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遅すぎた悔悟

引きこもりの闇の中で、時間は音もなく過ぎていった。

昼と夜の境界など、藤原真光にとってはとうに曖昧になっている。

彼の生活はいつだって同じループ――目が覚め、パソコンを立ち上げ、動画を見て、ゲームをして、カップ麺を食べる。


唯一の例外は、時々聞こえてくる隣の奥さんのノックだけだった。


その日も、彼女はいつものように果物を提げてやって来た。

「ちゃんと新鮮なものも食べなさい」そう言いながら、わざわざ数百円を彼の手に押し込む。


「真光君、カップ麺ばかりじゃ体に悪いわよ」


真光は気まずそうに笑い、受け取った小銭を机の隅に投げてしまう。

「……阿姨、もう気を遣わなくていいですよ。僕は平気ですから」


奥さんは深いため息をつき、散らかった部屋を一巡り見渡す。

結局、何も言わずに彼の肩を軽く叩くだけだった。

その瞬間だけ、真光の胸の奥に小さな痛みが走った。


だが扉が閉まれば、その痛みはすぐに消えてしまう。

結局、彼はまた画面の前に戻り、二次元の虚構の英雄譚に没頭するだけだった。


──


ある日、廊下から聞こえてきた慌ただしい足音とひそひそ声。


「隣の奥さん、入院したらしいよ。心臓の病気だって」


その言葉は冷水のように、真光の頭から全身へと浴びせかけられた。

マウスを握る手が宙で止まり、画面ではゲームが点滅を続けているのに、もう心はそこにいなかった。


長い逡巡の末、彼はようやく勇気を振り絞り、病院へ足を運んだ。


──


真っ白な廊下。鼻を突く消毒液の匂い。

奥さんはベッドに横たわり、顔色は青白い。

それでも彼を見ると、力を振り絞るように笑みを浮かべた。


「真光君、来てくれたのね」

その声は弱々しいが、確かな温もりがあった。


真光はベッドの傍らに立ち、喉に石を詰められたように言葉が出ない。

ようやく絞り出したのは――

「阿姨……ごめんなさい」


しかし彼女は首を横に振った。

「馬鹿ね。謝ることなんて何もないわ。あなたのご両親はいないけど、私はあなたを自分の子供だと思ってる。だからね……ちゃんと生きなさい」


真光は視線を落とし、彼女の目を直視できなかった。

強く握った指先が震え、胸の奥に今まで感じたことのない罪悪感が渦を巻く。


──


だが、それでも彼は変われなかった。


「仕事を探そう、阿姨のために」と自分に言い聞かせる。

けれどアパートへ戻った瞬間、結局パソコンの電源を入れてしまう。

画面の光はあまりにも馴染み深く、優しい罠のように彼を捕らえて離さなかった。


日々はそうして過ぎ去り――そして病院から一本の電話が届く。


「患者の容態が急変しました。至急ご家族の方はお越しください」


駆けつけた時には、すでに医師が首を振っていた。

冷たい宣告。足元が崩れ落ちるような感覚。

ガラス越しに見える奥さんは、安らかな顔で目を閉じていた。

まるで長い苦しみからようやく解放されたかのように。


真光はガラスにすがりつき、泣き濡れた視界の中で必死に叫ぼうとするが、声にならなかった。


「阿姨……僕はまだ……何もできてないのに……!」


──


葬儀の日、彼は姿を見せなかった。

出る勇気など持ち合わせていなかったのだ。


カーテンを閉め切った部屋の中。

膝を抱え、ベッドの上で震えながら、涙を何度も零す。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


その謝罪は、もう決して届くことはない。


深夜になってもパソコンのモニターは煌々と光を放ち、YouTubeやニコニコの動画が自動再生され続ける。

コメント欄には、いつものような言葉。


「現実が辛すぎるなら、転生すればいい」

「異世界で無双スタート!」


その文字のひとつひとつが、鋭い針のように彼の胸を突き刺した。


涙に濡れた顔のまま、彼は笑い出す。

その笑いはかすれ、絶望に満ちていた。


「本当に……できたらな……」


笑い続けた果てに、身体から力が抜け落ちる。

疲労、後悔、空虚――すべてが胸を押し潰し、呼吸を奪っていった。


──


それが、彼の前世最後の記憶だった。


奥さんの最期の姿は、焼き付いた烙印のように彼の魂へ刻み込まれていた。


すべては、あまりにも遅すぎた。

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