第16話:パートナーの誓いと芽吹きの計画
領民たちの前でカイ様が私を「パートナー」だと宣言した翌朝、城はこれまでとは比べ物にならないほどの活気に満ち溢れていた。使用人たちは皆、目的を持ってきびきびと働き、その顔には疲弊の色ではなく、未来を自分たちの手で作り上げるのだという力強い光が宿っている。廊下ですれ違う誰もが、私に親しみを込めた笑顔で挨拶をしてくれた。
「おはようございます、エリアナ様!」 「今日も良い天気ですな!」
私も笑顔で応えながら、食堂へと向かった。そこには既にカイ様が座っており、広げた地図を眺めながら朝食をとっていた。彼の表情は、領主としての真剣なものだったが、私の姿を認めると、ふっと表情を和らげた。
「おはよう、エリアナ。昨日はよく眠れたか」 「はい、カイ様も。…地図を、見ておられたのですね」
私が彼の向かいの席に着くと、彼は地図から顔を上げた。その地図には、領内の村や川、街道などが細かく描き込まれており、何か所かに赤い印がつけられている。
「ああ。大地と水は蘇り始めた。だが、奇跡だけでは民の腹は満たされん。これから春に向けて、具体的な計画を立てねばならん」 彼の言葉は、浮ついた希望的観測ではなく、領主としての地に足のついた責任感に満ちていた。 「まずは、春の作付けだ。幸い、数年前に凶作を見越して備蓄しておいた種籾が、城の倉庫に眠っている。だが、古い種だ。発芽するかどうか…」 「それでしたら、私にお任せください」
私は、彼の言葉に迷いなく答えた。 「私の力は、物だけでなく、生命が持つ本来の力を呼び覚ますこともできます。古い種籾でも、きっと元気な芽を出してくれるはずです」 私の言葉に、カイ様は驚いたように目を見開いた後、すぐに力強い笑みを浮かべた。 「そうか…そうだな。お前がいれば、不可能はないと思えてくる」
彼のその信頼が、私の胸を温かくする。 「問題は、農地そのものだ」と彼は続けた。「呪いは解けても、長年放置された畑は石ころだらけで、固く痩せている。全てを耕し直すには、人手も時間も足りない。それに、農具もほとんどが壊れたままだ」 「壊れた農具なら、私が【修復】します。いくつでも」 「土を蘇らせるのも、私の力で」
私たちは、まるで一つのパズルを完成させていくかのように、次々と課題と解決策を出し合っていった。彼が領主として現実的な問題を提示し、私が【原状回復】という奇跡の力でそれを解決する。役割は違えど、目指す場所は同じ。私たちは、まさしく「パートナー」だった。
「…すごいな、お前は」 一通りの計画を立て終えた時、カイ様は心からの感嘆を込めて呟いた。 「俺が十年かけても解決できなかった問題が、お前と話しているだけで、こうもあっさりと道筋が見えてくるとは」 「いいえ、カイ様がずっと、諦めずにこの土地と民を守ろうとしてこられたからこそです。私にできるのは、ほんの少し、お手伝いをするだけです」
私の謙遜に、彼は少しだけむず痒そうな、照れたような顔をした。 「…ともかくだ。計画は決まった。早速、今日から取り掛かろう。まずは、城に一番近い西の村だ。あそこの畑を、モデルケースとして完全に蘇らせる」
朝食を終えた私たちは、早速行動を開始した。 カイ様は兵士や使用人たちに指示を出し、城の倉庫から古い農具を運び出させた。埃をかぶった鋤や鍬は、柄が折れていたり、刃がこぼれていたりと、どれも使い物にならない状態だった。
私は、その農具の山を前に、一つ一つにそっと手を触れていった。指先から温かい光が放たれるたびに、折れた柄は元通りに繋がり、欠けた刃は鋭さを取り戻し、錆びついていた金属は輝きを取り戻していく。その光景を目の当たりにした屈強な兵士たちが、「おお…」と子供のような声を上げるのが、少しだけ面白かった。
完璧に修復された農具を馬車に積み込み、私たちは西の村へと向かった。 村に着くと、村長を始めとする村人たちが、緊張と期待の入り混じった顔で私たちを出迎えた。彼らは、城で起きた奇跡の噂は耳にしていても、まだ半信半半疑といった様子だった。
カイ様は馬から降りると、村人たちに向かって力強く言った。 「皆、待たせたな!今日、この日から、アークライトの復活を始める!」
私たちは、村で最も広く、そして最も荒れ果てた畑へと案内された。 そこは、カイ様が言っていた通り、ひび割れた大地に石が転がり、枯れ草がこびりついただけの、死んだ土地だった。
村人たちが、固唾を飲んで見守る中、私は畑の中央へと進み出た。そして、あの中庭でしたのと同じように、膝をつき、乾いた大地に両手を重ねた。
目を閉じ、大地に意識を集中させる。 この土が、かつて豊かな恵みをもたらしていた頃の記憶を辿る。ふかふかと柔らかく、生命を育む力に満ちていた、本来の姿を。
私の手から放たれた光が、波紋のように大地へと広がっていく。 すると、目の前の光景が、まるで早送りで見ているかのように変化し始めた。 ひび割れていた地面の亀裂が塞がり、石ころが土の中へと沈んでいく。死んだような灰色の土が、豊かな水分と養分を含んだ、生命力あふれる黒土へとみるみるうちに変わっていく。
「…土が…生き返っていく…」 村人の一人が、震える声で呟いた。その声は、広大な畑に響き渡るほど、周囲は静まり返っていた。誰もが、目の前で起きている奇跡に、言葉を失っていた。
畑全体の土壌を蘇らせた後、私は立ち上がった。 カイ様が、合図を送る。兵士たちが、修復したばかりの農具を村人たちに手渡した。
「さあ、皆の者!聖女様の奇跡に続けるのは、我々の汗だ!土を耕し、春を迎え入れる準備をしろ!」
カイ様の檄に、村人たちははっと我に返った。そして、次の瞬間、雄叫びのような歓声を上げると、手に取った新品同様の農具を手に、一斉に畑へと駆け出した。
ザクッ、ザクッ、と。 何年ぶりかに、アークライトの地に、鋤や鍬が打ち込まれる音が響き渡った。村人たちの顔には、もう迷いや疑いの色はない。その額には汗が光り、その瞳は、自分たちの手で未来を掴み取ろうとする、力強い喜びに満ちていた。
私は、その光景を、カイ様の隣で静かに見つめていた。 私の力は、あくまできっかけに過ぎない。本当にこの土地を蘇らせるのは、彼のリーダーシップと、それに応える民の力なのだ。
「…すごいな」 今度は、私がそう呟いていた。 「カイ様も、皆さんも、とても力強くて…輝いて見えます」
私の言葉に、カイ様は少しだけ驚いたように私を見つめ、そして、穏やかに微笑んだ。 「それは、お前が希望をくれたからだ、エリアナ」
彼はそう言うと、ごく自然に、私の頭にその大きな手をぽん、と置いた。その不器用な優しさに、私の心臓がまた、とくんと音を立てた。
夕暮れ時、私たちは一日の作業を終え、城への帰路についていた。 村人たちは、何度も私たちに頭を下げ、涙ながらに見送ってくれた。生まれ変わった黒土の畑は、夕日に照らされ、豊かな未来を約束するように輝いていた。
馬を並べてゆっくりと進む道すがら、カイ様がぽつりと言った。 「お前がここへ来てくれて、本当に良かった」
それは、以前にも聞いた言葉だった。しかし、今日聞くその言葉は、また少し違う重みと温かさを持って、私の心に響いた。
私は、彼の隣にいられることが、彼のパートナーとして共に未来を作っていけることが、心から嬉しいと思った。 この場所が、私の本当の居場所なのだと、魂が告げていた。




