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78.一期一会

「それでどうされますかジンスケ様? 私と一緒にとりあえずインフルアの知人に身を寄せてみますか?」


アイリーンが振り向いてジンスケに問い直した。


フォルティアの内乱の噂が事実無根でなければ王族であるリゼリア王女は今頃は大変な渦中にいることだろう。


ジンスケを歓待するどころの話ではないかもしれない。


あれだけの雷魔法の使い手であるから滅多なことでは身の危険はないだろうと思うが、何にしても国の大事の時に王族に迷惑をかけるわけにもいかないとも思った。


ジンスケはアイリーンに小さく会釈して言った。


「それではアイリーン殿のご厚意に甘えて拙者もインフルアにご一緒させていただきたいと思います」


アイリーンは微笑して頷いた。 そしてリフィアに向かって問いかけた。


「それではお前も来るよな?リフィア」


けれどもリフィアは真剣な表情でそれに答えた。


「いえ、私はまだ足の怪我が全快していないので皆と共にヴェルデ領へ行こうと思います」


アイリーンは怪訝な顔で言った。


「そうか。無理をすればインフルアまで行けないほどの怪我の具合でもないと思うが……」


リフィアは首を振った。


「確かにその通りです。でもジンスケ様の旅はインフルアまでとは限らずフォルティアになるかもしれません」


「この足の具合ではフォルティアまでの旅はとても無理ですし、道中で魔物の群れと出くわさないとも限りません」


「今のままでは必ずジンスケ様の足手まといになってしまうでしょう」


「ジンスケ様のお傍を一時も離れたくないのが本心ですが、それ以上に足手まといになって迷惑をかけてしまうような事になれば自分が許せません」


「ヴェルデに行って治療を続けて全快してから、必ずジンスケ様の後を追って合流させていただきます」


リフィアの表情には決意の固さがうかがえた。


アイリーンとジンスケは無言で深く頷いたのだった。


それぞれの予定が決まったのでアイリーンがジンスケに最後の確認をする。


「インフルアへの出発は明後日の朝を予定していますがジンスケ様はそれで大丈夫ですか?」


「拙者は問題ありません」


アイリーンはリフィアにも訊いた。


「リフィアはいつヴェルデに向かうつもりだ? いつ魔物が現れてもおかしくないのだから、なるべく早いほうがいいと思うが……」


リフィアは微笑して答えた。


「ノラさんが最後まで残るようなので、一緒に行く予定です、世話になっていますからね」


アイリーンはそれを聞いて頷いた。


「そうか、さすがのノラさんもお年だからな、よろしく頼むよ」


話し合いが終わったので二人が帰ろうとするとジンスケが引き留めるように言った。


「リフィアさん、しばらくお会いできなくなると思いますので今夜は拙者と一緒に夕食をしませんか?」


「もし無理でなければノラさんに一人分追加をお願いしておきます」


リフィアは満面の笑顔になった。


「もちろん無理なわけなどありません、是非ご一緒させてください」


アイリーンはそんな二人の様子を微笑みながら黙って見ていた。


有能なギルド長は「私も混ぜろ」などというような無粋なことは言わないのだ。


全ての用事が終わったので二人は帰って行った。



夕食の時間にはまだ随分と早い時間にリフィアはやってきた。


ノラの宿屋の食堂にはまだ客は誰もいない。


ノラがすぐにリフィアの訪問に気づいて帳場から顔を出して二階に向かって怒鳴った。


「ジンスケ! お客がお待ちかねだよ!」


すぐにジンスケの部屋のドアが開いてジンスケが顔を出した。


リフィアを見つけると、またすぐに引っ込んでドアがバタンと閉まった。


ほどなくしてジンスケが二階から降りてきた。


「リフィアさんこんばんは、早かったですね」


リフィアは少し頬を赤らめて答えた。


「すみません、一緒の夕食が楽しみ過ぎて、つい早くに来すぎてしまいました」


「まだ夕食には早いのでジンスケ様はお部屋でゆっくり休んでいてくださってもよかったのに」


ジンスケは笑って答えた。


「そんなに楽しみにしてくださったとは嬉しいですね」


「まだ時間は早いですが実は腹がペコペコなんです、リフィアさんが大丈夫なら直ぐに食事にしませんか?」


リフィアもニッコリと笑って答えた。


「実は私も、もうお腹が空いているんです」


二人は笑いあってノラさんに確認すると、すぐに用意できると言ってくれた。


そうは言っても食べるものはいつもと同じだ。


パンと塩味のウサギステーキと野菜スープ


もうこの食堂で食べるのもあと何回かしかないと思うと寂しくなる。


ジンスケは塩味ステーキを食べながらリフィアに言った。


「ところでお家再興の件は本当に全く未練はないのですか?」


リフィアは微笑んで答えた。


「ええ、未練は全くありませんね。冒険者という仕事が気にいっていますし」


「それに下手に貴族になんてなったらジンスケ様のお手伝いもできませんしね」


ジンスケはちょっとだけ不思議そうな顔をした。


「拙者の元の世界では無理とわかっていてもお家再興だけを悲願としている者がたくさんいました」


「お二人は随分とクールなのですね」


リフィアは小さく首を振った。


「いえ、私たちの母もそういう人でしたよ」


「でも正直に言うと私たち姉妹は生まれた時から平民ですし、周りの友達なども皆、平民です」


「それなのに母は貴族としての礼儀やら心得やらを教え込もうとするので私たちは『貴族ってなんて面倒なんだろ』って思っていましたね」


「それに母の代であれば別ですが今更、爵位を戻すと言っても母の代でも祖母から正式な家督の委譲がされたわけでもないですし、今となっては誰に爵位を授けていいものか国だって困るでしょう」


それからも二人は食事をしながら、あれやこれやと色々な話をした。


いつも一緒にいたようなものなのだけれど、こうやってあらたまって話すと、話すことは尽きないものだった。


食事が終わって、最後にノラさんが出してくれた紅茶も飲み終わって二人の食事会はお開きになった。


挨拶をして帰ろうとするリフィアにジンスケが言った。


「最後に私の部屋を見ておきませんか? どうぞお二階へ」


リフィアがキョトンとした顔で聞いた。


「ジンスケ様のお部屋を見せていただくのですか?」


「もう何回も見ていますけど……」


ノラが帳場から顔を出して怒鳴った。


「お前は馬鹿なのかい? つまらないこと言ってないで、さっさとジンスケの部屋に行きな!」


リフィアは何故ノラに怒られなければならないのか判らなかったが、ジンスケのあとについて二階へと上がっていった。


部屋に入るとジンスケが微笑みながら言った。


「相変わらず殺風景な部屋だなっていう顔をしていますよ。座るところがないのでそこのベッドにでも腰かけて聞いてください」


話なら食事をしながら尽きるほどにしたばかりだと思いながらリフィアはベッドに腰かけた。


ジンスケは静かに話し始めた。


「拙者の元いた世界には『一期一会』という言葉があります」


「この今のひと時は一生に一度のかけがいのない時間かもしれないから、それを心において悔いのないように過ごしなさい…そんな意味の言葉です」


リフィアは黙って小さく頷いた。


「拙者の世界で、拙者のいた時代よりもっと昔の時代になりますが、国から役を任されて地方に赴任していた友人が訪ねてきて酒を酌み交わす」


「実はその時代に地方から出てくるには何十日も旅路にかかりました、簡単に何度も来れるようなものではありません」


「その友人が次の日に地方へと帰れば、一生のうちにたぶんもう二度と会うことはないでしょう」


「ですから、その貴重なひと時を悔いのないように過ごしなさい」


「でもそんな遠くへ帰るのではなくても人生にはいつ何が起きるかもわかりません、いつでも会えると思っていた人が明日は事故にあって二度と会えないということは普通におこるものです」


「だから、どんな出会いも、どんな時間も、いつも悔いのないように過ごさなければならないという教えです」


またリフィアは黙って静かに頷いた。


ジンスケが言おうとしていることがなんとなく予想できた。


ジンスケは真っすぐにリフィアの目を見て話を続けた。


「数百年前に編纂されたその頃の歌集が拙者の時代まで残っていましたが、100ほどの詩のほとんどが恋の歌でした」


「その時代にはゆっくりと恋をすることも叶わなかったのでしょう、ひとたび赴任を命ぜられれば二度とは会えないことが判っていました」


「思い人が旅たつ前の夜には、一生を共にする相手とはなれないことを知ったうえで体をあわせたのでしょう」


「その一瞬がかけがえのない時間だと知って、悔いを残さずに時を過ごそうとしたのでしょうね」


「遠くに離れてしまった、そんな相手を思う恋の詩も残されています」


リフィアにはジンスケが考えていることがはっきりと判った。


それは、この世界では普通は女から申し入れるべきことだ。


でもリフィアはジンスケを見つめて小さく首を振ったのだった。






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