70.巧妙な罠
翌朝早くリフィアの先導で三人は密輸船近くの場所まで移動して、林の中から様子を伺っていた。
まさかとは思うが、罠である可能性も考慮して、怪しい素振りがないか見張っていたのだ。
三人とも頭巾をかぶり目だけを出して顔にはマスクをつけている。
リフィアは念のために頭巾の下にも赤髪のウィッグを着けていた。
密輸団の船はもう川岸に繋がれていた。
川岸には林の中から船を引っ張ってきたらしい跡が真っすぐに残っていた。
どうやらギリギリまで林に隠しておいて、朝になって素早く出してきたらしい。
リゼリア王女が呟いた。
「密輸団らしいやり方ですね。怪しいところはなさそうだ」
「行きますか?」
リフィアがそれを手で制した。
「ちょっと待って、あいつら何か運んできます」
三人が隠れて見ていると、何人かの女たちが大きな木箱を抱えてやってきた。
そして次々と荷物を船に積み込んでいく。
女たちの一人がボスに向かって笑いながら言った。
「すぐに出航できるのに明日の朝っていうから、金になるのに何ですぐにやらないんだ?と思ったけど、さすがはお頭だ」
「夜の間に密輸品の依頼を搔き集めてくるなんてな」
ボスも笑って答えた。
「わざわざ危険を冒してインフルアまで行くんだ。人間だけ運んだってつまらないだろう」
「あいつらに、他の荷物を積まないなんて約束していないからな。」
「今回の密航は大儲けだぞ」
それを聞いて船乗りたちは全員が笑いあっている。
ジンスケはその様子を見て頷いた。
「どうやら怪しいところはなさそうですね、普通の密輸団のようだ」
リフィアが笑って答えた。
「密輸団っていうそれ自体が怪しい奴らなんですけどね。普通じゃないし」
リゼリア王女も笑って頷いている。
ジンスケは決断して立ち上がった。
「それでは行きましょう。インフルアはもうすぐですね」
三人は林から姿を現し密輸船へと近づいて行った。
密輸団のボスはすぐに三人に気づいたようだが、無言で出航準備を続けている。
船のすぐ近くまで行くとリフィアがボスに声をかけた。
「おはようございます。約束通りお願いしますね」
ボスは顔を上げると不愛想に言った。
「自己紹介はお互いに不要だよな? まず前金の金貨10枚をもらおうか。そうしたらすぐに出航だ」
「船に乗ったら目的地に着くまでは全て船長である私の指示に従ってもらう」
リフィアは懐から金貨10枚の入った袋を差し出した。
ボスはそれをひったくるように受け取ると、すぐに中を確認した。
「ふん、金貨10枚間違いない。それじゃあさっさと船に乗れ、すぐに出航するぞ」
「あんたらが何者か知らんが、荷物の陰かなにかなるべく川岸から見えないところに隠れてろ」
ジンスケたち三人は無言で頷くとリフィアを先頭に船に乗り込んだ。
三人が乗りこむとすぐに船員の一人が川岸に船を繋いでいたロープをほどいて口笛を吹いた。
船がゆっくりと川岸を離れていく。
ロープをほどいた船員はそのまま岸に残って、箒のようなもので川岸の船を引きずった跡を消しているようだった。
船は川岸を離れて大河の真ん中あたりを目指して進んでいくが、その間にもどんどん下流に流されている。
リフィアが船長であるボスに言った。
「大丈夫か? だいぶ流されているようだが?」
船長はギロリとリフィアを睨むと言った。
「素人は黙ってろ。川岸近くは浅くて方向転換に向かないんだ。川の仲程まで行ったら上流に舳先を向ける」
リフィアがなるほどと思って元の場所に戻り身を隠した。
船が川の中ほどまで進んだあたりで船長が操舵をとっている船員に怒鳴った。
「よし、もういいぞ。舵をきって上流に向かえ」
総舵手は右手をあげてそれに答えると、全速力で舵輪を回し始めた。
船がゆっくりと方向を変え始めて徐々に舳先を上流に向けていった。
けれどその間にも、どんどん船は下流に流されている。
船長が怒鳴った。
「バカ野郎! 流されてるぞ。もっとエンジンの出力をあげろ!」
しかし、そう言っている間にも船は下流に流されていく。
一人の船員が怒鳴った。
「すみません、出力が上がりません! 故障かもしれない。」
他の船員が怒鳴った。
「燃料ポンプだ! パイプが詰まってないか調べろ! 安物の魔脂なんか使うからだ馬鹿野郎!」
ジンスケの胸に悪い予感がよぎった。
これは本当に故障なのか?
罠なのではないか?
川岸へと目をやると昨日通り過ぎた川港がぐんぐんと近づいてきていた。
リフィアが呟いた。
「拙い。。。昨日、役人が大勢、検問でウロついていた川港です」
船長が怒鳴った。
「馬鹿野郎! 川港に近付けるな捕まるぞ! 舵を切れ港から離れろ!」
その声に驚いた総舵手がまた全速力で舵輪を回し始める。
船が方向を変えて川港が遠ざかって行く。
船長が歯ぎしりしながら怒鳴った。
「くそっ! おい! 故障はまだ治らないのか?」
魔脂を浴びたのか顔を真っ黒にした船員が答えた。
「やっぱりパイプに魔脂が詰まってます。これは部品を替えないと無理だ」
そうこうしているうちに密輸船は川港を遥かに通り越えて、両岸が断崖絶壁になっている地帯に入っていった。
船長が怒鳴り続けている。
「なんとかならないのか?」
船長の問いかけに魔脂で顔を真っ黒にした船員が首を振った。
「どこかに停船して、部品を調達しに行くしかありません」
船長は歯ぎしりして言った。
「どこかに船を着けられそうなところはあるか?」
総舵手が大声で答えた。
「無理です、この辺りは全部、両岸が断崖絶壁です」
「それが終われば次の川港ですが、この船が流されているのは岸から見ても明らかですから、川港に着けなければ自分から密輸船だと白状しているようなものですよ」
船長はそれを聞いて「ちっ」と小さく舌打ちした。
顏を真っ黒にした船員が船長を見上げて訊いた。
「どうします? このままじゃヤバいですよ」
船長は顎に手をあてて考えていたが、何事か決断したようようだった。
船の舳先に立つと全員に向けて大声で言った。
「仕方がない、次の川港に着けるぞ。 全ての積み荷に重しをつけて川に投げ入れろ!」
船員の一人が大声で反対した。
「馬鹿な。そんなことをしたら大損害ですよ」
船長が大声で怒鳴り返した。
「捕まるよりましだろ。積み荷を一つでも残してたら申し開きはできない」
「我々はインフルアの荷役船だ、空船のままインフルアから流されてきたことにする」
ジンスケたちは突然の事の成り行きにあっけにとられていたが、船長の言葉を聞いてリフィアがジンスケとリゼリアに囁いた。
「まずいですよ、川港にはきっと役人がいます」
リゼリア王女も頷いた。
「変装していもジンスケ様は背格好から見破られてしまうでしょうね」
「どうしたものか……、役人数人なら何とでもなります。川港に降りたら強行突破して逃げますか?」
ジンスケは厳しい目で二人を見て言った。
「茶番です。 息が違う。」
リフィアとリゼリアがジンスケの言う意味がわからず、目で問い直した。
ジンスケは憤慨したように言った。
「全ては茶番です。こいつらは全員が国からの回し者でしょう」
リゼリア王女が驚いて目を見張って聞いた。
「なぜ、そうお思いになるのですか」
ジンスケは顔をしかめながら答えた。
「剣の極意は相手の気配を察知することに尽きます」
「こいつらは緊急事態だというのに呼吸が少しも乱れていない。」
「目も瞳孔が少しも開いていない。慌てているフリをしているだけです」
「どうやら罠にかかったようです、本当に小賢しい真似をするものです」
「次の川港には大勢で待ち構えていると拙者は思いますよ、強行突破するなら戦いになります」
リフィアは驚いて周囲の船員たちを見回した。
誰もが慌てふためいて積み荷を川に放り込んでいた。
然し、リフィアのジンスケに対する信頼は絶対だった。
「こいつらの様子からすると信じられませんが、ジンスケ様がそう言われるなら、これはみんな小芝居なのですね、腹立たしい」
「それでどうされますか? 戦うのならば私も覚悟を決めます」
ジンスケは静かに首を振った。
「やめておきましょう。捕まっても最悪、命を取る気はないでしょう」
「それに無駄に人を斬りたくはありません」
「なんだかんだいっても結局のところ……」
そこで一瞬ジンスケは口籠ったが、諦めたように言った。
「拙者の子種が欲しいだけ、そんなに欲しければ相手をしてやればいいだけのことです」
リフィアが頷いた。
「ジンスケ様がそれでよろしいのであれば、私はジンスケ様に従います」
「でもリゼリア王女殿下は立場がまずいのではありませんか?」
リフィアはそう言ってリゼリア王女を見た。
リゼリア王女はこんな事態だと言うのに微笑を浮かべていた。
「そうですね、ジンスケ様を連れていこうとしていたことがバレると国際問題になるでしょうね」
「言いづらいのですがジンスケ様の武力には国家間の軍事バランスさえ崩しかねないものがあります」
「最悪の場合、両国の戦争になることまでも考えないとならないかもしれませんね」
ジンスケはそれを聞いて押し黙ってリゼリア王女を見つめた。
リゼリア王女は微笑したまま言った。
「というわけで、私は消えさせていただきます。心配ご無用、泳ぎは何より得意なのです」
「それではジンスケ様、必ずいつかまたお会いしましょう。」
そう言うや否や、船からスッという感じで宙に身を翻し、川へと落ちていった。
小さな水音をあげて水中に消えていったが、激流の音と船の上の喧騒で誰もリゼリア王女が姿を消したことに気づいてはいなかった。
そうこうしているうちに全ての積み荷が川へと投げ込まれてしまった。
そして下流に次の川港が見えてくる。
総舵手が舵輪を回して舳先を川港へと向けた。
船は徐々に方向を変えて自然に川港へ向かって流されていく。
船長がジンスケたちのところにやってきた。
「悪いな。故障なんで許してくれ。次の川港に着船する」
ジンスケは船長を睨んで言った。
「もう小芝居は結構だ。王宮の配下なのでござろう。」
「川港には大勢お迎えが来ているのであろうが、暴れるつもりはないから安心めされい」
船長は驚いたように目を見開いた。
「なるほど、命令にあったとおり、ただの『男』ではないようだ。気づいてたんだな」
「それじゃあ、これは返しておくよ。私は盗賊じゃないんでな」
そう言って金貨の入った袋を差し出した。
それを見てリフィアもやはりジンスケの言う通り芝居だったのだと確信できた。
苛立たしそうにリフィアは船長の手から金貨の袋をひったくったのだった。
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