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86.火喰い鳥

ジンスケは再度、火喰い鳥が上空を通過するのを待った。


火喰い鳥が上空を通過してからUターンして戻ってくるまでの間に移動して打開するしかないと思ったからだ。


通り過ぎるのを待って、一番近くの林へと走れば火喰い鳥が戻ってくるまでに林に到達することはジンスケの走力であればそれほど難しいことではなさそうに思えた。


それにうまくいかなくて炎を浴びたとしても一度くらいであれば致命傷にはならなそうに思えた。


サラマンダーとの戦いでジンスケは自身の火傷を治癒する方法を身に着けていた。


火喰い鳥の炎は浴びれば火だるまになってしまうほどの劫火だけれども、サラマンダーのブレスのように浴びれば即死につながるような灼熱の炎ではない。


火喰い鳥が上空を通過して炎が大岩を襲う。


それが通り過ぎた瞬間に火喰い鳥とは反対方向の林に向かってジンスケは走った。


Uターンした火喰い鳥が走っていくジンスケの背を確認した。


今度は大岩ではなくてジンスケを目掛けて飛んでくる。


自分の敵は大岩に隠れているアイリーンではなくて走って行くジンスケであることを承知しているかのようだった。


然し、ジンスケが林の中に走りこむほうが火喰い鳥の飛来よりもずっと速かった。


アイリーンはジンスケの本気のダッシュのあまりの速さに驚愕していた。


ハッと我に返って、ジンスケとは別方向の林へ向けて走り出した。


林に駆け込んでしまったジンスケの姿は上空からは見えない。


火喰い鳥はジンスケの走りこんだ林に向けて炎を連発で吹きつけながら飛んでいく。


そのまま林の上を火喰い鳥が通り過ぎようとしたその時、林の中の一番高い木のてっぺんに人の影があった。


林に駆け込んだジンスケがそのまま一番の大木にスルスルと登っていったのだ。


直前まで飛んできて火喰い鳥は木の上のジンスケに気づいた。


あわてて急上昇しようとする火喰い鳥に向かってジンスケが木の頂上からジャンプする。


空中を飛びながらジンスケは見えない速度で愛刀の鬼丸を火喰い鳥に向けて振り下ろした。


ザクッという手ごたえはあったが火喰い鳥の反応が一瞬速かった為にジンスケの一撃は火喰い鳥の魔核である首のあたりまでは間一髪のところで届かなかった。


鬼丸は火喰い鳥の左脚の太ももあたりを両断して切り落としたが高位の魔物は核を壊されなければ死ぬことはない。


しかし深手を負った火喰い鳥もまた相手の手ごわさを感じとったのだろう。


そのまま向うの山脈のほうへと飛び去っていったのだった。


ジンスケは登った時と同じようにスルスルと木を下りてきた。


前世で修行中にしりあった体術家から教わった『猿飛の術』という木登りの技だ。


前世でのジンスケはかなり練習を積んだけれども体術家ほどには素早く登り降りはできなかった。


けれども今は全身に魔力が巡らされていて前世の何倍も運動能力が上がっている。


今のジンスケの『猿飛の術』は教えてくれた体術家と比べても、その2倍3倍の素早さだろう。


ジンスケは地上に降り立つと、アイリーンの隠れている林へと駆けていった。


地上にいるアイリーンからは林の上空で行われたジンスケと火喰い鳥の戦いは見えていない。


アイリーンは上空から丸見えの沢を走ってくるジンスケを見て、今にも火喰い鳥の炎に焼かれてしまうのではないかとヒヤヒヤしていた。


ジンスケが火喰い鳥は去っていったことを告げると、アイリーンはやっと安心した顔になった。


それと同時にドッと疲れが出たようで目の下あたりにクマができている。


こんなことがあったのでは、もう明日の食料のための狩りを続ける気にはならなかった。


いつもなら水辺にキャンプを張るのだが、火喰い鳥がまたやって来るのを警戒して林の中で野宿することにした。


樹木に視界が遮られて、沢でキャンプするよりも魔物のフイ撃ちを受けやすくなってしまうが、火喰い鳥に襲われるよりはマシだと思えた。


昨夜と同じように交代で見張りをすることにしたが、アイリーンはよほど疲れたのだろう。


ぐっすりと寝込んでいたので、ジンスケは朝までアイリーンを起こさなかった。


肉が焼ける香ばしい匂いでアイリーンは目を覚ました。


眠たい目をこすりながら見るとジンスケが焚き火に薪をくべている。


焚き火の周りには大きな肉の塊を刺した木の枝が刺さっている。


どうやら自分が寝ている間にジンスケが狩りまでして肉を調達してくれたらしい。


アイリーンは体についた枯葉をはらいながら焚き火のところにいるジンスケに近付いていった。


「おはようございますジンスケ様、昨夜はすっかり寝込んでしまったようですみませんでした」


「それにどうやら狩りまでしていただいたようで恐縮です」


「ずいぶんと美味そうな匂いがしていますが何の肉ですか?」


ジンスケは曖昧に誤魔化すように言った。


「昨夜、あまり見かけない魔物がいたので狩ってみましたが、足は切り落としたのですが逃げられてしまったので、どんな魔物かよくわからなかったのです」


「でもとりあえず血抜きはしておいたので期待しないで食べてみましょう」


本当は火喰い鳥が落としていった太ももから下の片足だった。


高位の魔物は核を壊して殺すと煙のように魔素に却ってしまうが、どうやら殺さないで切り落とした体の部分はそのまま残るらしい。


昨夜戦った林に行ってみたら切り落とした脚が落ちていたので血抜きしておいたのだ。


飛んでいる時はあんなに全身炎に包まれているようなのに切り落とされた脚には焼け跡ひとつなかった。


焚き火にあてても焼けないのではないかと心配したが、そんなこともないようだった。


香ばしい匂いにすっかり食欲を刺激された二人は、さっそく朝食にとりかかることにした。


メニューは火喰い鳥の『もも肉焼き』だ。


味付けはもちろん塩。


皮目からジュージューと脂がしたたり落ちている。


口の中が火傷しないか心配だが、それよりも食欲が勝って二人は骨付き肉にかぶりついていた。


アイリーンの目が丸くなる。


「美味い!!!!」


肉はバークホッグよりずっと柔らかくてジューシーだ。


獣臭さも全くなくて皮目の脂はすごいのだけど肉自体は淡白で上品な味わいだった。


二人は会話も忘れて骨付き肉をむさぼり食べていた。


すっかり満腹したあとは沢から水を汲んできて紅茶をいれた。


紅茶を飲みながらアイリーンが感慨深げに言った。


「物を食べるのがこんなに楽しいことだとは生まれてから今まで全く知りませんでした」


「ジンスケ様の塩と血抜きの技は人生観を変えてしまいますね」


「もう私は塩味のない一角ウサギだけの食生活には戻れそうもありません」


ジンスケは笑顔で言った。


「それはよかったです、確かに血抜きすれば食べてみて美味しい魔物が他にもいるかもしれませんね」


「でも、人生観とか、それほど大げさな話でもないでしょう」


アイリーンは真剣な顔で首を振った。


「冗談じゃありません、ギルド長なんかやめて冒険者になって毎日いろいろな魔物を狩ってみようかと真剣に考えているくらいです」


いつもは冷静沈着でクールなアイリーンがこんなに興奮した感じで話すのは珍しい。


でもジンスケはこういうアイリーンも可愛らしくて悪くないなと思うのだった。


もう山岳地帯の端のあたりまできているはずだった。


いよいよ、もうひとつだけ山を越えればインフルアとの国境へと続いている。


贅沢な朝食を終えて二人は元気を取り戻した足取りで歩き始めた。


いつもご愛読ありがとうございます。

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