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76.魔族と人間

クロウヘルムは穏やかな表情でゆっくりと話し始めた。


「まず最初に魔物の習性についてお話ししなければなりません」


「以前にもお話ししたかもしれませんが魔物は魔素の濃い場所を好みます、例えばダンジョンですね」


「ですから普通は魔物がダンジョンから出て地上に現れるというのはとても珍しいことなのです」


「ですが地上にも森や山など比較的に魔素が濃い場所もあります、ダンジョンの低層にいるような魔物はダンジョンから出て、そういう場所に現れる場合もあります」


「けれども今回のように魔物が地上に群れで押し寄せたり、ダンジョンの中層以上にいるような強い魔物が地上に現れるというのは普通はありえない事です。」


「ですが一つだけ例外があります。その場合は魔物は喜んで自分から地上へと出てきます」


「それは魔族の存在です」


「人間と魔族はよく似ているともいえるし正反対だともいえます」


「姿かたちは一目でわかるほどに違いますが、魔物と人間ほどには違いません」


「頭が一つに手足が二本ずつ、魔物のように特殊な能力は持たないのが普通なのも同じです」


「もっとも違うのは魔物との関係です、魔物は本能的に人間を襲う習性があり、それと同じように魔族になつく習性があります」


「全ての魔族が魔物をひきつける特殊な魔素を生まれつき体内にもって生まれるのです」


「もうお判りかもしれませんが、強い魔物や魔物の群れが地上に現れる例外というのは地上に魔族がいる場合です」


「つまりゼブレが魔物の群れに襲われたということは魔族が関係しているか、もっと言えば魔族がけしかけた可能性が高いということです」


ジンスケは頷きながら聞き返した。


「なるほどそういう事でござるか」


「しかしクロウヘルム殿のお近くには魔物は見当たらぬようですが……」


クロウヘルムは笑って答えた。


「それは敢えて私が魔物を近づけないようにしているからですよ」


ジンスケにはそれでも納得がいかなかった。


「然し、誰に聞いても今までプロスペリタではこの様なことはなかったと……」


クロウヘルムは真面目な顔に戻って言った。


「そうですね、その通りです。つまり最近になって何かが変わったということなのでしょう」


「数百年前に現在の魔王が現れて以来、この世界は人間の住む世界と魔物の住む世界の領域がはっきりと区切られ落ち着いていました」


「でもこれは、この世界の歴史上はとても稀な時代なのです」


「人間がそうであるのと同じように魔族も自由であることを好みます、ですから放っておけば人間も魔族もこの世界のどこにでも進出していきます」


「そして魔物の存在があります。魔族がいれば魔物が増える、魔物には人間を襲う本能があるので必然的に争いが絶えない、それが普通の時代なのです」


「過去永劫にわたる人間と魔族の争いは常に魔族が優勢でした。どちらも能力は同程度ですけれども決定的な違いが一つだけあったからです、魔物が魔族の味方だということです」


「ですので一般的に魔族は人間との争いを避けない、場合によっては争うことに歓びを感じる者さえ少なくありません」


「争って勝つことは人間にとっても魔族にとっても快感なのです、それが魔族の遺伝子には色濃く反映されている」


「けれども現在の魔王は違いました。数百年前に境界線を定め魔族は全員がその中に住むことになりました。」


「全世界に散らばっていた魔物もそれにつれて次第に境界線の中へと移動し、人間の住む世界には魔物がほとんどいなくなったのです」


「プロスペリタでこんな事がおきるようになったということは、おそらくは魔王が考えを変えたか、魔王に何かあったのかという事でしょう」


ジンスケは不満そうに聞き返した。


「魔王に何かあったとして、いきなり魔族が人間の領域を侵犯しに来るものなのですか?」


クロウヘルムは頷いた。


「人間に魔導士やエルフの大魔導士がいるように、魔族にも魔導士やダークエルフの大魔導士がいます」


「それらの者は支配的な地位にいます」


「魔族界で言うと、魔王の下に四天王と呼ばれるダークエルフの大魔導士が四人います」


「その他にもいますが、その四人は特別に力が強く、魔王の側近として仕えています」


「魔王は穏健派ですが四天王のうち三人は非常に好戦的な性格です、魔王がいるので大人しくしているだけです」


「魔王に何かあれば彼らが実権を握って、すぐにでも人間界に攻め込んできても何の不思議もありません」


ジンスケは唸った。


「ううむ、そうするとクロウヘルム殿はこの様なことはまだこれからも続くと思われるのですね」


クロウヘルムは残念そうに頷いた。


「そうですね。その可能性が高いと思います。」


「私はなるべく魔族と関わりたくはないのでザカトで彼らと戦うよりも、まだ安全なところに逃げることを選びます」


「それもいつまで安全かは怪しいものですが……」


ジンスケはクロウヘルムを見つめて言った。


「拙者が戦うと言ったら、このザカトの町を守るために一緒に戦っていただけるつもりはありませぬか?」


クロウヘルムは即座に首を振った。


「勘違いしないでくださいジンスケ様。私は魔族なのですよ」


「人間と争うのを好まないというだけで、ましてや同族の魔族と戦う気持ちなどあるわけもありません」


ジンスケは残念そうに言った。


「そうですか、ご領主がそのつもりであればザカトは諦めるしかないようですね」


「それにしても魔族はどうやって、あんなに大量の魔物を呼び寄せるのでしょう?」


クロウヘルムは渋い顔をして答えた。


「魔族がそこにいるだけで魔物は段々と集まってくるものです、でもそれにはそれなりの日月がかかります」


「いきなりゼブレにあれほどの大群が現れるとしたら魔導士の仕業に違いないでしょう」


「魔族の魔導士の中には召喚魔法を使う者が多くいます」


「召喚魔法と言っても、無から有を生み出すようなものではありません」


「どちらかと言えば転移魔法に近い。」


「魔物がいる場所と、魔物を呼びたしたい場所にゲートを作る魔法です」


「魔族の領域である魔物地帯にはいつも沢山の魔物がいます。そことゼブレをつなぐゲートを開けてやれば魔族の魔導士の存在に釣られて魔物たちが勝手にゲートをくぐってやってくるでしょう」


ジンスケは唸った。


「う~む、そういうことでしたか。それではバルナートやアルノも同じ方法で襲われたということですね」


「それどころか魔族の魔導士の侵入を許せば王都にだって魔物が現れるかもしれないということですか」


クロウヘルムは頷いた。


「そういうことになりますね。」


「でもこれは既に魔族と人間の戦争が始まったにも近い状況です」


「だとすれば魔族は、まずは騎士団や貴族私兵のいない防御の薄いところから攻めるつもりのように思います」


「なのでザカトは最も危険な町のなかの一つだと思うのです」


ジンスケは頷いた。


「なるほど。道理ですね。それでご領主はこれほどまでに急いで町の人々を逃がそうとしておられるのか」


「魔物の襲来を防ぐには、まずは召喚魔法を使える魔族の魔導士の侵入を防ぐことが肝要のように思いますが、それは難しいのでしょうか?」


クロウヘルムは皮肉な笑いを浮かべた。


「一般の魔族には無理ですが、魔導士にとっては私と同じように人間になりすますことくらい造作もないことです」


「人間にはジンスケ様のように私を見て一目で魔族だと見破れるような人間はまずいません」


「それに魔界と人間界に分かれてから数百年がたちます、人間のほとんどはこの世界に魔族が存在することすら意識していないでしょう」


「ジンスケ様が百人でもいないかぎり侵入を防ぐのは難しいでしょうね」


ジンスケは大きく溜息をついた。


「もし魔族が本当に人間と大戦争を始めるつもりだとしたら、クロウヘルム殿はどちらが勝つとお思いか?」


クロウヘルムは当然という顔をして言った。


「賭けろと言われれば『魔族の勝ち』に賭けますね」


「魔族と人間の戦いではいつも魔族が優勢でしたから」


「魔物を遣えるというのは決定的な違いです」


「それに魔族はこうやって戦いを始めた以上、準備が整っている筈です。」


「それに対して人間側は魔族の存在すら遠い過去の記憶の中に忘れてしまっている、魔族との戦いへの備えなど何もない状態です」


「ただ人間にも勝ち目がゼロというわけではありません」


「エルフの大魔導士の中には魔族の大魔導士よりも遥かに強い者がいます」


「魔族のダークエルフは魔王もそうですが、せいぜい数百歳です。」


「それに比べてエルフの大魔導士の中には千年以上も生きている者がいると聞きます」


「魔導士は長く生きている者ほど強いというのが常識です」


「千年以上も生きている大魔導士は戦いを好まない者がほとんどだと聞いていますが、その力が味方するなら人間にも勝機があるかもしれませんね」


ジンスケは脳裏にアポフィスの姿を思い浮かべた。


サラマンダーでさえも一瞬で氷漬けにしてしまうアポフィスであれば確かに誰と戦っても負けることはないような気がした。


同時に、アポフィスは絶対に戦争には参加しないだろうとも思うのだった。


それでは自分はどうするべきなのだろう?


ザカトの町の人々を救うためであれば誰と戦うことも厭いはしない。


だが自分は戦争に参加したいのだろうか?


ただひたすら戦い、自分の強さをひけらかし、殺戮の中に埋没していくだけの日常。


またそんなものに戻りたいとは思わなかった。


これからどうするかを真剣に考えなければならない時が来たのをジンスケは感じるのだった。








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