9.C級冒険者リフィア
私は緑色の髪の女性に近づいていった。
なるほど雰囲気がほかの冒険者とは全く違う、背中ごしにも闘気のようなものが感じられる。
このくらいの気を発している者であれば私の接近の気配には気づいているはずだけれど壁を眺めて後ろを向いたままだ。
「そこの緑髪の御仁、失礼ですがCランク冒険者の方だとお聞きしました」
「もしご迷惑でなければ少しお話をさせてはいただけないでしょうか」
その女性は緑髪を翻して振り返って笑顔で答えてくれた。
「もちろんですよジンスケ様、私は冒険者のリフィアといいます。私にわかることでしたら何でもお聞きください」
髪だけではなくて目もエメラルド色をしている。
肌が透き通るように白くて、今までこの町で出会ったなかでも一番の神秘的な美人だ。
「早速かたじけありません。リフィア殿は諸国を旅されていると思うのですが塩というものをご存じないでしょうか?」
「塩?ですか。聞き慣れませんがそれはいったいどの様なものでしょう?」
「やはり聞いたことはありませんか、海の水を天日で干してできる白い粉で、食べ物にかけて食すのですが」
「それは見たことも聞いたこともありませんね。それは落世人の世界ではよくあるものなのですか?」
どうやら私が落世人だという情報もすでにこの町の常識になっているらしい。
「拙者が元いた国では誰もが魚や野菜には塩をかけて食していたものです」
「そうですか、それならジンスケさん以外の落世人に会ったことがある人なら何か知っているかもしれませんね」
「えっ!!! 拙者以外にも大和の国からこの世界に訪れた人がいるのですか?」
「落世人については噂に聞いたことがあるだけですが、ずいぶんと昔にはいたと聞いています」
「その御仁は今も健在なのでしょうか? もしご健在なのであれば是非ともお目にかかりたいです」
「たぶんずっと昔の話だと思うので、その人が今も生きているということはないと思いますよ」
「そうですか、それは残念です」
「だけどそうだな、そういう昔の話なら隣町のギルドにいるハーフエルフが詳しいかもしれないですよ、前はギルド長をしていてもう引退しましたがご健在なはずです」
「この国では絶滅危惧種のハーフエルフの生き残りの一人なので千年以上も生きている筈だし、隣町に落ち着く以前は冒険者として世界中を旅していたと聞いています」
「ただし気難しくて偏屈なので行っても会ってもらえるとは限らないですけどね」
C級冒険者は貴族の血を引いていると聞いたけれど全く偉ぶることもなく親切に教えてくれた。
「ううむ、このような大切な話を会ったばかりの拙者に教えてくれるとはリフィア殿にはお礼の言いようもありません」
「確かに、そんな御仁であれば塩についても何かご存じかもしれませんね」
「別にそんなにお礼を言われるほどたいした話じゃありませんよ、私でよければいつでも頼ってください」
「隣町には私も用事があるので、ついでがあれば行きたいと思っていたところなんです。」
「もしジンスケ様が隣町に行かれるようで道案内が必要なら是非私を指名してください」
「ありがとうございます。ギルドの仕事についたばかりで、すぐには隣町へ旅立つこともできませんが、落ち着いたら行ってみたいと思うので、その時には是非よろしくお願いします」
「そうですか。約束ですよ。他のCランクに頼むくらいなら必ずこのリフィアに申し付けてください。命を賭して無事に隣町まで送り届けるとお約束しましょう」
「何から何までご親切に。本当にありがとうございます、リフィア殿の護衛なら拙者も心穏やかに旅できそうです」
その後もいろいろな冒険者に聞いてみたけれど塩については誰も何も知らないようだった。
まだギルドの入り口に続く冒険者の列は続いているというのに午前中には壁のクエスト依頼の貼り紙は全部なくなってしまった。
アガサ先輩があきれたように言った。
「ふえ~、こんなことはここで働き始めてから初めてのことだぜ」
「いつもは深夜まで受け付けても依頼がいくつも残っているというのに」
「ジンスケがギルドの受付で働くと聞いてクエストを受けていいところを見せたいと思って来たんだろうな」
「しょうがないから今日は昼で店じまいにしよう、依頼がないのではどうしようもない」
「アガサ殿。ギルドへの依頼というのはどのような御仁が出されているのですか?」
「誰でも出せるけど、実際はほとんどが領主からの依頼だな」
「領主が町の繫栄に必要な物資を計って毎日依頼を出してくれている」
「依頼達成して得られた物資は領主がいろいろな店などに卸している、依頼報酬より安い値段でな」
「えっ、そのようなことをしたら領主殿は大損じゃないですか? 藩政が破綻してしまっては元も子もないでしょうに」
「領主は破産なんかしないよ、毎日、祝祭の日の納入金が金貨5枚かける5人分くらい入ってくるからな。」
「女たちの相手をした男には1人につき金貨2枚を払うとして支出が1日に10枚。」
「何もしなくても差し引きで金貨15枚くらいが毎日入ってくるのを何年分もため込んでいるし、税収もある。破産なんかするわけがないよ。」
「それって女たちからは金5枚もとっておきながら、男には2枚しか払わないって吉原の置屋よりあくどいピンハネじゃないですか」
「それが判っていて町の者や男たちは領主殿に謀反を起こしたりはしないのでしょうか?」
「前の領主のときは男も町に住んでた。ひどい有様だったよ、いたるところで男の奪い合いで争いは起こるし、器量のいい男の値段はセリで莫大な金額に跳ね上がって庶民には手が届かない。」
「貧富の差がひどくて町には貧困が溢れていた」
「浮浪者がいっぱいでね、行き倒れる奴も少なくなかったな」
「今では誰でも年4回だけど運が良ければそこそこの男と寝られるチャンスがある」
「子供を持つのは誰にとっても夢のひとつだしな」
「金貨5枚といってもせいぜい一ヶ月分の給料だ、この町の女たちは祝祭の日の楽しみのためだけに生きていると言っても過言じゃないから安いもんさ」
「しかもどんな仕事についても真面目に働きさえすれば最低でも1日に銀貨2枚は領主が保証してくれる、町には浮浪者なんて今では一人もいない」
「ジンスケはピンハネというけど男には週に金貨2枚もあれば暮らすのには十分すぎる、領主の館じゃ寝るのも食べるのもタダだしな」
「領主は儲かった金は全て町のために使っているんだ、この町がこんなに平和で住みやすくなったのは全て今の領主のおかげさ、誰が文句を言ったりするものか」
確かに、この町には貧民街といったものがないし、貧しくて困っている者もいない。
前世でも一見豊かそうに見える町でも一本通りを裏に入れば、貧困が溢れていたものだ。
なんだか、みんな領主に騙されているという気持ちが拭えないのだけれど、現実を見てみれば誰もが幸せそうに暮らしているので、それでいいのではないかとも思えてくる。
ギルドの外に並んでいた冒険者たちはアガサ先輩たちに今日はもう終わりだと言われてすごすごと帰っていった。
大騒ぎになるかと思ったら、特に騒ぎもなくみんな帰って行ったので驚いてしまった。
本当に平和な人たちだ。
「ところで最低でも1日に銀銭2枚は保証と言っていましたが、今日の帰っていった冒険者たちはどうなるのでしょうか?」
その質問にはアガサ先輩が答えてくれた。
「働きたいのに依頼がなくて帰っていったんだ」
「たぶん明日には全員に行きわたるような沢山の依頼が領主から出されるだろう」
「そうですか、それならいいのですが」
ジンスケは会計係の職員から金貨1枚を受け取って仕事を終えた。
先輩たちは銀貨2枚なのでほんとうに申し訳ない。
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