第十話 決意を胸に(前編)
サブタイトルを決戦前夜→決意を胸に に変更いたしました。
「アミです。今日の報告をさせていただきます。前回も伝えたとおり、王城のご飯は最高です。朝昼晩全てが食べ放題でありまして、毎回食べ過ぎてしまいます。おかげで少し太ってしまったかも知れません。でもまあ、どうせ脂肪は胸に行くので問題はないと思います。
本日はすこぶるいい天気だったので、街に出かけてみました。仕事をサボって遊び呆けるのはたまりませんね。商業区にて、いい服を見かけたのですが、お金が足りませんでした。
聞いてください! ひどいんですよ! ユーレンってば私に俸給を支払ってくれないんです。『お前はアルヴィに仕えているんだろ? だったらあいつから貰えばいいじゃねえか』ですって! ……そういう訳で、支給金の追加を申請させていただきたく存じます。お願いします、お金が欲しいです。申請が通らないのなら伝令なんかやりません。
あと……えーと……このぐらいかな。以上で今日の報告を終わらせていただきます。明日も定時に報告させていただきますので、聞き逃さないようにお願いします。
あ! 一つ言い忘れてました! ユーレンが、軍備増強が完了したことをアルヴィ様に伝えて欲しいと言っていました。いつでも出撃できるとのことです。ではではー」
長机の魔方陣が消える。アミの通知魔法による報告だった。
通知魔法は大変便利なもので、事前に魔方陣の形を定めておけば、どれだけ離れていようがその魔方陣が描かれた場所に音声を伝えることができる。残念ながら双方の対話は行えず、どちらか一方向の通知しか行えない。そのため、あらかじめ音声を伝える時刻を伝えておいて、手紙のようにやりとりをする。ちなみにアミは深夜、アルヴィは明け方で連絡を取りあっていた。
彼女は毎晩かかさず報告をしてくれる。その点に関しては大変助かっているのだが。
「彼女ってどこか抜けてるところがあるよね……今回だって一番重要なとこ忘れかけてたし」
アルヴィは力なく笑う。ソフィアが押すだけあって彼女は非常に優秀である。戦闘能力においてもタナトスのお墨付きだ。親衛隊の中でもタナトスに継ぐ実力者らしい。魔法の才にも優れ、毎回、驚くほどの長さの音声を送ってくる。通知魔法は長文になればなるほど必要とする魔力が大きくなっていくのだ。
アミを伝令にしたことは正解だった。少なくとも能力的には……
「申し訳ありません、魔王様。アミも悪気はないのです。ただ、少しばかり残念な奴でして」
「え、えーとほら! それでも彼女、きちんと伝令の役割を果たしているじゃありませんか。一応大事なことも伝えていましたし」
うなだれるタナトスを見て、すかさずソフィアがアミのフォローをする。
「一応ね」
「うぐっ……」
アルヴィの一言によりソフィアは黙り込んでしまった。そんな彼女をほほ笑ましく思いつつ、アルヴィは話を本題へと移す。
「彼女を伝令にしたことに後悔はしていないよ。さあ、それよりも早く会議を始めよう」
アルヴィは長机に地図を広げる。タナトスたちの記憶を頼りに作られたアダマースの見取り図である。
断崖絶壁に囲まれたアダマース。崖を切り崩して作られた唯一の港は非常に狭く、大型船は入港できない。もし、船で攻めようと思うのならば、人員を中型船に分散して攻める必要がある。港からアダマース要塞までは一本道。傾度の大きな坂道を登らなければならず、要塞からの攻撃を受けることは必至。タナトスが見取り図を指しながらそう説明してくれた。
「これらの理由から、通常の方法で要塞にたどり着くのは困難を極めます。ですが――」
「あくまでそれは、普通の場合、だよね?」
「その通りでございます。魔王様が考案なさった方法ならば、ほとんど犠牲を出さずに要塞に進入することができるでしょう」
一見、攻略が難しそうなアダマースにも弱点はある。
高い防衛力への過信。まずはこれに限る。アダマースには、その堅固さ故に誰も攻めたがらないという事実がある。敵が攻めて来ないのであれば過剰に兵力を動員する必要も無い。そう思うのが人の心理。つまり、アダマース要塞は常に手薄な状態であるのだ。
「うん。連中も、まさか空から敵がやってくるとは思わないだろうからね」
空からの奇襲。ソフィアに飛行魔法を覚えてもらったのは、このためである。
なるほど、確かに海からアダマースを攻略するのは難しいであろう。だが、空からならば行く手を阻むものは何もない。進入してしまえばこちらのもの、個々で勝る魔族たちにとって、多少の兵力差など苦にもならない。
「さすがですアルヴィ様! これならばきっとアダマースを取り返せます!」
「そうだね。問題はユーレンたちが上手くやってくれるかどうかだけど……」
拠点を攻めるとき、占領した後そこを守りきれるだけの戦力がない場合は、決して攻めてはならない、教官が口をすっぱくしてアルヴィにそう教えていたのを思い出す。例えそこを占領できたとしても、すぐに奪い返されてしまう恐れがあるからだ。
事実、もしアダマースの奪還に成功したとして、アダマースにいくら兵を置こうと、それは高々百人程度。人間たちが大軍で、しかも勇者を引き連れてきた場合、いくらアルヴィでも守りきれる自身は無い。
そこでユーレン率いる王国軍に協力してもらうことにした。帝国と戦争を起こしてもらい、王国軍にアダマースに侵攻する素振りを見せてもらう。そうすれば、アダマースは名目上、魔王軍ではなく王国軍によって攻められることになる。
「ふむ、しかしそのユーレンとやらに期待してもよろしいのですか? 以前私が耳にした噂はひどいものでしたが……」
タナトスは顔をしかめる。色欲に囚われ、政治にも無関心なうつけもの。おそらくタナトスが聞いた噂とはこのことだろう。確かに、ユーレンがその噂どおりの男ならば、彼に一戦を任せることはできない。しかし、アルヴィの会ったユーレンは違った。本当の彼は非常に合理的な考えの持ち主で、野心溢れる切れ者だ
「噂は当てにならないよ、タナトス。彼は信頼するに足る人物だ。僕が保障するよ」
「これは失礼しました。アルヴィ様がお選びになった者を疑うとは臣下にあるまじき行為。愚かな私めをお許しください」
「構わないよ、僕だって実際に彼を見るまでは、そう思っていたからね」
「女性からの信頼は地に落ちてますけどね!」
ソフィアが腕を組み『フン』と鼻を鳴らす。彼女はユーレンがお気に召さないようだ。まあまあ、とアルヴィは彼女を宥めた。
帝国軍はスレイン海峡に兵を集め、王国軍の隙を窺っている。もし、王国軍がアダマース侵攻のために兵を動かせば、間違いなく手薄になったカルブンクルスへと侵攻してくるであろう。
ユーレンには帝国軍を迎え撃ち、これに勝利してもらわなければならない。
短期決戦に持ち込む。
アルヴィが思い浮かべる理想の形だ。帝国に打撃を与えた後はすぐさま休戦協定を結び、王国の被害を最小限に抑える。そうすれば、アダマースは王国領として周知してもらえる。勇者には人間同士の争いには手を出さないという鉄則がある。したがって、勇者にアダマースを襲撃されることもない。かくして、魔王軍はその存在を隠しながら、アダマースを占領することができるのだ。
「彼には必ず勝ってもらわなければならない。失敗は僕たちの滅亡を意味するからね」
アルヴィはその双眸に猛る炎のような赤を灯し、決意を露にするように下唇を噛むと、一人一人の顔を順に覗き込んでいく。
「必ず成功させる……タナトスさん!」
「はっ」
「ソフィア!」
「はい」
皆の視線を一身に集めながら、凛として言い放つ。
「僕は魔王アルヴィ。僕の辞書に敗北という文字は存在しない! 僕のために戦え! アダマースをこの手に!」
「「アルヴィ様のために!」」
その場で跪くタナトスとソフィア。彼らを見つめるアルヴィの双眸は、いつになく力強い輝きを放っていた。
お疲れ様です。白身じゃないよ城見だよ。
後編は明日の21:00に投稿予定です。