第三話 魔法の才能(後編)
「力を抜いて、高いところに登るイメージでいいよ」
途端、ふわりとソフィアの体が宙に浮かび上がる。そのまましばらく上昇して止まる。
「で、できました! うわあ、わたし空を飛んでる!」
見てください、と言わんばかりにソフィアはアルヴィの頭上を旋回する。金色の髪が日の光に映えて溢れんばかりの輝きを放っていた。
ときおり足の合間に白い小さな布が見えてしまい、アルヴィは顔を赤くする。そんな丈の短い服を着ているからだと独白する。
そんなこととは露知らず、今度はとんぼ返りを繰り出そうとしているソフィアに声をかける。
「完璧だよソフィア。これほど早く習得できるとは思ってなかった。そろそろ洞窟に戻ろう、タナトスさんが戻って来てるみたいだから」
ソフィアは練習開始三日目にして飛行魔法を習得してしまった。通常、習得に一月はかかることを考えれば驚異的な早さだ。アルヴィは彼女の才能に瞠目する。
ソフィアはアルヴィの横に降りて来ると、パンパンと膝を払った。
「空を飛ぶのってすごく楽しいですね! これも全部アルヴィ様のおかげです。本当にありがとうございます!」
「僕は何もしていないよ、ただ君が優れているだけさ」
ソフィアは大きく首を横に振った。澄んだ青の瞳でアルヴィを見つめる。
「わたし……今がすごく楽しいんです。アルヴィ様の前では不思議と素のままの自分が出せてしまいます。それがどんなに自由で嬉しいことか、こんな状況でそんなこと言ったら不謹慎だと思われるかもしれませんが」
ソフィアは少しの間目を伏せ、申し訳なさそう顔をするも、すぐにアルヴィに視線を戻す。
「もし、アルヴィ様が現れなかったら、一生自分を殺して生きていかなければならなかったことでしょう。そんなわたしを救ってくれた。だから……アルヴィ様はわたしにとっての英雄なんです!」
まさか魔王が英雄と呼ばれる日が来るとは夢にも思っていなかったアルヴィであるが、不思議と悪い気はしなかった。
つぼみが花開くような満面の笑顔を浮かべながら、ソフィアはアルヴィの手を取る。小さな掌で包み込まれた右手が温もりを感じ取る。
「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ソフィアは思いついたように面を上げる。
「いいよ、何についてかな?」
ソフィアはアルヴィの右手を解放する。赤面しかけていたアルヴィは正直ほっとする。
「あの、アルヴィ様はいったいどこからやって来られたのですか? あのときは光が消えたら、玉座にアルヴィ様が座っていらっしゃったので驚きました」
「ああ、そういえば僕のことについて全然話していなかったね」
ごめんごめん、とソフィアに謝ると。アルヴィは近くにあった石に腰掛けた。ソフィアに隣に座るよう促す。彼女は素直に従い、ちょこんと横に座った。
「僕は魔王養育機関っていうところに在籍していたんだ。そこは魔王を育成する学校のようなところで、育てた魔王をいろいろな世界へと派遣しているんだ。
ああ、世界っていうのはこの世界以外にもいくつもあって……そうだな、空に浮かぶ一つの星が一つの世界だと考えれば分かりやすいかな?」
アルヴィはぼんやりと空を見上げる。地平線に隠れつつある太陽が淡いオレンジ色の光を放っている。直に空は星で埋め尽くされるであろう。今夜は外で星を眺めてもいいかもしれない、不意にそんな気持ちになった。
アルヴィはちらりと横に目をやる。ソフィアも足をぶらぶらさせながら空を見上げている。その横顔にはうっとりとした乙女の表情が現れていた。
「だから、ソフィアの質問に答えると、僕は違う世界から来たっていうべきなのかな。厳密には養育機関は世界と世界をつなぐ次元って場所にあるんだけど……まあ、ややこしくなるからいいや」
そうそう君のお父上もそこ出身だよ、とも付け加えておく。
ソフィアはもともと大きな目をさらに大きくし、アルヴィを見つめた。
「まあ、お父様もですか!? 確かに時々よく分からない言葉を使っていたので、何だろうと思っていたのですが……あれはきっと別の世界の言葉だったのですね!」
ソフィアは手をポンと鳴らし、納得した表情を見せる。
「あ、でも、魔王様を派遣する機関があるのなら、お父様が亡くなった後、すぐにでも魔王様を送っていただけたのではないのでしょうか、そうすればわたしだってこんなに辛い思いをしなくてもすんだのに……」
「ああ、それは君のお父上がそう望まなかったからだよ。十年後に君たちが生き残っていれば、新たに魔王を派遣してくれって、死の直前に機関に連絡してたみたい。ほとぼりが冷めたころに魔王を派遣してもらおうと判断されたのかもしれないね」
得心しがたい表情を浮かべていたソフィアであったが、何かを思い至ったのか、大きく頷くと笑顔を見せる。
「ふふ、それでもこうしてアルヴィ様に出会えたのだからお父様には感謝しなければいけませんね」
ソフィアはそう言い、ぴょんと地面に飛び降りる。パンパンと軽くおしりを払うとアルヴィに向き直る。
「ありがとうございました。今日は空も飛べたし、アルヴィさまのことも知れて嬉しかったです。さあ、帰りましょうか」
ソフィアは背を向け、歩き始める。夕日を受けて真っ赤に燃える彼女の背中は心持ちたくましく見えた。アルヴィは腰を上げ、先を行く彼女に続いた。
◆◆◆
「魔王様、王国に動きありです」
アルヴィたちは洞窟に戻ると、すぐにタナトスに捕まった。
タナトスがオルデン王国の首都カルブンクルスに放った密偵が、今日の未明、首都から軍勢が出発するのを確認したらしい。その数およそ百名とのこと。
「結構な数だね、王国軍がどこに行軍してるか分かる?」
「はい、方角からして我々が襲った村々を回るのではないかと思われます」
「すばらしい、最高の状況だ。ここから一番近い村に彼らが到着する時間はどれくらい?」
「全員が歩兵部隊とのことなので、おそらく明日の晩には到着すると思われます」
ここまでは頭に描いた筋書き通りに物事が進んでいる。アルヴィは意味深な笑みを浮かべる。
王国領の村々を襲えば、王国軍が何らかの動きを見せるであろうことは予想していた。というよりも、それこそが村を襲った目的でもあるのだから。
作戦の第一段階に該当する情報収集。王国自らが、わざわざアルヴィたちの元に届けに来てくれるのだ。これほど嬉しいことはない。
「さてと、後は王国軍をどう捕獲するかだね」
おそらく王国軍は生存確認を行うため、村の中に入るだろう。それを見越し、事前に配下を周囲に忍ばせておき、急襲する。これが一番効果的な戦略である――普通ならば。残念ながらアルヴィの考える策は違う。
「タナトスさん、敗走するのは得意?」
一瞬呆け顔になったタナトスだが、すぐに気を取り直し、言を紡ぐ。
「敗走でございますか? ま、まあここまで逃げてきた実績はあるといえばある……のですかね」
「そうですか、じゃあタナトスさんには村に入った敵兵を急襲した後、敗走してもらいます」
「ちょ、ちょっと待って下さい! アルヴィ様は負ける気なのですか!?」
今まで静かに聞いていたソフィアが我慢できずに横入りする。彼女の顔からは驚愕の表情が見て取れる。
そんな彼女とは裏腹に、落ち着いた表情でアルヴィの真意を探っていたタナトスが口を開く。
「ふむ、もしや芝居を打てと?」
「ふえ!? お芝居ですか?」
納得したと言わんばかりに何度も頷くタナトスと、意味が分からずそわそわするソフィア、両者の目を交互に覗きながらアルヴィが答を教える。
「敗走した振りをしてもらい、別働隊で挟撃する。成功すれば同時に戦意も奪うことができる。戦意さえ失えば簡単に降伏してくれるだろうからね」
今回の作戦では敵に玉砕してもらっては困るのだ。ある程度削った後は降伏してもらう、これがキモである。
「なるほど、では私と魔王様の半分で兵を分けましょう。親衛隊は約六十名、よって三十分隊を二つ作るので問題ありませんか?」
「王国兵はおよそ百、僕が奇襲するまで持ち堪えられるかな?」
「問題ありません。我ら魔族は人間とは違います」
タナトスやソフィアは魔族と呼ばれる種族だ。人間と比べると個々の能力がはるかに優れ、また例外なく魔法が使える。唯一の難所は繁殖力が低いことで、女性魔族が一生に生む子供の数は一人か多くて二人でしかないということぐらいだろうか。
「それではわたしはアルヴィ様と一緒に挟撃部隊に回りますね!」
「えーと、ソフィアも付いて来るの?」
もちろんです、と元気よく頷くソフィア。当初の予定では彼女には拠点に残り、万が一に備えてもらう予定であった。
「あのね、ソフィアには――」
「わたしはアルヴィ様の相談役ですから、常にアルヴィ様の近くにいなければならないのです!」
胸を張って応えるソフィア。そしてなぜか、『もうそのような仲に……』とニンマリするタナトス、この人はなにか勘違いしているような気がする。
身から出た錆、まさにここに極まれり。アルヴィは力なく項垂れた。
「はあ……それじゃあ明日の朝、僕らも村に向かうとしようか。
そうそう、死体の件はどうなった?」
死体も大事な戦力になる。数が多いほどありがたい。
「は、死体は全ての村を合わせて二百ほど集まりました。指示通りに東部海岸に搬送し、沈めさせました」
アルヴィは深く頷いた。着実と準備は整いつつある。死体の数は予定より少ないが、明日の戦闘でまた増えるであろう。
「ありがとうタナトスさん。下がっていいですよ、明日に備えてください」
タナトスは頭を下げ、足早に去っていった。皆に命令を伝達しに行くのであろう。
「さてソフィア、君の部屋まで送っていこう」
ソフィアは隣で小さなあくびを浮かべていた。アルヴィの視線に気づくとパタパタとあわてた様子でうろたえる。
「ふえ!? あ、ありがとうございます。でも、一人で大丈夫です。アルヴィ様は明日に備えてお休みください!」
よほど恥ずかしかったのか普段の二倍ほどのスピードで一気に捲し立て、その場を去ろうとした――が、勢い余って躓いてしまう。
「あぶない!!」
とっさにソフィアの腕を掴むも、勢いは殺せずアルヴィごと倒れてしまう。
「いててて、大丈夫ソフィア?」
なんとか体を入れ替え、自らがソフィアの緩衝材になることができたアルヴィであったが。
「っ!?」
ソフィアの目とアルヴィの目が合う。鼻と鼻とがくっつくような距離にソフィアの顔があった。おまけに彼女の柔らかい双丘が押し付けられ、得も言えぬ心地よい感覚に陥る。
はたから見ればソフィアがアルヴィを押し倒し、抱きついているような格好に見えるだろう。
「あの、その……ご、ごめんなさい」
アルヴィの上でソフィアが必死に頭を下げている。
「だ、大丈夫だから! と、とりあえずどいてもらっていいかな? 誰かに見られるとまずい――」
「何事ですか! 今の大きな音は……おお」
願いという物はそうそう叶わぬ物。通路に響いた音を聞きタナトスが戻ってきた。
「ち、違うんです、タナトスさん! これは事故で……ねえソフィア?」
ソフィアは口をぱくぱくさせ何かを訴えようとしたが、突然後ろを振り向き、この場から走り去ってしまった。
「「…………」」
おもむろにタナトスがアルヴィの肩に手を置く、片方しかない瞳がキラキラと輝いている。
「さすが魔王様! わたくしめは安心しました。これで魔王軍は安泰ですなあ! ですが魔王様、このような場所でいきなり下になられるとは……なかなかの趣向ですな?」
「だから違うんです! これは――」
この後アルヴィがいくら弁解しようとタナトスは聞き入れてくれず、はっはっは、と笑いながらもと来た道を戻って行った。
「なんでこうなった……」
一人残されたアルヴィはおぼろげな足取りでふらふらと自室に帰って行った。
第三話、いかがだったでしょうか?
文字数が多かったので、今回は前編、後編に分けさせていただきました。
以降、文字数が多い場合は同じような形をとらせていただきます。
さて、第四話はお待ちかね? 戦闘回となりますw
初の戦闘シーンということでがんばりました!
はりきりすぎて、結構残酷な描写になっちゃった。苦手な方ごめんなさいorz
次回、ついにアルヴィがベールを脱ぐ!
第四話 カルデナ村の死闘
明日の投稿をお待ちくださいノシ (感想待ってマースw)