エピローグ
「「「「乾杯!」」」」
アダマースのとある一画。賓客をもてなす為に作られた大広間の真ん中には豪華なテーブルが置かれ、その上には色とりどりの食事が並んでいる。
アダマース攻略作戦から一ヶ月あまりが経った。ようやく戦後処理が終わり、満を持して、祝勝会が行われていた。
テーブルにはアルヴィ、ソフィア、ユーレンそしてアミが着いている。タナトスにも一応、誘いをいれたのだが、今はアダマースの修復作業等で忙しいらしく、丁重に断られた。それならば、アミも参加しないだろうと思っていたのだが、『あたしはユーレンの親衛隊長だから、関係ありません!』と見事にアルヴィの予想に反してくれた。
「ユーレン、戦後処理は上手くいっているみたいだね」
「あったりまえだろ? 俺の手腕をなめてもらっちゃ困るぜ!」
ユーレンは片手に持ったグラスを一気に呷る。相変わらず一国の王とは思えないような立ち振る舞いに、アルヴィは苦笑した。
アベリア平原で大敗を喫した帝国は、すぐに王国側に停戦を申し入れた。国内世論もさることながら、勇者であるデジールを失ったことが大きかったのかもしれないが。ユーレンはそれを賠償金付きで承諾。もちろん、アダマースの統治権も含めてだ。画して、全てアルヴィの思惑通りになったのである。
国民には、アベリア平原での戦いについて、一部を改竄して公表するよう、ユーレンに謀ってもらった。
「一万の兵で三万の兵を倒したことにするのは、さすがに無理があると思っていたが……案外上手くいくもんだな」
ユーレンは苦笑いを浮かべながら、早速グラスに二杯目のワインを注ぐ。彼の頬はワインの色と同じようにほんのり朱に染まっていた。今日ばかりは羽目を外させてくれ、またもや一息に飲み干した彼の態度がそう語っていた。
オルデン王国国内では、王国軍は軍勢を二手に分けて、防衛及び、侵攻の離れ業をやってのけたことになっている。内容を多少改竄したことは、国民に対してのプロパガンダの目的でもあるが、その真の理由は、アダマースをアルヴィたちが落としたことを隠すためだ。
どうやら予想以上に、宣伝行為がすんなり受け止められたらしく、国民は戦勝ブームに沸いている。そう嬉しそうに語るユーレンは、いつにも増して饒舌だった。
「でも、それでは国民しか騙せないのではないのでしょうか? 戦いに参加した兵たちにはどのように説明したのですか?」
「帝国との講和会議の際に、停戦の条件としてアダマースを拝借したと伝えてある。本当のことを知っているのは、向こうのお偉方とアミだけだ」
ユーレンの隣に座るアミが、その豊満な胸を見せびらかすかのように胸を張る。
「へへん。ユーレンの護衛はあたしだけで十分。王国側で会議に参加したのも、ユーレン以外ではあたしだけなのよ!」
「会議中ひたすら寝てたくせに、何を威張るか」
「うぐっ」
アミは言い返せない悔しさを、目の前の料理を食べることで紛らわせた。手当たりしだいに口に放り込んでいく。瞬きするごとに増えていく空の皿。一体その細い体のどこに入るのか、アルヴィは半ば呆れ顔をする。
「アミ、そんなにがっついて食べると喉に詰まりますよ!」
「うるさい、ソフィアは黙ってなさい! ……うぐっ!?」
「ほら言ったそばから……」
アミの顔が見る見るうちに真っ赤になり、餌をもらう魚のように口をぱくぱくし始める。
アルヴィはそれを見て、怪訝な顔をする。というのも、なぜかそれが、食べ物を喉に詰まらせている様子には見えなかったからである。
どこかで、見たことがあるアミの表情。妙に親近感が沸く……そう、まるで自分を見ているかのように。
「ソフィア、まさかこの料理、君が作ったわけじゃないよね?」
そうだ思い出した。ソフィアと初めて会ったときから、毎週ごとに出される彼女の手料理。それを食べたときの症状にそっくりなのだ。
「まさかあ! こんなにいっぱいの料理を私一人が作れるわけがないじゃないですか!」
「そ、そうだよね……僕の思い過ごしかな、あはは」
「私が作ったのは一部だけですよ!」
「辛いいいい!」
「うわあ、アミ! は、離せ!」
突如アミが奇声を上げてユーレンにしがみつく。いや、しがみつくというよりは、首を絞めていると言う方が正しいかもしれない。
「みず、みずうううう!」
「く、苦しい……助けてくれえ!」
しばらくして、ようやくアミは正気に戻ったが、入れ替わるようにしてユーレンが伸びてしまった。アルヴィたちの介抱により、彼の意識が戻ってきたのは、さらに少し経ってからのことであった。
「そこで、アルヴィ様が言ったの! 『君が信じている限り、僕は負けない!』って」
「きゃああ!」
女性陣の黄色い悲鳴が響く。アミがなんとか元に戻った後、一同の話題はそれぞれの戦場での活躍に移っていた。なぜかアミとソフィアが語り部となり、それぞれのパートナーの活躍を主観的に述べる形になっている。
「おいアルヴィ、さすがにそのセリフは臭すぎやしないか?」
「そ、そんなこと言ったかな? あはは」
アルヴィはなんとか話をはぐらかす。改めて思い直せば、確かにそんなことを言ったような気もしないことはない。だが、それはあくまで場の流れで言ってしまったことである。そう思いたい。
「そうそう、あたしユーレンに告白されたの!」
アミが忽然と暴露する。あまりの唐突さにアルヴィは呆気に取られ、ユーレンにいたっては口に含んでいたワインを半分ほど吐いてしまった。
「ええ!? 本当ですかアミ?」
「馬鹿やろう! いつ俺がそんなこと言った!?」
「言ったわよ。『素直なアミも悪くないぜ』って。そういえばまだ返事してないわね、ごめんなさい。あたしユーレンは好みじゃないの」
「誰がお前みたいな化け物女を好きになるかってんだ。そんなもんこっちから願い下げだ!」
「何ですって!?」
ユーレンとアミはお互いに睨みあい、火花を散らす。もちろん比喩的な意味であるが。
「二人ともすっかり仲良くなってるじゃないか。結構なことだ」
「仲良くなんかない!」
「仲良くなんかありません!」
同時に言い放つ二人。アルヴィとソフィアは顔を見合わせ、楽しそうに微笑んだ。
「ふーん、それでその魔剣とやらで勇者を倒したわけか……さすがだな」
ソフィアの話は終わりに近づき、アルヴィがデジールを討ち取ったところに差し掛かった。
「そう。この魔剣がなければ、さすがに僕も危なかったかもしれない」
アルヴィは腰に差した魔剣に目を落とす。もし、この魔剣がなければデジールのクラウ・ソラスに対抗することができなかったであろう。本当に感謝している。アルヴィは心の中でお礼を言った。
「ねえ! その勇者が持ってた聖剣とやらはどうなったの? もし誰も使わないなら、あたしが貰いたいんだけど……」
「ああ、それはね――」
「わたしのものです!」
ソフィアが元気よく立ち上がり、腰に差した聖剣を見せびらかした。丈の短いスカートには恐ろしく不釣合いな格好である。
「ちょっと! ソフィアにはそんなもの必要ないでしょ! あたしの剣と交換しなさい!」
「うーん、確かにソフィアにはあまり必要ないように思えるんだが……どうしてだ、アルヴィ?」
「それがねえ……」
結論から言うと、クラウ・ソラスはソフィア以外誰も使うことができなかったのだ。
ためしにアルヴィが持ってみたところ、剣の輝きは失せ、なまくらほどの切れ味しか残らなくなってしまった。続いてタナトスも試してみたが、結果はアルヴィと同じだった。
勇者しか使うことができない、というデジールの言葉は本当だったようだ。あきらめて宝物庫にでも放り込んでおこうかと思っていたアルヴィだったが、念のため、最後の最後にソフィアに試してもらったところ――
「えい!」
ソフィアが白磁の鞘から刀身を抜き放つ。独特の振動音が響き、ホールの中をさらに明るくする。
「うわあ、綺麗! ソフィア、ちょっとだけあたしに持たせてよ! お願い!」
ソフィアは快諾すると、手を合わせて懇願するアミに聖剣を差し出した。
「あれ?」
聖剣がアミの手に渡った瞬間、光は消失し、普通の長剣に様変わりする。
アミは、何度か剣を振ってみたり、『閃光よ!』などと叫び試してみるも、結局上手くいかなかった。納得いかないと不平を漏らしながらも、それをソフィアに返す。すると彼女の手に戻った聖剣は再び目を覆わんばかりの眩い光に包まれる。ソフィアはどこか自慢げにそれを鞘に収め、席に座り直した。
「とまあ、こういった理由でソフィアに譲ることになったんだ」
「しっかし、なんでソフィアが使えるんだろう? 不思議だぜ」
アルヴィにも理由は分からない。デジールの言葉を信じるならば、魔族であるソフィアには聖剣は使えないはずだ。しかし、現実は異なる。
おそらく、剣が所有者を決めるのであろう。アルヴィはそう結論付けた。ダーインスレイブもそうであるように、魔剣や聖剣といった類の武器は、剣が決めた所有者にしか扱えないようになっているようだ。ソフィアはいろいろと突出しているところがあるので、そこを剣に認められたのであろう。
「きっとソフィアが使うことになる運命だったんだよ。僕らがこうして出会えたようにね」
「アルヴィ……そのセリフも臭いぜ?」
「う、うるさい!」
ホールには笑い声が響き渡った。
祝勝会は夜遅くまで続き、ホールからは談笑が途切れることはなかった。アルヴィたちは一時の休息を楽しんだのであった。
◆◆◆◆
時を同じくして、アルモニア連邦では、広い会議室に三人の人影が集まっていた。普段は議場としても利用するこの部屋であるが、今は議長の姿はなく、それぞれが同じ長机に座し、静かに一人の発言を待っていた。
「デジールが死んだ」
青色の軍服に身を包み、艶やかな金髪を腰まで伸ばした女が重々しく口を開いた。
「それは真でございますか、レアーレ様!」
「本当だ、アロガン。先ほど派遣機構のほうから連絡があった」
アロガンと呼ばれた男は口をつぐむ。信じられないといった趣で女――レアーレを見つめている。
「何をそんなに驚くことがある。デジールなどお前にとっては赤子のような存在だろう?」
「しかし、それは我らの中で話……通常の人間になどは殺されるわけが――まさか!」
アロガンは、はっと息を呑む。デジールを討った存在に薄々と感づいたのだ。
「魔王でございますか?」
「正解だ。どうも一人送られて来たらしい」
「な、ならば早速魔王を討ちに行きましょう! それこそ我らの大義に適うものであります!」
「落ち着け、アロガン」
勢いのままに立ち上がってしまったアロガンは、彼の主人に咎められると、バツの悪そうな顔を浮かべ、再び席に座りなおした。
「魔王がどこに隠れているか分からん以上、下手に動くことはできない。そこでだ」
レアーレはアロガンの隣に座る女のほうを向く。女は身動き一つすることなく、ひたすら沈黙を貫いていた。
「フォルティス、お前に命令を下す。帝国及び王国に赴き、魔王の情報を集めて来い」
「はい、マスター」
「ちょ、ちょっと待ってください! その役目なら僕が適任かと!」
「馬鹿者! 私の副官がいなくなればこの国はどうなる? ただでさえ意地汚い議員どもをあしらうのに、苦労しているというのに……」
「そ、それは……」
アロガンは言い淀む。この広大な国土を保つためには大きな柱がいる。その柱こそがレアーレだ。アルモニア連邦軍最高司令官である彼女はその役職上、利用しようとすり寄って来る議員が多い。アロガンはレアーレのナイトとして、その汚れを断ち切るという役目がある。そのことを重視した上の彼女の判断であろう。
「出すぎた真似を……申し訳ありませんレアーレ様」
「うむ、よろしい。それでは今をもって、今回の集会を終了とする」
「マスター」
きびきびとした動きで出口に向かっていたレアーレは足を止める。
「ん? どうしたフォルティス? お前から話しかけるとは珍しい」
「もし、魔王と接触したら?」
レアーレはその美貌に冷たい笑みを浮かべ、口を開く。
「もし、お前だけで対処できそうならば……殺せ」
「はい、マスター」
フォルティスはその無表情な顔に、わずかであるが笑みを浮かべる。それは人形のように冷たく、無機質なものであった。
第一章 アダマース攻略編 完
第一章完結です! ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。
一章を終えての感想などを頂ければ、大変嬉しく思います。
さて、第二章ですが、1週間ほどお休みをいただいてからの再開とさせていただきたいと思います。割烹のほうは定期的に書かせていただくので、またおいおいそこで再開の告知をさせていただきたいと思います。また、2章からは毎日更新ではなくなります。ご了承ください。
最後にもうひとつだけ連絡をば・・・お休み期間中に「派遣魔王アルヴィ」の短編を投稿させていただきます!!
主人公はあの人!? 本編には関係なく暴れさせますのでご期待をば。
それでは、これからもアルヴィ、ついでに城見をよろしくお願いします^^