第二話 作戦会議
長編小説の冒頭部分がいかに難しいか……ようやく実感しましたorz
部屋に入るなり、アルヴィはベッドに倒れこんだ。
「あー、緊張した……ちょっとカッコつけすぎちゃったかな」
誰もいない部屋で独り言ちる。
興奮冷めやまない中、玉座の置いてあった部屋(一応、王の間らしい)を後にしたアルヴィは、この部屋へと案内された。
係りの者もえらく興奮しており、『自分は魔王様にこの部屋を案内することを望みに今まで生きてきました!』などと、胸を張って言うものだから、たまったものではない。アルヴィはため息をついた。
それにしても、とアルヴィはあらためて部屋の中を見回す。
ごつごつとした石壁に、地面がむき出しの床。中央に申し訳程度に置かれた木のテーブルは少し傾いている。窓などはなく、ロウソクの頼りない明かりが室内を照らしている。
「まるで、牢獄だね」
事前に資料を読んで、現在の魔王軍の状況はある程度把握していたが、ここまでひどい状況だとは想像だにしていなかった。
「まあ、そっちのほうがやる気が沸いてくるけど」
アルヴィはそう自分に言い聞かせた。
これからどうしていこうか、などと考えながらベッドに座っていると。
コンコン
ふいに扉を叩く音がした。
ベッドから立ち上がり、扉を開く。そこには銀色のトレーを持った少女が立っていた。
「君は確か……ソフィアだっけ?」
「はい、魔王様。お食事をお持ちいたしました」
アルヴィはまじまじとソフィアを見つめる。
肩先まで伸びた、軽くウェーブのかかった金色の髪に、青色の瞳。花の刺繍の入った白のブラウスを身に付け、丈の短いスカートからしなやかに伸びた足をもじもじとさせる姿は、愛くるしさを感じさせる。
先ほどまでは、フードで顔が隠れていて分からなかったが、かなりの美少女である。
「あの……私の顔に何かついているでしょうか?」
「な、なんでもないよ、さあ入って」
狼狽する心を悟られまい、と冷静を装いソフィアを招き入れた。
女の子か……そういえば最近ほとんどしゃべったことがないな。
候補生に女性は一人もいなかった。故に、アルヴィには年頃の娘との接し方が分からない。正直、苦手な分野である。
「とりあえず、座ってよ。いろいろと聞きたいことがあるから」
「あ、はい」
ソフィアはトレーをテーブルに置くと、アルヴィの対面に座った。緊張しているのか、顔をうつむかせ、肩をわずかに震わせている。
なぜか悪いことをしている気分に襲われる。やはり先ほどの演説は度が過ぎたか、とアルヴィは首を振った。
とりあえず、当たり障りのない話から始めよう。そう心に決める。
「ねえ、ソフィアって歳はどのくらいなの?」
ソフィアは上目遣いにアルヴィを見上げる。
その仕草にに思わずドギマギしてしまう。そんな自分が情けない、とアルヴィは自分を責める。
「十六です。あの……失礼ながら魔王様はおいくつでいらっしゃるのですか?」
「僕は十七だよ。一つしか変わらないね」
アルヴィはニッコリと笑う。そんな彼につられてソフィアも頬を緩める。
少し緊張がほぐれてきたかな。よし、次は確か、相手のいいところを褒めろ、だったっけ。
アルヴィが従っているのは候補生時代、教官に教わった、女性と仲良くなるための極意だ。いつか必ず必要になるから覚えておけ、と無理やり聞かされたのがまさかこんなところで役に立つとは……アルヴィはほくそ笑む。
実はこれが教官の、初めて会った女性を落とす方法だったとはアルヴィは知りようがない。
「ソフィアは笑ってるときのほうがかわいいね。ほら、もっと笑って!」
身を乗り出しソフィアの脇をくすぐる。
「ふえ!? あは、あははははは! ま、魔王様お止めください!」
ソフィアの顔は見る見るうちに赤みを増していった。
軽いボディタッチ、すごい効果だ。教官さすがです!
百戦錬磨を誇っていたのもうなずける。アルヴィは確かな手ごたえを感じていた。
「魔王様? 君だって魔王じゃないか、それにそういう堅苦しいの嫌いだって言ったよね?」
くすぐる手を休めず、なおも続ける。
「“アルヴィ”さあ、そう呼んでごらん?」
「そ、そんな……おそれ……多い……こと、できま……せん!」
ソフィアは息も途切れ途切れになりながら、身をよじって逃げようとする――が、アルヴィがそれを許さない。
ただでさえ不安定なテーブルに乗った食器がガタガタと悲鳴をあげている。下に落ちないように細心の注意を払いつつも、くすぐりを続けるアルヴィはどこか嬉しそうに見える。
「わ、わかりました! アルヴィ……様やめてください!」
もうどうにでもなれ、と言わんばかりにソフィアが絶叫する。
「ほんとは呼び捨てで呼んでほしいんだけど……まあいいか」
アルヴィはようやくソフィアを解放してやった。着ている服は乱れ、露出した白い肩が生々しい。
そんなアルヴィの視線に気づいたのかソフィアはいそいそと服を整える。
「はあ……死ぬかと思いました」
ソフィアは恨めしそうな視線をアルヴィに投げかける。
「でも、なんだかアルヴィ様って面白い方ですね! もっと厳しそうな方がいらっしゃるのだと思っていました」
「幻滅した?」
ソフィアはぶんぶんと首を横に振る。
「全然! 実はすごく不安だったんです。わたし、今まで父と配下の者以外の方とほとんど話したことがなくて、上手くやっていけるかなって……でも、本当によかったです! アルヴィさまのような方が魔王になっていただいて!」
グイッ、とソフィアが大きく身を乗り出す。なにやらよい香りが鼻腔をくすぐり、ソフィアの息をわずかに頬に感じる。前がはだけたブラウスから彼女の雪のように白い肌が露見する。まだまだ成長段階であるが、立派な谷を作っている双丘。さきほどのくすぐり攻撃により、汗をかいているのか、しっとりと濡れている。正直言ってかなり艶かしい。
だ、だめだ……これ以上はまずい……
くらくらとする頭を必死に支えながら、なんとか話題をかえようと試みる。
「あ、あの……そ、そうだ! ソフィアのお母上はご健在じゃないのかな?」
とっさに頭に浮かんだ疑問を口に出す。数拍置いてからしまったと思ったが、もう遅い。
ソフィアがわずかに表情を曇らせる。ソフィアの母親がどうなったかは、彼女がここにいないことを鑑みればわかること。つくづく、自分の無神経さが嫌になる。アルヴィは自分を責め苛む。
「お母様は、物心ついたときにはすでにいませんでした――あ、亡くなってはいないみたいです。どこに行ってしまったのか……父も母については語りたがりませんでした」
お気になさらないでください、とソフィアは微笑する。
「そんなことよりも、お食事が冷めてしまいますわ。わたしが腕によりをかけて作ったんですよ。ふふふ、こう見えて料理は得意なんです、ぜひ食べてみてください」
アルヴィは机の上に置かれた料理を見る。
湯気をたてる赤いスープは一体何のスープであろうか、緑の粉がまぶしてある。赤や緑の野菜のコントラストが美しいサラダ。パリパリに焼かれたチキンは余分な油が落ち、目が覚めるような黄金色だ。その上にかけられたクリームは熱した鉄のように真っ赤である。
全部がおいしそうに見える――その色を除いては。
アルヴィの前に広がるのは、ここは溶岩地帯ですよといわんばかりの赤一色。パンまで真っ赤だというのだから頭が上がらない。
「あの、ソフィア? この赤いの……何?」
「わたしが大好きなモールドピカンです。とっても辛くておいしいんですよ! これら全部に使ってあります。遠慮なさらずお食べください!」
アルヴィに投げかけてくるウインクが腹立たしい。
これは食べてはいけない、アルヴィの本能がそう告げる。
「えーと、実は今そんなにお腹がすいてないんだ。また、後で食べ――」
ソフィアが今にも泣き出しそうな顔になる。
「――いや、やっぱ今食べるよ! よく考えれば今日何も食べてないし、うん」
ええいままよ! アルヴィは料理を口の中にかきこんだ。
モールドピカンたちはアルヴィの体の中を傍若無人に暴れまわる。舌は切り刻まれ感覚を失い、胃は炎に焼かれる。
こ、これは、最終試験だ。これを突破すれば魔王になれる!
アルヴィはそう自分に言いきかせ、なんとか正気を保つ。
「うん、おいしい! ソフィアはとっても料理上手だね」
格闘すること半時ほど。モールドピカンたちの侵攻に耐え切ったアルヴィは、立ち上がると、ふらふらとベッドに近寄りそのまま倒れこんだ。
「全部食べてくださったのですね、うれしいです……明日からもがんばって作りますね」
見目麗しい美貌をふりまくと、ソフィアは部屋から出て行った。
魔王って大変だな、そう思ったのを最後にアルヴィの意識は薄れていった。
◆◆◆
翌朝、アルヴィはキッチンに向かおうとするソフィアを捕まえ、食事を作るのは係りの者に任せるように説得した。
なかなか首を縦に振ろうとしないソフィアに『君には僕の相談役としてもっと違うことをやってもらいたいんだ』と言い聞かせ、なんとか、料理を作る頻度を月に一度に減らしてもらうことに成功した。
その後、“普通”の朝食をとり終えたアルヴィはソフィアを含む二名に王の間に集まるように言い含めた。
会議室のような場所はないかソフィアに尋ねたが、そもそも部屋と呼べるような場所がアルヴィの自室と王の間以外ないらしい。
それならば仕方ない、と後者を選んだ。配下に急ごしらえで作らせた長机を運び込ませ、臨時の会議室として機能させる。
アルヴィは机に手を置きぼんやりとロウソクを眺めている。ときおりオレンジ色の炎が途切れ途切れになる。純度の低い油で作られているのだろう。
そんなとりとめのないことを考えていると、ソフィアに連れられ、大柄な男が王の間へと入ってきた。黒々とする髪は根元で束ねられ、彫りの深い顔には長年の風格を漂わせている。右目は色を失っているものの、左の目は緑に爛々と輝いている。
男はアルヴィに小さく頭を下げると、机の周りに着いた。ソフィアもそれに倣う。
「集まってくれてありがとう、早速だけど会議を始めよう。まずは、現状について教えてもらっていいかな?」
アルヴィは隻眼の男を見やる。魔王軍親衛隊長タナトス、魔王軍参謀でもあり、長きに渡り魔王軍を支えてきた。鋼のように鍛え上げられた肉体もさることながら、兵法にも優れ、先代亡き後、敗走した魔王軍がここまで逃げ切れたのも、彼の見事な指揮があったからだ、とソフィアに説明された。
タナトスは静かに頷くと、机の上に地図を置く。
「魔王様――いえ、ルキフェル様亡き後、人間たちは世界を三つの国に分断しました」
ルキフェルとは父の名です、とソフィアが付け加える。
「この地図の西端部。一番小さな大陸を治めるのがオルデン王国。その南に位置する大陸を治めるはグロワール帝国。そして、海を渡り、はるか東に位置する巨大な大陸全てを支配するのが、憎き勇者どもによるアルモニア連邦です」
アルヴィは『勇者ども』という言葉に小さく反応する。勇者は複数存在するらしい、だとすれば少々やっかいだな、と閉口する。
「我々は今、オルデン王国北方の洞窟に追いやられています」
タナトスが地図の端を指差す。
「王国軍による追撃を振り切り、この洞窟に逃げ込むことができました。当初は王国軍による討伐部隊も派遣されていたのですが、最近はほとんど動きがなくなりました。幸い未だに発見されていません。どうやら内政が非常に不安定な状況にあるらしく、我々に手を回している場合ではなくなったようです」
アルヴィは地図を覗き込む。なるほど、確かに三つの大陸の上には国家の名が書かれている。ところが一つだけ、名前が書かれていない大きな島のようなものがあった。
「この三大陸のちょうど中心にあるのは島……なのかな? ここはどの国が所有しているの?」
「ここは、天然要塞アダマースです。今は、グロワール帝国が統治しています。そして……今は亡きルキフェル様がいらっしゃった場所でもあります」
言葉の節々に悔しさを滲ませタナトスは吐き捨てた。
天然要塞アダマース――海と断崖絶壁に囲まれ、難攻不落とまで謳われている。ルキフェル王もここから世界を統治していた。タナトスはそう説明する。
「天然要塞か……いい響きだね」
ここを取ることができれば戦略上非常に優位に立てる。防衛面に関しても、ここよりはるかに守りやすい。
ふと、アルヴィはソフィアを見やる。それに彼女の故郷でもあるこの場所を取り返すことにも意義がある、そう確信する。
「ソフィア、アダマースに戻りたいと思う気持ちはあるかい?」
いきなり話を振られたソフィアは『ふえ?』と気の抜けた声を出し、恥ずかしさで顔を赤らめる。そんな姿も大変かわいらしいとアルヴィは思う。
「も、もちろんあります! あそこにはお父様との思い出もたくさんありますし、できることなら戻りたいです。ですが……」
言い淀むソフィアの言葉をタナトスが引き継ぐ。
「しかし、現状では難しいでしょう。圧倒的に兵が足りません。この場所に残っているのは二百名ほど、そのうち戦える者となると半分にも満ちません。さすがにこの戦力ではアダマースを落とすのは厳しいかと思われます」
アダマースは非常に堅固な要塞。勇者たちが攻め込んだときでさえ、五万の大軍を持ってして、ようやく陥落した。タナトスは淡々と語る。
「あの、アルヴィ様! わたしのことは気にせずに、アルヴィ様がしたいように行動なさってください」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせていただこうかな。僕の最初の目標はアダマースを落とすこと、これに決定だ」
「アルヴィ様!?」
「ソフィアの言うとおりに、僕のやりたいことを選んだ結果だけど?」
「そ、それは……」
ソフィアは口をつぐみ、俯いてしまう。前髪が彼女の顔に影を作る。
「ふむ、しかしそうなると、何かしらの策が必要となりますな」
「大丈夫、さすがの僕もいきなり攻め込もうとは思ってないよ。何事にも準備が必要だしね」
アルヴィは怜悧な顔に不適な笑みを浮かべる。アルヴィの頭の中にはすでに、アダマース攻略の道筋が組み立てられつつあった。まだまだ細かい部分は精査する必要があるが、骨組みに関しては理想的な形に近い。
「アダマースを落とすには僕たちだけじゃ力不足だ。だから協力してもらうのさ、人間様にね」
アルヴィは静かに計画の大まかな流れを話し始めた。
「とまあ、以上が僕の考えた作戦だ。もちろん、途中で小さな不備が生じてくるだろうから、その度に修正を入れていくつもりだ」
しばしの沈黙。アルヴィ以外誰も口を開こうとしない。否、開けないでいるのだ。
タナトスとソフィアは両者とも驚愕の表情を浮かべ、身動き一つ取れないでいる。
「こ、この短時間でそこまでの作戦をお考えになられたのですか?」
ようやく、タナトスが重々しい口を開き、沈黙を破った。
「うん。でもまあ、今ある情報のみを頼りにしているから、確実性が薄い部分はある。だから、状況に応じて内容が変わってくる可能性が無きにしも非ず。そのへんは勘弁してね」
アルヴィは申し訳なさそうに手を合わせる。
「い、いえ、とんでもない! これならば、攻略への希望が見えてきますな!」
タナトスの寡黙な顔が、興奮のあまり崩れてしまう。
無骨なイメージが一転し、童心に帰ったように翡翠色の目を輝かしている。アルヴィは意外と明るい人だ、という印象を受けた。
どちらかというと、教官に似ているかな? まあ、あの人ほど女好きではないだろうけど。
アルヴィは苦笑する。
「よし、じゃあ早速作戦を開始するとしようか」
「はっ!」
「はい!」
二つの力強い返事に満足そうに頷くと、アルヴィは二人を引き連れ、会議室を後にした。
いかがだったでしょうか?
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パソコンの前で小躍りしますw