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派遣魔王アルヴィ  作者: 城見らん
「派遣魔王アルヴィ」 スピンオフ Part1
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もうひとつの戦い(後編)

「それではランカー戦を行うにあたり、今回のルールを説明します。制限時間は四十分。終了時点で、食べ終えた皿がより多いほうを勝者とします。それでは今回の食材を発表します。調理長お願いします!」


 食堂には即席の闘技場のようなものが出来上がっていた。アミたちが座るテーブルの周りを囲むようにして椅子が設置され、立ち見席まで用意されている。アミの要望により、童顔の部下のみは対戦場テーブルへの同席が許可されている。

 進行役を取り仕切る兵士(確か彼はルークだったはず)に呼ばれて、白い帽子を被った老人が対戦場テーブルへと進み出た。両手で蓋をした銀のトレーを支えている。

 彼こそが、この戦場を裏で取り仕切る調理長ゴッド。彼にはキングですら頭が上がらない。

 調理長ゴッドがおもむろにトレーの蓋を開ける。立ち込める湯気の中、一際目立つ黄金色の物体。


「か、神の息吹……!」


 アミは思わず声を漏らしてしまう。こんがりと焼かれた鳥の足。一見何の変哲も無いチキンにように思える。しかし、これは調理長ゴッドの手によって創造された料理。骨まで柔らかく、全てを余すことなく食べることができる。まさに神によって、食材として新たに命を吹き込まれたもの、チキンと称するにはあまりにもおこがましい。故に、“神の息吹”。食堂における人気ナンバーワンのメニューだ。


「おおっと! なんとなんと、頂上決戦の対戦品目は“神の息吹”だあ! これはきっと夕食に出すはずだったものに違いない!」


 給仕役の兵士によりテーブル中に神の息吹が並べられ、闘技場テーブル楽園エデンと化す。裏方からは尚も肉が焼ける音が聞こえてくる。追加の分を早めに作っておくのであろう。


「ふっふっふ、まさか神の息吹が対戦食材とは……頂上決戦として相応しい!」


 キングが恍惚とした表情で神の息吹を見つめている。


「さあ、戦いの舞台は整った! 両者とも準備はよろしいですかな?」


 進行役がフライパンとおたまを手に持ち、アミとキングに声を投げた。


 準備などアミには必要ない、ただ目の前に出されたものを胃の中に放り込むのみ。そこに一切の感情は挟まない。これは、“戦い”なのだから。



「「プレイ!」」



 ジャーン


 クイーンとキングの掛け声とともに、フライパンの音が鳴り響く。

 両者とも一斉にテーブルに並べられた肉を頬張った。瞬く間に、彼らの前に皿の山が築かれる。


 手を使うことなく、ナイフとフォークで優雅にしかし迅速に肉を口に運ぶキング。


 両手で肉をつかみ、口いっぱいに頬張りながらも、少しもその美貌が失われていないクイーン。


 それはまるで、美男美女のキングとクイーンが卓上で奏でる舞踏曲ワルツ。ただひたすら肉を口に入れるという行為であるにも関わらず、魅力的、はたまた官能的であり、見るもの全てを虜にした。

 自分の応援するほうの名前を口にするもの。声も出せず呆然と立ち尽くすもの。各人反応は様々である。しかし共通して言えることは、皆敬意を持ってキングとクイーンを見つめていたことだ。

 キングとクイーンの激突。食堂という名の戦場においてこれほどまでの激戦が繰り広げられたことがあっただろうか。いや、ない。

 観客全員は確信していた。そう、これが最終決戦ハルマゲドンだと。





「ぐう……」

「くっ……」


 前者はアミ、後者はキングの呻き声だ。

 開始から三十五分が経過。食戦しょくせん終了まであと五分を切った。アミの手は止まっている。

 最初から全力で飛ばし続けた。生意気なキングに圧倒的な差をつけ、彼の鼻を折ってやろうと思っていた。しかし――

 アミは目の前のキングを見やる。彼もアミと同じく、手は止まっているものの、その双眸は戦う意志を灯したままだ。

 キングは、開始早々全力で食べ始めたアミに、遅れることなくついてきた。戦う前に浮かべていたキザな笑みを消し、本性を現した彼は、キングを名乗るに恥じない食気しょくきを漲らしていた。


「……ばけもの」

「ふん、君にだけは言われたくないね……」


 アミは力なく首を振る。キングは人間だ。魔族の自分とは種族的なハンデがある。それは身体的能力だけではなく、胃力や消化能力にも影響を及ぼす。それなのに――

 アミは悔しさに顔を歪ませ、歯噛みする。アミと肩を並べることのできる人間などいるわけが無い。そんな驚異的なスペックを持ち合わせるのは勇者だけだ。


「もしかして……勇者?」

「だから、それは君もだろう……」


 そんなわけないかと、アミは苦笑する。キングが勇者であるならば、とっくの昔に連邦に引き抜かれているはずだ。きっと、胃袋だけ勇者並みのスペックを持ち合わせているのだろう。


「胃袋勇者め……」

「さっきから君は何を言っているんだ!?」





「さあ、残り一分です! 今のところ……なんと皿数は同じ! 両者とも九十九皿だあ! 腹に詰め込まれた肉の重さは一体どれほどになるのか、想像もつきません!」


 進行役が手元の懐中時計を見て叫んだ。

 残り一分……。アミは手に持った鳥の肉を睨む。これを食べきればアミの勝ちだ。ちらりとキングを窺う。さすがに胃袋勇者も限界を迎えたのかその手は動かない。


 ランカー戦における引き分け。それは階級上位者の防衛成功を意味する。もし、このまま同数で決着を迎えれば、アミの負けだ。

 なんとか右手を口元に持っていき、胃に押し込もうと試みる。しかし、アミの口は意志を持ったかのように開かず、勝利への道を閉ざしてしまっている。


「あと、三十秒!」


 無常にもアミに時間が宣告される。


 ダメだ……もう食べられない…


「何をあきらめているんですか隊長! 約束しましたよね!? 特等席で勝利を見せてくれるって!」


「二十秒!」


 隣から投げかけられる若者の声。童顔の部下が顔をくしゃくしゃにしてこちらを見つめていた。今にも泣きそうな顔でアミに必死に訴えてくる。


「隊長に言われたから、涙を我慢したのに……!」


「十五秒!」


「このまま終わっていいんですか! たいちょおおおお!」


「十秒!」


鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにし、周りの目を気にすることなく絶叫する童顔の部下。消えてしまいそうな食気しょくきがふつふつと再焼するのを感じる。


「バカ……涙は取っておけっていったでしょ? ……勝利のために!」


「七秒!」


 アミは童顔の部下にウインクを送ると、手の中の神の息吹に向き直る。


 食む。


「五秒!」


 食む。


「四!」


 食む。


「三!」


 目の前のキングが驚愕の表情を浮かべている。しかし、構わず――


 食む。


「二!」


 童顔の部下が何か言おうとするも言葉になっていない。しかし、構わず――


 食む。


「一!」

 

 食む食む食む食む食む食む食む食む食む。


「しゅーりょおおおおお!」


 食堂が大歓声に包まれる。アミはテーブルに倒れ込んだ。テーブルが揺れ、積み重なった皿がガタガタと文句を言うが、気にならない。童顔の部下は、ややフライングながらも、約束どおり溜めに溜めた涙をぶちまけ、目の前のキングは『見事!』と両手を叩いている。


 アミはテーブルに体を伏せたまま、右手を強く天に掲げる。


「勝者はクイーン!! 新たなキングの誕生だああ!!!」


 天を突くような大歓声は鳴り止まぬこと無く、戦場しょくどうを揺らし続けた。



◆◆◆



「と、いうことがあったの。ね? 大変だったでしょ?」

「そうか、それは大変だったな。で、その頂上決戦が、これとどう関係があるんだ?」


 ユーレンはボロボロになった紙をアミに見せ付ける。インクは滲んでしまい読むことは不可能だった。

 激闘の末にキングとの戦いを制したアミであったが、胸の谷間にメモを挟んでいたことすっかり忘れていた。激しい食戦しょくせんを繰り広げたアミの体は尋常でないほど汗をかいた。特に谷間のような絶妙な場所は汗の吹き溜まりとなり、紙に水分を与えてしまったのだ。その結果がこれである。


「で、でもね! 大事なところは全部覚えていたから、問題ないわ!」

「ほう、じゃあ今ここで言ってみろ?」

「あの……えっと……そ、そうだ! 軍備を整えてくれって――」

「それは、前も聞いたぞ」

「そうそう! 町に新しい服を買いに行ったって――」

「それは、お前の報告内容だろ」

「ええ!? えーと……うーんと……」

「アミ」

「はい……」

「今日から一週間食堂に出入り禁止な」

「そ、そんなあ!?」


 アミは必死にユーレンに抗議をするも受けて入れてもらえることはなかった。身から出た錆、自業自得。キングも王には適わなかったのであった。


 派遣魔王アルヴィ スピンオフ part1~もうひとつの戦い~完


お疲れ様でした。今回のスピンオフでは、アミの思うがままにアホ展開を繰り広げていただきました。書いていてすごく楽しかったです。またいつかこのようなスピンオフ物をあげて行きたいと思います。

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