがたいような表情をしている。

 おそらく三十人ほどは倒しただろうか、右手を振って付着した血糊を落とす。


 これはパフォーマンスだ。王国兵にとっても、そして魔族たちに対しても。


 出撃の直前、アルヴィは王国兵を後ろから挟撃する役目を一人で買って出た。ソフィアは猛反対したがタナトスが宥めてくれた。彼もアルヴィの意図に気づいているようだ。

 アルヴィは派遣された魔王である。魔族たちがいくら慕っている素振りを見せようがそれは表面上のこと、彼らの本心は分からない。当然であろう、未だ実績が無いのだから。


 無いならば作ればいい、アルヴィはそう思い今に至る。


 空に待機させた魔族たちはアルヴィの指示一つで王国兵に襲い掛かる手はずになっている。しかし、そんな手間はかけさせはしない。


「こんばんは、君たちの指揮官はどなたかな?」


 周囲の視線が一点に集まる。


「……私だ」


 人垣をかき分け、奥のほうから、やや老齢に差し掛かった男が前へと進み出る。アルヴィの放つ圧倒的な威圧感に、やや気押されているものの、眼光するどい碧眼はまだ死んではいなかった。

この人は使えるかもしれない、アルヴィは声に出さずに呟く。


「では、あなたに勧告する。直ちに武装解除、及び僕たちに降伏すること」

「嫌だと言ったら?」


 アルヴィは、十歩はあろう距離を一瞬にして詰め、男の喉に人差し指をあてがえる。周囲の兵士たちが急いで武器を構えたがもう遅い。


「君の首を飛ばして、ここにいるもの皆殺しだ。おっと、無駄なまねはよしたほうがいいよ、普通の人間では僕は殺せない」


 アルヴィの背後に回りこみ、今まさに背中を刺そうとしていた兵士が動きを止める。


「……分かった降伏する」

「賢明なご判断だ。あなたの名前は?」

「オルデン王国北方遠征部隊隊長 ザナウだ」


 アルヴィはザナウの首からゆっくりと手を離す。周りでは兵士たちが嗚咽を漏らしながら地面に這い蹲っている。まさか、この戦力差で敗れるとは思っていなかったのであろう。勝利の確信がボロボロと崩れていく様は見ていて実に気持ちがいい、アルヴィは声を上げて笑う。


「あははは。さあザナウさん、僕たちの根城にご案内しますよ! 狭くてじめじめとした穴倉ですが、どうぞお寛ぎください」


 こうしてザナウ部隊長以下三十名は魔王軍の捕虜となった。




いかがだったでしょうか? まだまだ拙い文章ですが、みなさんに面白いと思われるような小説を目指し、精進する所存であります。なにかアドバイスや一言を貰えれば、嬉しく思います。


さて、次回の話はいわゆる戦後処理、捕虜になったザナウたちをどう利用するかのお話になります。

明日の投稿時刻は20:00とさせていただきます。

次回、第五話 死者の軍団 請うご期待!


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