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89.趣味の違う姉妹

ジンスケたちがスカンツの村を出てから、タジールの町に着くまでにはさらに1日がかかった。


アイリーンは足が重かったが、先を歩くジンスケの足取りは軽くて少しも疲れた様子がなかった。


アイリーンが今まで思っていたのとジンスケは少し違うのではないかとアイリーンは思い始めていた。


火喰い鳥に襲われた時の林へダッシュする物凄い速さはまだ脳裏に焼き付いている。


確かに天使のような美しさの少年だ。


男としてちゃんと女の相手ができる年令では一番若い年頃で、しかも珍しい黒髪と黒い瞳がなんともミステリアスで一段とその魅力を引き立てている。


大抵の女は若い男を好む。


娼館や祝祭でも若い男は人気の的だ。


普通は美しい男は王都にしかいない、それもちょっと庶民では手がでないような高級な妓楼だ。


それがザカトのような辺境の町に年若くて、しかもこの世界でも一番美しいのではないかと思われるような男だ、ザカトの町の全員が魅了されるのもわからないではない。


妹のリフィアも珍しく凄い熱心さでいれあげていた。


アイリーンのジンスケに対する印象はそれが全てだった。


こんなに美しい若い男にそれ以外の印象なんて、ありえようもない。


けれども丸2日、ほとんど休みもなく歩き続けて全く平然としているジンスケを見てアイリーンは舌を巻いていた。


アイリーンはギルド長として隣町や貴族領、王都にだって呼び出されることも少なくない。


旅慣れていて、自分でもかなりの健脚だと自負していた。


女でもアイリーンと一緒に旅して、そのタフさに驚かない者は少ない。


それが足が棒になりそうなくらいに疲れているというのにジンスケにはそんな様子は微塵も見られないのだ。


それから、あの火喰い鳥との遭遇でのダッシュは人間技とは思えないほどのものだった。


まあ、それにしても火喰い鳥があきらめて去ってくれたのだけは助かった。


しかし腑に落ちないこともる。


火喰い鳥はアイリーンたちを見つけて、わざわざ向うの山のほうから遠路を飛んできたのだ。


それが何もせずにあっさりと諦めて去って行ったのはどういう訳なのだろう?


疲れなど見せずに元気に歩いているジンスケを見ると、ジンスケが何かしたせいで火喰い鳥は去っていったのではないか?という気がしてくる。


まさか、ありえない。


それは判っている。火喰い鳥を追い払うなんて王宮魔導士にだって難しい事だ。


でも何か釈然としない。


そんなことを考えながらアイリーンは重たい足を引きずりながら歩いていた。


しかも、この少年はあまりにも無防備だ。


普通は男が女と二人だけで旅するとなったら、旅の間ずっと連れの女の慰み物にされることまで覚悟しなければならないだろう。


野宿して力ずくで女に襲われたら華奢な男は抵抗のしようもない。


それなのにジンスケは全くなんの警戒もなく野宿してアイリーンのすぐ近くですやすやと寝ているのだ。


こんなに美しい男がそんなことをしていれば普通の女なら絶対に襲っているだろうと思う。


ただし、アイリーンはあまり『普通の女』ではなかった。


男の趣味が変わっているのだ。人に知られたら『変態』と呼ばれかねないかもしれない。


アイリーンは若い男にはあまり食指が動かないのだ。年増好きとでも言えばいいだろうか。


それに華奢で美しい男よりも、できれば少しでも大柄な男が好みだった。


まあ大柄な男なんて滅多にいないし、いたとしても人気がないので最低の安い娼館にしかいない。


ギルド長のような地位のある者はそういう安娼館に出入りしたりはしないものだ。


なのでいつも、それなりの娼館の華奢な男で我慢しているが、本当に心から楽しめたことはあまりない。


そんなアイリーンだからこそ、ジンスケは無事に何事もなくここまで旅をできているのだぞ…そんなこともアイリーンは考えていた。


前からずっと不思議に思っていたことがある。


リフィアはどうなのだろう?


姉妹だけれどもリフィアの男の趣味はアイリーンとは正反対だった。


とにかく美しい男が好きなのだ。


若いころから一緒に王都に出かけても高級な娼館にしかリフィアは行かなかった。


美しい男は高級な娼館にしかいないのだ。


中級の娼館なら5回、6回は行けるような価格で1回しか行けない店にしかリフィアは行かない。


当然、代金も高いので年に何回も行けないのに、それでもリフィアは高級店にしか絶対に行かなかった。


美しい男に対する執着心は凄いな…と、姉妹ながら思ったものだ。


そんなリフィアが冒険者になってからは、とんと娼館へ行かなくなった。


理由を聞くと『妊娠すると冒険者が続けられない』と言っていたが、それなら避妊すればいいだけだ。


冒険のスリルのほうが性欲より勝ったのだろうか?


でも男の趣味は変っていないはずだった。


そんなリフィアの前にあんな辺境のザカトの町に。信じられないような美しい男が突然現れたのだ。


それもたった一人で。


あの時のリフィアの熱に浮かされたような熱狂ぶりは凄まじかった。


ちょうどアイリーンはアンデッドの討伐に駆り出されて町を離れていたのだ。


夕方に戻ってきたと思ったら、妹が麻薬か何かをしたのではないかと思うような状態だった。


アンデッド討伐で疲れて帰ってきたというのに全く寝かせてもらえなかった。


夕方から朝までずっと黒髪のミステリアスな美しい少年の話を聞かされていたのだ。


それからリフィアはジンスケがどこに出かける時でも決して離れずに必ずついて行くようになった。


あのリフィアがあれだけの美しい男と一緒にいて普通でいられるとは信じられなかった。


一緒に野宿など二人でしたものなら必ず襲いかかって朝まで男を寝かせない筈だと思った。


町の者だって誰もがリフィアは旅にでる度にジンスケとお愉しみなのだろうと思って涎をたらして羨ましがっていたのだ。


でもそんなことがあればリフィアは必ずアイリーンに話した筈だ。


自慢話で、今度もまた朝まで寝かせてもらえない筈だ。


ところが、そんな気配はまったくなかった。


リフィアが骨の髄までジンスケにいれこんでいることは間違いなかった。


けれどもジンスケと寝たという話は一切しなかった。


ただひたすらジンスケの素晴らしさ、美しさ、人間性の清らかさ、そういうものを熱く語るばかりだ。


リフィアがジンスケと寝たがっているのは間違いない。


ジンスケのことを考えながら一人でエッチをしているのさえも知っていた。


まあ、ジンスケのことを考えて一人でエッチしなかった女はザカトには一人もいないかもしれないが。


年増・大柄好きなアイリーンでさえ何回かはあるのだ。


それなのにリフィアがジンスケとそういうことになった気配が全くないのだ。


どうしてずっと一緒にいて、機会だっていくらでもあるのに我慢できるのだろう?


火魔法なんて使わなくても、リフィアの腕っぷしなら男なんて何の抵抗もできないだろうに。。。


いったい、あの二人はどうなっているのだろう?…と、アイリーンはずっと不思議に思っていた。


実際、二人には何もなかったのだ。


それがあの夜。ジンスケがリフィアを招いたあの夜に二人は初めてつながったのだ。


リフィアは本当に感激していた。


つまり、どちらかに何かあって『できない』ということではなかったわけだ。


それでは今までどうして何もなかったのだろう?


ジンスケとリフィアの間には他人にはわからない何かがあるのかもしれないと思った。


今、常人離れした健脚を見せているジンスケ。


火喰い鳥との遭遇の際のジンスケ。


それを思い起こしてみる。


ジンスケとリフィア二人の関係が普通でないのは、もしかするとジンスケがアイリーンが考えているのとは随分違う人物だからなのではないだろうか?


ただの美しいだけの男ではない?


そう考えるとアイリーンの心の奥底でザワッとざわめく何かがあった。


まあいい。


ジンスケがただの美しいだけの男ではないのであれば、二人で旅していれば、それはいずれ判るだろう。


どちらにしてもアイリーンにはジンスケを押し倒して襲う気などないのだし。


タジールの町の入り口が近づいてきた。


スカンツの村と同じような簡易な門に「ようこそタジールへ」と書かれた看板がかかっているだけの入り口だ。


城壁に囲まれて分厚い門と門番が見張っているプロスペリタの町の入り口とは随分と違う。


魔物の現れないインフルアには町の周囲に城壁など必要ないのだ。


とりあえず宿を探してシャワーを浴びたかった。


ザカトを出てからずっと野宿だったし、小川で水浴びはしたがシャワーとベッドが恋しかった。


ジンスケは頭巾をかぶって少女に扮している。


姉妹の設定なので宿の部屋は一緒でなければ怪しまれるだろう。


料金が2倍になるのに2部屋とる姉妹なんて普通はいない。


ジンスケと一緒の部屋での泊りになるけれどジンスケは平気なのだろうか?


そんなことをアイリーンは思っていた。

いつもご愛読ありがとうございます。

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