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電脳聖女 ジャンヌ・ローゼ  作者: 月織


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第13話:歌え!希望を繋ぐデュエット

ヴァーチャル空間を覆い尽くす、コード・カイオスによる記憶改竄の闇。人々の瞳から希望が失われ、私、暁ほのか――電脳聖女ジャンヌ・ローゼは、深い孤独と無力感に苛まれていた。ファンの信頼は失われ、ステージに立つローゼとしての笑顔は、心からのものとは言えなくなっていた。


「ほのか、状況は悪化しています。ホープタウン全体の記憶汚染率が、現在70%を超えました。彼らは、あなたを『異物』として認識し始めています」


ピュールの声には、いつになく焦りが滲んでいる。私は、自室の窓の外を、虚ろな目で見つめていた。


「ピュール……私、もう、どうすればいいの……。歌声が届かない。剣も役に立たない。そして今、私を信じてくれる人さえ、世界中からいなくなってしまうなんて……」


ジャンヌ・ダルクの魂を受け継いだという伝説も、孤独な戦いの中で、あまりにも重すぎた。


その時、私のデバイスに、これまで受信したことのない、暗号化された通信が入ってきた。


*「……もし、あなたに、まだ、わずかでも真実を信じる心があるのなら、応答してください」*


それは、ヴァーチャル世界の「非公式情報網」の管理者――コード・カイオスのデマから距離を置いている、一部の有志たちが使う通信回線だった。


私は、震える指で通信に応答した。


「……誰? 何か、用があるの?」


画面の向こうに現れたのは、一人の青年だった。彼は、情報解析に特化した、独自の装備を身に着けていた。彼の名前は、ヴァーチャル世界で「ナビゲーター」として知られる、情報収集のスペシャリストらしい。


「初めまして、ナビゲーターです。コード・カイオスが仕掛けている記憶改竄の真実を、我々も掴みつつあります。あなた、ジャンヌ・ローゼですね。あなたの歌声が、この空間のノイズを浄化する力を持っていることも、データで確認しました」


「あなたたちは……私のことを、信じてくれてるの?」


私の声は、か細かった。


「信じる、というよりは、データに基づいた推論です。しかし、あなたの行動パターンは、ヴォイド・ネメシスの目的に真っ向から反しています。我々は、あなたと一時的に協力したい」


ナビゲーターは、淡々とそう告げた。そして、彼は、ある情報を私に伝えた。


「コード・カイオスは、記憶改竄を成功させるため、ある特定の『周波数』を、ホープタウンの旧メインサーバーに流し込もうとしています。それを阻止するには、サーバーに直接、**圧倒的な『純粋な希望の歌声』**をぶつける必要があります。あなたの歌声なら、それが可能かもしれません」


「でも……私の歌声は、今、人々に届かない。響かないって、証明されちゃったじゃない……!」


私は、絶望的な気持ちを隠せずに口にした。


「それが問題です。コード・カイオスの改竄は強力で、あなたの歌声の『情報量』を、単なる雑音として処理させてしまう。だから、あなた一人の力では不十分です」


ナビゲーターは、少し間を置いて、言葉を続けた。


「我々は、もう一人、あなたの歌声に共鳴する存在を確保しました。彼女もまた、歌を通じて人々の心を繋ぐことを信じているシンガーです。**『星屑のアルテミス』**。彼女とのデュエットで、情報汚染を上回る**純粋な歌声の波動**を生成できれば、メインサーバーの記憶改竄を阻止できる可能性があります」


星屑のアルテミス……。ヴァーチャル界隈では有名な、少しマイナーだけれど、非常に高い歌唱力を持つシンガーだという。


「他のシンガーと……デュエット?」

*「ほのか、これはチャンスです! 他者の歌声とあなたの歌声が共鳴することで、新たな『共鳴周波数』が生まれ、コード・カイオスの情報汚染を打ち破る可能性があります! 異種間の力の融合は、ジャンヌ・ローゼの成長に繋がるはずです」*


ピュールの言葉は、私に希望の光を灯した。私は、孤独の中で、確かに限界を感じていた。でも、他の誰かと力を合わせるなら……!


「分かった! 私、歌う! アルテミスさんと一緒に、希望の歌を歌う!」


私は、一時的に協力関係を結んだナビゲーターの導きで、ホープタウンの地下深くに隠された、旧メインサーバーへのアクセスポイントへと急いだ。


サーバーの入り口で、一人の少女が立っていた。彼女は、深い青色の装束を身につけ、どこか儚げな雰囲気を持つシンガーだった。


「あなたが……ジャンヌ・ローゼ?」


少女――星屑のアルテミスは、私をじっと見つめた。彼女の瞳は、どこか憂いを帯びていた。


「うん。私は、暁ほのか……ジャンヌ・ローゼよ。あなたと一緒に、みんなの記憶を取り戻したい」


アルテミスは、静かに頷いた。

「私は、アルテミス。私の歌声も、この世界が壊れていくのを見て、苦しかった。あなたの歌声が、この世界に真実を届けると信じてる」


彼女の歌声への信頼は、私と同じ、純粋なものだった。


「私たちの歌声が、コード・カイオスの嘘を打ち破る。それが、できると信じて」


ナビゲーターの合図で、私たちはサーバー内部へと足を踏み入れた。中央の制御室には、コード・カイオスが放ったと思われる、巨大な情報汚染のコアが脈動していた。そこから、無数のデマ情報が、ヴァーチャル空間全体へと拡散されているのが見て取れる。


「行きますよ、ローゼさん!」

「うん、アルテミスさん!」


私たちは、制御コアを挟んで向き合った。


「ナビゲーター、情報ノイズのレベルは?」

『現在、臨界点まであと5分! 急いでください!』


時間が迫る中、私たちは、互いの歌声を聴き合い、心の準備をした。


「アルテミスさん、あなたの歌声は、とても澄んでいて、美しい……」

「ローゼさんこそ……あなたの歌声には、強い意志と、温かい光が宿っているわ。私には、それが見える」


私たちは、そっと手を繋いだ。初めての共演。初めて、私の歌声が、誰かの歌声と混じり合う瞬間。


アルテミスの歌声が、静かに流れ始めた。それは、夜空に浮かぶ、一筋の星の光のような、透明感あふれる、繊細なメロディ。私の歌声とは異なる響きだけれど、その中心には、確かな「希望」が宿っていた。


私は、それに呼応するように、心を込めて歌い始めた。私の歌声は、アルテミスの繊細な旋律を包み込み、より深く、力強い波動となって響き渡る。


「♪たとえ世界が、嘘で染まっても……!♪」

「♪あなたの光は、消えはしない……!♪」


二人の歌声が混じり合い、ヴァーチャル空間のノイズを打ち消していく。それは、単なるハーモニーではなかった。互いの存在を認め合い、信じ合うことで生まれる、全く新しい「共鳴周波数」。


制御コアから発せられるデマの波動が、私たちのデュエットの力に押され、怯んだように後退していく。


「すごい……! 二人の歌声が、情報汚染を直接弾いている!」


ナビゲーターが興奮した声を上げる。


私は、アルテミスの手を強く握りしめた。彼女の歌声が、私の迷いを洗い流していく。


「信じてるよ、アルテミスさん! 私たちの歌を!」

「ええ、ローゼさん! 私たちは、真実の歌を歌うの!」


二人の歌声は、さらに高まっていく。それは、ジャンヌ・ダルクの魂が私に与えた「希望」と、アルテミスの純粋な「共鳴」が一つになった、最強の歌声だった。


「正義と希望”の結晶!」


私は、デュエットのクライマックスで、心の中で強く叫んだ。


「電脳聖女!」


私の歌声が、アルテミスの歌声とシンクロし、制御コアへと一直線に突き刺さる。


「ジャンヌ・ローゼ!!」


私たちのデュエットが、制御コアを直撃した瞬間、コアは激しい光を放ち、そして、静かに機能を停止した。


空間全体に満ちていたデマの情報汚染が、まるで雪が溶けるように、みるみるうちに消え去っていく。


「成功だ! 記憶改竄が解除されました!」


ナビゲーターの歓声が響き渡る。


私たちは、歌い終え、肩で息をしながら、顔を見合わせた。


「やったね……!」

「ええ、ローゼさん。あなたの歌声が、私を信じてくれたからこそ、この力が出せたのよ」


アルテミスが、優しく微笑む。その笑顔は、確かに、希望に満ちていた。


デマが消え去ったヴァーチャル空間には、急速に人々の記憶が戻ってきているようだ。ファンからのメッセージが、再び届き始める。


「ローゼちゃん! ごめんね! 何を信じてたんだろ……!」

「ローゼちゃん、信じてたよ! ずっと!」


人々の信頼が、再び、私へと注がれる。その温かい光が、私の傷ついた心を癒やしていく。


「ほのか。今回の件で、あなたの『歌声』は、ヴァーチャル世界の基盤構造に干渉できるレベルのエネルギーを持つことが証明されました。これは、ジャンヌ・ローゼとしての新たなブレイクスルーです」


ピュールが、興奮気味に報告する。


「うん……分かったよ、ピュール。私一人の力じゃなくてもいいんだ。信じてくれる仲間がいれば、私は何度でも立ち上がれる」


私は、アルテミスとナビゲーターに深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました! あなたたちのおかげで、私、大切なことを思い出せました!」


「こちらこそ、ありがとう、ローゼさん。あなたの強さに、私も勇気をもらいました」


アルテミスは、そう言って、静かに姿を消した。ナビゲーターも、情報収集の任務に戻るという言葉を残し、通信が途絶える。


再び、私は一人になった。けれど、心はもう孤独ではなかった。


私の歌声は、確かに、誰かの心に届く。そして、他の誰かの歌声と繋がることで、どんな強力な嘘をも打ち破る力になるのだ。


私は、再び、ヴァーチャルミラーの前に立った。

そこに映るローゼの顔は、もう、笑顔の裏に涙を隠す必要はない。

全ての感情を乗せた、真実の歌声で、私は、再び、この世界に希望を灯していく。


それが、私、ジャンヌ・ローゼの、新たな使命なのだから。

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