第九話 ユーレンの手腕(前編)
※業務連絡
読者様のご指摘を参考に第一話を改稿いたしました。物語の本筋には影響はありませんが、目を通していただけると、よりいっそうこの作品を楽しめると思います。
また、第八話も今日中に改稿予定です。
追記 八話の改稿も修了しました
既によんでしまった方々には大変申し訳ありません。作品向上のため、なにとぞご理解をお願いします。
「はああ……どうすっかなあ」
赤を基調とした豪奢な執務椅子に座るユーレン。彼はこれからのことについて、頭を抱えていた。
戴冠式を無事に終え、ユーレンはめでたく国王の座に就くことができた。オルデンの病死と言う名目で次期国王に就任したユーレンは、国民に対し、彼が今まで行ってきた行為を謝罪。これからは心機一転国のために尽くすことを力強く語った。真摯に国政に関わろうとするユーレンの態度に、国民もユーレンの評価を改めつつあった。しかし――
「あのクソ貴族どもめ、てんで俺の言葉に耳を貸そうとしねえ!」
拳を握り締め、強く机を叩く。隣で補佐官が青い顔をしているが、気にも留めない。
ユーレンは就任後、幾度となく諸侯会議を開いた。もちろん貴族たちを掌握するためである。一応、君主制を敷いているオルデン王国ではあるが、何もかもを王の独断で決めることができる訳ではない。国の方針に関わる政策を実行するには、王国に存在する五人の有力貴族の承認が必要になってくる。
「俺は前国王の路線は継承しない。従って帝国には諂わない」
最初の会議で、ユーレンが口にした言葉に賛同するものは皆無であった。いや、もしかすれば、心の中では少なからずユーレンに賛同するものもいたのかもしれない。しかし――
「それは、看過できぬお言葉ですな。王は国を潰すおつもりですか?」
筆頭貴族トライゾン。彼の発言に一同は頷いた。
有力貴族の中でも最古参である彼は、非常に強い発言力を有していた。彼に逆らう者は例え貴族であろうとも潰される。彼の意見は全貴族の意見。こういった風潮が暗黙の了解として諸侯に広まっていた。
「このままじゃ親父のときと何ら変わらない。クソ! おいお前! ……何つったけ?」
「は、はい。アランです、陛下の執務補佐の」
アランは背筋を伸ばし、ピシッと敬礼をする。
「親父――前国王はどうやって諸侯たちを纏めていたか分かるか?」
「オルデン様は会議ではほとんど何も発言していなかったと聞いています。代わりにトライゾン様が会議を取り仕切っていたとか」
生前はよく愚痴をこぼしていらっしゃいました。遠い目でアランはぼやく。
クソ! やはりあいつか!
ユーレンは声に出さずに唸る。トライゾンをどうにかしない限り、ユーレンの意見が通ることはない。しかし、どうすれば……
「とりあえず、バトラーにでも聞いてみるか。おいアラン、バトラーを呼んでくれ」
しばらくすると、アランに引き連れられて、バトラーが入ってきた。黒の執事服と真っ白な髪、彼のトレードマークともいる口髭を軽く撫で付けながら、バトラーはユーレンに尋ねる。
「ユーレン様、私に何か御用があるようで?」
「トライゾンを失脚させたい。何でもいい、あいつについての情報を教えてくれ。執事長のあんたなら何か知ってんだろ?」
隣でアランがものすごいことを聞いてしまったという様な顔で立ち尽くしている。あとで、口止めしておこう。そう心に決める。
「トライゾン様をですか……確かにあの方がいる限り、ユーレン様の手腕は揮えないでしょうな」
バトラーはふむ、と考え込む。
「そういえば、こんな噂を聞いたことがあります。トライゾン様はどこぞの誰かと同じく、夜な夜などこかに出かけている、と」
「うぐ、もう俺は城を抜け出したりはしてねえよ! ごほん、で? なんの目的で?」
「それは分かりませぬ。ただ、どうも女遊びのためではないようです。数人の護衛をつけているようなので」
ユーレンは驚きを隠せないでいた。明らかにトライゾンの行動は怪しい、なぜ今まで誰もその点について言及しなかったのか甚だ疑問である。
「それほどまでにトライゾン様の権力は強かったということです」
ユーレンの疑問に、バトラーはいとも簡単に答えた。オルデン王ですら彼に意見することはままならなかった。故に今まで誰も、気にかけなかったと。
なるほどな、ユーレンは納得する。王を差し置いて議会を掌握するような男には誰も逆らうことができないであろう。他の者たちに、彼の不可解な行動が今まで見過ごされてきたのも理解できる。しかし、ユーレンは違う。己が野心を実現するにはトライゾンという名の障壁を乗り越えなければならない。そのためならば、強大な権力を持つ者にすら抗ってみせる。ユーレンは意を決する。
「もしかすると、王国で禁止している人身売買などの可能性もあるな……よし、早速今度、後をつけてみるか」
「左様でございますか。ならば、メイドたちに見張らせておきましょう。動きがあればお知らせいたします」
「すまんな、バトラーには世話になりっぱなしだ」
滅相もないとバトラーは謙遜する。
「あのどうしようもなかったユーレン様がようやくやる気を出していらっしゃる。これほど嬉しゅうことはございません。爺は全力でユーレン様をお支えしますぞ」
バトラーは誇らしいと言わんばかりに胸を張った。
「私は業務があるのでこれで失礼させていただきます。それと――」
バトラーは、部屋の端で縮こまっているアランを鋭く見やる。あまりの眼光に、アランは思わず直立の姿勢をとってしまっている。
「ここで起きたことに他言は無用。よろしいですね?」
「はい? え、えーと――」
「よ・ろ・し・い・で・す・ね?」
「はい……」
バトラーはアランを半ば無理やりに頷かせた。他人事だが、少しかわいそうに思える。
アランの返事に満足すると、ユーレンに恭しく礼をし、バトラーは業務へと戻って行った。
「入るよー」
どこか気だるそうな声と共に、扉が乱暴に開かれる。どうも、足で蹴って開いたようで、健康的な太ももが露になる。
「お前はいつもお構いなしだな、アミ」
「あたしは縛られるのが嫌いだからね。むしろ縛るほうが好きかな」
はっはっは、とアミは鷹揚に笑う。
「何か違う話をしてないか?」
「全然」
本日も例のごとく下着のような格好で現れたアミ。正直目のやり場に困る。しかし嫌いではない、むしろ好きだ。特にあの暴力的な胸の質量、これでもかというほど見せ付けられた深い谷間は、数多の男たちを虜にしてきたに違いない。
「すばらしい」
「何が?」
心の声が飛び出してしまったようだ。アミの訝しむような視線にいたたまれなくなる。隣でアランもバツの悪そうな顔を浮かべているところを見るに、考えていたことは同じらしい。
「な、何でもねえよ! それより、何のようだ?」
「そうそう、アルヴィ様からの報告が……あっ!」
切れ長の目を大きく見開くアミ、その視線はアランを捉えている。さしずめ彼の存在を忘れていたのであろう。
「アルヴィ? それに様って……」
背中に冷たいものを感じる。幸い、アミはアルヴィたちの正体がばれるようなことは口走らなかった。しかし少なくとも、彼女が何者かと通じていること、そしてそれに忠誠を誓っていることは気づかれてしまっただろう。
「あ、あの!」
ユーレンとアミ、二人に凍てつくような視線を送られていたアランが堪らず沈黙を破る。
「今ここで聞いたことは全て忘れろ。いいな? もし喋ったりすれば……」
「殺すわよ」
最後の言葉を発したのはアミ。完全に目が据わっている。そこに先ほどまでのおおらかさはない。傍から見ているユーレンですら、慄いてしまうほどの殺気。その矛先であるアランの心境は計り知れない。
「ぜぜぜぜ絶対に喋りません! 命にかけて誓います!」
歯をがちがちと鳴らし、アランはその場にへたり込んでしまった。執務補佐という役割に就いたがためにこのような災難に見舞われるとは、彼は露程も思っていなかったであろう。
ご愁傷様。ユーレンは哀れむように彼を見た。
「アルヴィ様からの事伝え。なるべく早く軍備を整えて欲しいだってさ」
あらためてアミがアルヴィの言葉を伝える。
「分かった、と伝えてくれ」
苦々しくも頷く。どの道ユーレンもそのつもりでいたし、今まさに取り組もうとしているところだ――トライゾンさえいなければの話だが。
ふつふつと込み上げる怒りをなんとか飲み込む。早急にもあの貴族に対処しなければならない。諸侯の意見が自分と対立している今、帝国側からすれば垂涎ものだろう。おとなしくしているとは思えない。
火のないところに煙は立たない。トライゾンは何か秘め事があるに違いない、そう信じたい。
「俺にできることなら何だってやってやる!」
バトラーからの報告に一縷の望みをかけて、ユーレンは決意を固めたのであった。
本日の投稿は、前編のみとさせていただきます。
後編は明日の21:00ごろに投稿よていです。