第七話 王国への旅立ち(後編)
七話後編です
「これなんかどうでしょうか?」
「ううん、まだちょっと地味かな」
子馬のように飛び跳ねながら、ソフィアは店の奥へと消えて行く。
休息を取り終えたアルヴィたちは、露天が立ち並ぶ商業区に来ていた。ソフィアの服を新調するためである。
彼女は、ユーレン王子を誘い出すには自分の服装は少し地味だと主張した。別にアルヴィは今のままでも十分魅力的だと思うのだが、ソフィアはお気に召さないらしい。
「これはどうですか!」
「うっ!?」
再びアルヴィの元に姿を現したソフィア。彼女の姿に思わず目をそらしてしまった。
黒を基調としたその服は胸元が大きく空き、ソフィアの金髪とあいまって妖艶な雰囲気をかもし出している。フリルのついたスカートは今までよりも更に短く、ソフィアの白い太ももがばっちり窺える。はっきり言って物凄くやらしい。
「えーと、凄く似合っているけど……ちょっと過激すぎない?」
「アルヴィ様はこういうのはお嫌いですか?」
「い、いや、嫌いじゃないけど……」
「じゃあこれにします」
ソフィアは店の中に戻り、手早く会計を済ませてしまった。どことなく意固地になっているようにも思える。
さすがに、昼間からその服を着て街を歩く勇気は無いらしく、元の服に着替えたソフィアを連れて店の外に出た。
大通りを歩き、商業区を抜ける。賑わいを見せていた通路脇の露天もまばらになり、ついには一つもなくなってしまった。宿を求める旅人たちの足音が閑散とした空間に響く。そんな彼らを静かに迎える木造家屋。宿屋街にはどこか懐かしい時間が流れていた。
「じゃあ、これから店主に教えてもらった裏通りに向かうけど――」
「大丈夫です! 本番は一人で、しかも夜に行かなければならないんですよね? これくらいなんともありません」
ソフィアはアルヴィの言葉をさえぎり、胸を張って応える。その顔はやる気に満ち溢れ、おどおどした雰囲気など微塵も感じさせない。
「よし、行こうか」
アルヴィは自分自身に言い聞かせるように呟くと、再び歩を進めた。
宿屋街の最奥部、ここから先は住宅街となる。いわゆる内と外の境界線。そこに裏通りなるものは存在する。大通りと比べ、半分ほどの幅の通路。その通路沿いには所狭しと、怪しげな店が並んでいる。まだ日は落ちきっていないにも関わらず、多くの客引きが今か今かと、懐を肥やした獲物を待ち続けている。
アルヴィたちは裏通りの入り口に立っていた。ここに来たのはもちろん、娼婦を買うためなどではなく、ユーレン王子の情報を手に入れるためだ。
おそらくここには、ユーレン王子の相手を務めたことのある女性が何人かいるはずだ。その女性を探し出し、彼の容姿について聞き出さなければならない。相手の特徴が分からない限り、誘拐の仕様がないからだ。
「ねえちょっといいかな?」
アルヴィは手近にいた、ほとんど裸のような服装の女に話しかける。女はアルヴィを見て一瞬嬉しそうな顔をするが、その腕に寄り添うソフィアを見てげんなりとする。
ソフィアは目立たぬようにアルヴィにぴったりとくっついていた。アルヴィと腕を組むその姿は、傍から見れば客を掴んだ娼婦に見えるのかもしれない。
「何? 一人だけじゃ足りないの? まあ、確かにその子の胸じゃ物足りないか」
女はソフィアの胸を見ると鼻で笑う。
「あなたのような豚肉の塊よりかは、小さくても形のいい私の胸のほうが魅力的です。オバサンは黙ってこちらの殿方の質問に答えてください」
「オ、オバサン!? 何ですってこのガキ!」
ソフィアはアルヴィの腕から離れると、女に食って掛かった。お互い一歩も譲らず、暴言を浴びせあう。
女性同士の罵りあいは想像を絶すると教官に聞いていたが、これほどまでとは……
「あ、あの、二人ともちょっといいかな」
なんとか二人の間に割って入り、罵詈雑言の嵐を鎮める。
「お姉さんに聞きたいことがあるんです。ここには貴族の方もお忍びでいらっしゃると聞いているんですが、お姉さんのお客でそういう人っていますか?」
「貴族っていうか、王子ならしょっちゅう来るわよ。昨日も来てたし」
いきなり目的の女性を探し当てた。少なくとも、数人に聞かなければならないだろうと、高を括っていたのだが、まさか一人目で見つかるとは。アルヴィは拍子抜けしてしまった。
女の話によれば、この裏通りでは王子は有名らしい。毎晩のように、裏通りに遊びに来るとのこと。とても王子とは思えない格好でやってくるが、首に下げた大きなルビーを見れば一発で分かるらしい。
「この国の守護宝石なのよ」
女はそう言った。
魔族との戦争の際にオルデン王は矢を胸に受けたが、ルビーのペンダントがそれを弾き事無きを得た。それ以来、ルビーの宝石を守護宝石と定め、王族にのみ身に着けることを許可したのだそうだ。
「お姉さんありがとうございました。実は僕ここに来るのは今日が初めてで、少し緊張していたんです。でも、王族の方も遊びに来るのなら安心ですね」
「あらそうだったの、どうりで変な事聞くわけね。心配しないで、お姉さんのとこなら安心よ。優しく食べてあげるわ」
女はアルヴィの手を掴もうとする――が宙をつかむ。
ソフィアがとっさにアルヴィを引き寄せていた。はっきりと胸の感触が分かるほど強くアルヴィの腕にしがみついている。
「こちらの殿方はわたしのものです。あなたになんか渡すものですか!」
ちろっと舌を出したソフィアに引っ張られながら、その場を後にした。
「はああ、疲れたね」
裏通りから離れ、宿に向かう。太陽は山の向こうに沈み始め、辺りが橙色の光に包まれている。ときおり荷物を引いた馬とすれ違う。彼らも家に帰るのであろう。
ソフィアは長く伸びた二つの影を見つめながら、隣でスキップをしている。先ほどまで暴言を吐いていたとは思えない無垢な表情を浮かべている。
「あんまり喧嘩しないようにね」
「喧嘩じゃありません。罵り合ってだけです」
「それを世間では喧嘩と言うんだよ……」
なぜか誇らしげに胸を張るソフィア。鼻歌まで歌っている。
どうもソフィアは女性に対しては強く出るらしい、というよりもこちらのほうが本来の性格なのではないかとも思ってしまう。
ともあれ、ユーレン王子の手がかりは掴むことができた。これは大変重要なことだ。今夜にでも作戦を実行できるであろう。
しばらく歩き続けると通路の端に“クレイジーイン”が姿を現した。
ぼろ宿の扉をくぐり、店主に軽く会釈をする。相変わらずカウンターの奥でぶすっとした表情を浮かべていたが、アルヴィたちを見ると途端に薄気味悪い笑みを浮かべ、頭を下げた。もしかしたら、これが彼なりのおもてなしの笑顔なのかもしれない。
階段を上ると、先にソフィアを部屋に入れ、着替え終わるのを待つ。
「……どうぞ」
しおらしく、それでいて妖艶な少女がそこにいた。頬をわずかに赤く染めながらも、青い双眸には強い意志がやどっている。
アルヴィは視線を窓の外にずらす。
直に街は闇に包まれる。そのときこそが決行の合図。
「今夜、オルデン王国を手に入れる」
アルヴィの凛とした声に少女は力強く頷いた。
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さて次回は、ついにユーレン王子の誘拐を決行する
第八話 ユーレン誘拐作戦 は明日の20:00ごろ投稿予定です。