第八話 ユーレン誘拐作戦(後編)
八話、後編になります
「さてと、さっきの人たちは君のお知り合いかな?」
ユーレンは力なく頷く。先ほどの凄惨な事件がよほどショックだったのか、逃げる素振りも見せずにベッドに腰を下ろしている。
「あんたが最後に殺した奴、あれは親父の部下だ」
「となると、実の父親から命を狙われたわけか」
「……そういうことになるな」
オルデンはユーレンに王位を譲りたくなかったのであろう。彼を殺せば継承順位が変動する。おそらく、王位継承権第二位の者にでも戴冠させる目論見だったのだろう。残念ながらその目論見は、奇しくもアルヴィによって阻止されてしまったのだが。
「で、なんで魔王様が俺を殺そうとしてるんだ?」
「君の国を頂戴するためさ」
「国を? それと俺を殺すことがどう関係があるってんだ?」
「君を始末し、君そっくりの偽者を送り込むつもりだ。正確には君という人物の情報を聞き出してからになるかな。その後で、現国王を消せば……後は分かるよね?」
ユーレンはその癖っ毛のある髪を、わしわしとかき回し、思案するように俯いた。彼がもっと慌てた様子を見せて狼狽するかと思っていたアルヴィにとって、それは意外な反応だった。
しばらくの静寂の後、ようやく顔をあげたユーレン。驚くことに、その顔には終わりを覚悟したような表情ではなく、むしろ、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「甘いな」
「へえ、例えばどんなところが?」
「お前は俺という人物を知り尽くすため監禁したと言った。だが、表面上の俺は知ることができても、俺の内面――例えば細かなクセや無意識に行う習慣等を知ろうとするには、時間がかかるんじゃないのか? それにもし俺を長期間監禁するのなら、それこそ現国王の思う壺だぜ? 間違いなく、すぐさま俺を廃嫡するだろうな」
「…………」
ユーレンの言葉は的を射ていた。彼は、今回アルヴィが唯一危惧していたことをずばり言ってのけたのだ。ユーレンを拘留できる期間は今夜のみ、明け方までには偽ユーレンを送り込まなければ、ユーレンが指摘した通りの事態が起こりうる。故に、ユーレン自身の情報は浅くしか知ることができない。いくら外見が完璧でも、本物との微妙なズレが積み重なれば、いつかばれるときがくるかもしれない。一応そのことを踏まえ、疑いを持たれる前に王室内を全てアルヴィのシモベに入れ替えるという案が出されてはいたものの、それはできれば使いたくない、あまりにも非生産的だからだ。
まったく、うつけ王子とはよく言えたものである。他人から得た情報ほど当てにならないものはない。目の前に座る男は、殺すと明言されたこの状況で、しかも一瞬で、アルヴィの心の動揺を誘った。切れ者と以外になんと呼べばいいのか。
返答ができないでいるアルヴィ。そんな彼に、思いもよらない言葉がユーレンから投げかけられた。
「俺と手を組まないか?」
「っ!?」
「あんたに従ってやるよ、犬としてな。ただし、それなりの見返りはいただくぜ?」
「無礼な! アルヴィ様、こんな人間はさっさと消してしまいましょう! 第一、偽者がばれると決まったわけではありません!」
これ以上の戯言は許さないと、前に進み出たソフィアを無言で押し止め、ユーレンをまじろぎもせずに見つめる。彼の目は一点の曇りもない。ただ純粋に己の野心を燃やす男がそこにいた。
「君は……何を望む?」
「俺は……この国を世界一の大国にしたい! 帝国や連邦なんかに媚を売らずにすむほどのな! あんたが魔王だってことはいずれ全世界をも支配下に収めるつもりなんだろ? それが叶ったとき、俺を人間の王にしろ! もちろんあんたの下でな」
「……なるほど」
悪い話ではない。アルヴィたち魔王軍が世界を掌握した際、魔族から人間に直接命令を下すよりは、人間から人間へと伝えてもらうほうがはるかに受け入れてもらいやすい。ユーレンはその役目を申し出る代わりに、“人類の支配権”を要求しているのだ。
アルヴィの目的は世界を手に入れたいという純粋な“支配欲”。人間をおもちゃにして毎日のように遊ぶなどといった、他の候補生が掲げていたような煩悩ではない。その点を考慮しても彼の提案は理想的に思えた。だが――
「僕が言うのもなんだけど、よく初対面の僕をそうまでして信じられるね。もし僕が世界征服に失敗すれば、君の国もただではすまない――というか、無くなってしまうよ?」
突き放すように投げかけられたアルヴィの言葉に対し、ユーレンは首を振ることでそれを否定する。
「あんたを信じる、というのは少し違う。あんたに賭けたんだ」
「ほう?」
ユーレンは語った。どうせこのままでは、いずれ、オルデン王国はグロワール帝国にのまれてしまう。だったら、少しでも可能性のあるほうに賭けるほうが賢い選択だと。
「俺は、あんたに――魔王に打開策を見出した。ただそれだけだ」
ふざけた様子など無く、ただひた向きにアルヴィの目を見つめるユーレン。その言葉に嘘偽りは感じられない。
彼は人間だ。通常ならば、淘汰すべき存在なのであろう。だが、このときばかりは種族の垣根を越え、アルヴィの本心に訴えるものがあった。
彼は信用できると。
「……ユーレン、僕からもお願いしたい。魔王軍に協力してくれないか?」
「もちろんだ! そう言ってくれると思ったぜ!」
「ちょっと待ってください、アルヴィ様! 人間など信用できません! それに、たとえアルヴィ様が認めても、配下の魔族たちが納得してくれるはずがありません!」
ソフィアが心配するのも尤もだ。今まで、人間に虐げられてきた魔族たちが、果たしてユーレンを――人間を配下に加えることに賛同してくれるだろうか。しかし、ユーレンはその心配をあっさりと取り払ってくれた。
「心配すんな、あくまで俺は人間の頂点に立てればそれでいい。人間よりも魔族に重きを置いてもらっても構わない」
あくまで魔族の犬としてでいい。ユーレンはそう強調した。これならば、魔族たちの不満も最小限の抑えることができるであろう。人間を魔族が支配する形には違いないのだから。
ユーレンは、彼自身に対しても、アルヴィたちに対しても最良の提案を持ちかけたわけだ。それを拒否する理由はアルヴィには見当たらなかった。
「だそうだよ、ソフィア?」
「し、しかし……!」
ソフィアにしては珍しく、アルヴィの決定にしつこく食い下がってくる。彼女は何としてもユーレンの陣営入りを阻止したいようだ。やはり、人間は信用ならないというのが主な理由であろうが、もしかすれば彼の性格が気に入らないのかもしれない。特に、女遊びが趣味というところが。
ソフィアの必死の形相を見て、アルヴィはクスクスと笑う。
「ソフィア、ユーレンは普通の人間とは違うと思うよ。なんというか……変人じみたところが」
「馬鹿言うなアルヴィ! 俺はいたって健全だぜ!」
「ほらね?」
なぜかドヤ顔を作るユーレンを尻目に、アルヴィはソフィアに語りかけた。
ううっ、とかわいらしく拗ねていたソフィアは、やがて観念したのかがっくりと肩を落とす。
「アルヴィ様がそうおっしゃるのならわたしには拒否できません。しかし――」
びしっとユーレンに指を突き立てる。
「魔王軍に加わったとしても、魔族の女の子に手を出すことは許しませんからね! もし、そのようなことが起こればわたしがあなたを殺します!」
大地を揺るがすがごとくすさまじい迫力。アルヴィまでもが一歩下がってしまう。彼女は怒らせない方がいいかもしれない、アルヴィはそう思う。
「わ、分かってるって! えーと、ソフィア……だっけ? 俺だって見境なしに女に手を出したりはしねえよ、こう見えて結構紳士なんだぜ? 俺」
「どうだか……」
ソフィアは腕を組み、訝しげにユーレンを睨んでいる。それでももう、彼を仲間に加えることに異論はないようで、それだけ言うと口をつぐみ、静かにアルヴィの発言を待っている。
やれやれ、これから賑やかになりそうだ。アルヴィは苦々しい思いに駆られる。
「君の陣営入りを歓迎するよ。さてユーレン、君には本来偽者にやらせるはずだったことをやってもらわないといけないんだけど……」
「遠まわしに言わなくてもいいぜ、暗殺だろ? 親父の」
やはりこの男は相当頭が切れる。アルヴィは素直に感心する。一見へらへらと何も考えていないように見えて、心の奥では淡々と与えられた情報を整理している。彼もまた一筋縄ではいかないようだ。
「当たり。君には王権を掌握してもらわないといけないからね、現国王には消えてもらう」
「了解だ。仮にも俺の命を奪おうとしやがったんだ。あんな奴どうなろうが知ったこっちゃない」
ユーレンはまるで他人事のように、冷たく吐き捨てた。
「よし。ところで、王城には通知魔法を使えるものはいるかい?」
「通知魔法だ? そもそも魔法を使えるやつすらほとんどいねえよ。そんな便利な魔法があるのならとっくの昔に使ってるっちゅうの」
未だに伝令を使っている、ユーレンはそう付け加える。どうもこの世界の人間は魔法の才に恵まれていないらしい。
これは想定外であった。連絡手段が限られると今後の作戦に大きく支障をきたしてしまう。アルヴィは頭を抱えた。
「あ! そうでしたら、わたしの知り合いに頼んでみましょうか?」
名案を思いついたかのように顔を明るくし、ソフィアが助け舟を出してくる。
「ソフィアの知り合い? そうなると魔族の誰かかな?」
「はい、わたしのお世話係でもあるアミという女性なのですが……そこ、いやらしい顔をしない」
ソフィアは、女性と聞き顔を輝かせたユーレンに、すかさず釘を刺す。
しかし、ソフィアに世話係がいたとは初耳である。
「ソフィアにお世話係なんかいたんだ。でもいいの? ソフィアのお世話係なのに……」
「問題ありません。わたしは仮にもアルヴィ様の相談役、もうお世話係は必要ありません」
「何を相談するんだ? 下半身の悩みか? ……ぐへっ!」
ソフィアの蹴りが炸裂。見事にユーレンの鳩尾を打ち据える。一瞬白いものが露になったが、心の中に留めておくことにする。無論、それが猫柄だったということも含めてだ。
「まあまあ、落ち着いて。それで、そのアミさんは僕とユーレンの中継役になってくれそうかな?」
「はい。彼女はとても優秀な方です。きっとアルヴィ様のご期待にそえると思います」
「よし、帰ったら早速お願いしてみよう。ところでユーレン?」
視線を床にうずくまっているユーレンにずらす。よほど強く入ったのか、言葉にならない呻き声をあげている。
「当然です」
ユーレンに冷たい視線を送るソフィアに、苦笑いを浮かべつつ、ユーレンの手を取って立たせてやる。
「いててて、冗談の通じねえ嬢ちゃんだ。で、なんだ?」
「今話があったように、君のところに、おそらくだけど、アミという魔族を伝達役として送り込もうと思うんだ。どうにかして城内で匿えないかな?」
「了解、なんとか取り繕ってやらあ。それでそいつはどんな風貌をしてるんだ?」
ユーレンは未だ腹をさすりつつ、ソフィアに尋ねる。
「ええと、銀髪のショートで背が高いです。おそらくユーレンさんより少し小さいくらい。あと、ものすごく露出の高い服装をしています」
「よし、銀髪のエロい姉ちゃんだな。それなら一発で分かるな」
正直、今のソフィアが露出度うんぬん抜かしても、あまり説得力がないと思うアルヴィだが、もちろんそんなことはおくびにも出さなかった。
「よし。これで、なんとかまとまったかな。ひとまずユーレンは現国王を暗殺して王権を掌握してくれ。それからの事は後日こちらから連絡するよ」
無言で首肯するユーレン。どうやら本当に親殺しに抵抗がないらしい。その表情は無機質なまでに冷たかった。
「行くよ、ソフィア」
アルヴィは部屋の窓を開ける。冷たい夜風がなだれ込む。少し火照っていた体には調度いい。今宵は星を見ながら飛ぶのもまた一興。音という概念が最初から存在しないかのような闇の世界へと自らの体を誘った。
◆◆◆◆
「よお、親父! 元気か?」
オルデンの私室へと厚かましくズカズカと踏み込むユーレン。オルデンは目を白黒させている。実に数週間ぶりの対面である。
「おお、ユーレンか、この間は大変じゃったな」
ユーレン王子暗殺未遂。この事件はあっという間に城内に広まった。オルデンは主犯を王位継承権第二位の王弟殿下とし、これを処刑。その後、オルデンは何食わぬ顔で今まで通り執務を行っていた。
ユーレンが何も気づいてないとでも思っているのか、白々しい態度を取るオルデンに、反吐が出そうになる。しかし、ユーレンはそんな心境とは裏腹に、笑顔を浮かべながら、気安く返事をした。
「まじで、死ぬかと思ったぜ。偶然居合わせたアミに助けてもらえなかったら、今頃どうなっていたことやら」
王子暗殺の危機を救ったさすらいの冒険者アミ。ユーレンはアミの功労をたたえ、彼女をユーレンの親衛隊隊長として登用した。表向きにはそうなっている。
さすがにあの事件の翌日に接触してきたときはかなり焦ったが。なにしろ堂々と正面きって王城に歩いてきたのだ。衛兵が出動する騒ぎになったものの、一目でアルヴィの伝令だと悟ったユーレンがなんとかその場を切り持った。
「あ、ああ。彼女には感謝している。なにしろ余の跡継ぎの命を救ってくれたのだからな」
オルデンの声はわずかに震えている。
「うんうん、いきなり親衛隊長に抜擢したのも納得だろ? 何せ彼女、大の男四人をあっという間に片付けちまったからな」
「ほ、ほうさすがだな。彼女がお前の親衛隊長になってくれて余も安心だ」
オルデンは額の汗をぬぐう。あくまで白を切ろうとしている。
ユーレンは意地の悪い顔を浮かべ、さらに問い詰める。
「そうそう、面白いことがあってよ。襲ってきた暗殺者の一人が親父の部下にそっくりだったんだ。何だったけか……そう! ガルドスだ! 親父の親衛隊長の!」
「そ、それは面白いな。他人の空似とはよく言ったものだ。と、ところでユーレン、余はまだ執務が残っておる。用がなければ出て行って欲しいのだが――」
「銀の鎧に獅子の紋章。俺はきちんと確認したぜ?」
ガタン
オルデンが勢いよく椅子から立ち上がる。顔には血の気がなく、唇をワナワナと震わせている。
「ユ、ユーレン! お前は!」
「俺を殺そうとは、いい度胸じゃねえか。とても実の親とは思えねえな」
ユーレンはオルデンににじり寄る。その手には短剣が握られていた。
「血迷ったか、ユーレン!? え、衛兵! こやつを捕らえろ! ユーレンが乱心したぞ!」
オルデンは喉が張り裂けんばかりに声を出す。
オルデンの私室の前には常に衛兵が立っている。オルデンの声を聞きつければすぐさま部屋に突入するだろう――普段ならば。
「無駄だぜ、衛兵は俺の味方だ」
「な、なんだと!?」
あの夜、ユーレンは城に戻るとすぐさまバトラーの下へと走った。ユーレンの唯一信頼できる人物であったからだ。彼に事の次第を説明し(もちろんアルヴィたちのことは伏せてある)、実際に宿屋まで来てもらった。その前にバトラーにこっぴどく説教されてしまったのだが。彼はガルドスの遺体を確認し、主犯をオルデンと断定した。
ユーレンがバトラーに、クーデタを起こしたいと持ちかけたときはさすがに驚きを隠せない様子であった。しかし、実の息子を暗殺しようとした上、さらにその事実を隠蔽しようとするオルデンに憤怒し、ユーレンに協力してくれることになった。
バトラーの周りからの信頼は厚い。彼の鶴の一声により、王の身辺の者――といっても、王の私室を守る衛兵や、メイド程度ではあるが――はほとんどが味方につき、クーデタに加担している。少なくとも、今は、王の呼びかけに応えてくれるものは近くにはいない。
「あんたが俺を殺そうとしたこと。いくら俺がうつけだと思われていようが、それは見過ごされるわけがない。これを公表すれば、あんたの評価も下がっちまうだろうなあ」
「ふ、ふん、愚か者が……余の行動は国の将来を思ってのこと、それが明るみに出たところで、余に賛同する国民も多いであろう。その程度のことも分からんとは……つくづくお前はうつけものじゃ!」
「そうか……じゃあ、あんたは病死したことにすればいいよな? それならば国民も文句はないだろう?」
「なっ!?」
手に持った短剣をオルデンに向ける。
「ま、待てユーレン! 早まるでない! ……っ!?」
ユーレンはオルデンを抱擁するような形で支えていた。オルデンの腹へと伸びた右腕からは赤いものが滴り落ちている。
オルデンは目を大きく見開き、瞬き一つせずに虚空を見つめている。ユーレンの服が返り血で真っ赤に染まる。徐々に重くなる右腕が耐え切れずに短剣を離した。
派手な音を立ててオルデンは倒れこむ。ピクリとも動きはしない。
死んだ、いや殺したのだ。ユーレンの手によって。
「う、うおえええ!」
ユーレンは体を折りたたみ、激しく喉を鳴らした。
人を殺す。口では簡単に言えるが、実際には勝手が違う。よもや相手は実の父、悔恨の念もひとしおではない。
「畜生! あんな親父どうなろうと俺の知ったことじゃない! 死んで当然だ! なのに、なのに……どうしてだ!」
瞳から流れ出るものが止まらない。袖で拭っても、拭っても視界はぼやけたままだ。再び強烈な不快感に襲われ喉を鳴らす。
「終わったのね、あら?」
扉が開き、アミが入ってきた。相変わらずほとんど下着のような格好をしている。
「泣いているの? もしかして人を殺すのは初めて?」
アミは、オルデン王の横で床に手をつきうずくまっているユーレンに、近づく。
「ああ、そうだよ! 俺の初めては親父だ! 今の俺、最高にカッコ悪いよな。でもよ!」
ユーレンは体勢そのままに、くわっと顔をあげる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている顔を晒すのは抵抗があったが、なりふり構っていられなかった。
「これが人間なんだ! 弱い種族なんだ! うう……お前らのように簡単に人を殺せねえんだよ!」
「アルヴィ様の命令に嫌々従ったの?」
「いや、違う。これは俺の意志だ! 俺の意志で殺し、自分勝手に俺を嫌悪している。笑えるだろ?」
アミは首を横に振る。慈しむように、白く細い手をユーレンの頬にあてる。その手は温かく、不思議と安らぎを感じる。
「一緒よ」
「え?」
「あたしたち魔族もあなたたち人間となんら変わらないわ。人を殺せばいい気もしないし、罪悪感だってある。実際あたしも最初のころはゲロゲロ吐いてたし、罪悪感で眠れないときもあったわ」
アミはそっと手を離し、ユーレンにウインクをする。不思議と涙が止まっていた。
「だから大丈夫、ぜんぜんカッコ悪くなんかない。むしろちょっとカッコ良く見えるくらいよ」
アミはそう言うと、手を差し出してきた。ユーレンはその手をしっかり握り、地面を両の足で掴む。大きく息を吸い、そして吐き出す。視界は晴れ、頭もしっかりしている。
「ありがとう。なんかすげえ楽になった。そうだよな、俺にはまだまだやらなきゃならないことがある。こんなところで立ち止まっている暇なんかねえんだ!」
「うんうん、その意気よ! じゃあ早速、隠蔽工作といきましょうか。治癒!」
アミの手から放たれた光がオルデンを包む。すると、傷口の周りから、肉が盛り上がるようにして穴を塞いでいった。
一度、死んでしまったものは生き返らせることはできない。しかし、外傷に関しては、よほどのことが無い限り、回復させることができる。アミは事前に、ユーレンにそう語っていた。
「少なくとも、これで、他殺だと思われることはないわ。後は、息のかかったメイドたちに血の始末を任せるだけね」
すまんな、とアミに告げる。そして、ユーレンは仕切りなおしだと言わんばかりにアミに向き直る。彼の目にはもう迷いは無い。
「よし、行くぜ、アミ! 魔王様の思惑通り、この国を掌握してやんよ!」
「はいはい、お供させていただきますよ“陛下”」
アミの言葉に満足そうに頷くと、ユーレンは部屋から飛び出した。
まずは、国中にこのことを告知。そしてすぐさま戴冠式だ。
ユーレンの心にかかっていた靄はすっかり取り除かれ、代わりに、晴れ渡るような青空が広がっていた。
お読みいただきありがとうございました。
こうして、新たに仲間に加わったユーレンを巻き込んで、これからの物語は展開していきます。
次回 第九話 ユーレンの手腕 明日の20:00投稿予定です!!