空腹の帰り道
職が決まらないまま、とうとう7日が過ぎた。
質素な宿に1日2食の質素な食事。
翌日から気を取り直して就職活動を欠かさず
都市に点在する斡旋所に足を運んでは肩を落として帰宅。
そして翌日に、もう一度斡旋員になかば懇願するようにお願い参りをする事をもう7日続けている。
金に余裕があればまだ精神的にも幾分かは余裕もあっただろう。
しかしとうとう金が底をついた。
猶予はもう無い。
間違いなくあと2.3日で飯が食えない状況になる。斡旋所廻りに一段落を付けて近くの広場で腰を下ろす。
もしかしたらと思い、普段金を入れている小さな巾着袋を逆さまにして確認してみるとチャリンと何枚か硬貨が落ちる。
いくらだ?いくら残っている?え~っと。
(34G銅貨のみか…)
ラ・シーンに陸路で辿り着いた時、すでに路銀は寂しいものだったがボロ宿でも泊まれない事は無かった。なのですぐに職にありつけない事も憂慮して14日分の宿代1G銀貨を渡しておいたのだ。
俺にとっては最後のなけなしの銀貨だった。
これで14日もあれば簡単に職も見つかり、安定した生活が送れるとそれはそれは甘い算段をしていたのだ。
ちなみに今現在の大陸協定に基づいた平均的な換算は1G金貨=1G銀貨301G銀貨=500G銅貨である。
34G銅貨…。
1日10G銅貨の飯代として後3日。後3日で飯が食えなくなる。
最悪市場で果物の皮を貰ったりしよう。それでも駄目なら。
よし!草を煮て食おう。
少し前までそれ飢えを凌いでいた事もある。まぁそれは本当に最後の手段だ。
ラ・ハーンは1年を通して気候がほぼ一定だ。
やや陽射しが強く突然の豪雨が突然降り、結構暑い国だ。
ラ・シーンは海洋側なので海風もあり比較的涼しく過ごしやすいがあくまで首都に比べて多少過ごしやすい程度である。
ラ・シーン郊外を少し出れば、緑が豊かな原生林。
あそこで何か食える物を採ったり狩れば良い。
果物畑もあったし、少しくらい拝借しても良いかもしれない。
いやいや駄目だ。
人様の育てた物を勝手に盗むなんて言語道断だ。
末席と言えども元パーフェクトウォーリアだ。
人の道を外す訳にはいかない。
道を外さない様にする為にも、午後からも職探しだ。
よっ!と勢いよく立ち上がり、午後からの就職活動を開始したのだ。
3時間程の間に何件の斡旋所を回っただろうか。結果はいずれも芳しくない。
「・・・ありがとうございました」
気分が重い。表情が自然と沈む。
平和になりつつあるこの時代、命を賭けて戦い続けて得たかけがいのない平穏。
明日自分を殺す者の事を考えなくてもいい。
明日自分が殺す者の事を考えなくてもいい。
これから徐々に飢えて命を落とす奴も少なくなるだろう。
家族がバラバラになる事も少なくなるだろう。
自分が終結に導いた一端であると思うと、まだ頑張れる。
平和になったこの世界で。
守りたい物もあったからだ。
だから満足している。
多少、いや、かなり今直面している台所事情が悲惨であってもだ。
だから頑張ろう。俺も平和になったこの世界でまだまだ生きてみたいのだ。
うむ。
しかし正規職業斡旋所からの仕事はほぼ全滅。
前職のパーフェクトウォーリアの経歴が足を引っ張っている気がする。
その存在を誰も知らないのだ。
戦火に身を置いていた者でも、その存在を知る者はもしかしたら少ないのかもしれない。
いっそ裏斡旋所で仕事を調べてみようか?
この7日間でラ・シーンにも表と裏の斡旋所がある事を知った。
国から認可を受けている正規職業斡旋所に対して、非認可で多くは非合法で危険な仕事を請け負う。
それが裏斡旋所だ。各都市に必ず1つや2つある裏の顔だ。
まぁ裏に頼るぐらいなら正直な話人様の畑で果物を拝借した方がよっぽど真っ当だろう。
いや、物の例えであって泥棒はいけませんよ?
この中途半端とも言える倫理観が邪魔して今ひとつ非道に走れない。
まぁ走らなくても別に自分だけが困るだけで、誰かを悲しませたりしないから別に良いんだが。
「さてと。いつまでも落ち込んでもいられない。なけなしの金で夕食を買いにいくか」
ラ・シーンの大通りは貿易都市らしく非常に活気のある場所だ。日用品区画、食料品区画、工芸品区画など、ある程度区画整理されいる。
外食が出来る場所だけは所々に点在しているのだが、比較的食料品区画に集中しているだろう。
『区画整理されている』その恩恵は消費者である住人、店を出す者にもあると言える。
例えば食料品区画であれば大概の食材は揃う。
その中でもより良い品を、安い予算で食材を選ぶ事が出来る。選択肢が増えるのだ。
ラ・シーン奥様達の腕の見せ所なのである。
店側にしても他店との違いを売りにして、あれこれ繁盛しているようだ。
変わった果物を仕入れをする店。
西海の海の幸を仕入れる鮮魚店。
あえて最初から肉を下ごしらえ済みにする事で調理の手間を省かせる様にする精肉店。
各店創意工夫で消費者達からも評判が良いらしい。
この区画整理をした人は誰かは知らないが実に頭の良い奴だと言うのはよくわかった。
目下金銭事情が芳しくない俺としては食料品区画は目の毒である。
ラ・シーン奥様達に負けない目利きで出来る限り『傷んでいる』『形が悪い』物を選ぶ事にする。
そうすれば安く買えるのだ。調理は宿に帰ってからする。
目当ての食材は芋とパン。
とりあえず腹を満たすにはうってつけなのだ。
「おっちゃん!出来るだけ傷んでいて形の悪い芋を頂戴!」
「そんなもんおいてる訳ねぇーだろーがぁ!余所に行きやがれぇ!!」
思い切り怒られた。鮮度を売りにしている店なのだろうか?
いや、俺が不躾に言ったからか。失敗した。
ぐ~…
無遠慮に自己主張する腹の音を聞いてしまう。
「腹減ったな・・・」
幸いにして次に立ち寄った所で上手く交渉して形が崩れてしまった芋とパン屋で売れ残ったカチカチに固まった廃棄寸前のパンを安く購入する事が出来た。
これで残り21G銅貨。
ひしひしと迫る無一文の恐怖。平和になったらなったで、生きることに戦争だ。
いやここまで緊迫する就活とは思ってなかったよ。
何にせよ本日の食事にありつけた訳である。
宿に戻って1G銅貨を払って調理をしてもらう。
気分はあまり良くは無いが、いつまでも落ち込んでいる訳にもいかなく明日にわずかな期待を寄せて、次第に夕暮れに霞む煉瓦作りの町並みの中帰路に着くのだった。
明日はどこを回ろうか?
そうだ、直接雇用が出来る仕事先の洗い出しをしよう。
等と明日の予定を考えながらぼんやりと歩いていた時にそれは起こった。