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7.冒険者ギルドに就職活動

食べ物に塩味がないのにはそろそろ耐えられなくなってきている。


塩がどこにもないというなら自分で調達するしかない。


なんとしてでも塩を調達したいのだけれども、ここには海もない。


冒険者ギルドには旅の武芸者なども訪れるらしいので、そういう者に聞けば塩について知っている者がいるかもしれないと思った。


冒険者ギルドに行くと、たくさんの冒険者でごった返していた。


冒険者というのは薬草を採ったり魔物を狩ったりというようなことをするマタギのようなものだと知った。


つまりエミリーさんも冒険者だったということだ。


もちろん全員が女だ。


女ばかりのごった返しというのにはまだ慣れない。


ギルドの職員はみな黒いレザーの上下を着ているのですぐにわかった。


女性職員にしては優雅さも色気もない制服だけれど、職員も女、冒険者も全員女だから色気とかそんなものは必要ないのだろう。


私がギルドに入っていくとモーゼの十戒*のように人の群れがサーっと左右に分かれて道ができた。


これがノラさんが言っていた男は保護されているということだろう。


へたに男と接触して罪にでも問われたらたまらないということか。


そうしてみると、この人たちにとっては私はかなり迷惑な存在かもしれないな。


黒の上下レザーの受付と思われる女性が私を見た。


さすがギルド職員というところだろう、美人だけれど獰猛な顔つきをしている。


エミリーさんや飯屋とか服屋の店員とは迫力が全然違う。


隙のないたたずまいから武芸にもそこそこ通じていそうな感じがする。


受付にしておくには惜しい人材かもしれない。


「あんた、ジンスケさんだろ。ノラさんから聞いてるよギルドで働きたいのかい?」


「はい、ノラ殿から受付を募集しているときいて参上しました」


「へえ~、男が働きたいって本当だったんだ」


本気で驚いた顔をしている。


「別に募集はしていないけれど、あんたが働きたいっていうならOKだよ」


「それでいつから働きたいんだい?」


「えっ! 士官させてもらえるということでいいのですか?」


「わざわざ男が自分から働きたいと言ってきてるのに断るわけがないだろう」


「ギルド長は留守だけど、あんたがこのギルドで働きたいなら採用に決まってるから問題ないよ。」


「まさか本当に男がギルドで働きたがるなんてギルド長も思ってなかっただろうけどね」


「それはありがたい、それで給金などはいかほどでしょうか? いきなり給金の話とか下世話ですみませんが実は現在無一文なのです」


無一文どころかノラさんに借金までしている。


就職の面接でいきなり条件面の確認というのは印象が悪いかもしれないが背に腹は代えられない。


「勤務時間はあんたの好きでいい、このギルドは年中無休で朝から真夜中までやってる」


「普通の職員はだいたい週4日働いて3休、1日8時間労働くらいの人が多いけど、あんたは週何日でも1日1時間でも構わないよ、男だからな」


「まさかそんなわけにはいきません、先輩方がそうなのであれば拙者も同じく週に4日ほどは働かせていただきたいです」


「そうかい、まあ好きにしな、報酬は勤務時間にかかわらず1日に金貨1枚だ」


「金貨ですか、それって拙者の勘繰りかもしれませんが、給金としてはいささか高すぎるのではないですか?」


「男に払う報酬としてはそうでもないだろ、私の報酬の5倍だよ」


「えっ、右も左もわからない拙者が手練れの先輩方の5倍もの給金とか、それは理不尽というものでしょう」


「そんなこと、私に言われても困るよ、ギルド長にそう言われているんだ」


「それに、あんたの給料が下がったからって、あたしらの給料がそのぶん上がるってわけでもない」


「くれるってんだから気にしないでもらったらいいんじゃないか」


不思議なことに新米の私のほうが自分よりもはるかに高い給料をもらうことに何の不満も持っていないようだ。


「そうですか、それでは給金の件はのちほどそのギルド長という方と相談してみることにします」


「そうしてくれ、それでいつから働く気だい?」


「それでは明日からお願いできますか」


「明日から?」


びっくりするようなことでもないと思うのだけど目を丸くして驚いている。


「はい、明日から。朝から8刻ほど仕えさせていただきたいです」


「本当に明日から来るのか?」


「武士に二言はありません、明日から来ると言ったからには必ず来ます」


「そうか、わかった。それでは明日は私も朝から勤務することにするから、声をかけてくれ」


「私の名前はアガサだ、受付ではベテランだからな」


「もしギルド長に教育係の希望を訊かれたら私の名前を言うといい、なんでも丁寧に教えてやる」


「アガサ殿ですか、仔細な説明をいただきかたじけない。こちらこそよろしくお願いします」


後ろを見ると女性冒険者たちがずらっと並んで依頼受付の順番を待っている。


中には見るからに荒くれ者っぽい人も混ざっているのだけれど、みんな一言の文句も言わずに静かに待っているのが逆に不気味だ。


そろそろ退散したほうがいいだろう。


「それでは拙者はこれにて失礼します、明日からよろしくお願いいたします」


「おう、待ってるぞ、本当に来るんだな」


「武士に二言はないと言いましたよね、アガサ殿、明日からよしなにお願いします」


「おっ、おう。こちらこそよろしく頼む」


ギルド長には会えなかったけれど親切な先輩と顔見知りになれたし、あとでノラさんによくお礼を言わないといけないな。


お昼は昨日とは別の飯屋に行ってみたけれど、まったく同じ味付けなしのウサギモンスターのステーキだった。


早く塩を手に入れないと。



宿に戻ってみると、いつもはノラさん一人しかいない建物にけっこうな人数の冒険者っぽい恰好をした女性たちが受付に並んでいた。


ノラさんが受付にいて、鍵を渡したりしている。


宿屋の主人っぽい仕事をしているところを初めて見た。


預けておいた鍵をもらおうとノラさんに声をかけた。


「ただいま戻りました、ノラ殿、お忙しそうですね」


「忙しいどころじゃないよ、ここに並んでいる連中が最後でここから先三ヶ月の予約が全部うまっちまったよ」


「ほら、あんたの鍵だ。」


「さっさと部屋に行って寝な、しばらくはここに降りてくるんじゃないよ。」


そう言ってノラさんは女たちをぐるりと見渡した。


「おい、お前ら三ヶ月先の予約なんかしたって、ジンスケはその時にこの町にいるかどうかもわからないんだからね。」


「うちとの約束は一ヶ月だけなんだ、後からジンスケがいないからって文句は言わせないよ」


「キャンセルしたからって手付金は返さないからね」


ガタイのいい、けっこう荒っぽそうな女たちが小柄なお婆さんに怒鳴られてうんうんと大人しく頷いているのがなんだかおかしい。


部屋に戻って、シャワーを浴びて、ベッドにゴロンと横になる。


う~ん、やっぱりいい気持だ。寝心地いいなこのベッドとかいう布団をのせた台。


とりあえず仕事が決まってよかった。


そうだノラさんにお礼を言うのを忘れていた。


ドアをあけて階下のノラさんに大声で言った。


「ノラ殿、貴殿のおかげでギルドに士官することがかないました。お礼を言わせてもらいます」


「いいから黙って寝てな、あんたが顔出して、これ以上客におしかけられたら体がもたないよ」


それにしてもベテランの給料の5倍とか、これは明日からはよっぽど気合いをいれて働かないとダメだな。


その夜は何十年かぶりにぐっすりと熟睡した。


もし夜中に敵に襲われていたら簡単に死んでいただろう。


この世界に来てから武芸者に出会うことがなくなったので気が緩んだのかもしれない。


なるほど、これが剣聖とかではなくて平凡に庶民として生きるということなんだな。


毎日熟睡か、悪くない。



もしも「続きが気になる」「面白かった」などと思って頂けましたら、


広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。


よろしくお願いします!



(注) モーゼの十戒

モーセが“海を割った”という奇跡のエピソードが旧約聖書の中にあります。映画などにもなっています。

神と預言者による奇跡についての逸話のひとつです。

モーゼが海に向かって手を差し出すと海面が割れて道があらわれ、エジプト軍から逃れることができたとされています。

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