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90.タジールの宿

インフルア領に入ってから野原とスカンツの村しか知らなかったのでジンスケはタジールも『町』とはいっても村に毛が生えた程度のものだろうと思っていた。


だが予想に反してタジールはなかなか賑やかな町だった。


もちろんプロスペリタの首都グランネールのように豪奢な屋敷や商店が立ち並ぶというようなことはない。


店の数は多いが、どれも一軒家か露店のような簡易の店ばかりだ。


それでも思ったよりも人も多いしなかなか賑っている。


一番多いのは八百屋などの食料品店だ。


干し肉を専門に扱っている店などもある。


店の品揃えはプロスペリタよりもずっと多種多様だった。


野菜の種類がとても多い。


プロスペリタの八百屋では野菜スープに使う何種類かの根野菜くらいしか置いていないのが普通だったけれど、このタジールの町の市場は違った。


野菜スープ用の野菜も種類が多いし、生で食べるための野菜なども売っている。


インフルアには魔物の出現がないので魔物肉が手に入らない。


そのために逆に人々は野菜の料理に工夫を凝らしたのかもしれない。


食への意識はプロスペリタよりもずっと高いように感じられた。


干し肉も種類が多かった。


プロスペリタでは一角ウサギ以外の魔物肉を売っているのを見たことがないがタジールは違う。


バークホッグやその他の雑魚の獣系魔物の干し肉も売られている。


魔物肉が手に入らないので贅沢はいっていられないのかもしれない。


ただ血抜きした生の魔物肉の美味さを知ってしまったジンスケにとっては全く興味のわかない商品であることは否めない。


店主に『生の肉』は売っていないのか訊いてみたけれど、たまに入荷はあるが並べる先から売れてしまうとのことだった。


衣料品店も数が多い。


こちらも品揃えはプロスペリタとは随分と違う。


プロスペリタでは極彩色の冒険者服がほとんどの品揃えだったが、タジールではそういう服の置いてある数はとても少なかった。


魔物が出現しないインフルアでは冒険者という仕事がなりたたないのかもしれない。


薬草の採取くらいは、すれば商店で買い取ってはくれそうだが、それだけでは生計をたてていくのは難しそうな気がする。


農業と商業、その二つの産業がインフルアの人々の生活を支えているというのがわかる。


工芸品などはほとんどがプロスペリタなど南の三か国からの輸入品だ。


魔物肉や、その他の魔物由来の商品はほとんどが北のフォルティアからのものだった。


フォルティアで採取された魔物由来の原料がインフルアを経由してプロスペリタなどの南国に送られ、南の三か国で加工された商品が、またインフルアを経由して北の国々に売られていく。


北と南の国々はあまり直接の親交がないが、インフルアがどの国とも良好な関係を維持して全方位外交を維持しているわけだ。


魔物が出ないので物資の輸送にもコストがかからないことも流通に寄与している。


食堂も数が多い。


ザカトでは飯屋は3軒だけで、出す料理はどこもウサギステーキと野菜スープの一種類だけだった。


タジールではそれぞれの店が違った料理を扱っていて、人々は自分の好みの店を見つけて食事しているようだ。


ジンスケとアイリーンも腹が減っていたので、宿屋を決める前にとりあえず腹ごしらえをすることにした。


いくつかの店を覗いて最終的にジンスケが選んだのは、かわいいお嬢さんが客引きをしている小さな店だった。


ここは焼き野菜が看板料理の店らしい。


ジンスケとアイリーンは焼き野菜の盛り合わせと干し肉と野菜のスープという、お店のお奨めらしいメニューを注文した。


たいした時間もかからずに料理が運ばれてきた。


運んでくるのは先ほどのかわいらしいお嬢さんだ。


どうやら母親とお嬢さんだけで営業している店らしい。


焼き野菜は見事な大盛りだった。


10種類くらいの野菜が香ばしく焼かれている。


ジンスケが荷物から塩を出してアイリーンに目で尋ねると頷いたので、二人とも店には内緒で塩をかけて食べる。


美味い。


野菜は甘みのあるカボチャのようなものとか、少し苦みのあるピーマンのようなものなど取り合わせが良くて飽きないように工夫されている。


干し肉のスープのほうは干し肉でダシをとっているのだろうが、獣臭さがあって、こちらは食べずらかった。


野菜スープばかりだと単調なので、こういうスープを出す店もあるのだろう。


ジンスケとアイリーンが食べ終わって食後の紅茶を飲んでいると、先ほどのお嬢さんが不思議そうな顔をしてジンスケを見ている。


ジンスケがニッコリと笑いかけると、お嬢さんも笑顔を返してくれた。


もじもじとジンスケに話しかける。


「ねえ、お姉ちゃん。さっき焼き野菜にかけていた白い粉はな~に?」


ジンスケはお嬢さんの頭を撫でながら答えた。


「あれは料理の味を変える粉で『塩』というものだよ」


お嬢さんは不思議そうに言った。


「ふうん。でも(うち)の焼き野菜は味を変えなくても美味しいよ」


ジンスケは頷いた。


「確かにそうだね、とっても美味しかった。でもお姉ちゃんは変った味も好きなんだよ」


どうやらその答えでお嬢さんは満足したらしい。


調理場の母親の方へと走っていった。


「変な味が好きなんだって~」


調理場から笑いながら母親が顔を出した。


「お客さん、変わった料理が好きならレイネールならもっと変わった料理も食べられるよ」


「もしレイネールに行くことがあったらシェイガリーブという横丁に行ってみるといい」


「変わった食材もたくさんあるから。この焼き野菜のレシピもそこで教わったんだよ」


ジンスケたちの旅の目的地はレイネールだ。


二人は食堂の主人である母親とお嬢さんに礼を言って食堂を後にした。


宿屋はタジールの町で一番大きな宿屋に泊まることにした。


高そうなので、もっと簡易な宿でもいいとジンスケは言ったのだがアイリーンが譲らなかったのだ。


そうは言っても全部で客室が10くらいしかない2階建ての宿屋だった。


宿屋の主人らしい黒いドレスを着た女が訊いた。


「親子かい? どこから来たんだい」


アイリーンが答える。


「年の離れた姉妹なのです、プロスペリタから来ました。レイネールへ向かう途中で…」


黒服の女は二人をジロリと見た。


ジンスケは頭巾姿だが町へ入ってからも一度も怪しまれたことはなかった。


「そうかい。それは大変だったね。(うち)のベッドは寝心地最高だ、ゆっくり休んでいきな」


ちょっと冷淡な感じのする顔立ちをしているし言葉もぞんざいだが根は優しいらしい。


「ベッドは一つの部屋でいいかい? 大きいから二人でも狭くはないよ」


アイリーンは慌てて答えた。


「いえ、できればベッド二つの部屋でお願いします」


黒い服の女は言った。


「それだと少し高くなるよ、部屋もベッドも広いから1ベッドの部屋で十分なんじゃないかい?」


アイリーンは頭を掻きながら答える。


「いや実は妹がすごく寝相が悪いので別々のベッドじゃないと私が良く眠れないのです」


ジンスケはとても寝相がいい、寝返りひとつうたないくらいだ。


でも宿屋の主人はそれで納得したようだ。


「2ベッドの部屋だと2人で銀貨6枚になってしまうけど、それでもいいかい?」


アイリーンはにっこりと笑って答えた。


「それで結構です、その部屋でお願いします」


そしてジンスケに向かって囁いた。


「すみません。2部屋にすると怪しまれそうですので…一緒の部屋でも大丈夫ですか?」


ジンスケは頷いた。 アイリーンの方が大丈夫なら全然かまわない。


指定の部屋は高いだけあって清潔で広々とした部屋だった。


ベッドが2つだったが、たしかに二人でも寝られそうなくらいに大きなベッドだ。


腰かけてみると弾力もあって深々としてとても気持ちよさそうなベッドだった。


野宿ばかりを繰り返してきて、このベッドはなによりありがたい。


アイリーンは部屋にはいると一目散にシャワーへと向かった。


気持はわかる、旅をして一番困るのはそれなのだ、人里へ入ればシャワーが何よりの贅沢だ。


この部屋はテーブルも大きくて立派なものが備え付けられているし、壁には絵までかかっている。


広さも申し分ない部屋なのだけれど困ったことが一つだけある。


シャワーに仕切りがないのだ。


つまり丸見えだ。


まあ特にかわったことではない。


この世界には男は少ないので男女のカップルの泊り客などというものは普通は存在しないのだろう。


なので丸見えだろうが何だろうが気にしないのだ。


それに、そもそもこの世界の女は男に裸を見られることなど全く気にしない。


前世で男が女に裸を見られることを大して気にしないのと同じような感覚なのかもしれない。


実際、アイリーンは全く気にしないで全裸でのびのびとシャワーを浴びている。


妹のリフィアと同じで、物凄くスタイルが良いうえに抜けるように白い美しい肌をしている。


豊かな胸もその先端の桜色のつぼみも隠すこともない。


下半身も髪色と同じ艶やかな青い茂みがシャワーの水を滴らせている。


こんなの見るなという方が無理だ。


ましてや相手は見られることを全く嫌がってなどいないのだ。


ジンスケは何気なさを装いながらアイリーンの肢体から目が離せなかった。


そんな視線にアイリーンはまったく気づいてさえもいない。


ジンスケの若い体はそれに勢いよく反応してしまっている。


ゴクリと唾を飲みながらジンスケは懸命に気持ちを落ち着かせようとする。


相手はリフィアの実の姉なのだ、そんな事を考えてはいけなと心の中で自分に言い聞かせる。


そうしている間にアイリーンはシャワーを終えたようだった。


備え付けられていたタオルで体を拭いている。


豊かな二つの胸がブルンブルンと揺れるのが目の毒だ。


アイリーンは服を着替え終わると、宿に備え付けの風の魔道具で髪を乾かしながら言った。


「すみません。ジンスケ様もシャワーがされたいでしょうが少しだけお待ちください」


「髪が乾いたら、すぐに部屋の外にでていますので」


ジンスケはどうしようか迷った。


インフルア領に入ってからずっと頭巾を被っていたこともあって、『男』なのではないかと怪しまれることは一切なかった。


外国から来た旅の二人連れ姉妹のうちの一人が部屋の外でウロウロしていれば、変に思われるかもしれない。


この世界の女たちは『男』絡みのことには妙に勘がはたらくのだ。


今までの経験でジンスケにはそれがよ~く判っていた。


この世界の普通の男はそうではないようだが、ジンスケは女に裸を見られたとしてもどうということもない。


アイリーンがいる部屋でもシャワーを使うことに抵抗はなかった。


ただし一つだけ問題は、さっきのアイリーンのシャワーシーンのおかげで若い男の体が勢いよく反応してしまっていることだ。


さすがにこれをアイリーンに見られるのは憚られる。


しかし宿の従業員や客に『男』だとバレる危険をおかすよりは、まだしもマシなような気がした。


ザカトでのように誰もが友好的にジンスケの意向を汲んで接してくれるとは限らないのだ。


この町には娼館も見当たらなかった。


そうだとすると町の者たちは『男』にも慣れていないかもしれない。


もしジンスケが『男』なのではないかと少しでも勘繰られでもしたら、バレるのは時間の問題で、そうなればジンスケ達の旅に大きな支障がでるかもしれなかった。


ジンスケは腹を決めた。


アイリーンにはあきれられるかもしれないが、『男』バレの可能性よりはずっといい。


「アイリーンさん、旅で疲れている筈なのに妹がシャワーしている間、姉が外でウロウロしていたのでは怪しまれてしまいます」


「拙者はかまいませんので部屋にいてください」


アイリーンは不思議そうな顔をした。


「それではジンスケ様はシャワーはよろしいのですか?」


ジンスケは努めて平静を装って言った。


「いえ、旅の埃だらけですのでシャワーは使わせていただきます。でもアイリーンさんが部屋から出ている必要はありません」


アイリーンの目が大きく見開かれた。


「それは私のいる部屋でジンスケ様がシャワーを使われる……そういう意味でしょうか?」


ジンスケは頷いた。


「はい、拙者は気にしませんので」


アイリーンはいつものクールな表情からは想像もつかないようなポカンとした顔をした。


(金で買われたわけでもないのに、女の前でタダで全裸になるということ?)

(エッ。どういうこと? こんなに天使みたいな顔して実はドエロい男ってこと?)

(もしかして私ってば誘惑されてる? これってお誘い?)

(ウソ…これってヤリ得? ただでやれちゃうってこと? こんな最高級妓楼にだって滅多にいないような美男子と?)


そんなことが頭の中でグルグルしているうちにもジンスケは服をどんどん脱いで全裸になるとシャワーの蛇口を捻って浴び始めていた。


(なんだ、誘ってたわけじゃないのか……それにしても『男』が素っ裸で見られながらシャワーとか……)


そう思いながらアイリーンの視線は一点に吸い寄せられていく。


ジンスケの下半身で勢いよく気をつけをしている部分に…


(エッ、なにこれ。どエロすぎない? 王都の変態エロ漫画だってこんなにエロくないわよ。)


(妄想? これ私の妄想?)


ジッとジンスケの体の一点を凝視する。


(間違いない。元気になってる…)


(え~、こんなに天使のように清純そうなのにドエロなの?)


(つまりあれでしょ、女に全裸見られてるって思って興奮してるってことでしょ?)


(そういう性癖なの? 露出狂ってやつ? やばい、やばいよジンスケくん)


シャワーを浴びて全身の汚れを落とし、頭も念入りに洗ってゴワゴワしていた髪も柔らかくなってくるとスッキリした。


自分を見つめているアイリーンの粘りつくような視線は気にならないでもないが、それよりも今はシャワーの爽快感だ。


アイリーンのシャワー姿を見て勝手に元気になっていた部分も、シャワーの爽快感に身を任せているうちになんとか落ち着いてきた。


(エッ? 何? なんで元気なくなっちゃうの? エッ? もしかして発情タイム終了ってこと?)


(え~~っっっ、それはないよ~、ここまで期待させておいてそれはないでしょ)


(あ~、私のバカバカ。なんですぐに襲っちゃわなかったの? ジンスケくんの発情タイム終わっちゃったじゃない)


そんなアイリーンの脳内思考などジンスケにわかるわけもない。


タオルで水分を拭きとるとジンスケはさっさと服を着てしまった。


「あ~気持ちよかった。拙者はシャワー大好きなんですよね」


アイリーンはいつものクールな表情に戻って言った。


「そうですか、それは良かったですね。」


「旅の疲れにはシャワーとベッドがやっぱり一番だと私も思います」


シャワーの間はアイリーンの視線が気になるような気がしたが、どうやら自分の自意識過剰だったらしいとジンスケは思った。


ザカトのノラの宿屋の客たちなどはジンスケが上半身をはだけただけで大騒ぎしていたりしたが、アイリーンはやっぱり違う。


あいかわらずのクールビューティーで恰好がいい。


アイリーンが涼しい顔で言った。


「夕食はどうしましょうか? ここで食べますか? それとも町に繰り出してみます?」


シャワーも浴びてすっかり落ち着いてしまったので外出する気にはなれなかった。


これからの旅の予定などを相談しながら過ごして、夕食は宿の食堂でとった。


メニューはパンと野菜スープだけという簡素なものだったけれど、スープは野菜がこれでもかと入っていてザカトのスープの3倍くらいは量があった。


二人はすっかり腹いっぱいになって、部屋に戻って早めに寝ることにしたのだった。





いつもご愛読ありがとうございます。

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