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徐々に見え始めて来たラ・シーン新生活

「ほんっっっっとぉ!すんませんしたぁっっ!!」


両手と頭を地に付け土下座で謝罪を示す。


「いや、もういいから、顔を上げなさいディオ君」


表情こそ見えはしないが、相変わらず優しい言葉を俺にかけてくる。


あの狂喜乱舞の雄叫びシャウトの後、見かねた数人の斡旋員達に腕を掴まれ、俺は所内の個室へと強制的に移動させられていた。


(喜び過ぎだっての!少し前にいたお姉さんをちょっと馬鹿にしてたのに依頼オファーが来たからって、それ以上に周囲が引くくらいに喜んでどうするの!?まさに『人の振り見て我が振り直せ』だ)



「本当にっ!すみませんでしたっ!俺、嬉しくって…」


「うんうん。わかっているよ、もう大丈夫だから、顔を上げてくれないと話も進めないよ」


怒る訳もでもなく優しく話しかけるフトゥに頭を下げ、誠心誠意謝罪する。


しかし肝心の依頼が、俺宛に来たと言うところで話しは中断しているのだ。

申し訳ないと思いつつ、顔を上げてフトゥを見る。


「さ、もう一度座って座って」


そう言いながらフトゥは俺と向き合う様にして、椅子に腰を下ろす。


(本当に良い人だなフトゥ・・・)


「…失礼します」


そう言って俺もフトゥに向き合う様にして、椅子に腰を下ろす。

顔を上げて姿勢を正し、フトゥと向き合う。


フトゥは相変わらず人の良さそうな表情を浮かべている。


対する俺はそのフトゥの懐の大きさに、少しばかり居心地の悪さを感じていた。


「それじゃあ、さっきの話の続きをしようか?依頼の件についてだ」


「はい!お願いします!」


ゴクリと唾液を飲み込む。

いよいよだ、いよいよこのラ・シーンでの新生活が始まるのだ。


フトゥに真剣な眼差しを送る。

用意された書類をパラパラと捲り、何かを確認をした後、フトゥが切り出す。


「ディオ君に来た依頼なんだけど、ちょっと気になる点がいくつかあるんだよ」


「気になる点…ですか?」


「うん。通常の、と言うか普段の流れを簡単に説明すると、雇用主が誰かを雇用したい場合も、ここを利用するんだけど、予めどんな技能を持つ人が必要なのか。どれくらいの年齢まで大丈夫なのか。出来るだけ細かく条件を教えてもらうんだ」


フトゥが緩急をつけて丁寧に説明してくれる。


「それらを聞いた上で今度は、ここを訪れて登録をした、職を探している人達の中で条件が合致する人材がいてるとするよね?もしそう言った人が窓口に来てくれた時に初めて『あなたの技術や経験を活かせそうなお仕事がありますよ』と、僕達斡旋員が紹介するんだよ。これが大体の流れね」


「な、なるほど」


決して理解出来ていないのではなく、俺に真剣に伝えようとしてくれているフトゥの言葉に俺も幾らか緊張しているのだ。


「それでね、依頼制オファーなんだけど、これは雇用主が、つまり依頼者が登録をした人達の内容を見て判断し、窓口の斡旋員と相談をして決めたり『この人で』と逆指名をして・・・・・・仕事を依頼する事が殆どなんだ。


そして今回、ディオ君に依頼があった訳なんだけど…、おかしいと思わないかい?」


フトゥは真面目な表情で俺に訊いてくる。

俺はフトゥが今話した内容をもう一度思い返し、考えてみる。


(何処におかしい点があるのだろうか?俺を必要としてくれる人がいたから依頼された訳だろ?俺がここに来て登録した内容・・・・・・を見て・・・?あっ!確かにそれならおかしいと言うのも頷ける)


「俺の前職。『パーフェクトウォーリア』ですね?」


その通りだと言わんばかりに深く頷くフトゥ。


「実はそこが僕も気になる点の1つなんだよねぇ。ディオ君の経歴を見て依頼をしてくれたのは僕も本当に嬉しいんだよ。だけど、前職が見聞きした事のないマイナー職のディオ君に依頼してるでしょ?だから腑に落ちなくてねぇ。それに多くの場合、前職の技能に期待して、即戦力に近い状態で欲しがるからね。ディオ君の場合、即戦力と言う言葉に置き換えるとなんか違和感があるんだよね」


フトゥは俺の事を気にしてくれているのは、ここ最近の彼の対応や性格からしてわかるのだが、マイナー職って!!もうちょっと何かに包んでも良いんのではないだろうか?


パーフェクトウォーリアでも戦場で受ける傷も痛ければ、心に刺さる言葉も痛いのだ。


そう言えば先程の会話の中で『気になる点の1つ』とも言っていたな。

他にもまだ何か引っかかる事があるのだろうか?


どんな内容にせよ、俺にとってはあまり良い感じの話じゃあないだろうな。


とにかく俺にとっての不安材料は出来るだけ早めに片付けておきたい。

残りの気になる点の事も訊いてみる。


「先程気になる点の1つとフトゥさんは言ってましたが、他にも?」


「うん。実は今回の依頼において、支度金が用意されている。」


「…支度金。ですか?」


「そう。支度金。もしくは、前払い金の扱いかも?」


あれ?俺にとっては非常に有難い内容だったぞ?


あと2.3日もすれば、20Gガル銅貨を入れている小さな巾着袋はただの巾着袋に変わるのだ。

俺より先に転職ジョブチェンジなんて嫌である。


「前例がないと言う事は無いんだよ。支度金や前払い金を予め用意してくれる雇用先はそれなりにある。でも前職がマイナー職で実績もちょっと不明瞭なディオ君にいきなり支度金まで用意してくれているのが、気になる点の1つだったんだ」


そう言ってフトゥは書類を再度確認しながら『う~ん・・・』と小さく唸っている。


俺の事を真剣に考えてくれているが、やはり心に何かが刺さるのは気のせいだろうか?


それに実績で言えば『世界平和への貢献』である。


「ちなみに支度金は幾らくらいなんですか?」


素朴な疑問を訊いてみる。

別に期待してる訳ではないが、当然の疑問である。

訊く分には何も不都合な事等無いだろう。

まぁ、ほんの少しだけは期待はしているんだが。


「5Gガル銀貨だよ。そして毎月の給金は2Gガル銀貨。結構な額だよね」


「ゴクリ…」


思い切り喉が鳴った。


5G銀貨もあれば、この街ならば衣食住でざっと2ヶ月は暮らせる大金だ。

支度金にしては随分と額が大きい。


それに毎月の給金もこの街の物価と合わせてみても破格だ。


「フトゥさん、依頼主はどんな人なのか今わかりますか?」


支度金が破格であると言う事は、何かしら裏がある。


かなり危険な仕事の可能性もいよいよ高くなってくる。


前職が世間の中ではマイナー戦士だが、その名前を知っている奴が俺を利用しようとしているのかもしれん。


フトゥが依頼主情報欄の所で指を止める。


「え~と、この人だね。『バーリン・レイ・パリンガー』60歳のご高齢の女性だね。

一応聞くけど、心当たりはある?」


「いえ…」


「そうだよねぇ。最近こっちに来たばかりだもんね。あまり接点がある様にも見えないし、名前からもわかるように貴族の方なんだろうね。こっちではあまり聞かない雰囲気の名前だけど」


そうなのである。この大陸に存在する王族、貴族の連中には共通してあるものが存在する。それはミドルネームである。これを持ち、名乗れるのは王族や貴族の類だけで平民庶民には、それが無いのだ。言いづらいし覚え難いだけだっつーの。


だから昨日マリーベルがいる館を見て、彼女の名前を聞いてもあまり驚きはしなかったのだ。


(あぁ、やっぱりな)


その程度くらいだ。


「まぁ僕個人は気になる点もあったけど、仕事内容も悪い話では無いと思うんだ」


「どうしてそう思います?」


フトゥは自信に満ちた顔で話す。


「だってここは『猫の手』だよ?この南部貿易国家ラ・ハーンに認められている正規職業斡旋所メインジョブギルド。裏でもなく、信用と信頼で成り立っている所だ。色んな意味で、裏切る様な仕事は絶対にまわさないよ」


貿易都市ラ・シーン。


そこには国から認可を受け、毎日数百人単位で人が訪れる正規職業斡旋所メインジョブギルドがある。その毎日が、慌ただしい中で、人の良い色黒の中年が、今日も一人の青年に対して世話を焼いてくれているのだ。


(仕事依頼の事はともかく、フトゥは信用出来る人物だ)


これは嘘では無い。

俺の本心である。


人と人を繋ぐ事を生業とするプロだ。しかも人が良くて、世話焼きな。

だから俺は信じる。彼を。


「わかりました。フトゥさん。俺この依頼、受けさせて頂きます!」


「おぉ!そうかい!頑張ってね、僕も応援してるからね。他に仕事やこの街の事で相談出来る人が居なかったら、いつでも僕に相談してくれ」


斡旋員と言うか世話焼き人と言うか…。

あ、そう言えば大事なとこを確認していないな。


「肝心な事を聞いていませんでしたけど、俺の仕事って何するんですか?」


あ。忘れてた!とばかりにフトゥの表情が少しだけ申し訳なさそうになる。


狂喜乱舞してからの土下座。そして気になる依頼。


話が遠回りしてもおかしくないのだ。まぁ半分は俺のせいではあるのだが。


「ディオ君に来た依頼内容は『身の回りのお世話パーソナルケア』だね。高齢の貴族の方達は色々と不便な事もあるだろうし、使用人は多い方、やっぱり負担も少ないだろうしね。3日後には指定の場所まで来て欲しいらしい」


「なるほど。身の回りのお世話ですか。それなら力仕事も必要な場面もあるでしょうし俺にうってつけかも知れません」


高齢の貴族の女性の身の回りのお世話か。今までに挑戦した事のない内容に些か不安もよぎるが、後が無い俺には選択肢も無い。


ならば誠心誠意ご奉仕をするだけである。

元パーフェクトウォーリアの名に賭けて『お世話』と言う任務を完遂してみせる!


その後もフトゥに手続きのあれこれを聞き、今日のところは猫の手を後にした。こうして俺のラ・シーンにおける新たな生活が幕を開けようとしていた。環境が変わると言うのはいつでも不安の連続である。


しかしそれは期待の裏返しでもあるのだ。


ぐぅ~~…。


(そう言えば朝から何も食べていなかったな)


今日はマリーベルのお嬢さんから夕食をご馳走して貰える。


空腹と言う名の調味料は、今日の結果のおかげで、更に気分良く美味しく

頂ける事になるだろう。


腹を空かせながら帰路につく。

今日まで見ていた街並みがいつもと違う様に見える。


「っ~~しゃあ!頑張るぞぉ!!」


ディオニュース・カルヴァドス17歳。


無職。


元パーフェクトウォーリア。


3日後にはお世話人パーソナルケアに転職予定だ。

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