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質素な食事に添えられた華の名前

「俺のなけなしの・・・芋・・・」


「芋・・・ですか?」


少女が不思議そうに俺に問いかけてくる。

思った事をそのまま口に出してしまった様だ。


我ながら近々困窮するであろう胃袋事情が恨めしい。


「あ~、いや、なんでもない。気にしないでくれ」


適当に誤魔化す。


今はそれよりも、この子が怪我を負っていないかの確認をする事が先だ。


一目見た感じでは服装が乱れている程度の様に見える。


先程までこの男達から必死に逃げて来たのだろう。

上品そうな白い羽織りものの裾が少し汚れている。


「君、大丈夫かい?どこか怪我とかしてない?」


「わ、私は大丈夫です!どこも怪我はしておりません!」


そっか。

怪我はしてないみたいだな。


本当に良かった。少し声がうわずっているけど少女の口から大丈夫だと確認が出来て、胸を撫で下ろす。


「・・あの!あなた様こそ、どこかお怪我はされませんでしたか!?」


少女が俺の心配をしてくれた。

自分が一番怖かっただろうに、俺の心配をしてくれるなんて優しい子だな。


そんな子に心配をかけさせない様に、優しい口調で返す。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫!」


と右腕を内側に曲げてグッと筋肉が出る様にアピールをする。


「ほらね?」


おどけた格好が可笑しかったのか、少女の顔に初めて笑みがこぼれた。

ははっ。少しは元気を出してくれたかな?


上品に笑う少女の表情に、俺も安心したのか、つられて顔が緩む。


しかし少女との緩やかな時間は惜しいが、先にすべき事がある。

まずはこいつらの処分だな。


このまま放って置いたら、また問題が起きかねないしこの子がまた危険な目に合うかもしれない。


とりあえず確認してもらうか。怖い思いをさせるかも知れないけど。


「ちょっといいかな。ねぇ君、この男達に見覚えはある?」


そう言って最後に倒した男に近づき、男のフードを捲り上げる。


少女は一瞬、萎縮する様に身を強ばらせたが、しっかりと男の顔を確認した。


自分の記憶に合致する人間なのかどうか。少女は唇に右手を添えて考え込んでいる。


該当しなかったのだろう。


小さくふるふると左右に首を振り、自分の知らない人間だと意思表示する。

表情は当然だが優れない。


「そっか・・・。じゃあ残りの男達も知らない奴だろうな。どのみちこのまま放っておくのも危険だから、こいつら縛っておくから少しだけ待っててくれるかい?」


このまま放置して、この子を安全な場所まで送り届けても、人通りが少ないとは言え街の往来で刃物を持ち出す物騒な連中を放ってはおけないし、かと言ってこの子を1人で帰らせるにしても、襲って来た連中が3人だけとは限らない為、1人で帰らせるのはもっと危険だろう。


正解か不正解かはわからないが。とりあえず・・・。


「裸にひん剥いてこいつらの衣服で縛るから、君は少し目を逸らしてくれるかな?年頃の君には目の毒だから」


と上品そうな少女にきちんと配慮をしながら、現状の最善策であろう『ひん剥いて縛る』を実行する。


「え・・?きゃっ・・!?」


と少女は声を出して、バツの悪そうに視線を逸らしてくれた。


悪いね。大人しく気絶してくれてる間に処理しないと、いつまた目が覚めて暴れ出すか知れたもんじゃないからな。


手前の男からさっさと身ぐるみを剥いで両腕を後ろに回し、手首を交差させた上で右手首内側を背中にして、右手首外側に左手首外側を押し付けて縛る。


両手の指が触れて簡単に解いたり出来ない様にしっかりと、男の上着で念入りに縛り上げる。


続いて革靴を脱がして、綿で出来た脚衣も脱がし、両腕同様に両足を交差させて念入りに縛り上げる!


最後に男のフードを引き千切り、猿轡の様にして口に噛ませれば終了だ。


こいつは特に念入りに縛り上げておく。


倒す直前に、呪文詠唱らしき行動を執っていたしな。

口元を留守にして、魔術か何かで動ける様にでもなれば厄介だ。


妖魔戦争の時なら有無を言わさず口ごと潰せば済んでいた事も、今は戦時中ではない。束の間かも知れないが、平和になりつつある世界で血腥い(ちなまぐさい)事はしたくない。それに、こんな子の前では見せられないよな。


自分の傍で所在無さげに視線を逸らしている少女の事を思った。


しかし!不届き者その一よ。

お前は特に念入りに縛っておくからな。

お前は俺の大切な物を、俺の手自ら失わせた張本人だからな!!


「・・っよし、終わりだ!次!」


不届き者その一への緊縛を終わらせ、最初に倒した男達(不届き者その二、その三)へと足を運び、同じ処理を施す。まぁこれで目が覚めてもしばらくは身動きが執りづらいだろう。


「終わったよ、またせたね」


今までずっと視線を逸らしてくれていた少女に向かって声をかけた。少女が振り向き、安堵の表情で近づいて来る。


「・・・もう、大丈夫でしょうか・・?」


「ん~、当面は悪さが出来ない様にしっかり縛り上げておいたよ。通行人に見つかれば街の治安憲兵(ガードナーズ)達に通報されるだろうし、これでいいんじゃない?」


「そ、そうですか」


縛り上げている最中に少し見えてしまったのかもしれない。


少女の頬は少しだけ朱く染まっている様に見えた。


「それじゃあ、乗りかかった船だ。君を安全な場所まで送り届けるよ。家はどこ?」


宿に帰って残った芋とパンをすぐにでも頬張りたいが、そうもいかない。

まずはこの子を無事に届けてから、何の憂慮もなく食事にありつきたいのだ。


「あのっ、私この街の住人ではないのです。王都ラ・ハーンで用事を済ませた後この街に立ち寄ったのですが、私の不注意で悪漢に襲われそうになってしまって・・・。今歩いている場所からはかなり離れていますが、私がお世話になっている館が丘上にあります。その近くまでで結構ですので・・・」


少女はそう言って声を少し落とした。

まぁ誰だってあんな事が突然起これば、気分は落ち込む。


その世話になっている館に着いて、知り合いや家族の顔を見て初めて安心するだろう。

成り行きで助けたとは言え、見ず知らずの男と歩いているんだ。


やはりどこか不安なのかもしれない。

俺は所在無さげな右手でポリポリと、頭を掻く。


少女と横に並びながら、2人でラ・シーンの夕暮れを歩いて行く。


「綺麗・・・」


少女が呟く。

緋色に染まる夕日が目の前にあった。


(あぁ…たしかに綺麗だ)


恋人がいれば2人でこんな夕日の中をただ歩き続けるだけでも楽しいだろう。


恋人どころか、自分の明日の食事すらままならない現状に内心呆れながら俺も呟く。


「本当に・・・」


その後なんとなく声を掛け辛い雰囲気になり、無言で歩き続けた。


しばらくして、丘上を目指して歩き続けると一際大きな館が見えてきた。


あの館だろうか?


「あの館かな?」


「はい!あの館です!」


間違いないようだ。

もう目と鼻の先だ。後はこの子1人でも帰れるだろう。

俺の役目もこれで終わりだな。


今日はちょっとばかし以前の感覚を思い出してしまった。

寝る前に目が冴えてしまいそうだ。


「それじゃあ、俺はここまで。君はどこかのお嬢様みたいだから以後は不用意に外に出たりしないようにね。お付きの人とかもいるんだったら一緒に行動する事。いいね?」


今後の事も考えて、少し諌めるように少女に話す。


「じゃあね」


そう言い残し、辿って来た道を戻ろうとした時に少女に袖を掴まれた。


「え~っと・・どうしたの?」


「わた、わ、私の名は!マリーベルですっ!マリーベル・フェイメール・リングベル!!あなた様は私の命の恩人です!このご恩は返しても返しきれない大恩です!私はどうすれば良いのでしょうか・・!帰り道、ずっと考えておりました。あなた様に何か恩返しをさせて頂きたいのに何も思いつかない・・!何か!何か欲しい物はありますか!?必ずやあなた様にお渡し致します!」


矢継ぎ早に出てくる言葉に驚きを隠せない。


ずっと落ち込んでいたと思っていたけど、どうやら俺に恩返しの方法を考えていたのか。


それよりも、この子こんなによく話す子だったのか。

顔を真っ赤にさせながらもマリーベルと名乗った少女は、自分の素直な思いをぶつけてくる。


義理堅いと言うかなんと言うか。古風?


「え~っと、気持ちは有難い。有難いんだけど、別にそう言うのはいいから、ね?」


やんわりとお断りをさせてもらう。


しかし


「な、何を仰言いますかっ!私の命の恩人をこのまま帰らせてしまっては乙女の恥です!あなた様は私に恥をかけと仰るのですか!!マリーベルは恩返しも出来ない子。と世間の方々は私を一生笑い者にするでしょう・・う・・グスっ・・・うぇぇぇん」


こ、ここまで来て恩返しする、しないで泣きやがった!

男3人に襲われも泣きもしなかったのに!?

どう言う性格してるんだ、このお嬢さんは!?


と、とにかく落ち着かせて話をしなければ、埒が明かない。


俺は観念した。


「わかった、わかったからマリーベルお嬢さん。恩返しは受けるから、頼むから泣かないでくれ。女子供が泣いている姿を見るのは苦手だ」


ぐすぐすと泣いていたマリーベルの顔が晴れてくる。

おい、嘘泣きじゃないだろうな?


「で、ではあなた様の大恩に報いるには、私は何をすればよろしいですか!?なんなりとお申し付けください!」


泣いた顔がどこへやら。嬉しそうな顔で聞いてくれる。

これだから女って怖い。


「ん~・・そうだな・・。恩返しねぇ・・。あっ!それじゃあ腹っぱい飯を食わせて貰っても良い?俺さ、少し前にこの街に仕事探しに来たんだけど、まだ決まらなくてさ毎日節約してそれはそれは質素な食事なんだよ。いや、それが嫌ではないんだけれど、たまには肉も食べたいな~なんて思ってさ。それでどう?」


今思いついた俺の願望は食事だ。

それも肉をしっかり食える食事。あと柔らかいパンも久しぶりに食べたいな~。


等と考えていると、マリーベルのもの凄く不満そうな顔が見えた。


「・・・食事だけですか・・?本当に食事だけでよろしいのですか?」


「あぁ、今の俺にはそれで充分。この上ないご褒美だよ。だからマリーベルお嬢さん君の気持ちは嬉しいけど、あまり背負わないでくれ」


マリーベルがしょぼんとする。この子は喜怒哀楽の表情が素直だな。

一生懸命に自分が出来る事をしようとしてくれている。

ふふっ、やっぱり優しい子だな。


「…わかりました。それでは明日にあなた様のお泊りになっている宿でよろしいでしょうか?そこに夕刻に使いの者を、お迎に参らせますので是非とも館までお越し下さいませ。当館の料理人が腕によりをかけてお待ちしております!」


「あぁ、楽しみにしてるよ。マリーベルお嬢さん。宿は今伝えた場所だから。それじゃあ今日のところは帰るわ。お嬢さんもこのまま真っ直ぐ帰って家族かお付きの人に精々怒られてこい。今度こそ、じゃあな」


そう言って辿って来た道を戻り始めた。


なんだか今日は慌ただしかったな。昼過ぎまではいつもの就活だったのに。


さっさと宿に戻って小石がトッピングされた芋を丁寧に処理して、宿の女将さんに調理してもらおう。廃棄寸前の硬いパンと一緒に食事だ。


「あのっ・・!!最後に!!」


マリーベルが背中越しに俺に大きな声で問いかける。


「あなた様のお名前は!!」


あれ?俺言ってなかったのか。すっかり忘れてた。


「ディオニュース・カルヴァドス。くたびれた芋と廃棄寸前のパンをここ最近愛してやまない男の名前だ」


振り向きもせずに今日の献立を言いながら去っていく。

右手を上げて今日の別れを伝える。



マリーベルか・・。


本日も質素な夕食だが、今日は少し華が添えられた夕食になりそうだ。

只今AM2:53分。

眠いを通り越して『ねもい』です。

眠いのに気持ち悪い。

私が良く使用する造語です。


後書きを初めて書かせて頂きましたが、今回も楽しんで

頂けたでしょうか?楽しんで頂けたなら幸いです。

私の物語を読んでくださる皆様に愛を込めて。


千代路 宮@今日はがんばった。

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