林間の小屋
初めまして、作者のゴッドロブスターGodlobster です。
初投稿ですので、ちょっとドキドキしています。
この作品を読んでくださり本当にありがとうございます!
どうぞよろしくお願いします!
北東辺境 ― 禁音帝国の森
深夜の森は、息を呑むほどの静寂に包まれていた。
光の欠片すら存在せず、世界そのものが見えない幕に覆われ、音も希望も飲み込まれたかのようだった。
藤原真光はよろめきながら、禁音帝国の北東部に広がる鬱蒼とした森林へと駆け込む。
木々の影は鬼のように歪み、風のざわめきは目に見えぬ鎖のごとく喉元に絡みついてくる。
彼は目の前の陰鬱な林を睨みつけ、心臓が戦鼓のように激しく鳴り響いた。
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「北麗のクソどもめ、俺の使者物資を奪いやがった!
あのデブ王は宴会で盛大にもてなしておきながら、部下に物資を盗ませるなんて……ふざけんな!」
毒づきながら、ぐうぐう鳴る腹を押さえる。
疲労困憊の身体を引きずり、なおも歩き続けた。
「死ぬ前に、何か食わねえとヤバいな……」
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北東の森には霧が幽霊のように漂っていた。
湿り気と冷たさに満ちた空気が、閉じ込められた嘆息そのもののようにまとわりつく。
「俺は桜国の堂々たる使者だぞ……なのに、なんでこんなザマだ?
この異世界、俺をなんだと思ってやがる?」
自嘲気味に笑う。
枯葉を踏みしめる足音だけが、不気味に響いていた。
鳥も虫も鳴かない。
まるで墓場のような静寂。
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「まさか俺の異世界転移、リゼロより悲惨なんじゃねえの?
主人公は少なくとも白髪の精霊少女に出会ったのに、俺はモブ一人すらいねぇ……」
苦笑しながら歩くと、腹が再び鳴った。
「……マジで食料がなきゃ死ぬ……」
その時だった。
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前方に、ほのかな光。
森の奥にぽつんと建つ小屋。
半開きの窓から漏れる淡い灯りは、漆黒の闇に異様なほど目立っていた。
それは同時に、不気味な吸引力を放っていた。
真光が駆け寄ると、枝が頬を裂き、血が滲む。
「この世界、ゲームより容赦ねえな!」
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小屋の外壁は苔に覆われ、扉は古びて朽ちかけている。
湿った腐臭が漂い、圧迫感を伴う空気が辺りを包んだ。
深呼吸して扉を叩く。
「失礼します! 誰かいませんか? 食べ物を……俺は通りすがりの使者なんです!」
返事はない。
だが扉は、きぃ……と勝手に開いた。
「……この静けさ、やっぱりおかしい……」
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思い切って扉を押し開けた瞬間、真光の瞳孔が収縮した。
心臓が止まったかのように跳ね上がる。
鼻をつく血の匂い。
薄暗い蝋燭の炎。
部屋の隅には壊れた家具。
そこに広がっていたのは、息が詰まる地獄の光景だった。
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金髪の獣人の少女――七、八歳ほど。
地面に跪き、震える手で古びた帳面を握っていた。
涙が頬を伝う。
必死に息を吸うが、喉からは一音も漏れない。
声を奪われた痛みが、刃となって胸を切り裂いた。
絶望に染まった瞳は、世界が崩壊したことを物語っている。
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その奥。
黒衣の大男が、若い獣人の女性の首を掴み締めていた。
金色の耳が震え、白い首筋には赤い爪痕。
血が滲み、衣を赤く染める。
彼女は声を出そうと口を開くが、もがく息しか漏れない。
恐怖に満ちた瞳が真光に向けられる。
その祈りは、無声でありながら鋭く胸を突いた。
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「……何者だ。邪魔するな。消えろ!」
黒衣の男が振り返る。
手袋には血が光り、殺気が溢れる。
「……クソ野郎が! その手を離せ!」
怒りで血が沸騰する。
真光は手を掲げ、魔法を放った。
「星辰の輝きにより、凡人の姿を歪めよ――
《トランスフィギュロ・ポルクス》!」
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紫の光が迸り、男を直撃する。
悲鳴を上げた身体が捩じれ、皮膚は硬化し、四肢は縮む。
やがて、一頭の黒豚へと変わった。
ブヒィィ!
甲高い鳴き声が死の沈黙を破る。
黒豚は家具を倒し、闇へと逃げ去った。
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少女――小蘭は、涙に濡れた目で帳面に文字を書く。
「父」
震える筆跡が、絶望を語っていた。
母親は赤い痕の残る喉を押さえ、崩れ落ちる。
「……ありがとう、使者様……私たちは呪われているのです。怒りも悲しみも、声にできない……」
掠れた声が途切れ途切れに紡がれる。
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真光は額の汗を拭った。
「クソ世界……やべぇくらい不気味だな。
でも……まあ、助けられてよかった」
視線は小蘭の帳面に注がれる。
その奥に隠された呪いの秘密を直感する。
「……もしかして、俺にもついに主人公らしい展開が来たか?」
彼はそう思いながら、この異世界の深淵を改めて感じ取ったのだった。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
初投稿なので至らない点もあるかと思いますが、
ご感想やレビューをいただけるととても励みになります。
それでは、また次の話でお会いしましょう!