第三話 魔法の才能(前編)
文字数が多くなるので分けて投稿させていただきます。
「とりあえず、タナトスさんは計画通りに村々を襲ってください。死体は多ければ多いほど好ましいです。王国兵に動きがあれば知らせてください。ソフィアは僕と来て、今回の作戦には魔法が不可欠だからね」
タナトスは『御意』と頷くと、慌しくアルヴィから離れて行った。
彼の背中を見送った後、アルヴィはソフィアを連れ洞窟の外へと向かう。どうやら外は草原となっているようだった。草木の絨毯が一面に広がり、ごつごつとした岩が点在している。空は澄み渡り、雲一つ見当たらない。
「やっぱり外はいいね、ずっと穴の中にいると気が滅入っちゃうよ」
アルヴィはうーん、と大きく伸びをする。
そんなアルヴィを見上げ、ソフィアは少しうかない顔を浮かべている。
「あの、アルヴィ様。本当に死者を使役することなんて可能なのですか?」
「あれ、もしかして疑ってる? 心外だな」
「いえ、そんなことはありません! ただそんな魔法は父も使ったことがなかったので」
アルヴィは作戦の概要を三段階に分けて話した。その第一段階は、兵力増強および、オルデン王国内部の情報収集である。
まず兵力を補うため、アルヴィは“創造”を行うことにした。創造とは機関から魔王の称号とともに与えられた能力の一つで、“シモベ”を自ら作成できる便利な能力である。
創造を行うには生み出すシモベの能力に見合う価値の物が必要であり、通常はその世界で流通している貨幣や金貨を使用する。今回の場合、死体を用い、それと同程度の能力のもの、つまり“アンデッド”を創り出す予定だ。
「普通は死者を使ったりはしないんだけどね、ほとんど数合わせにしかならないから。おそらくソフィアのお父上はこの力に頼る必要がないくらい、有能な配下に恵まれていたんだと思うよ、タナトスさんみたいなね」
それに死体は臭いがすごいから、と付け加える。
「さあ、話は終わり、早速魔法の練習をしよう。ソフィアは魔法を使ったことがないんだっけ?」
先ほど確認したところ、タナトス率いる親衛隊は全員が基本的な魔法を網羅しているとのことだった。それとは対照的にソフィアは一つも使えないと答えた。
「はい、全くありません。なぜかお父様に禁止されていたんです」
ソフィアは小さく頬を膨らませ、すねた表情を作る。
「よし、じゃあ簡単な魔法から始めよう。大丈夫ソフィアは魔王の娘なんだから、すぐに使えるようになるよ」
今回の作戦では”飛行魔法”が不可欠だ。ソフィアには作戦の二段階までには習得してもらう必要がある。それまで四日ほどの猶予があるだろう、とアルヴィは見込みをつけている。
「魔法は体内に流れる魔力を利用して行使するものだ」
アルヴィは掌を返す。徐々に手がぼんやりとした黒いオーラに包まれていく。
「きれい……」
ソフィアはまるで宝石でも見るかのように、アルヴィの手をうっとりと眺めている。
「魔力は誰にでも流れている。難しいのはその流れを感じることだ。これができるかどうかで、魔法が使えるかが決まる。さあ、やってごらん?」
「はい!」
ソフィアはアルヴィに倣い、手を上に向け、目をきゅっと瞑る。その表情は真剣そのものだ。
「おお!」
ソフィアの手が瞬く間に漆黒の光に包まれる。魔力の残り香が、腕に雷のような奔流を作っていた。
まさか、いきなりできてしまうとは。アルヴィはソフィアの才能に舌を巻く。
先ほどアルヴィが言ったように、この段階が一番難しい。アルヴィでさえ、魔力を感じられるようになるのに半日ほどを費やした。それでさえ通常に比べれば驚異的な早さだというのに、ソフィアはさらにその上を行く。アルヴィは驚きを禁じ得ない。
「すごい! すごいよソフィア! こんなに早く魔力を感じられるようになるなんて!」
「えへへ、ありがとうございます。そう言ってもらえるとなんだか照れますね」
ソフィアは謙遜するまでもなく、素直に喜んだ。
単純なまでに純粋な少女の笑顔にアルヴィもつられて笑ってしまう。
「ふふふ。よし、早速次の段階に移ろうか。次といっても、実質的にこれが最後なんだけどね」
アルヴィは説明を続ける。
「一口に言えば魔法とは、その人の理想を具現化したものだ」
「え? じゃあ、わたしの胸……じゃなくて、身長を伸ばすこととかもできたりするんですか?」
「いや、それは無理だ。理想と表現したのは間違えだったね、どちらかいうとイメージと言ったほうが適切だ」
「イメージですか?」
「そう。例えば、火の攻撃魔法を使いたいなら、手から火が起こる場面を強く想像する。防御魔法を使いたいなら、盾や鎧を着けている場面を想像すると言った感じかな」
「へえ、案外簡単そうに聞こえますね」
「そうだね。でも実際は、その具体的なイメージを思い浮かべるのが難しいんだ。今まで見たこともないものを詳細に思い浮かべなければならない訳だからね」
ソフィアはふんふん、と首を何度も動かし、アルヴィの説明に真摯に聞き入っている。
「今回は僕が実際に魔法を放って見せるから、それを参考にして、真似して見せて。気をつけて欲しいのは、今から放つ魔法は、あくまで“僕の魔法”だということ。ひとそれぞれ考え方は違う訳だから、そのまま真似をしても失敗してしまうよ。いいかい? “ソフィアの魔法“を放つんだ」
「はい!」
ソフィアはその細い眉を吊り上げ、ピシッと敬礼をした。
「よし、じゃあ早速”フレイムキャノン”の魔法を見せるね! ……名前はどうでもいいよ」
最後にごにょごにょと呟き、ソフィアの返答を待つ前に、アルヴィは魔法の詠唱に入った。右手を突き出し、左手で支える。
「形はどうでもいい、大事なのは想像すること。体内の魔力を右手に集中させる。そして、火の玉が飛び出るイメージを思い浮かべて叫ぶ! フレイムキャノン!」
瞬間、アルヴィの右手から握り拳大の火の玉が放出される。火の玉は唸りを上げながら加速し、目標の岩に着弾。大人の背丈ほどある岩が轟音を立てて爆散する。
「す、すごい……」
隣に立っていたソフィアは透き通るような碧眼を大きくさせた。アルヴィと砕け散った岩との間で視線を何度も往復させている。
「魔法を想像して具現化するまで、これが俗に言う詠唱時間と言うやつだ。慣れれば短縮できたりもするんだけど、今回はどれだけ長くてもいいから落ち着いてやってごらん?」
ソフィアはコクリと頷くと、前を見据える。アルヴィの指示に従い右手を突き出し、詠唱に入る。目を瞑り、魔力の流れを制御。ソフィアの腕に黒いエフェクトがかかる。
「”フレイムキャノン”!」
目をかっと見開き、ソフィアはおもむろに叫んだ。ソプラノの高音が心地よい。
ソフィアの掌から出現した火球はみるみるうちに彼女の身長ほどの大きさになり――射出。巨大な炎の塊は地面を掠めるような軌道で飛び、岩に着弾。アルヴィの視界が一瞬光で奪われる。直後、直接脳を揺さぶるかのような轟音と、むせ返るような熱風に襲われる。岩があった部分を中心に地面は陥没し、周りには炭化した草がぶすぶすと煙を上げていた。
アルヴィは呆然と立ちつくしていた。
「難しいですね、アルヴィ様みたいに小さくできません」
「…………」
ルキフェルさん。あなたのご判断は正しかったようです……
どうすれば初級魔法がこれほどの威力になるのか、隣でうなだれている少女に恐怖すら感じる。アルヴィは額の汗をぬぐう。
「まだまだ練習が必要みたいです。もう一度やってみますね」
そう言っておもむろに手を上げるソフィアを必死に押しとどめる。
「い、いや、もう十分だよ! とても初めてだとは思えない。いったん休憩しよう、魔力の消費は思いのほか体に負担がかかるからね」
「そうなんですか? じゃあ……お昼にしましょう! わたしサンドウィッチ作ってきたんです」
「うっ、案の定真っ赤だ……」
一難去ってまた一難。つくづく炎に苛まれる日だ、とアルヴィは肩を落としたのだった。
後編は13時投稿予定です