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派遣魔王アルヴィ  作者: 城見らん
第一章 アダマース攻略編
16/28

第九話 ユーレンの手腕(後編)

21:00投稿の予定でしたが、夜に予定が入ったため、早めに投稿させていただきます。

 住宅街のとある民家。ベッドや机、椅子など基本的な調度品がそろっており、以前は誰かが住んでいた形跡が見て取れる。しかし、それらに積もった埃の山が示すように今は廃墟と化している。


「相変わらず薄気味悪いところだ」


 トライゾンはかび臭い空気に思い切り顔をしかめつつ、不快感をあらわにする。


「まあそう言うな。人目につかない場所というのはなかなか見つからないものなのだぞ?」

「ふん、まあいい。ところで、いつになればお主らは動くのだ。今が絶好の機会だというのに」


 トライゾンは眼前の男に睨みを利かす。フードを目深に被っているせいか、顔色は窺えない。


「それは私が決めることではない。時期が来れば連絡してやる。お前は今まで通り、王国の動きを抑えてくれればそれでいい」

「ふんっ」


 トライゾンは鼻を鳴らす。これまで王国が目立った動きができなかったのは自分のおかげだ。それは前国王のときから変わらない。王国を一枚岩にさせないように、幾度と無く王や他貴族の提案を拒否してきた。その功績は千金に値するだろう。


「分かっているだろうな、お主らが王国を滅ぼした暁には、わしにこの地の統治権を譲ることを。よもや忘れたとは言わせんぞ?」

「覚えているとも。お前のことは上に逐一報告してある。皇帝陛下もさぞお喜びのことだろう」


 トライゾンはニンマリとほくそ笑む。

 帝国の反間となって早五年、現王国領を丸々いただくことを条件に帝国の提案を飲んだ。さすがにそのときは、多少なりとも後ろめたさを感じていたが、今となっては、やはり自分の判断は正しかったと思う。


「ぐははは! それならばよい、わしは命令を実行するだけだな。帝国との戦争が始まった後に、わしが蜂起すればよいのだろう?」

「ああ、それも戦闘の最中、本陣のど真ん中でな」


 王国が兵力を蓄えられないように工作し、国力が脆弱なまま帝国との戦争に突入。止めの一撃に謀反を起こす。これがトライゾンに与えられた任務だ。


「ぐふふ。では、時が来るのをおとなしく待つとしよう」

「ああ、そうしてくれ。ところで、この密会のことはばれていないだろうな?」

「案ずるな、王国内でわしに逆らえるものなどいはしない。たとえ、わしの行動を怪しんだとしてもそれを指摘できるほどの度胸はないだろう」


 トライゾンはもともと商人の出だ。成功に成功を重ね、莫大な資金力を持つ商会の長となった。魔族との戦いの際には、前国王に資金面で多大なる協力を行った。彼の提供する物資、武器、資金のおかげで、オルデン王国は活躍できたと言っても過言ではない。戦後はその功績を認められ、今の貴族の座に就いた。貴族になっても彼の影響力は絶大で、他の諸侯、及びに前国王までも彼に意見することは少なかった。しかし――


「ふん。だが、あのユーレン国王は気に食わん。今まで遊び惚けていたくせに、戴冠するや否や、国王面をしおって……なにが『帝国には諂わない!』だ。わしの今までの努力を無駄にするつもりらしい」


 真の国王はこのトライゾンだ。トライゾンはそう思っていたし、実際そのようなものであるから問題は無いだろう。それは国王が代わった今も変わらないはずだ。ただ、唯一気がかりなのは国民の存在である。彼らは新しいものにはすぐに飛びつき、ころころと意見を変える。ユーレンに対しても、彼が国民の前で頭を下げて心機一転することを誓った、ただそれだけの出来事で評価を変えつつある。


「だが、お前が議会で睨みを利かせている限り、その案が通ることはないのであろう? ならば、何も心配する必要はないではないか」

「うむ、確かにその通りではある。しかし、もし国王が世論を味方につければ……さしものわしも止められんときが来るかもしれない」


 建国の父、オルデン王の政策は必ずしも高く評価されているわけではなかった。帝国への弱腰外交は特に非難の的となっていた。国民は無責任なものだ、帝国との兵力差を省みずに『脅しに屈するな! 真っ向から立ち向かうべきだ!』などと喚きたてている。そんな中、ユーレンが――可能性としてはかなり低いが――国民の扇動に成功すれば、それが議会にまで影響を及ぼすことは容易に考えられる。


「……確かに、そうなるとまずいな。一応私からも上に進言しておこう、聞き入れてもらえるかは分からないが……」

「うむ、そうしてくれ。王国が動かない内にな」 

「その必要はないぜ!」


 突如廃墟に鳴り響く声。それと同時に勢いよく扉が開かれる。月光にさらされて、二つの影が浮かび上がっていた。


「へ、陛下!?」


 首に下げた、目を奪わんばかりの輝きを放つ赤の宝石。紛れも無い、ユーレン国王本人だ。癖っ毛のある茶色の髪を掻き揚げ、怜悧な表情でこちらを見つめている。


「あんた達声が大きいのよ、外まで丸聞こえだわ」

「いや、それはお前の耳が異常なだけだろ……」


 呆れ顔のユーレンの横に立つ、これまた呆れ顔の妖艶な美女が言う。

 銀の髪に、くびれた腰をさらけ出した衣装。ユーレンの親衛隊隊長――確かアミと言ったはずだ。その美しさは守護宝石の輝きにも負けていない。思わずトライゾンも鼻の下を伸ばしてしまうほどだ。


「陛下、このような場所に来られるのは危のうございます。おい、お前ら! 陛下を城までお送りしろ」


 トライゾンの脇に立つ二人の護衛に檄を飛ばす。


「往生際が悪いぞ、トライゾン。お前を国家転覆罪で逮捕、及び爵位を剥奪する。冷たい牢獄の中で余生を過ごすんだな!」


 ユーレンはトライゾンから、奥の男に視線を移す。


「あと、そこのお前。帝国側の間諜だな? お前には後でたっぷりと吐いてもらうからな」


 男はわずかに震えていた。最初は恐怖で慄いているのかと思ったが、どうやら違うらしい。すぐに声を上げて笑い出した。


「ふははは!」

「何がおかしい?」

「やはり噂に違わずうつけものだな! 国王が直々にお出になるとは、しかもほとんど護衛を付けずに!」


 男は懐から短剣を二本取り出し、右手、左手の順に構える。


「予定外のことだが仕方がない、お前にはここで死んでもらう! おい、トライゾンお前も加勢しろ!」

「仕方あるまいな……陛下申し訳ございませぬ。わたくしトライゾンはたった今、帝国に寝返らせてもらいます」


 護衛たちに剣を抜かせ、トライゾン自身は部屋の端に移動する。

 トライゾンに戦闘経験は無い。血なまぐさいことは下賤のものに任せるのが一番。意地の悪い笑みを浮かべる。


「殺せ!」


 トライゾンの一声を皮切りに、護衛たちがユーレンたちに斬りかかった。 


「ぐあっ!」


 飛び散る鮮血、斬り飛ばされる腕。持ち主を失ったそれはトライゾンの足元まで転がってくる。


「な、何!?」


 トライゾンの護衛二人が仰向けに倒れた。彼らは苦痛の表情を浮かべて果てている。


「あと、二人。大丈夫、ユーレン?」


 両の手に持った細剣を軽く握り直しながら、アミは、青い顔をするユーレンを心配そうに見つめている。


「だ、大丈夫だ。残りはなるべく殺さずに捕らえて欲しい」

「了解」


 トライゾンの視界から彼女が消える。再びトライゾンが彼女を視認したときには、すでに猛烈な剣舞を男に浴びせかけていた。男はなんとか彼女の猛攻を防いでいるものの、徐々に押し込まれつつある。もはや、トライゾンの目には彼女の剣筋は見えない。ただ、腕の残像が網膜に映るだけである。


「ば、化け物め……」


 さすらいの冒険者と言っていたが、これほどの腕ならば多少なりとも噂になっているはずだ。しかし、トライゾンはアミなどという名は聞いたこともない。

 アミの剣撃により男のローブはボロボロになり、顔を隠すという目的を果たせなくなる。顔中に玉のような汗をかき、苦しそうに凌ぐ男に対し、涼しげな表情で、それこそ楽しんでいるかのように切り刻むアミ。得体の知れない恐怖を感じる。 


「い、いったい何者なんだ!」


 トライゾンは恐怖ですくむ足を必死で動かしながら、じりじりと端を伝い、出口まで向かう。脂汗を流しつつ、すり足で、慎重に。ようやく、あと数歩でたどり着ける距離になった。幸い、アミは男の相手をしていてこちらを向いていない。


 チャンスだ、今しかない!


 残り数歩を一気に駆ける。


「ぐへっ」


 間抜けな声を出してすっ転んでしまった。見ると、先ほどまでトライゾンの足があったところに、長い脚が差し出されている。


「待てよ、逃がさないぜ」

「クソ!」


 精一杯の早さで起き上がり、ユーレンに向かって拳を突き出す。本来ならば不敬罪であろうが、そんなこと知ったことではない。


「遅いぜ! オラァ!」


 ユーレンは屈んでトライゾンの拳をかわす。溜め込んだ足で地面を蹴り、拳を垂直に放った。

 直後、トライゾンの顎が割れるような衝撃を受ける。歯が何本か折れたのか、鉄くさい味が口じゅうに広がる。


「く、くそおお! このうつけ王子がああ!」

「おっさん相手なら俺でも余裕だぜ! それに――」


 ユーレンがこれでもかといわんばかりに腕を後ろに引き絞る。


「俺は王様だああ!」


 ユーレンの拳がスローモーションのようにトライゾンに迫ってくる。避けようと思うも、体が追いつかない。


「へぐっ!」


 トライゾンは鼻血を噴出させながら地面に倒れる。薄れ行く意識の中、最後に覚えているのはユーレンのガッツポーズだった。




 翌日、ユーレンはトライゾンの反逆行為を大々的に公表した。国民たちは国の窮地を救った賢王としてユーレンに賞賛を送り、羨望のまなざしで見つめた。一方で諸侯たちは、筆頭貴族であったトライゾンが断罪されたことに衝撃を受けていた。愛国心を刺激され憤怒する者、いつかは自分もと危惧する者など、各々様々な反応を見せていたが、共通して言えることは、ユーレンの意見に意義を唱えなくなったということだ。


「軍備を増強する。従って各個領地から、定められた兵力を王都に集結させること」


 ユーレンの提案は、誰一人意義を唱えることなく受け入れられた。兵士は、今も王城に続々と集まりつつある。

 アルヴィが軍備を整えろと言った目的は定かではない。しかし何となく、おぼろげではあるが、彼の意図する方向性が見えてきたような気はする。


「入るよー」


 返事を待たずに執務室の扉が開かれる。案の定アミの内腿が現れた。初めの頃は唖然としていたが、毎度この登場の仕方をするのですっかり慣れてしまった。


「今日は何のようだ? また伝言か?」

「ううん、違う。こないだ捕まえた帝国の間者のことなんだけど」

「ほほう」


 彼の処置はアミに一任している。彼女自らが、尋問をやりたいと申し出たためだ。別に誰に任せてもよかったので、彼女の要望を叶えてやった。意気揚々と武器庫から鞭を持って行ったところを見ると、尋問というよりは拷問を行う気だったのだろう。


 彼女になら彼も本望だろう、うん。


「死んじゃった」

「はい?」


 ユーレンの脳裏に凄惨な地獄絵図が描き出される。アミが間者の男を柱に縛りつけ、永遠に、それこそ死ぬまで鞭を振るっている光景だ。


「恐ろしい」

「あんた絶対、何か勘違いしてるでしょ!?」




 アミの話によると男は自殺してしまったらしい。彼女が牢を見に行ったときには既に虫の息だったようだ。外傷が無かった(アミとの戦闘による傷は除く)ところから鑑みるに、万が一に備え毒でも隠し持っていたのであろう。


「大事な情報源がなくなっちまったか……だが」


 一呼吸置いて、ユーレンはしっかりとした口調で言い放つ。


「帝国が王国を取りに来ていることはこれではっきりした。早急に戦争の準備をしないとな、どうせあいつもそのつもりなんだろう?」


 途端にアミが黒目を大きくする。


「正解! よく分かったわね、確かにアルヴィ様からはそう伺ってるわ……ってこれまだ言っちゃだめな奴だった」


 あちゃあ、と言いつつ舌を出すアミ。全く悪びれる様子がない。


「まあ、軍備整える理由ってそれしか考えられんしな。あいつも俺が気づくことぐらい予想してると思うぞ」

「またまた正解! 『まあ、どうせ彼なら分かるだろうけどね』って、おっしゃってたわ!」

「お前俺をおちょくってるだろ?」

「うん」


 ユーレンの渾身の右ストレートは空振りに終わり、逆に手首をひねられる結果となってしまった。


「いででで、お、王への不敬罪だ! アランこいつを捕まえろ!」

「はいはい」


 アランはユーレンの言葉を華麗にスルーする。当初は何かが起こる度にビクビクしていたアランが、すごい変わりようだ。今では動じることなく佇んでいる。


「女の子にいきなり殴りかかったりするからよ」

「女の子って歳じゃないだろ」

「何ですって!?」


 アミは手を捻る状態から変形し、ユーレンの頭を脇に抱えて強く締め上げる。


「あががが!」

「もう一度言ってみなさい!」


 非常に苦しい状態ではあるが、顔にアミの胸が押し付けられて至福でもある。


「止めて……いや、止めないで!」

「どっちよ!」


 結局、さすがに見かねたアランによって、ユーレンは解放されたのであった。




さて、第一章もついに山場を迎えつつあります。

次回 第十話 決戦前夜(仮)(前編) 明日の20:00ごろに投稿予定です!

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