表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/23

第20話:大地の守り人と新たな日常

古代のゴーレム、アルクスが私を主と認めてから、数日が過ぎた。 あの後、彼を地下の工房に置いたままにしておくわけにもいかず、私たちは彼を地上へと導いた。初めて見る太陽の光に、アルクスの青い瞳が嬉しそうに瞬いたのを、私は今でも鮮明に覚えている。


彼の存在は、当然ながら城の者たちに大きな衝撃を与えた。三メートルを超える石と金属の巨人が、私の後ろを赤子が母を追うように、静かについて歩く姿。それは、現実離れした光景だった。兵士たちは最初、剣の柄に手をかけて硬直していたし、メイドたちは悲鳴を上げて腰を抜かしそうになっていた。


しかし、アルクスが絶対的な忠誠を私に誓っており、何の害意も持たないこと。そして、彼が古代の守護者であることをカイ様が力強く説明すると、皆の恐怖はすぐに驚嘆と畏敬へと変わっていった。特に、城の子供たちはすぐにアルクスに懐き、その巨大な足元を遊び場にするようになった。アルクスもまた、子供たちを傷つけないよう、細心の注意を払ってゆっくりと動く。その姿は、まるで心優しい森の巨人のようで、城の日常に新たな温かい風景を加えた。


アルクスの覚醒は、私たちの領地復興計画にも、計り知れないほどの力を与えてくれた。 彼は、まさに「大地の守り人」の名にふさわしい能力を持っていたのだ。


「主よ、何なりと御命令を」 アルクスは、言葉を発することはないが、その思念は常にクリアに私の頭の中に響いてくる。 ある日、私たちは再び西の村を訪れていた。村人たちの努力によって畑は耕されていたが、問題は、畑の中に点在する、人の力では動かせない巨大な岩石だった。


私がその岩をどうしたものかと眺めていると、アルクスが私の前に進み出た。 「我が主、お許しいただければ、この岩を私が」 私が頷くと、アルクスは巨大な岩にその石の両腕をかけると、いとも容易く、赤子を持ち上げるかのように、ズシリと持ち上げてしまったのだ。そして、畑の隅にある森との境界線までゆっくりと運び、静かに置いた。その一連の動作には、無駄な力が一切入っておらず、まるで呼吸をするかのように自然だった。


村人たちは、その圧倒的な力と光景を前に、開いた口が塞がらないといった様子で立ち尽くしている。 「…公爵様、あれは…」 村長が、震える声でカイ様に尋ねる。 「見ての通りだ」とカイ様は誇らしげに答えた。「エリアナが目覚めさせた、我らが領地の新たな守護者だ」


アルクスの力は、それだけではなかった。 彼は、その巨大な両腕を大地に突き立てることで、固くなった土壌を深く、そして柔らかく耕すことができた。人間の何十倍もの速さと力で、広大な畑があっという間に作付けに最適な状態へと変わっていく。 さらに、彼は体内に蓄えた魔力を使い、井戸のない土地に新たな水脈を探し当て、掘り当てることさえできたのだ。


私の【原状-回復】の力で大地と水の生命力を蘇らせ、アルクスの物理的な力で土地を整備し、カイ様が領主としての知恵で民を導く。 私たちの三位一体の協力体制は、アークライト領の復興を、誰もが予想しえなかった驚異的なスピードで加速させていった。


そんな日々の中で、私とカイ様の関係も、より深く、そして親密なものへと変わっていった。 私たちは、領主とそのパートナーとしてだけでなく、一人の男性と一人の女性として、互いを強く意識するようになっていた。


その日の夕暮れ、私たちは仕事を終え、城へと続く丘の上で馬を並べていた。眼下には、夕日に照らされて黄金色に輝く、生まれ変わった畑が広がっている。その光景を眺めながら、カイ様がぽつりと言った。


「…夢のようだ」 彼の声には、深い実感がこもっていた。 「ほんの数ヶ月前まで、この土地は死んでいた。俺も、生きる屍も同然だった。それが今、こうしてお前と並んで、未来を見ている」


彼は馬から降りると、私の方へと手を差し伸べた。 「エリアナ」 その真剣な眼差しに、私は吸い込まれるように彼の手を取った。彼に導かれるままに馬から降りると、彼は私の手を離さずに、しっかりと握りしめたまま、私に向き直った。


「お前がここへ来て、俺の世界は変わった。色を取り戻し、温もりを知り、希望という言葉の意味を、初めて知った」 彼の大きな手が、私の頬にそっと触れる。その指先は少し不器用で、でも、とても優しかった。 「俺は、お前を…」


彼が何かを言いかけた、その時だった。 遠く、南の空の方角で、一筋の光が尾を引いて昇っていくのが見えた。それは、狼煙のような煙ではなく、魔力を帯びた光の柱。王都の方角からだった。


「…あれは…」 カイ様の表情が、一瞬で領主のものへと切り替わる。 「王家が、緊急時に同盟国へ助けを求める際に使う、最高位の通信魔法だ。一体、何が…」


彼の言葉には、不吉な予感が滲んでいた。 私を追放した、あの国。私が捨てた、過去の世界。そこで、何かただならぬことが起きている。その事実は、穏やかだった私の心に、小さな波紋を広げた。


リリアンナは、アルフォンス殿下は、そして、私を見捨てた両親は、今どうしているのだろう。 もう私には関係のないことだ。そう言い聞かせようとしても、心のどこかで、小さな棘がちくりと痛んだ。


カイ様は、私の不安を見抜いたように、握っていた手に、そっと力を込めた。 「…心配か」 「…いいえ」 私は首を横に振った。 「私の居場所は、もうここだけですから。ただ…少し、気になっただけです」


私の答えに、彼は何も言わず、ただ静かに、南の空を見つめていた。その横顔は、アークライトの領主として、隣国で起きている異変を冷静に分析しようとしているようだった。


やがて、彼は私に向き直ると、先ほどの空気を断ち切るように、穏やかに微笑んだ。 「…すまない、話の途中だったな」 彼はそう言うと、私の手を両手で包み込むように、優しく握りしめた。 「エリアナ。俺は、お前を愛している。俺の、唯一の光だ。どうか、俺の妻として、これからの人生を、隣で歩んではくれないだろうか」


それは、あまりにも真っ直ぐで、誠実な告白だった。 夕日が、彼の銀色の髪を金色に染めている。その青い瞳には、私への深い愛情が、隠しようもなく溢れていた。


涙が、私の頬を静かに伝った。 それは、悲しみの涙ではない。追放された日の絶望を、完全に溶かし去る、温かくて、幸せな涙だった。


私は、涙で濡れた顔のまま、人生で一番の笑顔で、頷いた。 「…はい、カイ様。喜んで…!」


私の返事を聞いて、彼は心からの安堵の表情を浮かべると、私の体をその力強い腕で、優しく、しかし決して離さないというように、強く抱きしめてくれた。


彼の胸の中で、私は彼の心臓の音を聞いていた。それは、蘇ったこの大地が刻む、力強い脈動と、全く同じリズムで響いていた。 私たちは、ようやく一つになれたのだ。


しかし、この時の私たちはまだ、知らなかった。 南の空に上がったあの光が、私たちのささやかな幸せを脅かす、新たな嵐の始まりを告げるものであったということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ