第15話 尖閣諸島奪還作戦 後編
『陸奥』の主砲が一斉に火を噴く。強烈な爆風爆炎とともに砲弾が撃ちだされた。その衝撃は艦を揺らし、周りに波を立て海面を泡立たせるほどであった。撃ちだされた十二発の砲弾は、中国艦隊へと向かっていく。だが戦闘が始まってから何度も外しているのに、そう簡単に命中するはずもない。砲弾はやはり中国艦隊の近くに着弾して、巨大な水柱を作るだけだった。
それでも『陸奥』は立て続けに砲撃する。主砲が吠える度に空気が震え、轟音が響く。そしてさらに中国艦隊に接近する。
ついにその時は訪れた。
「『哈爾浜』に命中、敵艦のマスト破壊を確認!」
『陸奥』の見張り員は双眼鏡片手に叫ぶ。その報告に艦橋の士気は一気に上がった。
「よし、このまま突っ込めぇ!」
『陸奥』率いる第四護衛隊群は一斉に加速し、攻撃を加えながら中国艦隊に接近する。波を立てて近づいてくるの七隻の艦艇に感じるのは、恐怖しかないだろう。事実、中国艦隊は少しずつ後退を始めた。それでもまだ諦めていないのか、時折ミサイルを撃ってくる。だがそれらはイージスの強固な盾の前には全くの無力だった。飛んできては墜とされる、の繰り返しである。勢いづく護衛隊群とは逆に中国艦隊は最初の勢いはなくなっていた。どんどん下がっていく艦隊は、ついに久場島まで到達してしまった。
しかし、それでもまだ中国艦隊は戦う気であった。突如速度を上げたかと思うと、針路を変更した。久場島の裏に向かって、である。
「中国艦隊、針路変更! 久場島の裏に回り込みます!」
島に回り込まれてしまえば『陸奥』主砲による攻撃ができなくなってしまう。尖閣諸島に被害がでれば、石油採取のための施設が破損する可能性があるため、攻撃は慎重に行わなければならない。
「本艦及び『さざなみ』『もがみ』は島の右側より回り込む。残る四艦は左側から回り込め!」
護衛隊群は二手に分かれ、さらに速度を上げる。中国艦隊の敗北は刻一刻と迫っていた。
久場島付近で『陸奥』『さざなみ』『もがみ』は減速した。すでに『陸奥』の主砲弾は装填され、いつでも砲撃が可能である。今回の作戦では対艦ミサイルの使用が許可されていないため、主砲による砲撃で敵を撃破しなければならない。だが攻撃するために接近すれば敵の砲撃を浴びることになる。だからこの作戦には『陸奥』が選ばれたのだ。『陸奥』なら敵艦の主砲の射程外から攻撃でき、接近されても強固な装甲があるのでさほどダメージを受けない。まさに適任だった。
三隻は久場島の裏に回り込み、肉眼で中国艦隊を捉えた。『哈爾浜』は損傷して戦闘不能であったが、他の五隻は戦闘準備が完了していて主砲全基を護衛隊群へと向けていた。狙いはもちろん『陸奥』である。それを受けて『陸奥』の三連装主砲もゆっくりと旋回を始めた。その動きは堂々としていて、まさに戦艦という名に相応しいものである。『きりしま』『もがみ』の単装砲も敵の方を向いた。
この戦力ならまだ中国にも勝ち目はあったかもしれない。だが現実は違った。
中国艦隊の後方からさらに四隻の護衛艦、『さざなみ』『みねかぜ』『さわかぜ』『おきかぜ』が現れたのだ。こちらもすでに攻撃準備が整っているようだ。
双方、いつでも撃てる体制である。にもかかわらず、どちらも動こうとはしない。静かな睨み合いが続いた。その静けさは音を無くし、聞こえるのは艦に打ち寄せる波だけだ。この静かな睨み合いは、永遠に続くと思われた。
――刹那、中国艦隊が沈黙を破った。五隻の艦首に備え付けられた連装砲と単装砲が一斉に火を噴いた。砲弾はまっすぐ『陸奥』へ向かう。『陸奥』は舵を右へきり、回避しようとした。だが二百mを越える艦体は、そう簡単には動けない。いくつもの水柱がたち、その巨体を覆い隠した。中国艦隊はさらに砲撃する。『陸奥』の姿は水柱のせいでよく見えないが、あれだけの砲弾を撃ったのだ。無傷でいられるはずがない。中国艦隊の人間はそう信じて疑わなかった。
それ故に、反応が遅れた。幾多もの水柱のせいで『陸奥』が見えなかったことも原因だろう。あるいは、彼等がもっと冷静であれば問題はなかったかもしれない。なんといったって、敵は戦艦なのだ。攻撃、防御共に優れて、かつては最強と言われた艦種である。用心するに越したことはなかった。
突然轟いた爆発音に、中国艦隊は反応できなかった。その音は、損害を与えたと思っていた『陸奥』が発したたものであった。突然の事態に『青島』にあった司令部は混乱する。だが時はそれを許してはくれなかった。
先程のお返しといわんばかりに、中国艦隊を多数の水柱が取り囲んだ。至近距離から放たれた『陸奥』の主砲弾。中には水柱を形成しないものもあった。つまりは命中、それも直撃である。
「フリゲート艦『滄州』、『安慶』被弾! どちらも大破です!」
たった一回の斉射だ。それだけで二隻が戦闘不能に陥った。もはや中国艦隊に戦う力は残されていない。彼らには撤退という道しかなかった。
中国艦隊が撤退していく。それは当然のことでもあった。何せ『哈爾浜』、『滄州』、『安慶』に『陸奥』の放った主砲弾が命中したのだ。『哈爾浜』は直撃ではなかったものの、他の二隻は大破炎上して退艦命令が下りていた。すでに戦闘を続行できる状態ではない。中国艦隊は護衛隊群に背を向けて敗走するしかなかった。
敗走する艦隊を、おきかぜは静かに見つめていた。戦闘中はさすがにおきかぜも起きている。
「張り合いないなぁ」
おきかぜはぽつりとつぶやいた。手に持った六四式7,62mm小銃が一度も火を噴くことなく戦闘が終わったため、彼女はつまらなかった。戦うことが好きなわけではないが、日頃の運動とストレス発散を兼ねていた。だがこうも簡単に戦闘が終わってはそれができない。持っていた小銃を消し、手すりに体重を預ける。蒼く澄み渡った空はどこまでも続いているようだった。そんな空の下を敗走する艦隊は、もう米粒くらいの大きさになっていた。戦闘体勢も解除されて、今は第一配備に移行している。後は島に上陸する部隊が来るを待つだけだった。艦隊は現在二つに分かれていたが、みな敵が去って気が緩んでいたのだろう。艦の上にいてに空を眺めている彼女だったからこそそれ(・・)は発見できたのかもしれない。不意におきかぜの視界に映った、空に浮かび上がる数個の黒い点。それらは徐々に近付いてきて数もしっかりと肉眼で確認できた頃、護衛隊群はようやく行動を開始した。それが対艦ミサイルだと理解するのに時間はかからなかった。
「……うそっ!?」
あまりに唐突な攻撃だった。レーダーに敵艦や敵機の類は映っていなかったはずだ。つまりミサイルはレーダー外から飛来したことになる。だがそんなことを考えている暇はなかった。
『総員、戦闘配備! 後部VLS、ESSM発射用意! 発射してから回頭百八十度だ』
戦闘用意の警報が鳴り、『おきかぜ』の後部VLSのうち二個が開かれる。後方からくるミサイルを迎撃できるのは、艦隊最後尾にいた『おきかぜ』のみだった。『おきかぜ』が一度に対処できる目標は二つなのに対し、飛んでくるミサイルは八発。
「当たれぇ!」
『おきかぜ』のVLSが炎を上げる。二発のESSMの放つ炎の柱だ。飛んでくるミサイルは通常の対艦ミサイルよりも速く、しかも低空を飛行している。それらを全て墜とすには、対空ミサイルでは間に合わない。あのミサイルを全て迎撃するには主砲を使ったほうが現実的である。ESSM発射と同時に『おきかぜ』はゆっくりと回頭を始めた。
『左九十度、対艦ミサイル七発、まっすぐ突っ込んでくる!』
『主砲、撃ちーかた始めー』
『撃ちーかた始めー』
『おきかぜ』の主砲、127mm単装速射砲が連続して火を噴いた。飛んでくる対艦ミサイルはESSMにより一発撃墜され、七発になっていた。砲弾は次々とミサイルを撃ち落とした。だが、全て墜とすには至らなかった。まだ四発が残っている。
すぐにCIWSが動いた。高速で向かってくるミサイルに、狙いを定める。そして、発砲した。六門の砲身が回転し、勢いよく弾丸を発射した。CIWSは一分間に約四千五百発の弾を発射でき、迫り来るミサイルを迎撃する。大量の弾丸は飛んでくるミサイルの内の一発に向かっていき、その胴体を貫いた。すぐにCIWSは別のミサイルを目標に設定し、さらに弾丸を発射した。
だが、
『ミサイルさらに接近! 攻撃オプション全て奪われ……』
その言葉は途中で途切れた。突然の衝撃に体を支えきれなかったせいだ。衝撃に続いて、大きな爆発音が二回響いた。
「うぐあああぁぁぁ!」
おきかぜの脇腹から、大量の血が噴き出る。彼女は体を支えきれずに、そのまま甲板に倒れ込んだ。
『おきかぜ』は至る所から出火し、炎上していた。ミサイルの直撃した左舷はもはや原形を留めておらず、艦橋にも被害が及んでいた。機関は停止し、浸水も始まっている。ダメージコントロールもできる状態ではなく、これ以上の戦闘継続は不可能だった。
『総員退艦せよ。繰り返す、総員退艦せよ』
退艦命令が発令され、乗員が海に飛び込んでいく。その様子を、おきかぜはぼんやりとした頭で見ていた。
脇腹の出血は止まらず、制服を真っ赤に染め上げている。髪も血を吸って重くなっている。おきかぜは自分の命はもうほとんど残されていないことを悟っていた。彼女の視線の先には、乗員の救助に来た『みねかぜ』がいた。その後方を対艦ミサイルの飛んできた方へ向かう『陸奥』が通り過ぎる。
「おきかぜっ!」
不意に、おきかぜの耳に聞き慣れた声が届いた。自分の姉、みねかぜの声だった。みねかぜはおきかぜの近くまで駆け寄ってきた。そして彼女を抱き起こし、声をかけ続ける。
「おい! しっかりしろ!」
おきかぜの意識はまだあるが、体を動かすことはもう無理のようだった。話すことが精一杯なのだろう。
「ね……ねえさん?」
「いいからしゃべるな」
おきかぜは今にも意識を失いそうなほどにまで弱っていた。もう沈むのは避けられない運命であった。
そんなおきかぜのもとに、数人の足音が近付いてきた。陸奥を除く、第四護衛隊群の艦魂であった。
「おきかぜ!」
自艦から転移してきておきかぜのもとへ駆け寄る。
「あれ……、むつ……は?」
全員揃っているのに陸奥だけがいないことに気がついたおきかぜが尋ねる。それに答えたのはもがみだった。
「陸奥司令は単艦で敵の追撃にあたっています」
「……そっか。……最後に陸奥に会えないのは残念だったな……」
おきかぜは力無く残念そうにつぶやく。そして、恐らく最後の力を振り絞って口を開いた。
「いままで……めいわくかけて……ごめんね、……ねえさん。じゃあね……」
それだけ言って、おきかぜは静かに瞳を閉じた。みねかぜが支えていた体は徐々に重さを失っていき、次第に消え始めた。
「おきかぜ? おいおきかぜ!」
みねかぜは彼女の体を揺するが、彼女が意識を取り戻すことはなかった。
おきかぜの体が消え始めると同時に、『おきかぜ』の艦体もついに傾斜を生じた。今までかろうじて浮いていた『おきかぜ』も、最期の時を向かえようとしていた。
『陸奥』が艦隊に戻ったとき、すでに『おきかぜ』の姿はなかった。もちろんその艦魂であるおきかぜもそこにはいない。陸奥は、おきかぜという少女のことを思い出していた。いつも眠たそうにしていたが、まれに完全に起きていることがあり、そのときはからかわれることもあった。そこまで話をする仲でもなかったが、たまに話したときはいろいろとアドバイスをもらうこともあった。歳も近かったので、出来ることならもっと話をしたかった。だがそれはもう出来ない。彼女は死んでしまったのだ。初めての仲間の死に、陸奥は泣きたかった。しかし、泣くことはなかった。旗艦である自分が泣くわけにはいかないと陸奥は考えていた。
帰ってきた『陸奥』の甲板に、数人の艦魂が現れる。だが、その中にみねかぜとさわかぜの姿はない。自分の部屋にこもっているのかもしれない。かわりに、陸奥の姿を認めたさざなみが声をかけてきた。
「陸奥、どうだった?」
だがやはり、さざなみの声にもいつもの覇気はなかった。初めての仲間の死というものに、元気でいられないのはあたりまえのことだ。そんな彼女の問に 陸奥は言葉なくただ首を横に振ることしかできなかった。
「そうか」
さざなみもそれだけ言うと黙ってしまった。
実際、おきかぜの死、『おきかぜ』の撃沈は第四護衛隊群にかなりの影響をもたらした。戦後七十年、このような戦いでの初めての戦没艦である。敵艦隊はなんとか退けたが、一隻の仲間を失ってしまったのだ。
「陸奥、そろそろ上陸部隊がくるわ。司令官がしっかりしていないとだめでしょう?」不意に陸奥は肩を叩かれた。振り返ってみるとその声の主はきりしまだった。彼女もそうとうなショックを受けているはずだ。それでもいつもと同じように振る舞っていられるのが、陸奥にはわからなかった。
「……それは、わかってますけど、なんできりしまさんはそんなふうにしていられるんですか」
司令としてしっかるしないといけないことはわかっている。だが、どうしてもおきかぜのことを考えてしまうのだ。もし自分が左舷部隊にいれば、迎撃できたかもしれない。もしきりしまを配置していれば結果は変わっていたかもしれない。そんな仮定の話がずっと頭の中に響いている。せめて、敵艦を沈めて仇を伐てればどんなによかったか。だが、『陸奥』の足では敵に追い付くことはできなかった。
「せめて仇を伐ててれば……」
陸奥は再びうつむく。仇を伐てなかったことがよほど悔しいのだろう。そんな陸奥の様子を見たきりしまは、なだめるように言った。
「確かに私だって、彼女が死んでしまったのは悲しいわ。あなたが悔しいのもよくわかる」
でもね、ときりしまは続けた。
「ずっと悔やんでいたら、彼女も浮かばれないわよ。彼女のことを忘れてはいけない。でも、前を向きなさい」
自分より長く生きてきたきりしまの言葉には重みがあり、陸奥はようやく顔を上げた。その瞳には、もう迷いの色はなかった。甲板の端に行き、『おきかぜ』の沈んだ場所を見る。
「私は、おきかぜさんのことは絶対に忘れません」
――敬礼。甲板にいた、陸奥、きりしま、さざなみ、もがみが『おきかぜ』の沈んだ方を向いて、一糸乱れぬ敬礼を行った。
かつて護衛艦『おきかぜ』が浮いていた場所は、今では波が静かに揺れているだけだ。数時間前までは普通に話をしていた。それが一瞬で、たった二発のミサイルでこの世から消えてしまったのだ。
敬礼が終わり、全員が手を下ろした。最初に口を開いたのはもがみだった。
「上陸部隊、まもなく到着します」
もがみの言うとおり、遠目にはすでに数隻の艦影が見えていた。輸送艦二隻の上陸部隊と護衛艦三隻からなる尖閣諸島防衛艦隊、それに補給艦二隻である。度重なる中国の領海侵犯に対して、政府はついに尖閣諸島に自衛隊を駐留させることを決定したのだ。
陸奥はぼんやりと、近づいてくる艦影を眺める。つい数十分前までは中国艦隊と戦っていたというのに、海はそれをまったく感じさせないほど穏やかで蒼く澄み渡っていた。
「陸奥司令、艦隊が到着しました」
もがみに声をかけられた陸奥は振り返る。同時に『陸奥』の甲板上に一人の少女が現れた。見た目は十代の後半、十八歳ほどであるが、艶のある長い黒髪を風になびかせ、腰に一振りの太刀型の軍刀を携えた姿は美しく、また長年日本の海を守ってきたことを感じさせる雰囲気と存在感を纏っていた。少女は『陸奥』の主砲を一瞥して、それから陸奥のほうを向き、彼女に敬礼した。。
「護衛艦『しらね』以下、尖閣諸島防衛艦隊ただいま到着しました」
しらねと名乗った少女に、陸奥も答礼する。
「だ、第四護衛隊群司令、陸奥です」
陸奥は少しばかり緊張していた。というかかなり緊張していた。『しらね』といえば、三十年以上も日本の海を守ってきた大先輩である。本来、通常の護衛艦の寿命が約三十年といわれる中、しらね型護衛艦やその前級であるはるな型護衛艦は、その寿命を大きく越える時間を生きてきたのだ。
「陸の安全確保しましたぁー!」
突然、妙に元気のいい声と共に一つの人影が甲板に飛び込んできた。それは小さい一人の少女だった。少女は陸奥の目の前にきて、ピシッと音がしそうなくらいの勢いで敬礼した。
「これより採掘機材を上陸させまーす!」
第四護衛隊群の面々はポカンとしたまま黙っていて、唯一しらねだけはやれやれと額に手を当てていた。
「おおすみ、少しは落ち着きなさい」
敬礼だけして出ていこうとした少女を、しらねは肩を掴んで引き止めた。
「せめて自己紹介くらいはしていきなさい」
「え? はぁーい」
笑顔で承諾すると、陸奥にもう一度近づき、再びピシッと敬礼した。
「輸送艦のおおすみです! よろしくねー!」
「う、うん。私は陸奥、よろしくね……」
あまりの元気のよさに、陸奥は引き気味だった。きりしま達もこっちを見て苦笑いをしていて、しらねはやはり額に手を当ててため息をついていた。
そんな空気を振り払うように、さざなみが前にでてきた。
「俺はさざなみ、よろしくな」
「うん、よろしくねー!」
どこまでいってもおおすみは元気である。その様子を呆れながら見ていたしらねは、あることに気がついた。
「そういえば、ここにいるのは全員じゃないですよね。他の人はどこに?」
その言葉で、陸奥の表情は暗くなった。みねかぜとさわかぜはまだ自艦にいるのだろう。おきかぜがもういない、という事実を改めて思い知らされたかんじであった。
「あとの二人は、自艦にいると思います。……身内が死んでしまったことの心の整理をしているかと」
「あ、そういえば先程の戦いで……。すいません」
しらねはすまなさそうに謝った。自分の発言で彼女まで暗くさせてしまったのを見て、陸奥は無理矢理笑顔を作った。
「しらねさんが気にすることはありません。あれは私の責任ですから……。あ、それと私に敬語を使う必要なんてないですよ。しらねさんの方が大先輩なんですから」
しらねはその言葉に、一瞬迷ったような顔を見せたが、すぐに先程と同じ穏やかな表情にもどった。
「そう? それならそうするけど」
「ありがとうございます。自分が敬語を使われるのは慣れていないので」
少し恥ずかしそうに陸奥は言った。
そうやって甲板で話をしていたが、しばらくすると『陸奥』から100m程離れたところを『おおすみ』のエアクッション艇が通っていった。それを見たしらねは、さざなみやきりしまと話しておおすみを呼んだ。
「おおすみ、そろそろ私は行くからね。帰るときはみんなに迷惑かけないでよ?」
「わかってるよぉ、大丈夫だってば!」
おおすみはむくれてしらねを睨んだ。それを見て苦笑してからしらねは陸奥に向き直る。
「あなた達は補給が済んだら行くんでしょう? 気をつけてね」
「ありがとうございます」
「それと、おおすみのこと、お願いね。迷惑かけるかもしれないけど……」
少し申し訳なさそうにしらねは言う。しかし陸奥は快くそれを承諾した。
「大丈夫ですよ、まかせてください」
陸奥の力強い返事を聞いて、しらねは微笑んだ。
「ありがとね。きっとあなたはいい司令になれると思う」
じゃあね、と言ってしらねは陸奥の前から姿を消した。自分の艦に転移で戻ったのだ。それと同時に、陸奥は緊張から解放された。大ベテラン大先輩を前にして緊張しないはずがない。ようやくその緊張から解き放たれた陸奥は、大きく深呼吸をした。
「陸奥、お前かなり緊張してただろ」
さざなみはニヤニヤしながら陸奥に問いかける。さざなみには見抜かれていたのだろう。陸奥は恥ずかしくなり、助けを求めるようにきりしまを見た。
「えぇ、かなり緊張してたわね」
きりしまにも見事に裏切られてしまった。どうやら気付いていなかったのはもがみとおおすみだけだったようだ。つまり、結局のところ彼女の味方はいないということだった。
「司令、もうすぐ補給が終了します。出港はいつになるのですか?」
いきなりもがみに話し掛けられたので、陸奥はまたさっきの話を蒸し返されるのかと思った。だが、もがみはやはりそんな事をいう人ではなかった。
「補給が終わり次第出港するよ。呉に着くのは今日中は無理かもしれないけど」
今から出港すると、呉に到着するのは明日の朝早くだろう。
「わかりました。みねかぜさんとさわかぜさんにも伝えておきます」
もがみはそれだけ言うと、しらねと同じく陸奥の前から消えた。
「あの二人大丈夫でしょうか」
陸奥は心配そうに呟く。さわかぜはまだ立ち直れるかもしれない。
だがみねかぜは長女で、しかも責任感も人一倍強い。おきかぜに対して厳しく接していたが、それも彼女への愛情であった。規律に厳しいみねかぜは、おきかぜをしっかりした艦魂にしたかったのだ。だがそのせいで姉としておきかぜと楽しく過ごすことはできなかった。みねかぜは、おきかぜに怒ってばかりだったことを深く後悔しているはずだった。
「たぶん、大丈夫だとは思うけど……。時間はかかるでしょうね」
きりしまもやはり心配を隠せない様子だ。きりしまがここまで心配そうな表情を見せるのは、陸奥にとって初めてのことだった。それだけ今回のことが深刻だということである。
「だけど、ずっと引きずっているわけにもいかねえぜ。どうすんだよ」
「どうもこうもできないわ。二人を待つしか」
きりしまの意見ももっともだった。身内の死を味わう苦しみは身内にしかわからない。同じ部隊の仲間であっても、外野が口をだすわけにはいかなかった。
「補給が終了しました。第四護衛隊群、まもなく出港します」
補給は終わった。あとは呉の港に帰るだけだ。帰りも輸送艦を護衛するという任務があるのだが、中国艦隊を追い返した今、向かってくるものはいないはずだ。ようやく長かった一日が終わるのだ。
『全艦、出港よーい』
艦長の声が艦内に響き渡るとともに、一気に艦内が慌ただしくなる。各自で休憩していたり別の作業をしていた乗員は、駆け足で自分の持ち場に戻り始めた。
『本艦以下第四護衛隊群はこれより尖閣諸島を離れ、呉基地に帰港する。本艦より離岸開始せよ』
最初に動き出したのは『陸奥』である。全長240mを越える巨体が、二隻の曳船に曳かれてゆっくりと岸から離れる。『陸奥』の機関が唸り声をあげて、その回転数を増した。『陸奥』がある程度沖に離れてから、今度は後ろに停泊していた『きりしま』が曳船に曳かれ始めた。
『全艦、両舷前進微そーく』
沖にでた八隻の艦隊は、魚釣島から数十km離れたあたりで陣形を組む。『陸奥』と輸送艦二隻を中心とした輪形陣である。
艦隊は日の落ちかけた海を進んで行く。呉に着くのは明日の朝早くになるだろう。
陸奥は甲板に立って、斜め前を行く『みねかぜ』と『さわかぜ』を眺める。みねかぜとさわかぜは今どこにいるのだろうか。
結局、この日二人は自艦から出てくることはなかった。
第四護衛隊群が呉に入港したのは、翌朝の〇七三〇時だった。日はまだ昇ったばかりで、停泊している艦艇は朝日を浴びて輝いている。だが動いている船舶はまだなく、艦隊は朝の静けさを破って呉の港に入った。それでも海上自衛隊の朝は始まっていて、第四護衛隊群が入港したときは登舷礼が行われた。
「みんなおかえり~」
長旅に疲れた彼女らを出迎えてくれたのは、ミサイル艇『おおたか』の艦魂、おおたかだった。朝早くから、護衛隊群が到着するのを待っていたようだ。
「おう、おおたか久しぶりだな」
「たった数日なのに久しぶりな気がしますね」
すぐに陸奥達も気がついて、おおたかのもとへ向かう。だがおおたかは、迎えにいく途中で、その足を止めた。
彼女の視線の先にいたのは、護衛艦が六隻と輸送艦が二隻だ。『おきかぜ』の姿はなかった。
「……そっか。おきかぜ、もういないんだよね」
おおたかの元にもおきかぜの訃報は届いていた。
「うん……」
陸奥は力なく頷いた。陸奥に追い付いたさざなみときりしまも同様に顔を暗くする。
「寂しく、なっちゃったね~……。それで、みねかぜとさわかぜは~?」
暗くなってしまった雰囲気をなんとかしようと、おおたかは話題を変えた。だがその変えた話題も、結局は同じ結末に行き着くものであった。
「私達も、昨日から二人に会ってないのよ」
「二人はずっと自艦から出て……」
陸奥の言葉はそこで途切れた。何故なら、今ここにいるはずのなかった人物が現れたからだった。
「心配かけたみたいだな、すまなかった」
陸奥の言葉を遮ったのはみねかぜだった。目元が若干赤く腫れているところをみると、やはりずっと自艦にいたのだろう。隣にはいつもどおり無表情なさわかぜも立っていた。
「みねかぜさん!? それにさわかぜさんまで!」
突然現れた二人に、陸奥は驚きを隠せなかった。こんなに早く出てくるとは思っていなかったのだ。
「みねかぜさん……、すみませんでした。……私がもっとしっかりしていれば、おきかぜさんは……」
陸奥はみねかぜに、深く頭を下げていた。彼女はいまだにおきかぜが沈んだのは自分の責任だと思っていた。
だから、みねかぜのとった行動が、理解できなかった。
「気にするな、というよりお前はなんでも自分のせいにしすぎだ。少しは自分の心配もしろ」
みねかぜは、陸奥の体を優しく抱きしめたのだった。いつもの厳しいみねかぜからは想像のできない姿だった。
「もう大丈夫だ、心配かけたな」
みねかぜは陸奥を離すと、今度は一転して真剣な表情になる。
「それと、次にあいつらと戦うことがあれば、私にやらせてくれ」
「え?」
みねかぜの顔には、強い決意が浮かんでいた。おきかぜの仇を討つつもりであった。これが、みねかぜの決着であった。
「わかりました。もしその時は、絶対に勝ちます」
陸奥はみねかぜの意見を呑んだ。
だがこのとき第四護衛隊群の彼女らは、中国艦隊と再び戦うことになるとは考えていなかった。尖閣諸島を圧倒的戦力で奪還した第四護衛隊群に、敵はないと思っていた。
海上自衛隊艦魂広報課『広報かんこん』 第10版
『編集後記』
陸奥「はい?」
さざなみ「いつものはどうした。編集後記だけなんておかしいじゃねえか」
サムライ「えっと、めんどくさくて……」
きりしま「まあ作者ならやりかねないから気にしないけどね」
もがみ「むしろ今まで続けていたのが奇跡かもしれないですね」
サムライ「悪かったですねめんどくさがりで。最近ネタもないので書く必要がないと思ったまでですよ」
さざなみ「まあお前ならやりかねねえな。だいたい今日までテストだっただろ?」
陸奥「テストだったんですか!? 結果のほうは?」
さざなみ「ダメに決まってんだろ。こいつ、昨日とか休みだったのに、一日中小説読むのと書くのしかしなかったんだぜ? しかもそのせいで今日のベクトル撃墜されたんだから、バカだよな」
陸奥「ベルクト?」
さざなみ「ちげえよ! 戦闘機じゃねえよ!」
サムライ「ベクトル変換!」
きりしま「間違ってはいないけど、違うわね」
もがみ「やっぱダメですね、こいつ」
さざなみ「なんかもがみが変になったぞ? 大丈夫か?」
きりしま「作者しょっちゅうもがみのこと忘れてるからね。いつか殺されても知らないわよ」
サムライ「やだなあ、そんなことないじゃないですか。ははは……」
もがみ「作者さん、後で川原まで降りてきてください。ちょっとお話が」
サムライ「……。そうだ! 大事な話があったのをすっかり忘れていました!」
さざなみ「わざとくせえなぁ。ま、聞くだけ聞いてやるよ」
きりしま「前にも似たようなことがあったわね」
サムライ「実はですね、この小説の最初のほうの話、文章とかがひどいんで書き直したいんですよ」
陸奥「それは、まあ、いいことだとは思いますけど。そんなに重要なことなんですか?」
サムライ「あまりにもひどいので、新しく書きたいと思っています」
さざなみ「じゃあこっちはどうすんだよ」
サムライ「新しいほうので最新話、つまりこの話まで書き終わったら削除するつもりです。」
きりしま「じゃあそれまでは残しておくのね?」
サムライ「はい。あと、タイトルも変えたいと考えているんですが」
さざなみ「なににするんだ?」
サムライ「それが、決まってないんですよ。変えないことも十分ありえます」
陸奥「いつぐらいまでかかるんですか?」
サムライ「それはわかんないですけど、結構かかると思います。いいかげん新しいやつも書きたいので」
きりしま「あたらしいのって、八甲田丸の話?」
サムライ「はい。現在三話を書いてる途中なのですが、ちょっとだけ書いていた下書きをなくしたもので」
さざなみ「だけどそっちを書くからこっちが遅れるなんてことはねえよな?」
サムライ「えっと……それはその……、ぶっちゃけあっち書いてるほうが楽しいかなぁって……」
さざなみ「よしちょっと表出ろ。もがみ、行くぞ」
もがみ「待ってください。いろいろと準備しないと、朝まで遊べません。LSWMとかSWBMとか持っていきます」
サムライ「うそうそうそですから、やめてくださいよそんな物騒なもの。そんなことあるわけないじゃないですか。あ、あと詳しいことは活動報告に書くのでそちらをご覧ください」
さざなみ「まあがんばれよ。早めに終わることを願ってるぜ」
きりしま「そういえば作者、土曜日から修学旅行よね。どこに行くの?
サムライ「広島とか京都とか大阪です。大和ミュージアムにいけるので万歳です。ウラーです」
もがみ「黙れ」
陸奥「まあまあもがみさん落ち着いてください。大和ミュージアムってことは、私の主砲があるんですよね?」
さざなみ「正確にはお前のじゃないけどな。作者の一番好きな戦艦は『陸奥』だそうだ」
陸奥「作者さんホントですか!? ありがとうございます!」
サムライ「(今は一番好きなの扶桑だけど黙っておこう)陸奥ってかっこいいですよね。長門より陸奥のほうが好きです。青森県民ですから」
陸奥「わーい!」
さざなみ「つーかいいかげん締めろよ。じゃねえとシメるぞ」
陸奥「わっかりましたぁ。ではみなさん、消える運命にあるこの小説ですが、これからもよろしくお願いします」