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電脳聖女 ジャンヌ・ローゼ  作者: 月織


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6/8

第6話:沈黙の歌姫!ジャンヌローゼ、声が届かない夜

月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。


ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。

すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。

ヴァーチャル空間の夜空は、いつもなら無数の光の粒子が瞬き、賑やかなネオンが彩るはずなのに、今夜は、まるで重い鉛色のカーテンで覆われたかのように、深々と沈み込んでいた。街の喧騒は、どこか遠く、霞がかったように聞こえ、人々の顔には、わずかな不安の色が浮かんでいる。


「ピュール、今日のヴァーチャル空間の活気指数は?」


私は、自室の窓から外の景色を眺めながら、ピュールに尋ねた。窓に映る私の顔は、いつものローゼとしての笑顔ではなく、どこか緊張に満ちている。


「現在、活気指数は平常時と比較して約30%低下。特に、公共エリアでのコミュニケーション活動が著しく減少しています。これは、ヴォイド・ネメシスによる新たな精神干渉の兆候と判断されます」


ピュールの報告に、私の心臓がドクンと嫌な音を立てる。スターライト・コネクションでの成功。友情のメロディーを届け、多くの人々の笑顔を見ることができた。その高揚感と安心感が、たった数日で、またも不穏な影に覆われようとしている。


「また、エコー・ミゼリアなのかな……?」


前回、ローズブレードを使った必殺技「ローゼ・シンフォニー」で、彼女の「沈黙」の力を打ち破ったはずだ。だが、あの時のエコー・ミゼリアは、まだ力を温存していたのかもしれない。


「可能性は高いです。前回の個体は、あくまで試作型、あるいは斥候と推測されます。今回の反応は、より強力な個体、あるいは、より広範囲かつ持続的な干渉能力を持つ上位種の出現を示唆しています」


ピュールの言葉は、私の心を深く沈ませた。より強力な「沈黙」。もし、完全に私の歌声が封じられてしまったら……?


その不安は、すぐに現実のものとなった。


数時間後。ヴァーチャル空間の主要都市である「ホープタウン」の中心部に、異変が発生したという緊急通知がピュールから届いた。


「ほのか! 緊急事態です! ホープタウン中心部が、完全に『絶対静寂』の結界に覆われました! 空間内のあらゆる音波が完全に消滅。人々の精神活動も急速に低下しています!」


「絶対静寂」……!


私は、すぐさま変身を決意した。


「正義と希望”の結晶!」


眩い光が私を包み込む。甘美な痺れと、内側から燃え上がるような力が全身を駆け巡る。


「電脳聖女!」


光の粒子が弾け飛び、純白の聖衣が私の身体を包み込む。黄金の髪、翠の瞳。私は今、ジャンヌ・ローゼとして、ホープタウンへと急行する。


「ジャンヌ・ローゼ!!」


ホープタウンの中心部に降り立った瞬間、私の身体は、重く冷たい鉛の塊にでもなったかのような衝撃を受けた。音がない。どころか、空間全体が、まるで真っ黒な壁に囲まれたかのように、私の五感を鈍らせる。人々の声、街の喧騒、風の音、あらゆる情報が、そこには存在しない。前回体験した「沈黙」とは、次元の異なる、完璧な「絶対静寂」。


広場にいる人々は、まるで石像のように立ち尽くしていた。顔には表情がなく、瞳は虚ろ。彼らの口は、何の声も発せず、ただゆっくりと閉じられている。希望だけでなく、感情そのものが完全に停止しているようだった。


そして、広場の中央には、以前よりも遥かに巨大で、より禍々しいノイズの塊が脈動していた。それは、まるで漆黒の嵐を凝縮したかのような異形。全身から発せられる「沈黙」の圧力が、私の聖なる鎧をも押し潰そうとする。


「愚かな光よ。また現れたか」


脳内に直接響く声。それは、前回の個体よりも遥かに深く、冷徹な響きを持っていた。


「私はエコー・ミゼリア。この世界の『音』を消し去る者。お前の歌声は、もはや届かぬ。お前の存在意義も、この『絶対静寂』の前では、無に帰す」


エコー・ミゼリアの言葉は、私の心臓を直接掴むかのように、激しく締め付けた。存在意義が、無に帰す。その言葉は、私の心の奥底に、深い絶望の影を落とす。


「そんなこと、させない! みんなの希望を、声を取り戻す!」


私は、両の掌を前へと突き出し、必殺技「ローゼ・シンフォニー」を放とうとした。ローズブレードが、私の心と共鳴するように、淡い光を放ち始める。しかし、その光は、絶対静寂の圧力によって、すぐに鈍り、消え失せていく。


「何……!?」


「ほのか! 危険です! 『絶対静寂』の力は、あなたの精神エネルギーによる干渉をも完全に遮断しています! ローズブレードは起動できません!」


ピュールの警告が、脳内で激しく点滅する。起動できない。ローズブレードが、私の心の歌に応えてくれない……?


絶望が、私の全身を支配する。歌声も、必殺技も、全てが封じられた。私の最大の武器が、全く通用しない。


「ぐっ……」


エコー・ミゼリアは、私の苦しむ姿を冷徹に見つめ、その不定形な身体から、黒い粒子を放ち始めた。それは、目に見えない、しかし強烈な精神的な重圧。人々の精神をさらに深く、深い闇へと引きずり込もうとする。


「無駄だ。お前の光は、我らの前では、か細いロウソクの炎にも劣る。お前が持つ『希望』など、この『絶対静寂』の中では、存在すら許されない」


エコー・ミゼリアの言葉が、私の心の奥底に、直接、響き渡る。


『お前は、一人だ』

『無力な存在だ』

『お前の歌声は、誰にも届かない』

『誰も、お前を助けには来ない』


心の弱い部分を、容赦なく抉り取るような幻聴。それは、私自身の心の奥底に潜んでいた、根源的な孤独感と恐怖を、増幅させる。


「ち、違う……!」


私は必死に頭を振る。けれど、幻聴は止まらない。エコー・ミゼリアの放つ黒い粒子が、私の聖衣の輝きを、少しずつ蝕んでいく。胸元のクリスタルが、警鐘を通り越して、まるで死を告げるかのように、弱々しく点滅し始めた。


「私……歌えない……ローズブレードも……」


膝から力が抜け、私はその場に片膝をついた。目の前には、表情を失い、完全に感情を停止させた人々。彼らの瞳は、もう私を映していない。希望を失い、無感情になっていく彼らの姿が、私の心を深く、深く突き刺す。


私が、みんなの希望を守れない……?


ローゼとして、みんなに笑顔を届けたいと願っていた。ジャンヌ・ローゼとして、みんなの心の光を守りたいと願っていた。なのに、今、私の歌声は届かない。私の力は、全く通用しない。


「私、は……」


自身の存在意義が、崩れ去っていくかのような感覚。私は、何のために戦っているのだろう。何のために、この力を持ったのだろう。


「私には……何ができるの……?」


私の心は、深淵を覗き込んでいた。冷たい、暗い、底の見えない絶望の淵。そこに落ちてしまえば、二度と浮上できないような、そんな恐怖。


「ほのか! このままでは、あなたの精神コアも『絶対静寂』によって侵食されます! 最悪の場合、ジャンヌ・ローゼとしての機能が停止するだけでなく、暁ほのかとしての自我も失われる可能性があります!」


ピュールの声が、かつてないほど切迫している。その声も、ノイズによって途切れ途切れに聞こえた。


しかし、私の耳には、ピュールの警告すら、遠く霞んで聞こえていた。目の前には、無表情な人々の群れ。そして、冷徹なエコー・ミゼリア。


「私、は……無力……」


私の手から、ローズブレードが力なく滑り落ちた。光を失った剣は、ヴァーチャル空間の地面に、カラン、と音もなく転がった。


ジャンヌ・ローゼの聖衣の輝きが、さらに鈍っていく。

このままでは、私は、私の「歌」を、そして「私自身」を失ってしまう。


深まる絶望の中で、私の意識は、薄れていく。

この「絶対静寂」の夜は、私の全てを飲み込もうとしていた。

声が、届かない。

希望が、見えない。

私は、本当に、一人なのか……?

私の存在意義は、この闇の中に、消えてしまうのだろうか。

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