第10話:笑顔の裏側、アイドルの涙
月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。
ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。
すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。
ヴァーチャル空間の夜空は、いつものように無数の星屑で彩られていた。しかし、私の心は、あのホープタウンの瓦礫の熱を、まだ鮮やかに記憶していた。ジャンヌ・ダルクの伝説を知り、自身の使命を再認識したけれど、その重圧は、私の肩に依然として、鉛のようにのしかかっていた。
「ほのか、体調はどうですか? 昨夜の睡眠データは、平均より1時間短縮。レム睡眠の割合も低下しています。無理は、禁物ですよ」
ピュールが、私の頬にそっと触れる。その冷たいクリスタルの感触が、微かに心地よい。
「大丈夫だよ、ピュール。ちょっと、考え事してただけ」
私は、いつものように、口元に微笑みを浮かべて応えた。アイドル「ローゼ」としての私。ファンに笑顔を届け、希望を歌う存在。その笑顔は、私の偽りではない。けれど、その裏側で、ジャンヌ・ローゼとして戦い、傷つき、傷つけられ、そして、誰にも打ち明けられない秘密を抱えていることも、また、偽りではないのだ。
「ローゼとしての活動も、ジャンヌ・ローゼとしての使命も、どちらも私にとって大切。でも、この二つの顔を両立させることの難しさを、日々痛感しています」
親友のユリにさえ、ジャンヌ・ローゼのことは打ち明けられない。事務所のスタッフや、同僚アイドルたちにも、見せられない顔がある。秘密を抱えることは、私を孤独にした。
その夜、私は、ローゼとして、ファンのためのオンライン交流会に参加していた。画面越しに映し出される、キラキラと輝くファンたちの笑顔。彼らが、私の歌やパフォーマンスに「元気をもらった」「ありがとう」と、熱いメッセージを送ってくれる。
「ローゼちゃん、今日の髪型、すごく似合ってる!」
「次のライブ、すごく楽しみにしてるよ!」
「ローゼちゃんは、私にとって、一番の希望だよ!」
ファンからの温かい言葉が、画面を通して、私に流れ込んでくる。その一つ一つが、私の心を温め、細胞を優しく撫でてくれるかのようだ。ジャンヌ・ダルクの魂が、私を選んだ理由。それは、きっと、この歌声が、人々の心に希望を灯す力を持つから。このファンたちの温かい声援が、その証なのだ。
「ありがとうございます! みんなの言葉、一つ一つ、ちゃんと受け取っています! 私も、みんなからたくさんの元気をもらっています! だから、これからも、みんなに、とびっきりの笑顔と、希望を届けられるように、頑張ります!」
私は、画面に向かって、精一杯の笑顔を振りまいた。その笑顔は、嘘ではない。けれど、その笑顔の裏側で、私の心は、静かな涙を流していた。
ファンからのメッセージは、私を勇気づけてくれる。けれど、同時に、その期待の重圧が、私を押し潰しそうになる時もある。
「ローゼちゃんは、いつも元気で、キラキラしてるね!」
「ローゼちゃんを見ていると、元気が出るよ!」
そんな言葉に、私は応えなければならない。どんな時も、笑顔で、希望を歌わなければならない。どんなに傷つき、どんなに疲れていても。
「もし、私が悩んでいる顔を見せたら、みんな、がっかりするかな……?」
その不安が、心の隅で、静かに囁きかけてくる。
先日、ヴォルテックス・クラッシュとの戦いでの傷は、ヴァーチャル空間では、ほとんど回復していた。しかし、身体の深い部分に刻まれた疲労感と、精神的なダメージは、まだ消えていない。夜、眠りにつこうとすると、あの圧倒的な力、そして、瓦礫の中で感じた無力感が、フラッシュバックする。
「私、本当に、みんなの希望を守れるのかな……」
その夜、私は、ユリに連絡を取った。現実世界の親友。彼女になら、少しだけ、弱音を吐けるかもしれない。
「ユリ、今、大丈夫?」
「ほのか! もちろん大丈夫だよ! どうしたの? 声、ちょっと元気ないけど」
ユリの、いつもの温かい声。
「ううん、なんでもない。……ただ、ちょっと、最近、色々あってさ……」
「そっか。大変だね。でも、ほのかなら、きっと大丈夫だよ! ほのかは、いつも頑張ってるもん!」
ユリは、私の言葉の裏にある、本当の悩みを察してくれたかのように、励ましてくれた。
「ありがとう、ユリ……」
胸に込み上げてくるものを、私は必死に抑え込んだ。ジャンヌ・ダルクの伝説を知ったこと。ヴォルテックス・クラッシュとの戦いで、自分の無力さを痛感したこと。そして、ヴァーチャル世界で、自分だけが秘密を抱え、孤独に戦っていること。その全てを、ユリに話すことはできない。
「私、ローゼのライブ、すっごく楽しみにしてるんだ! 次は、どんな曲で、どんなパフォーマンス見せてくれるのかな?」
ユリの、無邪気な期待の言葉が、私の胸を締め付けた。彼女の期待に応えなければならない。笑顔で、元気に。
「うん! 次のライブも、みんなに、とびっきりの笑顔と、希望を届けるから!」
私は、精一杯の笑顔で、そう答えた。けれど、その言葉の裏側で、私の心は、静かに涙を流していた。親友にさえ、打ち明けられない秘密。それは、私を、少しずつ、蝕んでいく。
翌日。私は、同僚アイドルであるルナ、ソラ、フェアリー・メロディと共に、あるチャリティイベントのプロモーション活動に参加していた。
「ローゼ、最近、ますます輝きを増しているわね」
ルナが、いつものクールな表情で、私に微笑みかけた。
「ルナちゃんこそ、いつもクールで素敵です!」
「ふふ、ありがとう。でも、時々、あなたの瞳の奥に、深い影が見えることがあるのよ。何か、抱え込んでいることがあるんじゃない?」
ルナの鋭い言葉に、私はドキリとした。彼女は、私の心の奥底を見透かすような、そんな感覚を持っていた。
「え、えー? そんなことないですよ! 私、いつも元気いっぱい、です!」
私は、必死に平静を装い、笑顔でごまかした。ピュールが、脳内で「ルナ・セレスティアの洞察力、高度120%。注意が必要です」と警告を発する。
「あら、そう? なら、いいけれど」
ルナは、それ以上何も言わず、微笑んでいた。けれど、その瞳の奥に、何かを見透かされたような、そんな気がしてならなかった。
イベント当日。ステージに立った私は、いつものように、笑顔でファンに手を振っていた。観客席には、ユリの姿も見える。彼女の笑顔が、私に力をくれる。
「みんなー! 今日は、ありがとうー!」
私は、ステージで、新曲を歌い始めた。それは、仲間との絆を歌った、友情のメロディー。
「♪どんな困難も 乗り越えられるさ 君と僕の絆があれば♪」
歌詞を歌うたび、ルナやソラ、フェアリーの顔が目に浮かぶ。そして、ユリの笑顔。
(私には、みんながいる……!)
その瞬間、私の心に、温かい光が灯った。孤独ではない。私は、一人じゃない。
歌声が、いつも以上に、力強く、澄み渡っていく。ファンたちの顔に、笑顔が戻っていくのが見える。
けれど、ステージの袖で、私は、ふと、あの日のエコー・ミゼリアの「絶対静寂」と、ヴォルテックス・クラッシュの「鋼鉄の壁」を思い出した。あの時の無力感、そして、親友にさえ打ち明けられない秘密の重さ。
(私……本当に、この笑顔の裏側で、みんなを守れているのかな……?)
歌い終え、割れんばかりの拍手と歓声に包まれながらも、私の心は、まだ、晴れきっていなかった。
楽屋に戻り、私は、一人、ソファに座り込んだ。
「ピュール、私、やっぱり、弱いのかもしれない」
「ほのか。あなたは、決して弱くありません。人並み外れた勇気と、強い意志を持っています。しかし、過度な負担は、誰にでも限界をもたらします。秘密を抱えることの精神的負荷は、あなたの想像以上に大きいのです」
ピュールの言葉に、私は、堰を切ったように涙を流した。
「だって……! 私、みんなに本当の自分を見せられないんだよ! 笑顔の裏側で、いつも傷ついて、戦って、それでも、みんなの前では、笑顔でいなくちゃいけない……!」
親友のユリにさえ、本当のことは言えない。
同僚アイドルたちに、私の秘密を匂わせてしまうかもしれない。
ファンからの期待は、私を奮い立たせる力でもあるけれど、時として、私を押し潰す重圧にもなる。
「私、本当は、ただの普通の女の子なのに……」
涙が止まらない。アイドルとしての「ローゼ」の笑顔。戦士としての「ジャンヌ・ローゼ」の使命。その二つの間で、私は、本当の自分を見失いそうになっていた。
「私……どうすればいいんだろう……」
私の心は、暗闇の中で、ただ、漂っていた。
しかし、その暗闇の片隅で、私は、確かな灯火を感じていた。それは、ファンからの温かいメッセージ。ユリの励まし。ルナの、私の心を覗き込むような瞳。そして、ジャンヌ・ダルクの魂が、静かに私を見守っている感覚。
(大丈夫……。私には、みんながいる……)
涙を拭い、私は、ゆっくりと顔を上げた。
笑顔の裏側で流した涙は、決して無駄ではない。
その涙が、私をさらに強くしてくれるはずだ。
この孤独と重圧を乗り越えて、私は、本当の自分を見つける。
そして、みんなに、真実の笑顔と、希望を届けられるようになりたい。
この、アイドルの涙の裏側で、私は、戦士として、そして、人として、成長していく。
それが、私、ジャンヌ・ローゼの、新たな一歩なのだから。




