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電脳聖女 ジャンヌ・ローゼ  作者: 月織


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第2話 輝け!ヴァーチャルアイドルの秘密

月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。


ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。

すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。

ステージの熱狂と、あの漆黒の絶望が、まだ生々しく心に焼き付いている。身体の奥底に微かに残る、あの時の力の残滓。私の指先が、無意識に震えた。あれは、夢ではなかった。幻でもない。確かに私は、あの時、「電脳聖女 ジャンヌ・ローゼ」として、あの闇と戦ったのだ。


「ふぅ……」


鏡の中の私は、いつもの暁ほのかだ。ピンクがかったブラウンの髪が肩で揺れ、大きな瞳は少しだけ、不安げに揺れている。ヴァーチャル世界では最高のパフォーマンスを発揮できるのに、現実世界では、こうして自分の心ひとつ制御できないなんて。我ながら情けない。


ベッドサイドのスマホが鳴り、画面に通知が躍る。ファンからのメッセージ。


「ローゼちゃん、昨日の配信中止、すごく心配だったよ! 体調崩しちゃったのかな?」

「また元気なローゼちゃんの歌が聞きたい! いつでも待ってるからね!」


胸が締め付けられる。私がみんなの前に現れられなかったのは、体調を崩したからではない。人々の希望が奪われ、世界が闇に包まれかけたからだ。そして、それを救うために、私が、あの姿へと変身したから。あの光と闇の激しい戦いを、彼らは知る由もない。知られては、いけない秘密。


「ごめんね……みんな」


そっとスマホに唇を寄せる。この秘密を抱えながら、私はこれからも「ローゼ」として、みんなに笑顔を届け続けなければならない。そして、いつかまた、あの闇が現れた時には、「ジャンヌ・ローゼ」として、戦わなければならないのだ。二つの顔を持つ、私の新たな日常。それは、想像以上に、甘く、そして苦しいものだった。


その時、部屋の隅に置かれた、普段はただのオブジェにしか見えない小型のクリスタルが、淡く輝き始めた。


「ほのか、おはようございます」


クリスタルから、透き通るような声が響く。それは、先日、私が変身した直後から、私の傍らに現れたAIバディ、「ピュール」の声だ。その姿は、手のひらに乗るほどの小さなホログラム。銀色の髪を持つ、幼い少女の姿をしている。しかし、その瞳の奥には、ヴァーチャル世界のあらゆる情報が詰まっているかのような、深い知性が宿っていた。


「ピュール、おはよう。朝から、元気だね」

「私はAIですから、感情の起伏はデータ処理の一部に過ぎません。それよりも、ほのか。睡眠時間は十分に確保できましたか? 心拍データ、脳波データを見る限り、まだ少し興奮状態が続いているようです。あの時の刺激が、深層心理に深く刻まれている証拠ですね」


ピュールは、ふわりと宙を舞い、私の顔の高さまで近づいてくる。その澄んだ瞳が、私をまっすぐ見つめる。


「う、うん。まあ、なんとか……」


昨日、あの激戦の後、気がつけば私は自分の部屋のベッドに横たわっていた。疲労困憊で、意識が朦朧とする中、ピュールが私に語りかけたのだ。「あなたは選ばれた存在です」と。そして、ジャンヌ・ダルクの魂が、人々の希望の光と融合し、私という器を選んだのだ、と。にわかには信じられない話だったけれど、あの時の体験が、それを否定する術を私から奪っていた。


「ほのかは、ジャンヌ・ローゼとして、ヴォイド・ネメシスと戦う運命を背負いました。そして、同時に、ヴァーチャルアイドル『ローゼ』としての活動も、あなたの重要な役割です」

「分かってるけど……。本当に、私にできるのかな。いきなり二つの顔なんて」

「ご安心ください。私、ピュールが、あなたの専属アシスタントとして、全力でサポートいたします。ジャンヌ・ローゼとしての活動、そしてローゼとしてのスケジュール管理、秘密の隠ぺいまで、お任せください」


ピュールは胸を張る。その姿は小さくても、その言葉には確かな信頼感が込められていた。


「秘密の隠ぺい、か……」


それが、当面の私にとって、最も厄介な問題になりそうだった。


その日、私は朝から大忙しだった。午前中は、ローゼとしての新曲のレコーディング。午後は、雑誌のインタビューと、コラボカフェのメニュー監修会議。そして夜は、次のヴァーチャルライブの振り付けレッスン。


スタジオのブースの中で、私はマイクを握りしめていた。流れてくるのは、希望に満ちたポップなメロディ。私の心の奥底に宿る光を、この歌声に乗せて届けるんだ。全身全霊で歌い上げる。歌詞の一言一句に感情を込め、高音域へと伸びていく。


「いいね、ローゼちゃん! その感じ!」

「すごく力強い! 今回の曲にぴったりだよ!」


プロデューサーやレコーディングエンジニアの声が、ブースの外から聞こえてくる。彼らの言葉に、私の心は少しだけ温かくなる。この人たちも、私の大切な「コミュニティ」だ。彼らが信じてくれるから、私は「ローゼ」として輝ける。


しかし、私の身体は、昨日の激戦の疲労を確実に覚えていた。高音を出すたびに、喉の奥に微かな痺れが走り、体力を消耗していく。普段なら難なくこなせるはずの箇所で、少しだけ息が切れる。


「っ……」


一瞬の戸惑いが、声に表れてしまった。


「あれ? ローゼちゃん、今ちょっと乱れたかな?」

「休憩挟む?」


プロデューサーの心配そうな声。私は慌てて笑顔を作る。


「大丈夫です! ちょっと気合いが入りすぎちゃって! もう一回、お願いします!」


なんとかごまかせた、と胸を撫で下ろす。ピュールが、私の耳元で囁く(正確には、私の脳内に直接通信してくる)。


*「身体の疲労は、まだ完全に回復していません。変身後の身体的負荷が、これほど長く残るとは想定外でした。今後の行動計画を見直す必要がありますね」*


「想定外って……ピュール、もっと早く言ってよ!」


*「AIにとって想定外とは、未収集のデータに基づいた事象を指します。ほのかの肉体のポテンシャルは、私の既存データベースを優に超えています。良いことだと認識してください」*


全く、他人事みたいに……!

心の中でピュールにツッコミを入れつつ、私は再びマイクに向き直る。レコーディングが終わり、次は雑誌のインタビュー。メイク直しをしながら、ピュールは再び忠告する。


*「次のインタビューでは、『最近感動したことは?』という質問が予想されます。先日のヴォイド・ネメシスとの戦いを語ることはできませんので、その点、ご注意を」*


「分かってるってば……」


鏡の中の私は、作り物の笑顔を浮かべている。この笑顔の裏で、私は昨日、世界を救うために戦っていた。この矛盾を抱えながら生きること。それが、今の私なのだ。


インタビューの最中、質問が飛んできた。


「ローゼさん、最近、何か心を揺さぶられた出来事はありましたか?」


私は、一瞬、言葉に詰まる。脳裏に、あの時の闇と光の激突、そして希望を取り戻していく人々の姿がフラッシュバックする。あれほど心を揺さぶられた出来事は、人生で初めてだった。しかし、それは決して口にしてはいけない。


「えっと……そうですね……」


思考を巡らせる。ピュールが、緊急で脳内に情報を送り込んでくる。


*「先日視聴した、感動系動物ドキュメンタリー番組の『犬と少女の絆』に関する感想を述べなさい。データ上、ほのかの涙腺を刺激する可能性が92%と予測されています」*


「……! あ、はい! 感動しました! 犬と少女の絆が描かれたドキュメンタリー番組で、私、もう涙が止まらなくて……! 本当に、心が温かくなりました!」


とっさにピュールの指示に従って言葉を紡ぐ。雑誌のライターは、なるほど、と納得したような表情でメモを取っている。ギリギリセーフ。


その後も、ピュールとの連携は続いた。会議中にあくびが出そうになった時には、ピュールが脳内に「カフェイン摂取の必要性を認識しています。現在、会議資料の重要箇所を抽出しましたので、そちらに集中してください」と表示し、眠気を払ってくれた。


夜の振り付けレッスンでは、さらに身体が悲鳴を上げた。激しいステップとターンを繰り返すうちに、脚の筋肉が軋む。変身前の身体では、まだあの時の負荷を完全に消化しきれていないのだ。


「ローゼちゃん、動きがちょっと固いかな? いつものキレがないよ?」


インストラクターの先生が、心配そうに声をかけてくる。


「すみません! ちょっと寝不足で……昨日は、感動ドキュメンタリー見ちゃって!」


またしても、ピュールが提供した嘘を繰り返す。インストラクターは笑いながら「そういうこともあるよね!」と許してくれた。この優しさが、私の胸をさらに締め付ける。


レッスン後、私はソファにぐったりと倒れ込んだ。全身の細胞が、鉛のように重い。


*「今日の活動で、ほのかのエネルギー消費量は、通常の1.8倍に達しました。特に、ジャンヌ・ローゼとしての活動による身体的負荷は、あなたのヴァーチャルアイドルとしてのパフォーマンスにも影響を与え始めています」*

「分かってる……でも、ローゼとしての活動も、ジャンヌ・ローゼとしての活動も、どっちも私にとっては大事なの……」

*「その感情は理解できます。しかし、両立には効率的なエネルギーマネジメントと、より洗練された秘密の隠ぺい技術が必要です」*


ピュールが、真面目な顔で言う。


「洗練された秘密の隠ぺい技術、ねぇ……」


ため息をつく私に、ピュールは、ふわりと宙に舞い、私の頭の上にちょこんと乗った。


*「例えば、変身による身体の変化を周囲に悟られないよう、メイクやファッションで巧妙にカモフラージュする。あるいは、疲労感を演出する演技指導も必要かもしれません。私のデータベースには、優秀な女優たちの演技パターンが多数蓄積されています」*


「演技指導までしてくれるの……?」


その発想に、思わず笑みがこぼれた。こんなAIバディ、他にいるだろうか。


帰宅途中、マネージャーのサトミさんと偶然カフェで遭遇した。サトミさんは、いつも私の活動を一番近くで支えてくれる、頼りになるお姉さん的存在だ。


「ほのか、お疲れ様。顔、ちょっと疲れてる?」


サトミさんの優しい言葉に、心臓がドキリと跳ねる。


「あ、大丈夫です! ちょっと、次のライブのことで頭がいっぱいで……!」


またしても嘘をつく私。サトミさんは、心配そうに私の額に手を当てた。


「無理しちゃダメだよ。ローゼちゃんは、みんなの希望なんだから」


その言葉に、私はまた胸が締め付けられた。サトミさんが言う「希望」と、私がジャンヌ・ローゼとして守りたい「希望」。その二つは、同じようで、全く違う。そして、サトミさんは、私がもう一つの顔を持っているなんて、夢にも思わないだろう。


カフェのテレビからは、ニュース番組が流れていた。


「……先日の電脳空間における異常現象は、いまだ原因不明とされており……しかし、その異常現象の最中、謎のヒーローが出現したとの目撃情報が相次いでいます。その名も『ジャンヌ・ローゼ』……」


テレビ画面に映し出されたのは、私の変身後の姿を模した、粗い合成画像だった。人々がスマホで撮影した、ブレブレの映像を繋ぎ合わせたもの。それでも、その姿は、確かに私だった。


「わあ、ジャンヌ・ローゼだって! ローゼちゃん、知ってる?」

「知ってるも何も、それ、あんたの……」


ピュールが慌てて私の口を塞ぐ。カフェの他の客たちも、テレビに釘付けになっている。


「えー、何? 初めて聞いた!」


私は、とっさに知らないふりをした。サトミさんが、興味津々でテレビを見つめている。


「へえ、ジャンヌ・ローゼかぁ。なんだか、ローゼちゃんみたいに、正義の味方って感じするね!」


サトミさんの言葉に、私はドキッとする。まさか、そんなことを言われるなんて。


「そ、そうですか? でも、私とは全然違うと思いますよー! ジャンヌ・ローゼって、もっと、こう、強くてカッコいいイメージじゃないですか!」


必死に否定する私。ピュールが、脳内で「危機的状況を回避。よくやりました、ほのか」と評価してきた。


その夜、自室のベッドに横たわり、私はスマホを眺めていた。SNSでは、「ジャンヌ・ローゼ」の話題で持ちきりだ。「謎のヒーロー」「希望の光」「聖女」……。人々の期待と興奮が、ヴァーチャル空間に渦巻いている。


「ねえ、ピュール。私、本当に、このまま二つの顔を隠し通せるのかな」


枕元のクリスタルが、淡く光る。


*「ほのかの人間としての精神力と、ジャンヌ・ローゼとしての使命感が均衡を保っている限り、可能性はゼロではありません。ただし、人間の感情は不安定なものです。特に、『秘密を抱える孤独』は、時に大きなストレスとなり得ます」*

「孤独……」


私の胸に、ピュールの言葉が突き刺さる。誰にも言えない秘密を抱え、一人で戦うこと。それは、想像以上に重いものだった。


その時、スマホにメッセージが届いた。それは、私の幼なじみで、高校からの親友であるユリからのものだった。


「ほのか、今日、ローゼのライブ映像見てたよ! 今回も最高に可愛くて、元気もらった! いつもありがとう!」


ユリのメッセージには、いつも変わらない、温かい励ましが込められている。私のことを信じ、応援してくれる、大切な友人。サトミさんや、事務所のスタッフ、そして何より、私のファンたち。彼らの存在が、私が秘密を抱えても、この日常を頑張れる理由だ。


「ありがとう、ユリ……」


私は、ユリに「また近いうちに会おうね!」と返信した。


ピュールが、再び私の頭の上へと舞い上がる。


*「ほのか。あなたには、多くの人々が寄り添い、支えています。彼らとの絆は、あなたの力の源です。秘密の隠ぺいは重要ですが、彼らとの関係を疎かにすることは、精神衛生上、好ましくありません」*

「そうだね……」


私は、深呼吸した。ジャンヌ・ローゼとしての力は、まだコントロールできない部分が多い。ヴァーチャルアイドル「ローゼ」としての日常も、秘密を抱えることで、今まで以上にドタバタすることになりそうだ。


でも、私は一人じゃない。ピュールがいる。そして、私を支え、信じてくれる大切な人たちがいる。彼らの存在が、私に勇気をくれる。


「よし! ピュール!」

*「はい、ほのか」*

「明日も、頑張ろう! ローゼとしても、ジャンヌ・ローゼとしても! 私、みんなの希望を守り抜く!」


私の言葉に、ピュールは満足そうにクリスタルを輝かせた。


*「了解しました、マイ・マスター。最高のサポートをお約束いたします。さあ、明日のスケジュールを確認しましょう。午前中はローゼとしての新曲プロモーションビデオの撮影、午後は、ヴォイド・ネメシス関連のデータ収集と分析、そして緊急時の変身シミュレーション……ああ、そうそう、撮影では『いつもより少し大胆な表情』が求められるようです。優秀な女優たちの表情筋データ、今から転送しておきますね」*


「え!? だ、大胆な表情って、具体的にどんな!?」


ピュールの言葉に、私の顔は一気に熱くなった。明日の日常も、きっと一筋縄ではいかないだろう。


でも、このドタバタな日々こそが、今の私の、かけがえのない日常なのだ。

二つの顔を持つ、私の、輝かしい秘密の始まり。

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