8.冒険者ギルドは大盛況
次の日は冒険者ギルドの始まる時間より随分と早くに宿を出た。
初出社で遅刻したり、先輩より遅く出勤というのは新人の態度としてよくないだろう。
けれどもギルドに向かって歩いていくと、人の群れで歩道が渋滞していて進めそうもない。
どうしようかと迷っていると、行列の一番後ろの人が私に気づいたらしくサッと道をあけてくれた。
それが合図のように昨日と同じくモーゼの十戒のごとく人垣が左右に割れていく。
せっかく空けてくれたものを進まないのもどうかと思うので、私はレッドカーペットを歩く俳優でもあるかのように人垣の谷間を歩いていった。
ずっと歩いていくと何のことはない人垣は私の目的地である冒険者ギルドまで続いていた。
ノラさんがこの町の住人の半分くらいは冒険者だと言っていた。
そうするとギルドの開店前はいつもこんな大行列なのだろうか?
私がギルドに入っていくとアガサ先輩がもう既に出勤していた。
「アガサ殿、おはようございます、すごい客人の数ですね。いつも開店前はこんな様子なのですか?」
「おはようジンスケ、約束通り本当に来てくれたんだな、ありがとう」
「いつもこんなかって? そんなわけないだろ。開店前にやって来る冒険者なんていないよ」
「私一人で受け付けるのはとっても無理だから、今応援を呼びにやっている」
「まだ開店までは1時間くらいあるから、それまでには応援が来るはずだ」
「それで、とりあえず拙者は何をすればいいですか?」
「そうだな応援が来てから細かいことは決めるけれど、朝からこんなに来たのでは初めてのジンスケが受付をするのは無理だと思う」
「私と応援にきた者で受付をするから、ジンスケはそこの受付印をもって私たちがOKだといった書類に片っ端から受付印を押してくれ」
アガサ先輩は人の拳くらいの大きさがある印鑑を渡してくれた。
「なるほど、この朱印を押せば良いのですね、寺社の巫女のような仕事ですね」
「それで朱印は文書のどこに押せばいいのでしょう?」
「ああ、どこでもいい、端っこでも真ん中でも押してあるってわかればいいから、ばんばん押してしまってくれ」
どうやら初めての私にでもできそうな簡単な仕事にしてくれたらしい。
しばらくすると他の先輩たちが応援にやってきた。
ほかの先輩たちは本当に普通の職員という感じの人たちでアガサ先輩のように獰猛な感じはしない。
アガサ先輩を含む3人が受付に並んで1人が行列整理の役に回った。
アガサ先輩に言われて私はとりあえずアガサ先輩の横に印鑑をもって立った。
開店時間になって扉が開くと冒険者たちがどやどやとギルドに入ってきた。
一目散に依頼の張り紙が貼ってある壁へと向かっていく。
自分にあいそうな依頼を見つけると依頼の紙を剥がして受付に並ぶ。
3人で横並びになって受付をしているのだけれど、どういうわけかアガサ先輩の前にだけ長い列ができてしまい、他の先輩のところはガラガラだ。
アガサ先輩が行列の女たちに向かって怒鳴った。
「今日はジンスケは受付はしないぞ。受け付けた書類に印鑑を押す役だから、どの列に並んでも同じだ。時間の無駄だからさっさと並び直せ」
その言葉を聞いて、アガサ先輩の前の行列が崩れてワラワラと他の先輩の受付の前に並んでいく。
依頼の貼り紙の難易度と冒険者ランクを先輩たちが確認して、私が印鑑を押して冒険者に手渡す。
みんな笑顔で受け取ってくれて、けっこう効率よく行列がさばけていく。
並んでいる冒険者のレベルはみんなDランクかEランクばかりだ。
依頼の貼り紙もほとんどが一角ウサギの討伐とか薬草の採取といった内容だ。
私はアガサ先輩と話しながら印鑑を押している。雑談しながらでもこなせてしまうような仕事なのだ。
「冒険者ランクって武将の格を示すようですけど、DランクとEランクの人ばかりなんですね」
「そりゃあそうだ、Cランク以上には魔法が使えないとなれないからな」
「えっ? もしかして魔法とは妖術のことですか? それでは妖術を使う忍者のような冒険者もいるということですね」
アガサ先輩は私の言うことが理解できなかったのか怪訝な顔をしながらも教えてくれた。
「魔法が使えるのは貴族の血筋だけだよ、貴族から没落して平民になったような奴がC級冒険者になる」
「まあそういう貴族崩れを除いては冒険者で魔法が使える奴なんていないさ」
「なるほど、その妖術が使える者がCランク以上ということだとすると、魔物狩りには妖術が効き目があるということですね」
「まあそうだねダンジョン攻略とかだとCランク以上がいないと無理だね」
今度は私のほうが聞きなれない言葉なので聞き返してしまった。
「そのダンジョンというのはどのようなものでしょう?」
「魔物がたくさんいる洞窟のことだね、そういうところの魔物は肉や皮とか骨まで貴重なものが多いんだ」
「強い魔物になると鉱物や魔石を落としたりすることもある」
「なるほど、でもギルドにはDランク以下の冒険者ばかりなのはどういうわけなのでしょう?」
「だから魔法が使えるのは貴族の血筋の者だけだからCランク以上は数がそもそも少ないんだよ」
魔法が使えるのは貴族の血筋の者だけだけれど貴族は冒険者になどらならないのでCランク以上の冒険者は極端に数が少ないということのようだ。
「それに、この町で使われている物はみんな草原や森などで手に入るものばかりだからね」
「鉱物とか特殊なものはダンジョンでしかとれないけど、そんなクエストはたくさんはないからな」
そうは言っても手練れの冒険者であれば強い魔物がでるダンジョンというのは逆に挑戦しがいのあるものだと思うのではないだろうか?
「そうですか、でもダンジョンに入るというツワモノの冒険者もいることはいるのでしょう?」
「そうだね没落貴族の血筋のCランクの冒険者もこの町には何人かいるから、鉄鉱石とか銅鉱、金銀などが必要になったときはCランクのやつらに頼んでいる」
「Bランク以上の冒険者というのはいないのですか?」
「Bランクはダンジョン10階層以上、Aランクは30階層以上、Sランクはダンジョン踏破という決まりに一応はなっている」
「だけどAとかSとかって本当に存在するのかね?」
説明しておいてアガサ先輩は自分で自分に質問している。それだけランクの高い冒険者というのは希少な存在だということなのだろう。
「王都にいけばBランクがいるらしいけど、それも噂に聞いただけで見たことはないから」
「なるほど、それではダンジョンの深層に行く冒険者などという者はいないのですね」
「いないよ、そもそもそんな危険なことをする必要がないからな」
「なんでそんなことを聞くんだ? ジンスケはダンジョンに興味があるのか?」
興味がないこともないが今のところは寝心地のいいベッドがあるからそれで満足している。
「いえ、拙者の前の世界では武芸者は誰よりも強くありたいと上を目指してばかりいたので」
「どうやらこの世界の人たちは私の前世の人たちとは考え方が違うようですね」
どこに行ってもこんな人たちばかりなのならば武芸者に追い掛け回されるようなことはなさそうだ。
「それにしてもジンスケはどうしてギルドなんかで働こうと思ったんだい」
「それは冒険者なら塩について知っている者がいるかもしれないと思ったからです」
「なんだい、その塩っていうのは?」
「拙者の元いた世界では海の水を天日で干してできた白い塩を肉などにかけて食すのが習慣だったのです」
「ふうんそうなんだ。なんでそんなことするのかね魔物ステーキは魔物ステーキだろ」
「塩を食べ物にかけると味がよくなるのです、塩の味を知れば虜になると思いますよ」
「別に虜になんかならなくても腹がいっぱいになればそれでいいけどねえ」
やはりこの世界の人々は食事には娯楽を求めていないらしい。
「まあでもそんなに気になるならCランクの奴に聞いてみたらどうだ」
「いろいろな町やダンジョンに行ってるから、何か噂くらいは知っているかもしれないぞ」
「ほら、あそこの壁の前で依頼を眺めている緑色の髪の女、あいつがCランクだ」
「仕事中にすみませんが、ちょっと聞きにいってもいいですか?」
「いいよ、代わりに印鑑は押しておいてやるから」
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(注) モーゼの十戒
モーセが“海を割った”という奇跡のエピソードが旧約聖書の中にあります。映画などにもなっています。
神と預言者による奇跡についての逸話のひとつです。
モーゼが海に向かって手を差し出すと海面が割れて道があらわれ、エジプト軍から逃れることができたとされています。