第5話:友情のメロディー、絆はここに!
月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。
ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。
すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。
全身を駆け巡った必殺技の残滓が、まだ細胞の奥底で微かに疼いていた。ローズブレードから放たれた光のシンフォニー。それは、ヴァーチャル空間の「沈黙」を打ち破り、人々に再び声と希望を取り戻した、私、ジャンヌ・ローゼの初めての輝き。あの時の高揚感と、言いようのない充足感は、まるで甘い蜜のように心を満たし、同時に激しい疲労となって身体を重くした。
「ふぅ……」
自室のベッドに仰向けになり、私は大きく息を吐き出した。夜空の星々のように、天井に投影されたヴァーチャル空間の光が瞬く。あれから数日が経ち、身体の疲労はかなり回復したものの、心の奥底には、戦いの記憶が鮮明に残っていた。
「ほのか、身体の回復状況は良好。精神状態も安定していますね」
ピュールが、私の胸元でふわりと浮遊しながら、小さな手で私の額に触れる。そのデジタルな温度が、ひんやりと心地よい。
*「しかし、前回の戦闘でローズブレードの力を引き出したことにより、あなたの精神エネルギーの消耗が想定以上でした。今後は、定期的なメンテナンスと、より効率的なエネルギーチャージが必要となるでしょう」*
ピュールの言葉は、いつもながら理路整然としている。でも、その奥に、私のことを心配してくれる気持ちが、ほんの少しだけ滲んでいるような気がした。
「うん、分かってるよ、ピュール。それにしても、まさかローズブレードがあんなにすごい力を持ってたなんて……」
私は、腰のベルトに収められたローズブレードにそっと触れる。それは今、ただの美しい装飾品のようだ。しかし、いざという時には、私の「心の歌」を具現化する、頼もしい相棒になる。
*「あなたの歌声は、そのものです。あなたの心そのものが、ヴァーチャル空間に作用する唯一無二のエネルギーなのです」*
ピュールの言葉に、私の胸は温かくなった。歌声。ヴァーチャルアイドル「ローゼ」として、私がずっと大切にしてきたもの。それが、ジャンヌ・ローゼとしての力と直結している。この事実は、私に大きな自信を与えてくれた。
そして、その自信は、次の日からの「ローゼ」としての活動にも、確かな影響を与え始めていた。
「ローゼちゃん、このダンスのパッション、最高だよ!」
「うん! なんか、最近ローゼちゃん、目力が違うっていうか、すごく自信に満ち溢れてるよね!」
事務所のレッスンスタジオで、私は新しい楽曲の振り付けを練習していた。インストラクターや他のアイドルたちからの称賛の声が、私の耳に心地よく響く。
今回、私が参加するのは、事務所主催の大型ヴァーチャルイベント「スターライト・コネクション」。複数の人気ヴァーチャルアイドルが参加する合同ライブだ。私は、ソロ曲の他に、同僚アイドルたちとのコラボユニットにも参加することになっていた。
「ローゼ、今日のキレ、本当にすごいわね。正直、ちょっと嫉妬しちゃう」
そう声をかけてきたのは、同じ事務所のトップアイドルの一人、「ルナ・セレスティア」。月の女神をモチーフにした、クールでミステリアスな魅力を持つアイドルだ。彼女はいつも私の一歩先を歩む、憧れであり、良きライバル。そのルナが、珍しく私にそんな言葉を投げかけてくれた。
「ルナちゃんこそ! いつも完璧なパフォーマンスで、本当に尊敬してます!」
私が素直な気持ちを伝えると、ルナは少しだけ口元を緩めた。
「完璧、ね。でも、最近のあなたは、完璧さだけじゃない、もっと熱いものを感じるわ。まるで、ヴァーチャル空間の奥底から、魂を燃やしているような……」
ルナの言葉に、私は思わずドキリとした。彼女は、何かを感じ取っているのだろうか? 私の心の奥底にある、もう一つの顔を。
*「現在のルナ・セレスティアの精神活動データには、ほのかに対するポジティブな感情、及び尊敬の念が強く現れています。秘密の露呈には繋がりません」*
ピュールが脳内通信で教えてくれた。よかった……と胸を撫で下ろす。ルナの鋭い観察眼に、少しヒヤリとしたけれど、彼女もまた、私の大切な「仲間」の一人だ。
イベントの打ち合わせでは、コラボユニットのメンバーが集まった。ルナの他に、元気いっぱいの太陽系アイドル「ソラ・ヒカリ」、そして、キュートな妖精系アイドル「フェアリー・メロディ」。個性豊かな三人と私、計四人でのユニットだ。
「今回のテーマは『友情のメロディー』だから、みんなで歌って踊るのが本当に楽しみ!」
ソラが、満面の笑顔で言う。
「そうね。バラバラの個性を持つ私たちだからこそ、最高のハーモニーを奏でたいわ」
ルナが、クールな表情の中に熱い想いを滲ませる。
「みんなと一緒に歌えるのが、とっても嬉しいな!」
フェアリー・メロディが、ふわりと舞いながら、無邪気な笑顔を見せる。
彼女たちの言葉を聞きながら、私の胸には温かい光が灯った。ヴァーチャルアイドルとして、同じ夢を追いかける仲間たち。彼女たちと共に歌い、踊ること。それ自体が、私にとっての「希望」だ。
「うん! 私も、みんなと一緒に最高のステージにしたい!」
私も、心からの笑顔で応えた。
レッスンを終え、寮へと帰る途中、私は友人のユリから誘われていたカフェへと足を向けた。現実世界の友人との交流は、私にとって大切な「日常」を取り戻す時間だ。
「ほのかー! こっちこっち!」
カフェの窓際で、ユリが大きく手を振っていた。その笑顔を見るだけで、私の心はホッと安らぐ。
「ユリ! ごめん、遅くなっちゃった」
席に着くと、ユリは温かいココアを差し出してくれた。
「大丈夫だよ! ローゼちゃん、忙しいもんね。来週のスターライト・コネクション、私も友達とチケット取ったんだからね! ほのかも見るんでしょ?」
ユリの言葉に、私はまたドキリとする。私は出る側だなんて、口が裂けても言えない。
「え、えー!? そうなんだ! 私も、見れたらいいなぁ~! なかなか忙しくて!」
とっさにしどろもどろになってしまう私。ピュールが、脳内で「危機管理能力、著しく低下しています。より自然な演技を心がけてください」と厳しい評価を下してきた。
ユリは、私のぎこちなさに気づかず、目を輝かせながら語る。
「ローゼちゃんが、ルナちゃんとソラちゃんとフェアリーちゃんとコラボするなんて、もう最高! 絶対すごいライブになるよ! 私、ローゼちゃんの歌、本当に大好きだから。いつも元気もらうんだ」
ユリの純粋な言葉が、私の心の奥底に染み渡る。友達が、私の「ローゼ」としての歌を、心から応援してくれている。この温かい絆が、私が秘密を抱えながらも、日々を頑張れる理由だ。
「ありがとう、ユリ。……私も、みんなの応援があるから、頑張れるんだよ」
本心からの言葉が、自然と口から溢れた。その言葉に、嘘偽りは一切ない。ジャンヌ・ローゼとしての戦いも、ローゼとしての活動も、全てはみんなの「希望」を守るため。そして、私自身の希望は、この温かい日常の中にこそあるのだから。
カフェを出て、夜風に吹かれながら歩く。ユリとの時間は、私の心の負荷を癒やしてくれる。しかし、心の奥底では、もう一つの声が響いていた。
*「ほのか、スターライト・コネクションの開催は、ヴォイド・ネメシスにとって、人々の感情が最も高揚する絶好の機会となる可能性があります」*
ピュールの言葉に、私は足を止める。
「……そうだよね。みんなの希望が、最高に輝く場所だからこそ、狙われる可能性もある」
平和な日常の中にも、いつでも戦いは忍び寄っている。
イベント前夜。私は自室で、コラボユニットの歌詞を読み返していた。
「♪どんな困難も 乗り越えられるさ 君と僕の絆があれば 恐れるものなんてないさ そう、この歌声が繋ぐメロディー♪」
「仲間を信じる心」。この歌詞が、今の私に、深く重く響く。
ジャンヌ・ローゼとして、私は一人で戦っている。誰にも秘密を明かせない、孤独な戦い。しかし、本当に一人なのだろうか? ピュールはいつも傍にいてくれる。そして、ヴァーチャル世界には、ルナやソラ、フェアリーといった、同じ夢を追いかける仲間がいる。現実世界には、ユリのような、心を許せる友がいる。
私が守りたいのは、彼らとの、この温かい日常と、そこに満ち溢れる「希望」だ。
「私には、みんながいる。だから、一人じゃない」
私は、静かに、しかし力強く、そう心の中で呟いた。
そして迎えた、スターライト・コネクション当日。
ヴァーチャル空間に設けられた特設ステージは、無数の光で彩られ、ファンの熱狂が空間を震わせていた。私のソロステージも無事に終わり、いよいよコラボユニットの出番だ。
「みんな、準備はいい?」
ルナの問いかけに、ソラとフェアリー・メロディ、そして私も、強く頷いた。
ステージに上がると、無数のペンライトの光が、まるで星の海のように広がっていた。その一つ一つの光の中に、ユリたちの笑顔が見えるような気がした。
イントロが流れ出す。「友情のメロディー」。
私は、他の三人を見つめ、笑顔で頷く。
「♪どんな困難も 乗り越えられるさ♪」
私の歌声が、ヴァーチャル空間に響き渡る。それは、ただの歌ではない。私の心の奥底に宿る、仲間を信じる気持ち、友情への感謝、そして、この世界への希望を込めた、魂の響き。
他の三人の歌声が、私の歌声に重なり、ハーモニーが生まれる。それぞれの個性が、まるでカラフルな光の粒子のように混じり合い、一つの大きな光の波となって、ファンへと届けられていく。
ステージの上で、私たちは手を取り合った。その温かい感触が、ヴァーチャル世界のものであるにも関わらず、まるで現実の絆のように、私の心を震わせる。
「私たちには、この絆がある!」
私は、心の中で叫んだ。
歌い終え、満場の拍手と歓声に包まれながら、私は深々と頭を下げた。ファンの笑顔が、私の目に焼き付く。彼らの瞳には、私の歌声が確かに届いた証の、温かい光が宿っていた。
イベントは大成功だった。ステージの熱気は冷めやらず、楽屋では、同僚アイドルたちと喜びを分かち合った。
「ローゼ、本当に素晴らしかったわ」
ルナが、私の肩をポンと叩いてくれた。その笑顔は、いつも以上に柔らかく、親しみを感じさせるものだった。
「みんながいたからだよ!」
私は、心からそう答えた。
その夜、自室に戻り、私はベッドに横たわった。今日のステージの余韻が、心地よい疲労感となって全身を包む。
「今日のパフォーマンスは、あなたの精神エネルギーを大きく向上させました。これは、ポジティブな感情の共鳴によるものと推測されます。あなたの『絆』が、ジャンヌ・ローゼとしての力をも増幅させる可能性を示唆しています」
ピュールの言葉に、私はそっと目を閉じる。
「絆、か……」
私には、守りたい日常がある。そして、その日常を彩る、たくさんの大切な人たちがいる。彼らとの絆は、私の心のメロディーであり、ジャンヌ・ローゼとしての揺るぎない力なのだ。
この平和な日常が、いつまた闇に脅かされるかは分からない。
でも、もう、私は一人じゃない。
みんなとの友情のメロディーを胸に、私は、いつでも戦う準備ができている。
明日も、明後日も、私は歌う。
そして、この世界に、正義と希望を灯すために。
それが、私、ジャンヌ・ローゼの、新たな決意なのだから。




